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4人の魔法使いの冒険  作者: 藤見倫
第3章:巻き起こせ、労働革命
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第96話:気分転換

 ビジナに到着。美術館に行くには地下鉄を使うらしい。ノースゲート駅で乗車、目的地はミュージアム駅で乗り換え不要。ノースゲート駅が始発駅のようで、座ることができた。


 地下鉄は現実世界と同じような感じだ。花巻さんは乗ったことがないらしく、これが初めてらしい。使い方、乗ってる時の感覚は東京にあるものと変わらないが、エスカレーターや地下通路、ホームの壁や天井のデザインが素晴らしかった。車両がサビだらけだったのが勿体ない。


「それにしても、美術館がタダなんて太っ腹だね」


 美術館って何千円も取られるイメージがあるのだが、タダなのは結構なことだ。だが、国立ということは国税を使ってる訳で、他の街の住民が不公平感を抱きそうだな。ちょっとぐらいはビジナ側の税金も使ってるのだろうか。


「ホント。日本でも入館自体はタダのとこもあるけど、企画展ごとにお金取られたりするのよね。ここのはそれも無いみたい」


 なるほど、遊園地みたいにアトラクションごとに金がかかるイメージか。館内の企画全部が見られるパスポートはないのか? それこそ何千円もするかも知れないが。


「お前さっきからスマホ覗き込んで何見てんだ?」


 近くにいる2人組から、そんな声が聞こえてきた。


「メタリック株だよ。昨日気付いた時には既に遅し、今日オープン直後に4割下がりやがった」


 アカデミアでは腫れ物のように扱われていた株の話があっさり出てきた。


「12時から再開っつってるけど注文通りにくいだろうなぁ。ま、価値がゼロになったところで損するのは10万ぐらいだから諦めつくけどよ」


「ははは、そりゃ災難だったな。メタリック株もってなくて良かった~」


 やはり、投資額が少ないようだ。10万も決して小さな額ではないが、彼の家計が破綻する程ではないようだ。


「ちぇっ、お前も爆死しやがれ」


「やなこった。これを機にもう少し分散したらどうだ」


「いいや、こりゃチャンスだろ。持ってる10万の分は諦めて空売りに全振りする。一気に100万だ」


「オイオイそりゃまた攻めるねえ」


 空売り、というのはよく分からないが、今の状況と“空”という頭文字から察するに、株を持ってなくても仮想的に売ることができて、下がってから買い戻せば差額が利益になる、ってところか。逆に上がってしまうと投入額以上で買い戻さなければならないはずだ。

 いやまぁ下がるんだろうけど、彼の発言が死亡フラグに思えてならない。本人は口に出してないが、失った分を取り戻そうとしてるな。で、欲張ってもっと下がるのを待ってる間に・・・破滅しないでくれよ?


「リスクは付きものさ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。でもさすがに怖いからちょっと下がったトコで買い戻して利確すっけどな。それでも大量投入すればでも結構な額になるだろ? まだまだ下がるから今からでも遅くねえよ」


 リカク、もよく分からないが、「下がったトコで買い戻す」らしいから利益確定の略とかだろう。怖いのは、昨夜注文が通った人たちの利益確定の買いと、サーバー過負荷の通信エラーだな。投資判断は個人の責任だから助けないぞ。虎穴に入った結果それが自分の墓穴になりました、なんてことは無いように。


「ちょっと大村君」


「ん?」


「き・ぶ・ん・て・ん・か・ん」


「あ・・・ごめん」


「もう」


 結局、株がどうとかいう話を聞き入ってしまった。美術館で気分転換だったな。


「ここの国立美術館、ホントはいくつかある博物館のうちの1つで、美術館の他は、歴史、建築物、航空・宇宙、自然・動物、があるの。今日は、美術館でいいかしら」


 個人的には建築物にそそられるのだが、言い出しっぺの高松さんの希望に沿うのがいいだろう。


「別にいいよ。そもそも最初から美術館って言ってたし。飽きたりしたら勝手に休憩してるから」


「そ。ありがと」


 自分自身に絵心がないからか、どうも、美術品(特に絵画)の鑑賞にはのめり込めない。彫刻とか陶磁器ならまだ、ある程度の時間を掛けて見ることができるだろうから頑張ろう。



 ミュージアム駅に到着。地上に出ると、目の前に美術館があった。圧倒された。綺麗な淡いグレーの建物で、太い柱が何本も縦に並ぶ見たこともないようなデザイン。大きさは・・・これ、1日かけても回れるのか?


「ほ、ほどほどにしよっか・・・タダだし」


「高松さんがそう言うなら、それで」


「さすがにこれ1日じゃ無理だろ」


 美術館に向かいつつ、周囲の景色も見た。いや、なんだここ・・・? 他の博物館もあると思うが、似たような立派な建物が多すぎて全く分からない。純白、銀色、ガラス張り、色々ある。博物館以外の建物は何なんだ? 


「ママー、あれは何?」


 通りすがりの少年が俺の左後ろ、少し離れた位置にある純白の立派な建物を指差している。


「あれはね、財務省って言って、国のお金を管理してるところなの」


 は? あれ財務省なのか? え、うん、いや、はい、ホーー! じゃあ他のやつも行政機関の建物か。さすがは経済大国の首都、スケールが違う。俺、中に入らなくても外から建物見て回るだけで1日潰せるぞ。むしろ1日じゃ終わらない。

 まあ、今日は美術館だ。自分の意志で来ることはないだろうから良い機会だ。


 空港じゃあるまいし、と言いたくなるような身体検査を受けて中へ。内装もヤバかった。どう表現すればいいのか分からないのだが、なんかこう、世界でも有名な観光地に来たような感じで、とにかくヤバい。美術品よりも美術館本体で楽しめそうです。


 パンフレットを手に取り、まずは一番の有名どころに行くことになった。最初は一本道だったので4人固まっていたが、途中から入り組んできた上に特に順路が決まってないようなので適当に散らばった。

 こういうのは1人でじっくり見たい派なのでちょうど良かった。建物の方に目がいきがちだが、美術館に来たのだから、美術品を見なければ。さすがに展示エリアの内装はシンプルだ。


 それぞれの画家の特色とか細かい技術のこととかはサッパリなので、飾ってある絵を単純に見て楽しもう。

 本当に凄い作品は、見た瞬間に圧倒されるはずだ。ド素人が見ても、分かるはず。逆に、細かい説明が無ければ分からないようであれば、その程度だ。絵なんだから、言葉ではなく絵で伝えるべきだ。芸術とは、そういうものであって欲しい。


 以前父に連れて行かれたクラシックコンサートは酷かった。なんでも、父の会社の人が入っている団体(大学OBだったっけ)の定期演奏会で、知り合い割引のタダ券をもらったらしい。

 その実態は、ご無沙汰になってる人への挨拶会だった。もちろん演奏自体はあるし、素人に分かるようなミスもなく上手いのだが、ただ弾いてるだけ。しかも知らない曲ばっか。ウトウトしていると時々大きな音で目が覚める。苦痛だった。パンフレットには色々書いてあって、その時はやっぱクラシックは難しいんだなと思っていたのだが、全ての曲が終わってホールの外に出たら考えが変わった。

 挨拶、挨拶、挨拶、挨拶。何かのパーティーなのかと言いたくなるほど、あちこちで“ご挨拶”が繰り広げられていた。察するに、あのコンサートの客の大半はメンバーの関係者で、つまりは素人。それでしてマニアックな曲を淡々と弾くものだから、怒りさえ覚えた。「コンサートやるんで来てください」って呼んだのなら、音楽で楽しませろよ。人に時間を割いてもらうのを、何だと思っている。

 親父も言っていた、「俺は人と話しに来たんじゃない、音楽を聴きに来たんだ」と。俺同様、どんなものが聴けるのか素人ながらに楽しみにしていたそうだ。


 改めて言おう。俺は、何かが本来の意味を捨てて別の何かに利用されるのが嫌いだ。


 結局その後日、父が「煮え切らない」と言い放ち、金を払って有名な楽団のコンサートに行った。本物だった。素人でも、知識がなくても、初めて聞く曲でも、楽しめた。姉も含めて3人で満足して帰った。


 ここの美術品は、さすがに良い作品が多い。ただ、俺自身の感性の問題で、ゆっくり歩いていれば立ち止まるほど見入るものはなく、流れるように壁に掛かっている絵画を眺めながら歩いた。


 そのまま進み続けていたが、ちょうど部屋が切り替わったタイミングで足が止まった。・・・鳥肌が立った。絵そのものが大きいというのもあったかも知れない。でも、それを差し引いても凄いものだった。こういうものを、待っていた。やはり、楽しめるじゃないか、美術品。

 我に返って前に進み、いくつか列を成して並んでいるベンチに腰を掛けた。


「フーーーーーッ」


 休憩。少し、さっきの愚痴でヒートアップしてしまった。頭を冷やして、美術品の鑑賞に専念しよう。


 5分ほど休み、立ち上がった。その後は今のように足を止めることもなく、出口に着いた。見入ってしまう程のものは、あの1つだけだったか。でも、1つあれば十分だ。1つだけでもあれば、ここに来たことに十分な価値を見出せる。


 それから2~3分で中野、さらに10分ほどで女性陣も到着。12時を過ぎているので館内のレストランで昼飯にした。


「どうだった? 連れて来といて難だけど」


「楽しめたよ。全体的にレベルが高かったし、途中にあったあの大きな絵、あれは度胆を抜かれたよ。人が、あそこまでのものを作れるんだね」


「俺も俺も。あれヤバかったよな。鳥肌たったぜ」


 俺もだぜ。


「良かった。2人とも、美術館とか興味なさそうだったし」


「実際あんまり興味ないんだけど、いいものがあると結構楽しめるね」


「そっか、良かった。大村君に高評価がもらえるなんて、さすがは国立美術館ね」


 さすがに現地にいる中で辛口コメントは出さないが、意識してそうする必要もなく全体的に良かった。タダだし、もし近所にあればたまに来るだろう。


「うっし、やっと通った~」


 隣のテーブルの声だ。何が通ったんだ?


「投資家さんは大変だねえ。いくらで売れたんだ?」


 株の話のようだ。高松さんには悪いが、聞き耳を立ててみよう。気分転換とは言われたが、そのために敢えて無視するのもストレスだ。


「1,035円よ。3万円つぎ込んだのが半分以下になっちまった。で、まだまだ下がってってるから、これから空売りに10万賭けっトコ。でもやっぱサーバ混んでっし、いつ通ることやら」


「ははは、根気勝負だな。頑張れよ、俺はゲームでもしとくから」


「わり」


 1人は投資、1人はゲーム。それぞれスマホを覗き込んで思い思いの活動をしている。この人たち、何しに美術館に来てるんだ・・・? キャパに余裕があってレストランも空いてるから構わないけど。


 意識を自分のテーブルに戻し、フーッと息をついて水の入ったグラスを手に取った。


「戻って来た?」


 やっぱ、バレてたか。


「ただいま」


「おかえり」

<ホントに、そういう血が流れてるのね>


 いつしか、そんなことを言ったな。気にせずには居られない、自分にはそういう血が流れてると割り切っていると。わざわざメッセージ送ってこなくても・・・。


 食事が届き、それぞれ食べ始めた。



 完食。


「もう2コ、行っていい? 常設展と企画展1コずつ」


「別に」

「いいぜ」


「んじゃ決まりね」


 休憩には十分なので早速出ることにした。次も常設展のうち1つ、俺や中野が飽きないように気を遣ったのか、彫刻のエリアだ。

 個人的には絵画よりも見応えがあった。それなりの頻度で足を止め、色々な角度から作品を見たりした。絵の方でも思ったが、これ、人ができる業なんだな。


 人間不信になってしまった俺だが、基本的には人間が好きだ。想像を絶する力を持っている。俺が人間不信なのは、自分の力を使おうとしない人が多いからだ。凄い人がいると、「あの人ヤバい」とか「超ストイック」とか言って遠い存在扱い。直観的に「こんなの無理」と思ったらそれで終わり、大したことじゃなくても音を上げる。

 とは言え、あまり根性論を振りかざすとパワハラになるし、今の時代には合わない。でも頑張らないと力は付かない訳で、バランスが難しい。


 彫刻展示の出口に到着。中野がいるから、あいつよりは時間をかけたようだ。女性陣はまだで、5分後ぐらいに出て来た。


「次はどうするの? 企画展だっけ」


「そ。現代アート」


 あ、なんか面白そう。高松さん先導で進んでいると、


「ちょっとアナタ、いつまでやってるの?」


「もう少し待ってくれよ! 全然注文が通らないんだよ! あ~、くそっ!」


 苛立った表情でスマホと睨めっこする男と、片手で子どもと手を繋ぎこちらも苛立った様子の女性。夫婦喧嘩なら外でやってくれ。


「株なんて後でもいいでしょ? 今日はもう無理よ」


「何言ってんだ。こんな大儲けのチャンスは今しかないんだよ。何万、いや何十万と手に入るかも知れないんだぞ?」


「私はこうして家族で美術館に来れるだけでも十分幸せよ」


 素晴らしい奥さんじゃないか。余計な金儲けなんてやめて幸せを噛みしめたらどうだ。世の中ケーキ食べながら旦那の稼ぎの無さを愚痴る人もいるんだぞ。


「ちょっと先行っててくれ、これだけは絶対・・・うっしゃ通ったぁ!」


「そう? もう・・・恥ずかしいから静かにしてよ」


「ごめんごめん」


 その家族は俺たちと反対方向に進み出した。すれ違いざまに覗いた夫のスマホ画面には“3,000株”の文字。昼飯の時の人が1,035円とか言ってたから、下がってなければ300万、多少下がってても200万は投じてるな。あの家族の貯金にもよるが、大丈夫か・・・? せっかくの幸せを、ちょっとの金儲けのために壊すなよ。



 現代アートも素晴らしいものだった。マニアック要素の強い古美術とは異なり、単純に見た目で楽しむことができる。賑やかで声も出しやすく、中野も結構テンション上がってた。俺や中野が美術品鑑賞に飽きてくる後半にこれを持ってくる辺り、さすがは高松さんだな。


 総合的な評価をすれば現代アートが一番楽しめたが、どの作品が印象に残ってるかと聞かれれば、午前中に見た大きな絵だ。初めて見た瞬間の、あの衝撃を心臓が覚えている。


 --------------------------------


 コンペティートを目指すべく、美術館から撤収。4時前ぐらいだ。地下鉄に乗ってサウスゲート駅を目指した。


 椅子には座れず、揺られながら路線図を眺めていると、


「嘘だろぉ!?」


 男の人の叫び声が聞こえた。車内が一気に静まり返り、人々が声の主に顔を向ける。


「何かの間違いだ、きっとそうに違いない・・・! いやだってこんな買う訳ないだろ・・・!?」


 さらにその男は電話を取りだし、


「オイ、出ろよ! 出ろって!! クソ!!」


 よく聞き取れないが、どっちにしても鬱陶しいな。


「チッ、うるっせーな」

「何あれ・・・」

「コーちゃん、見ちゃダメよ」


 この世界でも、電車の中での大声や電話はマナー違反のようだ。周囲の人々まで苛立っていく中、


「もしかして、これじゃない?」


 1人の女の人の声が響いた。その横にいる友人にスマホを見せている。


「えーなになに? ラスト1分の悪夢、メタリック株急騰、終値2,891円」


 その声を皮切りに、車内がザワつきだす。


「うげマジだ」

「エグすぎだろこれ」

「今日売った人死んだんじゃね?」

「サーバ不調でロスカット機能せず、だってよ。冗談抜きで死でしょ」


 どうやら、メタリック株が急騰したようだ。


「すみません、ちょっといいですか?」


 近くの人に頼んでスマホで見せてもらった。


「はい、これ今日のチャート。トレジャーハンターでも株やったりするんだ。その様子だと君たちは大丈夫そうだね」


 株をやってないから大丈夫だ。


「ロスカットと言うのは・・・?」


「え・・・株やってるんじゃなかったの? ロスカットは、一定以上のロスになると強制的に約定されるものだよ。たとえば、1万ロスったら諦めるように設定すればそれ以上のロスは出ない。ちょっとオーバーして1万2千とかになったりもするけどね。

 だけど、それが機能しなかったってことは、空売りを入れた大半の人は負債を抱えたままだ。また暴落しない限りは、戻らない」


 チャートを見た。今日の始値が3,024円、オープン直後に昨夜の注文分で1,746円まで急転直下、12時の取引再開でまた急落、少しずつ落ち方が緩やかになるも最安値は618円@15:59、そこから最後の1分で急上昇して終値2,891円。確かに、エグい。


 昨日注文が通った人は3,024円で売れているが、今日売った人は確実に1,746円以下だ。注文が通った後も確認はするだろうが、最後の1分までリアルタイムで見てない人もいるだろうし、見てたところでサーバーが受け付けなければ買い戻せない。

 売って現金化した人ならまだしも、空売りに投じた人は買い戻さなければならない。美術館で奥さんを怒らせてた人、3,000株だったな。あの時は1時半、これを見る限り1株720円ぐらいで、投入額216万。もしまだ買い戻してなければ800万は必要で、600万近い赤字。大丈夫だよな、あれから100円も下がってるから30万の利益で確定してるよな。まだ下がると思って放置してないよな。


 仮にあの人が大丈夫でも、破滅した人はほぼ確実にいると思うが・・・。


「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」


 今度は別の男が叫んだ。今叫ぶと言うことは、見てなかったのだろうな。まだ下がると鷹をくくっていたのだろう。外せば絶叫するほどの額を投じておいて放置する人の気が知れない。


 辺りを見回すと、頭を抱えている人、こめかみを手で押さえて震えている人、しゃがみ込んで床を殴る人もいた。バカだろ。それでも車内にいる多くの人は、その様子を哀れみの視線で眺める人たちだから、安心した。それと、落ち着いた様子で笑みを浮かべる勝者の姿もあった。


 だが、車内の雰囲気は悪い。多くの人が居心地の悪さを感じているだろう。掛ける言葉が“自業自得”しか思い付かない。


「次の駅で降りよっか・・・。南門まで歩こう」


 3人は無言で首を縦に振った。同じことを考える人が多かったのか、次の駅では結構な人数が降りた。



 エスカレーターで地上へ。せっかく美術館で気分転換したんだ。このまま暗い雰囲気を引きずりたくない。


「負けたら叫ぶほどの投資なんて、するもんじゃないね」


 あえて株の話にした。避けたら暗い雰囲気を引きずりそうだったから。


「あたしは、投資自体するもんじゃないと思うわ」


「バイトやった方がマシじゃね? 1日で5~6千円はヨユーだろ」


「はははっ。かもね」


 少し、気分が良くなった。そのまま中野と高松さんが世間話に突入。やはり俺は、考え事に走ってしまう。


 今日見かけた人たちは、空売りをしている人が多かった。さっき電車で見た勝者と敗者の比率的にもそのはずだ。

 世間があんな売りムードだったのにそれを無視して株価の引き上げができるのは・・・ファイナンスの富豪たちだけだ。ロボ暴走事故を受けて自分たちも売りさばき、庶民が慌てて売り捨てて株価が下がったところで、その日のうちに、しかも最後の1分で一気に回収。庶民がどんなに売り注文を入れても、彼らの貯金などファイナンスの富豪からすればゴミみたいなものだろう。ガチの投資家が一気に買えば、跳ね上がる。

 それくらいのガチ勢にもなれば、昨日のロボ暴走の情報も早く入手してるだろうし、3,024円で売れてれば600円台を待たずとも利益が出る。庶民が1,000円や800円で売ってた時、それを買ってたんだろうな。


 で、損した人たちだが、これはもう明日の予測なんてできない。大金を使った賭けはできず、今日の損失は泣き寝入りするしかない。チャンスに目が眩んだ街の庶民は、富豪たちのマネーゲームに巻き込まれて破産に追いやられましたとさ。


 資金の無い素人を破産に追いやってまで金を稼ごうとする投資家たちに対して何も思わない訳ではないが、彼らは彼らの戦略で勝利を手にしただけであり、それを成敗しようものなら俺が犯罪者になる。第一、自滅した人に手を差し伸べられるほど暇じゃない。

 この国には、許せないレベルの闇があるはずだ。1つ分かっているのは、選挙の投票先が暗黙に義務付けられている会社がいくつもあり、破ろうものなら投票先がバレる仕組みがあって不当な人事を受けることだ。これだけではない気がする。今日は朝から株の話ばかりだったが、切り替えよう。


「やっぱり、気になるの?」


 話し掛けてきたのは、花巻さんだ。


「あ、うん・・・。でも、ちょうど切り替えようと思ってたとこ。大金を損したのは気の毒だけど、投資の失敗は自業自得。それよりも、企業とお役所が裏で繋がってる方を暴かないとね」


「うん。頑張ろうね」


 プレイヤーに選挙権は無いだろうが、こういうことをする連中は何だってやる。花巻さんの弟がブラッキやスノーウィーンで働かされてる可能性もある。


 歩いていると、


「なんでぇっ!?」


 女性の叫び声。見ると、目からボロボロと涙を流す女性と、申し訳ない気持ちと諦めが混ざったような表情でそれを見る男の姿があった。なんだ? また株で大損か?


「どうして・・・!? ずっと一緒にいたいのに・・・!」


 なんだ、別れ話か。見るものでもないから、行こう。


「・・・お前、この間の選挙の話、誰かに言ったりとか、してないよな・・・?」


 足が止まった。別れ話ではなさそうだ。


<ごめん、あの話聞く>


<何かありそうね>


 ビルの壁際に寄って不審に思われない程度に距離を置き、中野と高松さんに世間話、花巻さんに読書を始めてもらった。


「え・・・? 選挙の、話・・・? 国民党に入れなかった人がスノ…」


「バカ・・・ッ! やめるんだ」


「あ、う、えっと・・・した、けど。友だちと、ランチの時に。その、愚痴合戦みたいな流れになって」


「フーーッ。 そうか・・・」


 今度は、女性の方が申し訳なさそうな態度になった。おそらく、外では言わないように止めていたのだろう。当然だ。

 さっき「ずっと一緒にいたい」と言ってたから、外で話したのを誰かに見られて男(旦那か?)の方が異動になったのだろう。女性の方も引越せば一緒には居られるはずだが、持ち家があるのか、それとも他にも何かあるのか。


 この話は、聞くしかない。

 気分転換で美術館に行った甲斐も空しく、株価の件に続いてこの場面に遭遇し、さらに悪い方向に気分が転換された。


次回:経済大国の闇

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