1.うすぐらい教会
ジュブナイルです。
陽も落ちて、小さな教会の中は薄暗くなってきた。
シスターが蝋燭を片手に、静かに明かりをつけてまわっている。
眼鏡ごしでも、美しいシスターはぼんやり光って見える。
今この教会には、シスターと俺の母さんと俺の三人しかいない。
穏やかな声が妙に響いて聞こえる。
「ねぇキース。そろそろ帰ってきてくれないかしら?」
まるで俺が悪いかのように哀れっぽく言う母を見つめながら、俺は皮肉げに口を歪めた。
「帰ってもいいですよ。母様が、私と一緒に普通の生活ができると言うのならね」
「それは……」
読まなくてもわかる。変な能力のある俺と一緒に暮らすのは怖いんだ。
「また、あんな目で見られるくらいなら、私は帰りませんよ」
まっすぐ母様の目を見て言うと、怯えたように視線を逸らした。きっと、俺が心を読んでいると思ったに違いない。怯えなくてもいいのに。シスターに処方してもらった伊達眼鏡のおかげで、眼鏡をかけている間は心を読めなくて快適なのだ。
屋敷にいた頃は、俺が読んで言った言葉で、何度も空気が凍りついた。
今じゃ使用人でさえ俺をバケモノ扱いする。バケモノ扱いはまだマシだ。『目が合うと心を読まれる』と、誰も俺に近づきもしない。だから屋敷を出た。
「あの時のことは悪かったと思っているわ」
「戻ったところで、同じことの繰り返しでしょう。私はここにいます」
「キース……」
母は俺を見た。
母様、今度は大丈夫だからって言ってほしい。心から『帰ってきてほしいんだ』って言ってよ。
でも、母はやっぱり目をそらした。
今回も期待を裏切られたようだ。
「……今日のところはお引取りを。時刻も遅くなりました」
見計らったように、蝋燭を手にしたシスターが口をはさんだ。
「そ、そうね。シスター、また来てもいいかしら?」
「もちろんです。御子息は大切にお預かりいたしますわ」
帰りかける母さんの横顔に、ほっとした表情が浮かぶのを俺は見逃さなかった。
口ではどう言おうと、結局のところ、俺と一緒にいるのは怖いんだろう。
母に会うたび、自分がバケモノなのだと思い知らされる。
もしかして今日は本気で迎えにきてくれたのかもしれない……なんて、毎回まいかい期待してしまう自分が情けない。こんなことなら、来てくれないほうがマシだ。
「眼鏡をかけていれば心は読めないって、言わないの?」
扉が閉まり、二人きりになった教会に、シスターの声が響いた。
「言ったって無駄さ。今さら無理なんだよ」
「そんなことないわ。あなたが望む限り、道は開けている。あなたが閉ざしてしまっては、ある道も消えてしまうわ」
「ふん」
腹の立つことに、シスターは心からそう言っている。最初に散々読んだので、読まなくてもわかる。驚くことにシスターには嘘がない。
「お母様だって、あなたに帰ってきてほしいから何度もいらっしゃるのよ。あなたのことが心配なのよ」
そうだろうか? それなら、俺から目をそらさないはずだ。
俺が教会に迷惑をかけていないか、確かめにきているだけじゃないか?
俺が何かしでかすと、家名に傷がつくから。
今じゃ俺も自分の異常さがわかっている。幽閉されてもおかしくないと思う。実際、家にいた頃は軟禁状態だった。我慢に我慢を重ねていたのが悪かったみたいで、突然、限界を超えた。力の暴走を止められなくて、屋敷はめちゃくちゃになった。
もし戻っても、また暴走したら?
今度は母も来てくれないだろう。そう思うと、怖くて戻れない。
屋敷で力の暴走の不安に怯えているより、この教会は楽だ。
異常な俺を当たり前に受け入れてくれるシスターも、昔は似たような境遇だったらしい。この教会の主であった神父に救われたので、神父亡き後、教会を引継いだそうだ。だから、どんな能力を見ても、驚きこそすれ否定はしない。いや、それどころか……。
近くの蝋燭の火が大きく揺らいだ。
「ねぇキース。天井の明かりを、まかせてもいいかしら?」
天井に吊るされた蝋燭に目をやると、パパパと点いた。
「ありがとう。助かるわ。あとね、ネズミさんたち、チーズの好みってあるのかしら? 置いておいたチーズ、減ってないのよ」
「ヤツらは古くなった硬いチーズが好みだよ」
「わかったわ。それでね、石像を動かしたいんだけど……」
「シスター。あんた、俺がいないときは、一人で教会の切り盛りしてたんだろ?」
「そうだけど。今はせっかくキースがいるんだし、一緒にやりましょうよ」
「一緒に? 俺だけがこき使われている気がするけど?」
「あら、気のせいよ」
嘘だ。絶対こき使っている。
俺の能力は読心だけじゃない。発火、小動物との会話、念動力、瞬間移動、予知、と多彩だ。シスターを通じて能力にまつわる色々な話を聞いた。貴族の色濃い血の加減で、たまに産まれる異端の者。その最たるものが俺らしい。
この教会は、秘密裏に、そういう子供たちを集めては始末してきた。
始末といっても、神の名の元に記憶を封印して能力を制御する『始末』だ。俺もそのために連れて来られたのだけど、力が大きすぎて敵わなかった。そのまま教会に居着いて、もう一年になる。母は、律儀に一ヶ月に一回は教会に来る。俺は表向き、留学していることになっているけれど、いつ留学が終わるかは俺にもわからない。
シスターの能力は記憶を操ることだ。
それは本来なら忌むべき能力なのかもしれない。けれど俺はここで、シスターに救われた家族を何組も見てきた。この教会が特別なことも記憶に残らないようにしているのに、どこかからか噂は広まる。シスターはそれこそが『神のご意思』だと言うけれど、神様を信じていない俺にはわからない。
ただここでは俺の読心や予知も役に立つので、シスターとの生活は順調だ。
こき使われている気がしないでもないけれど。
花壇をつくるために能力で石像を移動させながら、ぼんやりと考えていると、馬車の音が聞こえてきた。
ここは貧民街。馬車は珍しい。馬車独特のリズムは近づいてくる。この教会へのお客さんのようだ。