第8話:それぞれの心境(前編)
昼食後は宿屋に向かった。高松さんが「そういえばお金は?」と言った時は血の気が引いたが、メニューを開くと所持金があった。51,024円。初期5万+モンスターを倒した分だろうか。通貨は普通に円で、”シェフのきまぐれランチ”が1,000円だったから相場も割と普通。宿は個人的には1人が良かったが、同性は相部屋必須とのことなので2人ずつに別れ、7時に夕食のためフロント集合となった。それまでは自由時間だ。
「なあ、どこも行かねえのか? せっかく街に来たのに」
「うん、寝かせて。疲れた」
回復はベッドで横になって念じるだけでもできるらしいのだが、普通に眠い。
「ちぇっ、つまんねーの。女子はどうかな」
「さあ」
さすがにまだ出かけてないだろうけど、しばらく休憩するだろう。疲れてなくても中野と出かけるなんてやだぜ? 今も一緒にいるだけで疲労が溜まる。てか中野、お前まだ戦闘不能のままじゃん。HPゼロなのに元気だな。
「確か3つ隣だったよな、ちょっと呼んでみっか」
「いってらっしゃーい」
回復せずに出て言っちゃったよ。まあいいけど。
振り向きもせずに手だけ上げて送り出した。やっと1人になれる。俺はベッドで横になったまま思いっきり背伸びをした。回復は、宿屋の部屋で念じるとできるらしい。花巻さんの愛属性魔法のような青白い光に包まれ、メニュー画面を開くとHP・MPとも全回復していた。
・・・・・・弟探しか。花巻さんに事情があるならと聞いてみたが、まさかこんな話だとは思わなかった。でも聞くことができて良かった。こういう背景を知ると余計なプレッシャーに感じる人もいるだろうが、俺は気合が入る方だ。簡単にはゲームオーバーになれない理由が増えた。さっきブルーウルフにやられてたら花巻さんの話を聞くこともできずに現実世界に戻されていたのかたと思うと、ぞっとする。
それにしても本当にいるんだな、この世界に来たっきり戻らない人が。単純にまだクリアを目指して奮闘中か、ゲームオーバーさえできない状況になってるか、この世界が気に入って戻る気をなくしたか。思いつくのはこの辺りだ。
1番目なら無理には引き戻せないな。姉である花巻さんがどうするかは知らないけど。2番目ならパーティメンバー全員探し出して全滅させればいい。それも難儀だけど。3番目もやはり姉の説得次第になる。嫌がれば強引に全滅させてもいいけど、姉弟の仲が悪くなっても困るな。俺ではなく花巻さんが。
まあ2番目だとは思う。2つ下ってことは今は中3で、2年前と言ってたから中1の時にこれを始めたことになる。さすがに金や名誉のためでも2年は離れないだろうし、この世界で一生過ごそうとは思わないだろう。俺じゃあるまいし。てかこの世界にいたら死ねないんじゃないのか? カプセルで寝てる本体の方は年とるのか? 案内人に聞いておけば良かった。でもいいや、さっさとクリアして1億円を手に入れよう。もちろん花巻さんの弟のことも忘れずに。
ひとまずは全部の街制覇かな。それも遠い道のりだけど、まずは次の街だ。でもどこにあるんだ次の街、ワールドマップとかあるのかな。明日探してみよう。明日も自由時間にしていいか、晩飯の時に聞いてみよう。
それにしても4人とも魔法使いだとは、まさかだ。恐れてもいなかった。でも接近戦も案外いけるし、無理せず少しずつレベルアップしていけば問題ない。そのうち強い防具もつけられるようになる。明日は装備屋も見ないとな。自分で魔法使いを選んだから、魔法使い専用の装備でいこう。そこにはこだわりたい。チームの全員がそうだったからと言って近接戦闘用の装備には頼れない。近接戦闘はするつもりだけど。魔法で。
さっきはグランドブロウとか言っちゃったけど、転送前の案内人の話だと標準魔法というのがあるらしい。魔法陣が出てそこから決まった魔法が出る。モンスターの魔法は全部標準魔法とのこと。俺たちプレイヤーもレベルアップで属性ごとに決められた標準魔法が使えるようになる。そうでなくてもMP消費で火とか水を出したりできるから標準魔法抜きでも戦えるし、オリジナルの技を編み出す人も多いとか。さっきの俺や中野のように。
何にせよ、2~3日は旅の支度を整えたり戦闘技能強化も兼ねたレベルアップかな。その辺りも晩飯の時に聞いてみよう。とにかく今は昼寝だ。これからの旅に備えてしっかり休んでおかないと。こういう時は寝付くのに時間がかかったりするのだが、これまで考えてきたことを何度かループさせていくうちに俺の意識はいつの間にか眠りに落ちていった。
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「ちょっと休憩しよっか?」
宿屋の受付を済ませた後、男性陣と別れ花巻さんと部屋に入った。街を散策してみたい気持ちもあるけど、さすがにちょっと疲れた。
「うん、私も少し休みたい」
花巻さんも同じみたい。色々ありすぎて疲れたもんね。最初ぐらい街から始めさせてくれればいいのに、いきなり敵と戦わされるんだもん。
「匠君、だったよね。見つけられるように頑張ろうね」
「うん、ありがとう。・・・でも、本当にいいの?」
何となくそんな気はしてたけど、人の目を必要以上に気にするタイプみたい。このくらい気にしなくてもいいのに。
「大丈夫よ。ホントに大した目的があったわけじゃないんだから。絶対見つけようね、匠君」
花巻さんの表情が明るくなった。
「うん、よろしくお願いします」
この子は多分、まっすぐで健気な子。大村君は大丈夫そうだけど、中野君はノリが軽い所があるから気を付けないと。だけど敬語は気になるなあ。
「ねえ、葵って呼んでもいい? あたしのことも千尋でいいから」
他人行儀なのが嫌っていうのもあるけど、中野君にだけ下の名前で呼ばれるのがすっごい嫌。ていうかあいつもう”中野”でよくない? でも余計に馴れ馴れしくなっても嫌だし敢えて”君”付けしよう。大村君はまだ今のままでいいかな。無理に下の名前使わせてもぎこちなくなりそう。
「え? うん、いいよ。ありがとう。えっと、千尋・・・ちゃん」
“千尋ちゃん”はやめて!
「"ちゃん”なんていらないよ。よろしくね、葵」
「・・・う~~ん、ごめんなさい、”千尋ちゃん”でいいですか?」
“千尋ちゃん”使いが増えてしまった・・・しょうがないか。慣れてきたら葵には”ちゃん”を外してもらおう。
「うん、大丈夫。無理しなくていいよ。でも敬語はやめてね?」
「うん、努力・・・する」
その時、コンコン、とドアをノックする音がした。来るだろうとは思ってたけど中野君かな。大村君は自主的にはこっちに来ないと思う。寝るって言ってたし。
「はーい」
ドアを開けると中野君がいた。1人ということはやっぱり大村君には振られたのかな?
「なあ、ちょっとその辺うろつこうぜ」
そうだろうとは思ったけど、今は休みたい。割と本気で。
「うーん、私たちはちょっと休みたいかな。後で出かけようとは思ってるけど今日は女子だけで出かけさせて」
私は部屋の真ん中辺りに戻り、両手を葵の肩に乗せて答える。一緒に旅をする以上、男子とも仲良くならないといけないけど、まずは女子同士。特に葵はちょっと難しそうだし。
「えーー。そう言わずにさ、一緒に旅するんだから俺とも仲良くしてくれよぉ」
そうなんだけど・・・そうじゃない。そんな軽い感覚で表面上だけ仲良くなってもダメ。確かに私も周りに適当に合わせることもあるけど、このゲームの仲間にはそうはしないと決めていた。意気投合すればいいけど、少なくとも今この人と話しているのが楽しくないから、ダメ。女子1人のチームになることも覚悟の上だったけど、ここは2人いることを利用しよう。
「ごめん、まずは女子同士で親睦を深めさせて」
男子は男子同士で、とも言おうとしたけど大村君は寝たっぽいからやめておいた。その大村君はドライな所はあるけど、中野君よりも仲良くなりやすそう。私としても、多分葵も。中野君のようなフレンドリー(というよりノリが軽い)な人よりも大村君のようなドライなタイプの方が接しやすい。あの人、あえてドライに徹してる感じもするし(中野君が軽いから?)。なんとなくだけど、信頼し合える仲にもなれるんじゃないかって思う。
「そっかぁー、じゃあしょうがねえな。もしその辺で見かけたら声かけてくれよな」
「うん。もし街で会えなくても、また晩ご飯の時にね」
中野君が立ち去って行った。
「追い払っちゃったけど、いいよね」
「私は大丈夫だけど・・・中野君、気を悪くしちゃってないかな」
「いいのよ、ああいうのはあれくらいで。ここで合わせちゃうと後が大変だよ? でも後で2人で出かけようと思ってるのは割と本気だから、ちょっと休んだら、いい?」
「うん。私も街に出てみたいし、1人じゃちょっと怖いから」
「じゃあ3時ぐらいにしましょっか。私もちょっと寝ようかな」
「うん、おやすみなさい」
私は帽子を机に置いてローブをハンガーに掛けて布団に入った。今着てる白い服は装備じゃないらしい。生活用品とか持ち物は4次元空間(?)に保管できて念じれば取り出せるようになってるけど、今は何も持ってない。装備の下に着るのは今日買わなきゃね。なおさら中野君も一緒は無理だ。大村君は外に出る気なさそうだったけど大丈夫かな。男の子だし”1日ぐらい別に”とか思ってそう。でも明日はちゃんと着替えを買うように後で言っておこう。
それにしても、今日は大村君がいてくれて助かった。4人とも魔法使いだったのはマジでやばいって思った。大村君、剣士がいないからってあんなバンバン前に出て、最後はMP使い切ったり中野君ごと攻撃したり・・・私には真似できないな。
でも、ちょっと悔しい。凄いとも思うけど、悔しいと思う気持ちもある。剣士が同じような事をしてもこうは思わなかっただろうけど、大村君は私と同じ魔法使いを選んでてあんなのを見せられると、悔しい。私も結構自信あったんだけどな。
普通に剣士とかがいるチームだったら援護射撃とかして結構役に立ててたと思う。今日も援護射撃としての役割は果たせたと思うけど、同じ魔法使いだった大村君の活躍と比べると霞んでしまう。私がいなくても大村君なら何とかできたんじゃないかって思える。やっぱりちょっと適わないかも。
ひとまず、私の目標は大村君に頼らなくてもいいようになることかな。匠君のことも、ゲームクリアも大事だけど、私は私で実りのある挑戦にしたい。大村君は私の目的を”自分試し”と表現して、”大したものじゃない”とも言った。確かに家族を探すのと比べたら大したことないけど、それでも大事なこと。
私は結構負けず嫌いな所がある。大村君のような人が同年代にいると分かったから、あわよくば上をいく、せめて頼らなくてもいいようにはならないと気が済まない。頑張ろう。大村君の登場でちょっと自信をなくしちゃったけど、取り戻そう。
念じると出てくるメニュー画面でアラームを3時にセットし、考え事もやめて休むことにした。うまく寝付けるかな。
次回:それぞれの心境(後編)