表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4人の魔法使いの冒険  作者: 藤見倫
第3章:巻き起こせ、労働革命
98/349

第98話:悪夢の転がる街、労働都市ブラッキ

 南門を通過し、ブラッキに向けて出発。気候としては過ごしやすく、左前方の遠くには山の緑も見えるが、目の前は黄土色の岩場だ。ブラッキの姿は見えないが、進むべき道は地面の色が薄いという形で示されている。


 戦闘がない時は高松さんから中野に少しずつ説明しているようだが、どこまで理解できているか微妙な反応だ。それと、


「なんかモンスター多くない?」


 出現モンスター自体はこれまでと変わらないが、頻度が上がっているようだ。


「僕もそう思ってたところだよ。MPなくならないように気を付けないとね」


「うげ~っ。また節約かよ~」


 普段から節約を心掛けて欲しいのだが。

 ほどなくして、道が二股に分かれる分岐が現れた。正面と、斜め右前。


「多分右に行けばコンペティートだね。中野君、悪いけど」


「ああ。ブラッキ行くんだろ」


 まだ少し不機嫌な様子を残しながらも中野は返事をした。盗み聞きのカモフラージュ要員にされて情報が得られていない状態で、臨機応変と言わんばかりに予定を変えられるのはストレスだろう。だが、とてもではないが、新しい街を観光する気分にはなれない。


「うん。ありがとう」


 右前方への分かれ道を横目に、俺たちはそのまま真っ直ぐ進んだ。



「はぁ、はぁ、はぁ」


 どれほど進んだだろうか、所々にある岩に隠れてビジナが見えなくなった辺りで、疲れの色が隠せなくなってきた。陸上部の高松さん、運動部であろう中野、回復担当の花巻さんは平気なようだ。

 昨日から、他人の話を聞くのに集中したりロボットを壊して回ったりで、中々にハードだ。ここへきてまた、スタミナ不足に妨害されるとは。


「大村君疲れてない? きつそうだけど」


 意地を張ることにメリットは無い。


「ちょっと疲れてきたね。動きが遅い敵は走って振り切ることも考えよっか」


「走ったら余計疲れんじゃねぇか?」


「まあ、そうなんだけど、戦う回数が減る分は楽になるし、MPも節約できる」


「ふ~~ん」


 街にモンスターは連れていけないから、MPに余裕があるうちにブラッキの近くまで行っておきたい。


「でもあんまり無理しないでね」


 とりあえず、レッドスライムとストーンゴーレムとは戦わないことにした。MPは残り6割弱。3割切ったら位でゴブリンも無視して、イエローウルフだけ相手にすることにしよう。


 ただ、厄介なのが、


「げ、また一緒に来やがった」


 狼やゴブリンと同時にスライムやゴーレムが出ることもあり、ターゲットだけを相手にしていても他が妨害してくることもあった。


「面倒だし短期決戦でいこうか。多少無駄遣いしてでも狼を早く倒そう。普通にやっても余分にMP使うから一緒だよ」


「そうね」

「うっし」


 その作戦は体力的には逆効果となった。狼やゴブリンを倒すためにある程度は近づいて、スライムやゴブリンから走って逃げるためである。一応、全部まともに相手するよりはMPの消耗は抑えられているようだ。

 迷うところだが、進行ペースの方が上がっているしこのままで行こう。ゆっくり行っても戦闘が増えるし、MPが尽きたらダッシュせざるを得なくなる。


 途中、


<レベルが55になりました>

<水属性魔法(上級)・アイシクルダンスが使用可能になりました>


「あ、水だけ上級魔法増えた」


「マジ? どんなのだ?」


「アイシクルダンス、だって。氷が出るんだと思うけど、MP85も食うから試し打ちは後だね」


「85かよ!? そりゃ今使うのはナシだな」


 新技のお試しを諦め、進む。マップを見ると、距離的には既にビジナ・ファイナンス間の距離より遠くまで来ており、時間も1時間は経っている。そろそろゴールが見えてもいい頃なのだが、いかんせん岩が多くて見晴らしが悪い。その岩陰にモンスターいることも多いし。


 ゴールがいつになるか分からないというのは、精神的にも堪える。いっそのこと岩の上に上がってみるか。


「ごめん、ちょっと岩の上に上がってみるね」


「え? MPは大丈夫?」


「結構減っちゃうだろうけど、そのMPの配分を考えるためにゴールの位置を知っておきたい」


「そっか、じゃ、よろしく」


「ずりぃ~~。俺も見てぇな~」


「乗せるのはきついから待ってて」


「へーい」


 装備をフェザーローブ、グリーンスタッフB+に替え、とりあえず5m、中堅ぐらいの高さの岩に上がってみた。


「お」


 街が見えた。ブラッキだろう。長く見積もってもあと30分、その周囲は平地で、あと10分あれば岩場は抜けられるだろう。街の近くでは、右側にも森がある。左側は、山があるためか既に真左に進んでも森だ。

 後ろも確認した。乗っている岩よりも高い岩々の隙間の先に、ビジナが見えた。距離は、ここからブラッキの倍ぐらいか。やはり2/3ぐらいは進んで来たようだ。


 岩から降りて仲間たちと合流。装備もエイドローブB+とスーパースタッフに戻した。


「あと3分の1ぐらいだね、頑張ろう」


「あ、マジ? 良かったぁ。でもホント、ゴールが分かると楽になるわね」


「さっさと行こうぜ」


 その後も、スライムとゴーレムを撒きつつ岩場を進んだ。


「あ、出口じゃない?」


「ふぉぇ?」


 呼吸が荒いために変な声が出てしまったが、高い所に上がらずとも岩場の出口が見える位置まで来た。そのまま少しずつ視界に入る岩の数が減っていき、


「やっと出れたあ~」


「ブラッキもうすぐそこじゃんか」


「ゼェ、ハァ、ほぇーっ」


「大村君、大丈夫?」


「一応まだいけるけど、スタミナを回復する魔法、ないの・・・」


「ご、めん・・・」


 ないんだね、愛の魔法にも。


 ブラッキの街もそこそこの大きさのようだが、これまでのエコノミアの街と比べて寂れた印象で、高層ビルや立派な建物は見当たらない。

 距離はあと1kmもないぐらいで、MPはまだ3割ほど残っているので残りはスライムやゴーレムとも戦うことにした。


 ゴールを間近にして、


「お、俺もレベル55で魔法増えたぞ? ゴッドブレスだってよ。強そうじゃね?」


「へぇ~。光なら、あたしも入るのね」


 で、すぐに高松さんもレベル55になった。


「どんな技なんだろ」


「さあ。後で試してみよっか」


「そうね」


 ジャスト・ワン・グリッターは攻撃範囲が狭いという癖を持っていたが、どうだろう。気になるところだが、街に着くとは言えMP枯渇は避けたいので我慢。そして・・・、



「着いたわね」


 ブラッキに到着。門の兵士は俺たちに一瞬だけ顔を向けたが、またすぐに正面を向き直した。


「なんかショボイな」


「これは確かに、ビジナから転勤とかで来たくないね」


 ヨッちゃんの“ゴミ溜め”はさすがに言い過ぎだが、都会のマダムがそう言いたくなるぐらいには寂れている。灰色の煙が出ている煙突付きの、おそらく工場がいくつかあり、衛生的にも良くなさそうだ。中には限りなく黒に近いようなドス黒い灰色の煙まである。


「とにかく、宿屋に行こっか」


「そうね」


 例によって街に入ってすぐに地図があり、近くの宿屋を確認。10分ぐらい行けそうだ。モンスターはもう出ないし、ゆっくり歩こう。とりあえず地図をパシャリとカメラ機能に収めて、歩き出す。しばらくは正面の大通り。


「エコノミアでも、こんな街があるのね」


「調査とかほどほどにしてくれよ? こんなトコあんま長く居たくねぇぞ」


「そう、だね・・・」


 悪いがそれは約束できない。すぐに情報が入ればスノーウィーンに向かってもいいが、何もなくても数日は粘るつもりだ。


 歩いていると、ふと違和感を感じて左の路地を見た。その路地に面した4階建ての建物の屋上に、人がいた。突っ立ったまま何をしてるんだ・・・? そんな所にいたら危ないぞと思っていると、その人は足場のない前方に向かって飛んだ。


「おい待て!!」


 突然俺が出した大声に、他の3人がビクッと動きを止めたのが分かった。


「ハッ・・・!」


「花巻さんMP全部ちょうだい!」


 一応そう頼んだが、待っている暇はないので装備を替え風魔法を使って飛び出した。こんな疲れてる時に・・・!


「あ、あたしも行く!!」


 自身の移動で受ける風で、片目を開けるのがやっとだ。もう時間がない。残りのMPを全て使って落ちている人の位置に上向きの強風を起こした。落ちていた人は一瞬だけ浮かび上がり、今度は2階の窓の高さから落下が始まる。それと同時に後ろから「メンタルヒール!」と聞こえて淡い黄緑の光がやって来た。再び前に出ようとしたところで、


「あたしがやるわ!」


 その声と同時に落下が止まり、落ちてきた人はそのままゆっくりと地面に降ろされた。高松さんと頷き合い、その人のそばまで駆け寄った。


「え・・・、え・・・!?」


 その人は仰向けのまま両手を顔の前に出して、それぞれの手の平を交互に見ている。怪我も痛みもないことに驚いているようだ。


「大丈夫ですか?」


 高松さんが声を掛けた。


「何で・・・俺は・・・?」


 まだ、自分の状況を理解できていないらしい。中野と花巻さんも駆け寄って来て到着。4人して地面に横たわる男の人を見下ろしていると。その人は我に返ったようにハッとした。


「君、たちは・・・?」


 恩を売るつもりはないのだが、何をしたかは説明しなければならない。


「あなたが飛び降りたところを偶然見かけたので、魔法を使って助けました」


 俺たちが魔法使いなのは、見れば分かるだろう。


「そうか・・・君たちが・・・。どうして、・・・どうしてわざわざ助けたんだ・・・!」


「なっ!」


<高松さん>


「っ・・・。ごめん」


 自殺を止められて文句を言いたくなるのは妥当な心理だが、その気持ちはさっぱり分からない。言ってしまえば自殺したくなること自体が分からない。俺だったら死なずに生きたまま逃げる。

 そこまで考えて気付いた。この国は、退職も自由にできないんだったな。この腐った国の刑務所生活もロクなものではないだろう。


「せっかく助けたのにそりゃねぇだろ」


 しまった。中野を止めるのを忘れてた。まあいいや、このまま自殺の理由を聞かせてもらおう。


「勝手に助けたのは君たちだろう。余計なことを・・・」


「んだと!」


「ちょっと中野君」


「でもよぉ・・・!」


 命を助けたのに責められるのは釈然としないというのもまた、妥当な心理だ。


「気持ちは分かるけど、落ち着いて。 ・・・それで、どうして自ら命を断とうなんて思ったんですか?」


「その恰好、旅人だろう? 君たちには、分からないさ・・・。俺は、生きてることの方に“なんて”を付けたいね」


 その人は諦めたような表情で顔を横に向けた。


「あなたのような人を助けるために、旅をしてるんです。もちろん、単に自殺を止めるだけじゃなくて、その要因も消し去ってみせます。だから、話を聞かせてください」


「フンッ」


 鼻で笑われた。


「そんなの、無理に決まっている」


 その人は吐き捨てるようにそう言ながら立ち上がった。


「君たちは今日、1人の人の命を助けるという素晴らしいことをした。もう満足だろう?」


 発言はそこで止まったが、“人を助けて良いことをした気分になって、君たちはおしまい。良かったね”と聞こえてきた。甘く見られたものだ。


「それじゃあ」


 その人は立ち去ろうとしたが、


「うわっ」


 俺が檻に閉じ込めた。


「何のマネだ!」


「どうせ場所を変えて死ぬつもりでしょう? その前に理由を教えてください。話してくれるまでは、そこから出しません」


「な・・・! チッ、くそ。何で俺が」


 運が悪かったからだ。自殺の瞬間を、偶然俺たちが見かけたからだ。だけど、死ぬのをやめて生き続ければ、いつか、運が良かったと思えるようにすると約束しよう。


「単純な話さ。過労だよ過労。精神的にも肉体的にも追い詰められて、もう限界なんだ」


「どんなお仕事を?」


「薄汚い工場で、その中にある装置をいくつか管理してるのさ」


「装置の、管理ですか」


「説明が難しいんだが・・・、例えば、エラーが起きた時に対応したり、場合によってはメーカーと連絡を取り合ったり、新しい装置を入れる時にもメーカーとか、その装置を使う開発連中と話を進めたり、だね」


 へえ、そんな仕事もあるんだな。親父は、社会全体については色々と話すが、工場はおろか自身がいる開発の仕事内容もほとんど話さない。


「人件費削減の波が激しくてね、面倒みなきゃいけない装置は3年前の倍さ。オペレーターも頭悪いのが増えたし、ちょっとしたことですぐに呼ばれる。設備投資もしないもんだから、装置もボロくてトラブルが絶えないよ。替えのパーツが製造中止になってるとかね」


「それは、大変そうですね。そう言えば、この街の人は都市間高速鉄道の終電より後まで働いてると聞きましたが」


「よく知ってるじゃないか。だが惜しい。俺たちの帰りが遅いってのもあるが、2年ぐらい前に終電の方が早くなったんだ。働き方改革ってやつでな、政府の規制のおかげで、帰宅はもちろん出張も早く帰って来いっていうのと、鉄道会社の社員も就業時間が制限されて、ビジナ方面への終電は8時前だ」


 経済大国の首都の、都市間高速鉄道の終電が7時台。日本でも地方路線にはあるかも知れないが、都市圏では有り得ない。


「去年までは、夜勤の連中は普通に電車が動く時間の通勤・帰宅だからビジナからの通いも多かったが、これまた働き方改革と人件費削減の流れで、夜はメタリックカンパニーって会社が作ったロボがやるようになって、夜勤そのものがなくなった。

 だがAIなんてものがあっても限界がある。一晩放置できるレベルのトラブルでも電話が鳴って叩き起こされるオチで、解決するまで鳴りやまないから行くしかねえ。深夜労働が禁止された今、それはボランティアさ」


 これは、酷いな。労働時間が長いだけならまだしも(それも良くないのだが)、たまに夜呼び出されてボランティアとか、やってられないな。


「もしかしてあなたも、メタリックの社員ですか? 確か、金属製品シェア1位の大手ですよね」


 自社製品を社内で活用しててもおかしくない。親父のいる会社は、無理やり自社製品を活用した結果、社内IT環境が一般家庭に劣るという間抜けな状態だ。ITだかIoTだかをCMでよく言っていた会社なのだが、聞いて呆れた。


「メタリックを知ってるなら話は早い。この街はメタリックの工場と、その下請けばかりさ。一応、無関係の中小や零細もポツポツあるが、奴らも大手の下請けやってるだけだから大して変わらん。俺はメタリックじゃないが、大手の下請けで働く1人って訳さ。知名度はないが規模はそこそこだ、大手に宙ぶらりんだけどな」


 アドレナリンが出てきたのか、もうこちらから聞かずともバンバン話すようになってきた。


「その大手の連中もフザけたもんだ。自分たちは何もしない癖に、早くしろ、早く装置直せって、やかましい限りだ。今度はアレやれ、やっぱやらなくていい、結局やることになった、って予定もコロコロと変わりやがる」


 で、大手の連中の方が給料が高い訳だ。


「仕舞いにゃ怒鳴り込んでくる奴もいた。“こいつはこれこれこういう事情で急いでるんだ! 何で後回しにしてるんだ!”ってな。確かに他の納期近いヤツを優先してたが、これも納期に間に合うようには進めてたし、だったら最初から急ぎの事情ってやつを説明しろてんだよ! ああ~っ、思い出しただけでもイライラする!!」


「会社を辞めようとは思わないんですか?」


 一応、聞いてみた。


「はぁ、はぁ、・・・すまない・・・。だが、辞めたところで何になる? 生きるためには金が必要で、今更大手に入ることはできないし、派遣でも他の中小に行っても同じことさ、高給取り連中の手足になる。長時間働かされることよりも、夜に呼び出し食らうことよりも、それが気に入らねえ。俺みたいな奴がみんな死んで、手足がいなくなれば連中も自分で動くようになるだろう?」


 どうやら、単に退職するだけでは刑務所行きにはならないらしい。


「上層階級の中にも、上下関係はありますよ。底辺がいなくなったって、残った中で下にいる人たちが手足に使われます。同じことですよ」


 人間とはそういう生き物だ。この世の人間が2人だけになったとしても、上下関係が生まれると俺は信じている。俺が人間に対して絶対の信用を置いているのは、この1点のみだ。誰もが一切の不満を抱かずにシナジーやらパートナーシップやらで発展していく、素晴らしい理想だ。俺だって、それができるなら素晴らしいと思っている。だが、理想は理想。俺たちが人間である限り、それは不可能だ。


「だったら尚更、こんな世の中で生きてる意味なんてないだろう。俺はもう、疲れた。若い頃は遊べたんだし、十分に人生を満喫したよ」


 今、大手の連中の手足になっていることの原因が、若い頃に遊んでいたことにあることを、理解しているのだろうか。


「もういいだろう。今日はもう死なないから早く帰してくれ」


「できれば、明日以降も死なないで欲しいのですが」


「明日までに、この腐った社会を何とかしてくれたら死なないであげるよ」


 さすがにそれは無理だ。


「残念ながら時間は掛かってしまいます。おそらく1週間や2週間でも無理でしょう。ですが必ず、何とかしてみせますので、それまでは耐えてください」


「耐える? 耐えろだって? いつできるか、できるかどうかさえ分からないものをか? それとも死ぬぐらいなら会社辞めろってか? そんなことをしたら飢え死にだ。飢えで苦しむか過労で苦しむしかないんだから、さっさと楽にさせてくれ」


「あの、せっかくあなたのためを思って言ってるのに・・・」


 見かねたのか、高松さんも会話に入ってきた。が。


「そう言う君は、何ができる? ここでハグしてくれたら信じて待つって言ったら、してくれるのか?」


「っ・・・」


 セクハラで返ってきた。わざわざそれ言う必要あるのか。


「無理です。軽々しくそんなことを言う人が約束を守るとは思えないので」


 実際、その人のことを本気で思ってるのなら大抵のことはできなければならないのだが、少なくとも、この人のためには本気になれない。同感だ。


「フンッ。まあどっちにしても耐えられないけどな。ほら見ろ、こんなことをしてる間にも」


 その人は、俺たちの後ろの方を指差したようだ。


「さすがに、1日に2人っていうのは珍しいけどな」


 振り向くと、建物の屋上から、また人が飛び降りるところだった。


「な・・・!」

「うそ・・・!」

「オイ!!」


 この距離では、どうしようもない。落ちていく人が手前の障害物で見えなくなった。


「いやああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 花巻さんの叫びが響く。

 それから10秒ほど、沈黙が続いた。


「・・・そういう訳だ。仮に君たちが本気だったとしても、時間を掛けている間にも人は死んでいく。俺のことも、どうか止めないでくれ」


 俺は黙ったまま檻を崩した。


「どうした、諦めたのか?」


 あなたの命は、諦めた。


「1人1人まで面倒みきれないのは事実です。僕らの能力の限界だと思ってもらって構いません。一応、生き続けて欲しいとは思ってますが、最後はあなたの意志で決めるものですから、無理強いはしません」


「大村君・・・」


「そうか。せいぜい、頑張ることだな」


 その人はそう言い残して去って行った。


 残された俺たち4人の周囲に暗い空気が立ち込める。片方は止めることができたとは言え、自殺の現場を短時間の間に2度も見た。止めれた片方の人も、明日にはどうなるか分からない。


 ビジナでケーキを食べる人、ブランド品を身にまとう人、アカデミアで自慢げに製品の展示をする人、そこに興味津々の様子で訪れる人、その脇の喫茶店で学会発表がどうとかいう話をする人。そういった人たちの下で、心身ともに限界を迎えた人たちが、生きること自体に疑問を抱いている。実際に命を断っている人もいる。


 1日に2人は珍しいと言っていたが、自殺そのものは珍しくないようだ。


 この腐った社会を、何とかしなければならない。


 だが、どうやって・・・? どうすればいい。どうすれば、どうすれば、この街の人々が生きることに希望が持てるほどのことができる。


 メタリックの工場を壊すか? いや、早計だ。余計に苦しむ人の数が増えるし、いま苦しんでる人も他の所に送られるだけだ。


 考えても分からないのに、こうしている間にも死を決意する人が次から次へと現れる訳だ。くそ。どうすれば・・・。


「大村君っ」


 大きめの声で呼ばれて、我に返った。


「一旦、宿屋行こ。疲れてるでしょ」


「そう、だね・・・」



 宿屋に到着し、回復後、夕食のために外に出た。それも近場で手早く済ませ、宿屋に帰着。会話も、「聞くだけでヤな感じになる状態みたいね」「俺ぜってぇブラック企業で働きたくねぇ」など適当に場をつなぐものに留まった。これからどうするか決めるのは、明日、落ち着いてからにしよう。


「お風呂は明日入ることにするから、いつでもどうぞ」


「おう」


 部屋で中野と交わした会話もそれっきりで、すぐに寝た。


 --------------------------------


 翌朝。目が覚めると、ウーウーと鳴るサイレンの音が聞こえてきた。今は朝の7時前。今度は、何だ。


 窓の外を見ると、向かい側の建物が燃えていた。人も結構な数が集まっており、騒然としている。既に消防車が水を掛ける作業を行っている。加勢しよう。中野は呑気に寝ており、女性陣からもメッセージは来てないからまだ寝てるだろう。水を出せるのは俺だけだし、起こす必要はない。


 幸いにして、ここからならMP無限の状態で水が出せる。窓を開け、杖を前に向け、消防車の水が当たっている部分を目がけて水を出した。


「おお・・・! トレジャーハンターか」

「すっげー!」

「お願い、頑張って・・・!」


 野次馬たちが一度こちらに顔を向け、すぐにその視線を火の方に戻した。


「っ・・・!」


 MPが無限とは言え、魔法を出し続ける作業そのものは結構キツい。寝起きにこんなことをしなければならないとは。


 俺が加勢してから4~5分ほどで消防車の水が止まったので、それに合わせて俺も止めた。どうやら、鎮火したようだ。


「お疲れ」


 後ろを見ると、既に中野が起きていて、女性陣も部屋に入って来ていた。いま気付いたが、メッセージも入っていた。


「みんな、起きてたんだ」


「そりゃあね」


「朝っぱらから火事かよ?」


「そりあえず外に出てみよっか」


 外に出ると、近くに制服を着た宿屋のスタッフがいたので聞いてみた。


「どうしてこんな朝から?」


「なんでも、無理心中だそうですよ。練炭を焚いて寝て一家は中毒死、その後も炭は点いていて紙か何かが当たって燃え広がったそうです」


 宿屋のスタッフは淡々と答えた。


「そう、ですか・・・」


 ただ火の不始末でもじゃなくて、練炭自殺か。放火の方がまだ良かった、と言うのは不謹慎か。


「きっと、生活が苦しかったんでしょうね」


 その一言で片づけるのか。やはり、人の自殺が珍しくないようだ。


「ですが、あまり人騒がせなことをしないで欲しいものですね」


「っ・・・」


 宿屋のスタッフが続けて言った言葉に一瞬眉間に皺が寄ったが、それは普段から俺も思うことがあるものだ。都市部に住んでいると、人の自殺で電車が止まることがよくある。それで足止めを食う度に、死ぬなら人に迷惑を掛けずに死ねと思ったものだ。だが今は、そうは思えない気分だった。何とかしなければ。


 人が、自分の命を空き缶のように捨てている。そのような悪夢が、空き缶のように転がっている。何か術はないものか。ひとまずできることとすれば・・・。


「大村君、ご飯行こ」


「あ、うん」


 そうだな、朝食にしよう。昨日から根を詰め過ぎだ、一旦落ち着こう。


次回:分裂

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ