第65話:あるべき未来
気が付いた時には、檻の中で横になっていた。
これまでの間に何があったかは、みんなのメッセージで分かった。私に用がないものでも、状況を確認できるように私を入れてくれてたんだ。
私が誰かに攫われ、神殿に地下6階があって今そこで捕えられていること、
千尋ちゃんと中野君がライトブラザーズの部屋に行ったこと、
私を攫ったのはDr. スターリーたちで千尋ちゃんたちも閉じ込められたこと、
脱出してムーン・ライトさんを倒したこと、
そこにもう1人(みんなはDr. スターリーって言ってたけど多分サン・ライトさん)いて千尋ちゃんが眠らされてしまったこと、
戦闘不能で眠らされずに済んだ中野君が見張っててくれていること、
リリーさんが味方してくれてスター・ライトさんと戦ってくれていること、
そして・・・、
「大村君・・・」
ここに来ると宣言していた大村君が、今、目の前にいる。
私はまた、何もできなかった。それどころか、敵に捕まってチームの足を引っ張っている。みんな、匠を探し出すために協力してくれているのに。あまりにも、情けない。
「よもや、ここに最初に辿り着くのがプレイヤー、それも魔法使いになろうとはな」
大村君よりも先に、Dr. スターリーが口を開いた。ここにいた人物が予想と違ったからか、大村君は一瞬驚いたような表情を見せた。
「Dr. 、スターリー・・・」
2人が黙ったままお互いを見合っている。沈黙が10秒ぐらい続いた後、
「仲間を返せ」
大村君がもう一度口を開いた。
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「Dr. 、スターリー・・・」
地下6階にいたのは、サン・ライトではなくDr. スターリーだった。中野が見間違えた・・・? いや、ガスマスクをしてると言っていた。その前からDr. スターリーだと思ってたんだ。高松さんから来てたメッセージで<サンとスターは一緒にどこかにいて、Dr. スターリーは私室にいる>とあった。おそらく、ムーン・ライトに嘘をつかれたのだろう。
だが相手が誰だろうとやることは変わらない。むしろ、戦うならサン・ライトよりもDr. スターリーの方が勝機がある。
「仲間を返せ」
Dr. スターリーが表情を変えることなく答える。
「神殿の調査から手を引くと言うのなら、考えなくも無い」
「交渉決裂だな」
花巻さんの弟が神殿調査をしている可能性がゼロでない限り、”奇跡の光”の復活がその可能性を潰す一番の手段だ。
もう1つ、ただ単純に、
「”奇跡の光”を、この目で見たい」
そう答えて俺は歩き出した。
「待て。理由を知りたくはないのか?」
「そんなものは後からでも聞ける」
そう答えた瞬間、目の前に電気の柵が現れた。天井の高さまであり、横方向も長いので突破できない。
「まあ、聞け」
「っ・・・」
足を止めると、電気の柵は消えた。他にどんな仕掛けがあるか分からない。聞くしかなさそうだ。
「ワシは、ルイナ・カーミーンに”奇跡の光”を蘇らせてもらいたいと思っている」
「ルイナさんに・・・?」
さっき、スター・ライトがリリーさんに向かって「お前たちのため」と言っていた。俺たちが復活させるのを阻止することが、ルイナさんのためになるという意味だろう。問題は、なぜそんなことをする必要があるかだ。
「なぜ」
Dr. スターリーは表情を変えない。
「ルイナ・カーミーンはただ1人、ワシの調査報告を見ずに1から自力でこの神殿を調査している。多くの研究者が、”奇跡の光”の話題性だけでここへやって来て、人の成果を信じきって未開部分の地下5階にしか興味を持っていないことはお主も知っての通りだ」
「つまり、自力で地道に神殿の調査をしているルイナさんが”奇跡の光”を復活させることが、他の有象無象たちの刺激になると」
「そうだ。そしてこの意味は大きい。スターリー神殿は、他の分野の研究者の間でも有名なものだ。ここで、自力で地道に調査を続けた者が快挙を成し遂げることは、大きな意味を持つ」
Dr. スターリーはさらに話を続ける。
「話題性やブームに乗っかるだけの輩がどの分野にもいる。金になりそうな分野に飛びついて金や人を集める者、大した志も無く就職のためだけに学問の扉を叩く者、そういった連中がその場凌ぎだけで生きていける社会、これが蔓延しきっているために研究者のレベルが下がり、学術界は衰える一方だ。だからここでルイナ・カーミーンに快挙を成し遂げてもらい、連中の意識を変えさせる。地道に一歩ずつ進むことが、大いなる成果へのただ1つの道であると」
面倒な話になってきたな。大手メーカーで開発をしている親父も似たようなことを言っていた。特に、”就職のためだけに学問の扉を叩く者”に対しては厳しい意見だった。親父は工業高校からの就職でありながら大手メーカーの開発にありつき、俺の母・姉と俺を養えるぐらいには稼いでいる。
開発ともなると大学院や博士課程なるものを出ている人もいるようだが、役に立たない奴は役に立たないそうだ。能力の問題ではなく、責任感がないと。自分のやるべきことさえもせずに「出張だからこれお願い」、最悪は「明日休まなきゃいけないからこれお願い」だそうだ。聞くだけで呆れていたものだ。
「仮にルイナさんが成果を出して地道な作業が必要だと伝えたとして、学問から離れていく人が出てくるのでは・・・?」
「それでよい。学問は、本気でその道を究めたいと思う者だけが携われば良い。知的欲求を満たすためだけに、その身を費やす。それこそが、学術界のあるべき未来だ。金稼ぎだとか就職だとか、そんなことに学問を利用するのは許さぬ」
まあ、そうだな。
「お主らを捕える理由も分かったであろう。30年もの間蘇らせることができていない”奇跡の光”を、立ち寄ったプレイヤーが、”魔法使ったらできました”、だと? ふざけるな。それこそ我々のモチベーションに関わる」
その気持ちも、分かる。だが、
「僕は、自分に与えられた能力を使っているだけ。遠慮するつもりは無い。魔法が気に入らないのは仕方ないが、学者たちが30年かけてできないことが魔法でできたのなら、それだけ魔法が優れているということだ」
こういう時、一人称は”俺”を使うことが多いのだが、なぜか今は”僕”の方がしっくりくる。心のどこかに、Dr. スターリーに対する敬意が残っているのかも知れない。
「一理あるな。だからこそ、ここで阻止させてもらう。お主らが”奇跡の光”を蘇らせると、あるべき未来が遠のく」
「一応、あなたの言う”あるべき未来”には同意している。僕自身、物事がその本質以外のものに利用されるのは好きじゃない。だけど、あなたが取っている手段には賛同できない。今の状態は、”30年もの間蘇らせることができていない事になっている”、だ。いくらブームに乗っかるだけの人たちが相手でも、真実を隠して掌の上で踊らせているのは、看過できない」
それに、それこそ既に解き明かしている謎を、解けていないフリをして金や人を集めているという疑念につながる。
「実際に、この神殿の調査に何年もの時間を費やしている人、その間に亡くなっている人だっている。あなたが、あなたの知る全ての情報を開示すれば、既知のはずの情報に時間を割いている人たちが他のことに手を回せる。そこで損している分は学術の進展が遅れると思うが? ルイナさんが四隅の光やこの地下6階の存在に気付くには、あと数年は掛かるはず」
「数年で済むのであれば、必要な犠牲だ。このままブームに乗っかるだけの連中が何十年も存在し続けるよりは、数年を捨ててでも、あるべき未来にもっていく」
「僕にとってのあるべき未来は、上に立つ人が隠し事をせずに、末端の人々も正直に真っ直ぐ生きていける世の中だ。数年どころか、1日たりとも捨てるつもりは無い」
「そんな理想はとうに捨てた。長いこと生きていれば分かるのだよ、真っ直ぐ生きるだけでは実現できないものがある」
正直者は損をする。そんなことは17年で十分に分かった。だけどここは、剣と魔法のファンタジー世界。
「それを実現するための魔法が、僕にはある。どの道ルイナさんを待つつもりだったのなら、信じてみろ」
「科学者が、魔法使いをか? 無理な話だ」
「信じないのは自由だ。今すぐに世界中は無理でも、今あなたの掌の上にいる学者たちは解放する」
「それができたとて、何になる」
「理想に、一歩だけ近づける」
「一歩だけであろう。完全な理想の実現は、永久に叶わぬぞ」
「魔法があればできる」
「フンッ、根拠の無いことを」
「確かに根拠は無い。だけど、魔法があれば理想は実現できることを、結果をもって証明してみせる」
「ふざけるな。そんなことで科学者が納得すると思っているのか」
「結果さえ出れば、それが事実になる」
「埒が明かぬな」
「お互い様だ。あと、さっきから未来だとか理想だとか言っているが、そんなことのために仲間が攫われたのを許す訳がないだろう」
「”そんなこと”だと! ”そんなこと”な訳があるか。ここで、地道に神殿を調べた者が快挙を成すことがどれほどの意味を持つか、分からぬお主ではないだろう」
「それでも僕にとっては”そんなこと”だ」
「何だと・・・!」
「学術界の発展よりも、何千何万といる学者たちよりも、彼らの成果で暮らしが豊かになる世界中の人たちよりも、」
俺は右手を前に出してDr. スターリーの横にある檻の中の人物を指差した。
「その檻の中にいる仲間の方が、大切だ」
Dr. スターリーの険しい表情は消えない。
「・・・どうした。お主ともあろう者が、仲間と言うだけで何百万という人数よりもこの娘を優先するのか。見損なったぞ」
痛いところを突いてくる。だが。
「僕たちの旅の目的は、花巻さんがいなければ達成できない」
「探している人物が、この娘の弟だからか?」
「いいや。単純に、チームの一員として花巻さんは必要だ。彼女がいなければ、ここに辿り着くことも叶っていない。チームのことを第一に考えてくれるし、絶対に裏切らない。この世界の住人が僕らに協力するには限度があるし、悪い奴だって紛れてる。学者だってそうだ。まして、何年も先の学術界の発展なんて、僕らには何のメリットも無い」
「・・・そうか。今この娘を助けることが、お主らが旅の目的を達成できる確率が最も高いということだな。ならば、仕方あるまい」
Dr. スターリーは俺から横に視線をずらし、
「もう良いぞ、サン」
何・・・? 物音が聞こえ、左後ろの方を見た。確かにサン・ライトが歩いて向かってきた。今の俺にとっての左後ろは、北西だ。やはりライトブラザーズの部屋からここに来れるようだな。中野はどうした・・・? 戦闘不能のまま変化はないようだが。
<サン・ライトが地下6階に来たけど、中野君どこ?>
返事が無い。
「花巻さんを攫った時のように、不意打ちはしないんだな」
「お主とは、真っ向勝負をしてみたいと思っていたところだ」
武力で、か。そういうゲームなのだから、仕方ないが。
サン・ライトがゆっくりと俺の方に歩いてくる。Dr. スターリーに動きは無い。その気になれば電気の柵や他の仕掛けでも攻撃できるはずだが、それも無い。本当に真っ向勝負ということらしい。
「そういうことなら、受けて立つ」
俺は杖を構えて臨戦態勢に入った。その時、
「ちょっと待ったぁ!!」
聞き覚えのある声がして、サン・ライトの後ろの方から1つの人影が走って来ていた。中野だった。サン・ライトを追い抜いて俺の横に並び、檻の方を向いて、
「葵ちゃんレイズデッド頼む!」
「え・・・? えっ、あ、う、うん! レイズデッド!」
花巻さんが杖を両手で前に向けて、放たれた光が中野に当たる。ステータスを見ると、HPが3割ほど回復していた。
「よっしゃああぁ! 生き返ったぞおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
中野が体を反らして両手を軽く広げて、腰の高さの位置でガッツポーズ。反応がないと思ったら、まさか中野もここに来ていたとは。
次回:予期せぬ助っ人




