第70話:夢の豪華特急(前編)
「では皆様、こちらへどうぞ」
神殿の入り口に集まっていた面々と別れ、車掌の案内でホワイライトエクスプレスに向かった。Dr. スターリーたちは「興味が無い」、ルイナさんたちは「何もしていない」という理由でこっちには来なかった。リリーさんには思いっきり助けられたのだが、その程度では納得していないと言うことだろう。
他の乗客たちは全員が国境付近まで戻ることに賛成した。この景色をもっと見ていたいらしい。
1200万でも入れない、VIPルーム。
「うおおぉぉ・・・マジヤベぇ!」
両サイドに、大きな窓。素人でも分かる高級家具の品々。おそらくは計算し尽くされているであろうレイアウト。なんかこう、”思いっ切り羽を伸ばしてくださいね”と歓迎されている気がする。ちゃんと招かれて来たからか、キングダムホテルに寄った時のような威圧感は感じない。4人そろってしばらく固まっていた。
2つのベッドはあまりにも綺麗に整えられていて使うのが憚られる。ベッド2つかぁ・・・くっ、ここはソファーにするか。そのソファーも十分に普段お目にかかれないレベルの逸品だ。3人掛けサイズが3つある、1つもらってしまおう。
「おっきなソファーだ~」
そう言いながら一番近いソファーに向かって小走り気味で歩き、全身を投げた。めっちゃ沈んだ。
「あっ大村ズリぃぞ!」
「行儀悪いわよ~」
行儀は外に置いて来た。奴はこの豪華特急にはついて来れない。
顔がソファーに埋もれたので見えないが、他のみんなも歩き出したようだ。
「超フッカフカじゃんこれ!」
「めっちゃ沈んでるわね。どれどれ・・・おおぉ~~っ」
「きゃっ」
みんなソファーに座ったようだ。中野は横になってるかもしれないが。
「お気に召されたようで良かったです。これから国境手前まで行って引き返し、ホワイライトに向かいます。所要時間は90分ほどの見込みです。ごゆっくりとおくつろぎください。」
「はい、ありがとうございます」
体を起こし、顔を車掌さんに向けて返事をした。中野は俺から斜め前方、90°横向きのソファーにうつ伏せ、女性陣は俺の向かい側に2人で座っている。車掌が去るのを見届けると、入れ替わりでウェイトレスが入って来た。
「失礼します」
コの字型に並ぶソファーの中央のテーブルまで来て、
「こちら、茶菓子になります」
お菓子が乗っているお盆を置いた。羊かん、まんじゅう、クッキー、あと何か分からない洋菓子、色々乗っている。
「おおーっ、上手そうだな!」
パッと中野が顔を上げ、そう言った。ウェイトレスが微笑ましいものを見るような笑顔を見せる。さらに、
「あなた方が、”30年前の奇跡”を蘇らせたのですか?」
4人それぞれに目配せしながらそう言った。
「正確には、Dr. スターリーやルイナさんも一緒ですが」
「でも凄いですね。皆さんまだお若いのに」
そう言うこのウェイトレスも、30にはなってないように見える。それでこの豪華特急のVIPルーム担当だ、只者だと思わない方がいいだろう。
「あの話は、本当だったのですね。こんな景色が見られるなんて、夢にも思いませんでした。ありがとうございました」
深々と頭を下げられた。ソファーにダイブしたり茶菓子に釘付けになったりするような奴らに・・・申し訳ない。
「いえいえ、顔を上げてください! 私たちなんて大したことないですから」
耐え兼ねたのか、高松さんが両手を胸の前でブンブン振りながらそう言った。ウェイトレスは、ごく自然な動作で直立の状態に戻った。
「こうして見ると、やっぱり普通の若い子たちのような一面もあるんだなあって、安心しました。普段は偉い方ばかりなので、少し和みます。・・・って何言ってるんでしょうね。申し訳ありません、VIPルームのお客様なのに。本当は、こちらから世間話をするのもNGなんですよね」
「ああ、大丈夫ですよ。堅苦しいのは苦手なので」
「ふふふ、お優しいのですね。ありがとうございます」
じゃあ今度はこっちから、聞いてみるか。
「お姉さんは、どうしてこの電車のスタッフに?」
目を見開き、驚いたような表情を見せる。そして、
「個人情報に関しては、お話できません♪」
と、最後の「せん♪」で人差し指を口に当てると同時にウインクした。
「王族でもお目に掛かれないものが見れたので、満足です♪」
俺もウェイトレスの真似をして、最後の「です♪」で人差し指を口に当てながらウインクした。
「あ・・・。私としたことが、羽目を外してしまいましたね」
「お姉さんは悪くないですよ。僕が魔法を使っただけなので」
そう言いながら杖を自分の顔の前に出して見せた。
「ふふふふふ♪ さすがは、”奇跡”を呼び覚ました魔法使いさんですね」
「それほどでも」
この世界に来て初めて、この言葉を正しく使った気がする。
「あっ」
ウェイトレスが”ヤダいけない”と言った感じで手を口に当てる。
「お茶のご用意がまだでしたね。ほとんどの方は付き人がいらっしゃるので任せきりになっちゃうんですよね・・・。私にご用意させてください。すぐそこにありますので」
「では、遠慮なく」
「ありがとうございます」
キッチンの辺りにポットが置いてあり、ウェイトレスがそこに向かう。
「大きくは、緑茶、紅茶、コーヒーがあるのですが、いかがなさいますか?」
紅茶とコーヒーは苦手だから、
「僕は緑茶で」
「あたしは・・・コーヒーをお願いします」
「俺もコーヒーいいっすか?」
「私は、紅茶でお願いします」
「かしこまりました。銘柄はどうなさいますか?」
この子たち、こだわりとかあるのかな? といった表情で聞いてきた。無論、俺にはそんなものは無い。
「お姉さんのオススメでいいです。銘柄とかよく分かんないので」
「えっと・・・あたしも、オススメで」
「んじゃ俺も」
「私は、もしあれば、ハーブティーをお願いしてもいいでしょうか。銘柄は、私もちょっと分からないのでオススメで・・・」
ウェイトレスは優しく微笑んで、
「ハーブティーもありますよ。腕にヨリを掛けてお選びしますね」
と言い、ポットのそばの棚をあさり始めた。その直後、スピーカーからザーーッという音が聞こえてきた。アナウンスが入るようだ。
【お客様にお知らせいたします。本日は、ホワイライトエクスプレスへのご乗車、並びに、スターリー神殿付近での臨時停車のご承諾、ありがとうございました。奇跡とも言える星空の復活を記念いたしまして、本日に限り、これよりローリンストックとの国境付近まで引き返し、目的地・ホワイライトへ向かいます。所要時間は90分ほどの見込みです。この列車は間もなく発車いたしますので、急な揺れにご注意ください。それでは、30年ぶりの奇跡の星空を、ゆっくりとお楽しみください】
アナウンスが止まり、スピーカーの音も止まった。
「おっ、いよいよ発車するんだな?」
「楽しみね~。あたし、こういう電車に乗ったの初めて」
(ローリンストックって何だろ、大村君が聞いてくれるかな?)
「私も」
(ローリン、ストック・・・? 国境・・・?)
女性陣が中野に合わせてコメントを出したところで、聞いてみよう。お茶の準備をしているところ悪いが、
「お姉さん、質問があるんですけど、いいですか?」
「作業しながらでもよければ」
何の問題もない。
「いいですよ。さっき、”ローリンストックとの国境”ってあったんですけど、北にあるのってユニオンじゃないんですか?」
言い終わったところで一瞬体が揺れ、外の景色が動き出した。出発したようだ。
「ああ、まだご存じなかったのですね。確かにこの大陸の北半分を総じてユニオンと言いますが、あれは総称です。ユニオンでは、1つ1つの街が国家として独立していて、その全ての国で連合を形成して政治や経済で強い協力関係にあります」
なにー。そうだったのか。他の3人も驚きの声を上げている。
「ただ1つ、セントラルシティという街だけは国家ではありません。どこの国にも属さず、ユニオンの政治のためだけの街となっています」
「そうですか。じゃあ、ローリンストックと言うのは・・・」
ウェイトレスが作業を止めてこちらを向いた。
「このホワイライトエクスプレスの、もう1つの停車駅、鉄道の街ローリンストックです。先ほども述べましたように、この街1つでローリンストックという国にもなっています」
「そう、だったんですね・・・」
「ええ、驚かれましたか? ・・・お茶、もうすぐお持ちしますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
ウェイトレスは作業に戻った。
「ナチュレとローリンストックの行き来には入出国の審査が必要で、それが駅でしかできない上に面倒なので国境前で引き返しますが、ユニオン内の国同士は自由に入出国できます。ぜひ、一度訪れてみてくださいね。もちろん、ホワイライトエクスプレスで」
「今はまだお金がないのと、エコノミアも巡ってみたいので、ぐるっと回ってローリンストック側から乗ることにします」
「んふふ、楽しみにしていますね。奇跡を蘇らせた貴方がたなら、このVIPルームにご案内できると思いますので」
「それまでにもう1つ、この奇跡を超えるものを成し遂げておきますよ」
「ふふふふふ♪ 本当に、楽しみですね」
「出たぞ~? 大村の強気発言」
「お姉さん知ってます? これ、成功率50%なんですって」
「ええ~、そうなんですか? じゃあ、”この奇跡を超えるものを成し遂げる”方が無理で、”ローリンストック側からこの列車に乗る”方が成功するんですね」
「や、その、両方とも、50%ずつなんですが・・・」
思わず正論を吐いてしまった。
「もしどっちもできなかったら、お仕置きですね。 お2人のお嬢さん方も一緒にいかがです?」
「はい! ぜひ一緒にお仕置きしましょう!」
やめてくれ。て言うか高松さんも一緒に冒険するんだよ?
「あはは・・・」
花巻さんが乗らずに苦笑いしたのが、唯一の救い。ウェイトレスがお盆にお茶を乗せて運んで来た。
「レディーファーストで失礼しますね。まずこちら、カモミールティーです。世界最高級と呼ばれるレジェンドカモミールの茶葉を使用しております」
「じゃあ、味はお姉さんの腕にかかってる訳ですね」
「こら」
「・・・お仕置きって、事前にやってもいいのでしょうか」
「えっ」
「あ、それいいですね」
「最高級の茶葉でこのお姉さんが淹れたんだから、きっと極上の味だよ。みんな味わって飲もう!」
「だははは! 大村ウケる!」
「あらあら、お世辞がお上手なんですね」
「気持ちいいぐらいの手の平返しだったわね・・・」
その後、高松さん、中野、俺の順でコーヒーとお茶が置かれた。高松さんと中野はともにコーヒーだったが、それぞれにオススメする銘柄が違うとかで、高松さんの方がフルーティな味わいとのこと。あと、緑茶はグリンタウン産だった。もちろん世界最高級。これまで飲んできたお茶は何だったんだというレベルの味だった。
銘柄は分からないが、美味ければ何でもいい。あのとき頑張った甲斐があった。テツヤ、元気にしてるだろうか。
「では、私はこれで失礼しますね。ごゆっくり」
ウェイトレスが俺たちに一礼して、扉に向かう。4人バラバラに「ありがとうございました~」と挨拶しながら、ウェイトレスの笑顔が見えなくなるまで、閉まる扉を見送った。
高松さんがカップを持ったまま立ち上がり、窓際へ。
「ホントいい景色ね」
いつの間にか森を離れ、見晴らしが良くなっていた。空にはまだ、圧倒的な密度の星空が広がっている。
「俺も窓際行こっと」
中野は空になったカップをテーブルに置いて、窓際へ。花巻さんと2人残された訳だが・・・
「大村君、みんな。今日はありがとう。私が捕まっちゃったばっかりに迷惑かけて、ごめんなさい」
花巻さんはそう言って頭を軽く下げた。
「いいっていいって。気にすんな。せっかくの景色なんだから葵ちゃんも一緒に見ようぜ?」
「そうよ。誰かが捕まるのは避けられなかったんだし、それが誰になっても他のみんなで助けに行くのは当然よ。だからあたしが捕まった時は、助けに来てね」
「うん。ありがとう。でも・・・」
花巻さんの表情は冴えない。フォローして欲しくて言った訳じゃないだろうからな。さすがに、”捕まったのが花巻さんだったのは不幸中の幸い”とか、”おかげで地下6階の存在が分かった”とかは言わないが。
「次、捕まらないように気を付ければいいんだよ」
俺は元々、言葉だけの感謝やお詫びなど必要としない。その気持ちは、結果で示してもらう。フォローは他の2人がしたし、花巻さんにとっては気休めにもならないだろうから、
「この先、ほぼ確実に、花巻さん抜きではどうにもならない事態が訪れると思う。その時に、君がチームを救うんだ。もし、今回のことが悔しいなら、その時に備えて毎日頑張って」
「・・・うん」
花巻さんの表情が、少し柔らかくなった。
「相変わらず、厳しいわね」
「もうちょっと言い方ねぇのかよ」
「ううん、いいの。大村君、ありがとね」
「どういたしまして」
この人は、きっと強くなれる。むしろ既に強い。冒険というイレギュラーに頭と体がついて来れてないだけだ。
「大村君、疲れてるでしょ? ベッド使ったら? あたし寝るつもりないし。
2人とも、いいよね?」
「ん? 俺はいいぜ。最悪そのソファーでも寝れっし」
「私も、大丈夫」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
窓に近い方のベッドに移動し、後ろを向いて背中から倒れ込んだ。
「んん~~~~っ」
素晴らしい。素晴らしいぞ。宙に浮かんでいるかのような気分だ。
「ホントに寝るのね。この景色見ないなんてもったいないと思うけど」
「僕には、このベッドを使わない方がもったいないよ。一応、寝付くまでの間は見とくよ」
「そ」
首だけ横に向けて、窓の外を見た。
「葵もこっち来たら?」
「うん」
花巻さんも窓際へ、と思ったら何故かこっちに来た。
「はい」
2つのベッドの間の小さな机に、緑茶の入ったカップを置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして。ふふふっ」
何が面白くて笑ったのか知らないが、いいや。花巻さんはそのあと窓際の2人と合流。それからは、4人ともしばらく黙ったままだった。俺は顔を上に向けて目を閉じることにした。
少しずつ、意識が傾いていく。ああ、この感じ。もう少しで寝付けそう。だったが、
「「きゃっ」」
「うおっ!」
3人の声で意識が復活した。見ると、地面や木が見えず遠くの山が見えるようになっていた。
「どうしたの?」
高松さんが顔を引きつらせて振り返り、指で下の方を差した。
「橋の上、走ってる。めっちゃ高い」
いきなり地面が消えて橋の下が見えるようになった、ってことか。
「いいんじゃない、その方が風情があって。この満天の星空の下で、空中散歩だ」
「ちょっと、・・・怖いかも」
そう言って花巻さんがソファーの方に戻った。
「みんな、お茶のおかわり要る?」
「あ、お願い。なくなっちゃった。あたしもカモミールティーでいいわよ」
高松さんも窓から離れ始めた。
「僕はいいや」
「俺も。冷蔵庫なんか入ってねぇかな~。・・・りんごジュースかあ~。まいっか。俺これにするわ」
「そっか。・・・あ、おかわり用に出してくれてたんだ」
「ホント、申し訳ないぐらいに気が利くのね」
「僕らみたいなチンチクリン相手に、恐れ入るよね」
「その”チンチクリン”には、あたしたちも入ってるのかしら?」
「じゃあ4人で鏡の前に並んでみる? 誰がどう見てもチンチクリン集団だと思うけど」
「っ・・・。否定できないのが、悲しいわ・・・」
おかわりが注ぎ終わったらしく、女性陣がポットのそばから動き出した。
「あたしは、もうちょっと窓のトコで見てよっかな~。確かにちょっと怖いけど、すんごい景色だし」
「お? 俺も俺も」
2人が窓際に移動。高松さんは膝を曲げてしゃがみこみ、両手で口のすぐそばにカップを持っている。これは、けっこう絵になるな。その横、俺から見て高松さんの奥に中野が現れ、右手を腰に、左手にはりんごジュースの瓶。あんまり絵にならない。花巻さんはソファーに戻り、窓の外に顔を向けた。これも絵になる。
またしばらく沈黙になった。フワッフワのベッドで横になったまま窓の外を見ていたのだが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
目が覚めた時にウェイトレスさんの「おはようございます」を聞くことになるとも知らずに、満天の星空の下、高い橋の上を行く豪華特急列車の中で、俺は眠り続けた。
次回:夢の豪華特急(後編)




