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4人の魔法使いの冒険  作者: 藤見倫
第3章:巻き起こせ、労働革命
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第97話:経済大国の闇

 不穏な話をしている男女のペアに遭遇。8割の支持を得ている与党・国民党に投票しなければ転勤させられるいう闇を女性が友人に話したらしい。


「誰にも言うなって言われてたのに言っちゃったのは、ごめんなさい。でも、何がいけないの・・・? 私たち、何も悪いことしてないのに」


 悪いのは確実に制度の方だ。それに対して疑問の声を上げるのは、変えたいと思うなら正しいことだが、上手く世を渡りたいなら愚行だ。現に、それができなかったこの2人は、引き裂かれようとしている。


「世の中は、こういうものなんだよ。ごめん、もっとちゃんと教えてあげるべきだったんだ・・・」


「そうだ、メタリックなんて辞めちゃえばいいじゃない。そしたら、ずっとビジナで暮らせるから・・・」


「この国の雇用制度は知っているだろう。30半ばの人間が辞めたって、ロクなところでは働けないさ」


 新卒採用がメインなのは昨日の3人組から聞いた。終身雇用もセットだろう。


「わ、私も頑張るから。派遣でもバイトでも、2人で頑張れば大丈夫だよ。きっと」


「家のローンを払いながらだぞ。無理に決まっている。2人で非正規で働いてもメタリックの技師1人分にもならない。それに黙ってれば数年で主任技師に上がる。差は歴然さ」


「そうだけど、でも・・・!」


 男の方は黙った首を横に振った。持ち家があるなら夫婦と見ていいだろう。ビジナで一緒に働こうという妻に対し、夫が頑なに拒否している。


「なんで・・・なんでよ・・・」


 妻の方が夫に抱き着いた。夫も優しく頭をなで返す。妻が自分もスノーウィーンに行くと言い出さないのは、今ここで話す必要のない共通認識があるのだろう。


「お金なんてどうにでもなるじゃない・・・。そんなに・・・、そんなに私と一緒が嫌なの・・・?」


「そんなことはない! これだけは絶対だ。約束する」


「じゃあ、なんで・・・」


「っ・・・」


 随分と頑なだな。このまま単身赴任したほうが収入は安定するだろうが、一緒に過ごす時間を減らさないために収入の低い道に進むというのもまた1つの選択肢だ。退職からの2人で非正規を拒む理由はどこにある。


「メタリックの・・・」


 夫の方が、観念したような口調で言葉を紡ぎ始めた。何かありそうだ。


「メタリックの、人事異動を無視すると、・・・刑務所行きになるんだ」


 な・・・に・・・!? 


「え・・・?」


 妻の方も、驚いている様子だ。夫の胸から顔を離し、目に涙を浮かべたまま困惑の表情で夫の顔を見上げている。


「メタリックの人事異動を無視すれば、罪を着せられて刑務所行きになる。退職もよほどの理由がないとできない。分かっただろう。この話はもう終わりだ。誰かに聞かれたらそれこそど…」


「なんでよ!!」


 妻が、夫の言葉を遮って叫んだ。


「私たちが何したって言うの!? おかしいのは政府とメタリックの方よ!!

法人税下げて、お金持ちばっかり得して、消費税上げて、医療費負担も上げて! それで野党に入れたら田舎に飛ばされるし無視したら捕まるって何なの!? どうしてみんな黙ってるの!?」


<まずい! 止めよう!>


 3人の反応も待たずに走り出そうとしたところで、


「どうしてみん…」


「よさないか!!」


 夫が怒鳴り、妻が怯えたように固まった。だが時すでに遅し、2人のもとに兵士が駆け寄った。


「ご婦人、公共の場で大声を出すのはご遠慮頂きたい」


 兵士は淡々とそう告げた。発言内容については見逃すつもりか。あの叫び声で周囲の人の視線が釘付けになっている。ここで捕まえれば、発言内容が真実であるとの肯定になり兼ねないという判断もありそうだ。


「すみません・・・」


 夫が妻の手を引き立ち去ろうとしたが、妻はキッと兵士を睨み付け、


「アンタたちわたゴフッ・・・!」


 兵士に向かって何か言おうとした妻を夫が口を塞ぐ形で止めた。


「んんっ、はあひてっ、んんっ!」


 夫に押さえられながらも妻がもがいている。


「これ以上は、取り締まざるを得なくなる。静かになされるよう、お願いする」


「んん~~~~っ!!」


「すみません。 もう行くぞ、頭を冷やせ」


 そのまま、夫が妻を引きずる形で2人は立ち去った。やがて兵士もパトロールに戻り、周囲の人々も散らばり始めた。


<あんなのって、ないよ・・・>


<早いうちに、暴いた方が良さそうだね>


 神妙な面持ちで俯いていると、


「とんだおバカさんもいるものね~」


 通りすがりの人が、すれ違いざまにそんなことを言った。


「ん?」


 敢えて声を出して振り返ってみた。


「あらやだ、聞こえちゃった?」


「な・・・!」


 思わず声が出てしまった。いたのは熟年の、おそらく夫婦。そして、妻の方には見覚えがある。昨日の午前中、旦那に文句ばかり言っていたヨッちゃんだ。それも、昨日より明らかにゴージャスな装いをしている。旦那の稼ぎがないような話をしていたはずだが、明らかにブランド品のようなものを身に着けている。この手の人が友人の前だけで貧乏ぶるとは思えない。この1日の間に、何があった。


 話を聞き出すためだ、さっきに2人には悪いがけなさせてもらう。一応小声で、


「やっぱりああいうのって、マズいですよね。世の渡り方を分かってないって言うか」


「あらボウヤ、お若くて旅人なのによく分かってるわねぇ」


 機嫌取りには成功したようだ。果たして、さっきの今で何かを話してくれるか。


「あの子きっと、友だちに裏切られたのね」


 よし、いいぞ。友だちの裏切りとは一体なんだ。


「おい、そのくらいにしておけ。他人事じゃないんだぞ」


 余計なことを言うな。だがこのヨッちゃん、話したがりのはずだ。ここ1日で得たばかりの情報があるのだろう。話せ。さっきの騒ぎの直後だ、面識ない人同士が話しても不自然じゃないし、小声なら誰にも聞こえないだろう。


「ん~~、ちょっと待ってね」


 ヨッちゃんはスマホを操作しだした。写真でもあるのか?

 ・・・にしては長いな。30秒は経った。


「はい、これ」


 スマホ画面を向けてきた。文字が打ってある。なるほど、ヨッちゃんナイス。書かれている言葉を、そのままメッセージ機能で他の3人にも見えるようにした。


<選挙とか刑務所行きのことを外で話してる人がいたら、兵士に密告すれば報奨金がもらえるの。あたしも昨日バカな子が話してるのを見て、ね。おかげで大金が手に入っちゃった♪ あの子の旦那は今頃ブラッキかスノーウィーンね>


 俺は気合で笑顔を作り、


「もう大丈夫です。早く仕舞っちゃってください♪」


「うふふ。あの子、あんなにマー君のこと大好きだったのに・・・かわいそ。でも、バカなあの子が悪いのよ。ホントおバカ」


「全くですね」


 自分でも、反吐が出そうだ。


「ところで、さっきの人もですけど、奥さんが引っ越すっていうのはできないんですか?」


「ああ、それね。スノーウィーンは全寮制で家族も入れない、個人的に引っ越すにも、前にトラブルがあったとかでスノーウィーン側がメタリック社員の家族の移住を拒否してるのよ」


 そんな理由があったのか。どんなトラブルがあったのかは知らないが、メタリックカンパニーと関わりたくない気持ちは分かる。


「ブラッキは・・・?」


 メディカで地図を見た時の感じだと、ここからファイナンスより遠そうではあるが、都市間高速鉄道なら30分かからないはずだ。


「あーブラッキは無理無理。メタリックに限らず終電までに帰れないから引っ越すしかないんだけど、誰も住みたくないわよ、あんなゴミ溜めみたいな街。週末は簡単に帰れるんだから家族はこっちに残るわ」


 ブラッキは、ブラック企業の巣窟だったか。


「ありがとうございます。これくらいにしときましょう、僕らも気を付けます」


「それがいいわ。じゃあね」


 ヨッちゃんは左手を振りながら、右手で夫と手をつないで立ち去って行った。「言い過ぎだバカ」、「大丈夫よあれくらい」とか聞こえてくる。

 俺が宣告しよう、今のが命取りだ。もしこの国の闇が取り払えなくても、ヨッちゃんだけはどんな手段を使ってでも破滅させてやる。ミィちゃんのため、ではなく、俺がただ、この胸糞悪さを晴らさねば気が済まない。


 俺たち4人の間に、沈黙が走る。


「・・・昨日ミィちゃんが漏らしてたのを、ヨッちゃんが密告したみたいだね。転勤になったんでしょ、マー君」


「あの人、ミィちゃんを・・・友だちを、売ったの・・・?」


「信じ、られない・・・」


 2人の基準からすれば、そうだろうな。だが、友だちなんてそんなもんだろ。あのブランド品の数々、相当な報奨金のはずだ。愚痴を言い合う程度の友人、それも旦那が大手勤めで幸せそうな人など、売るに決まっている。


 ヨッちゃんがどこから密告制度を入手したのかは知らないが、ある程度は市民に知らせておく必要があるからな。でないと、みんなベラベラ喋って共有して、反乱を起こされる。だがこの制度の存在が広まっていくと、獲物―――話す人―――は減り、逆にハンター―――密告者―――は増えていく。やがてハンターの割合が増えれば、もう政府の想いのままだ。支持率90%も夢じゃない。悪夢ではあるが。


「今のおばちゃん、何かしたのか・・・?」


 中野が、恐る恐ると言った様子で聞いてくる。昨日の3人組の話を聞いていないのだから、ミィちゃんだのマー君だの言われても分からないだろう。高松さんと世間話をして怪しまれないようにするのが中野の役割だった、無理もない。


「あの人の友だちの旦那さんが今みたいな形で転勤になったんだよ」


さらにメッセージを追加。


<あの人がチクったがためにね。で、あの人は政府からご褒美がもらえてブランド品で身を包んでるってワケ>


「はあ!? 有り得なくね? まじクズだろ」


 クズだけど、有り得る。人間が集まれば一定数のクズがいて、こうなる。ゲームの世界にリアリティがあって何よりだが、ここまでは求めていなかった。こんなにイライラするゲームは始めてだ。絶対に、今笑っている連中をどん底に突き落としてやる。


「あのさ、」


 3人の視線が俺に集まる。できれば、一度決めたことを変えるような真似はしたくなかったのだが、


「コンペティート行くのやめて、ブラッキに行っても、いい・・・?」


 誰とも目を合わせることができず、斜め下に顔を向けながらそう言った。


「は? 砂漠見るんじゃなかったのか?」


 そう返されるのも、仕方ない。まして中野は、あまり細かい話を知らない。


「さっきのおばちゃんも言ってたよね、何時かは知らないけど終電に間に合わない時間まで毎日残業してるって。きっと、苦しんでる人が多いよ」


「いやそりゃ可哀想だけどよぉ、どうやって助けんだ?」


「すぐにどうこうできるものじゃない。現地に行って、色々調べてからどうすればいいか考えて行くことになる」


「だったらコンペティートの後でもよくねぇか? 1日か2日しか変わんねぇだろ」


「1日たりとも捨てる訳にはいかないよ。結果として何日もかかっちゃうのと、自分の意志で1日2日捨てるのとでは訳が違う。その間にも転勤で引っ越さなきゃいけなくなったり、過労で倒れたり自殺する人だっているかも知れないんだから、最善は尽くさなきゃ」


「でもそこまで急がなくて良くね? 残業がキツいったってゲームの世界の奴らじゃねぇか。実際に生きてる訳じゃねぇだろ」


「ちょっと中野君」


「いやでもよぉ・・・」


 この意識の差は、どうあっても埋まらないだろう。もしかすると、いつも俺がチームの行動を決めてることへの反発もあるかも知れない。俺だって、「あっち行く」の後で「やっぱこっち~」とか言われたらイライラする。


「てか残業なんてコンペティートでもあるだろ。そっちは助けねぇのかよ」


「比率の問題。ブラッキに多いのはほぼ確実だし、そっちに行った方が情報も入りやすい。コンペティートで苦しんでる人を助けるにも、先にブラッキに行くのが早い」


「何でコンペティートに少ないって分かるんだよ。ブラッキより酷ぇかもしんねぇじゃんか」


「じゃあ聞いてみようか」


「はあ?」


 俺はパッと横に顔を向け、通りすがりの人に声を掛けた。


「すみません」


「はい?」


 立ち止まり、顔を向けてくれた。


「僕たちこれからコンペティートに行こうと思ってるんですけど、どんな街なんですか?」


 本当は自分の足で踏み入れて初めて知りたかったことだが、状況が状況だ。それよりも大事なことがある。さっさと中野を説得して今日中にブラッキに向かおう。


「コンペティートですか? あそこはエコノミアでも結構変わってて、うーん、ひと言で言うと競技が盛んな街ですね。大きな競技場に体育館、ボードゲーム会館、それから闘技場なんてのもありますよ。毎日何かしらの大会やってますから、退屈しないと思います」


「へぇ、そうなんですね。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 親切なその人は、最後まで笑顔を絶やさずに去って行った。さて、


「どうやらコンペティートはブラック企業とは無縁みたいだね。決まりだよ、ブラッキに行こう。観光やスポーツ観戦なんて後からでもできる」


「中野君、あたしからもお願い。苦しんでる人を、助けたいの」


 高松さんが味方についてくれた。花巻さんは何も言わないが、高松さんと同様、頼み込むように中野の方を見ている。2人には悪いが、俺が理屈を並べるよりも遥かに効果がある。


「う~~~ん、」


 中野は頭をポリポリ掻きながら、


「しゃあねぇなぁ」


 渋々と言った様子も残るが、受け入れたようだ。


「ありがとね。中野君、あたしと話してばっかりだったから分かってないこと多いよね。ちょっとずつ教えていくから」


「おう。サンキュな、千尋ちゃん」



 中野の説得が済んだところで、南門に向かって移動を始めた。目指すは、ブラック企業の巣窟となっている可能性が高い街、ブラッキ。一体どんな、闇がある。


次回:悪夢の転がる街、労働都市ブラッキ

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