第63話:捨てるべきもの
ヒットアンドウェイを繰り返し、着実にダメージを与えてきている。だけど、私たちのHPとMPも着実に減ってきている。小さなダメージでも受け続ければ負けるし、魔法が使えなくなっても負ける。私はHP87 MP128、中野君はHP79 MP183、時間の問題だ。だけど敵にはそれがない。どこかで大ダメージを与えて動けなくする必要がある。
さっきは、敵が私を羽交い絞めにして中野君を挑発し、そのチャンスが訪れた。だけど中野君は私を巻き添えにすることができず、私が敵に噛みついて逃げる形で落ち着いた。
仲間、それも女子を巻き添えに攻撃できないのは仕方ないと割り切ったはずなのに、あのとき中野君が決めてくれていればという考えが払拭できないでいる。最優先事項はムーン・ライトを倒すこと。仲間には攻撃できないとか、女の子には攻撃できないとか、そういった感情は捨てるべきだ。中野君の行動も間違ってはいないはずなのに、こう思ってしまうのは、やっぱり拭えない。
いずれにせよ、さっきの瞬間は戻らない。もう一度チャンスを作らなければならず、そのためにも攻撃しかない。切り替えよう。最優先事項はムーン・ライトを倒すこと、仲間に自分の考えを押し付けることじゃない。
<2人で前に出ましょう。隙を見て攻撃っていうのは一緒、いけそうな方がいく感じで>
<おっし任せろ! もうヘマはしねぇ!>
2人で同時に走り出した。
「2人同時か。くそが」
(お互い顔も見ずに同時・・・? どうやって意思疎通してんだコイツら)
ムーン・ライトがスタンガンを構える。何かを投げてくる様子はない。
「おりゃ!」
「ふんっ」
中野君の攻撃は避けられた。スタンガンを中野君に近づけているところに攻撃しようとしたら急に振り向いてきた。
「きゃあっ!」
私がスタンガンを受けた。
「んにゃろ!」
「くっ・・・!」
中野君が闇魔法を飛ばし、ヒット。
「っそが!」
「ぐおっ!」
今度は中野君にスタンガン。
「やぁっ!」
「お゛っ!」
杖の先に光を付けて殴った。これもヒット。
「うおりゃっ!」
「ぬうぅ・・・」
続けて中野君が闇属性を付けて殴ろうとするも避けられ、
「っだぁ!」
「ごはぁっ!」
裏拳の反撃を受けた。
「まずはテメェからだ」
「させないわ!」
ムーン・ライトが中野君に追撃しようとしたところに光魔法を放った。
「ちぃっ!」
けど敵が方向転換して外れ、私にスタンガンを向けてきた。
「う゛う゛っ!」
身をよじって何とか避けた。そして、
<中野君、今よ!>
とメッセージを送りながら地面に倒れ込んだ。目論見通りムーン・ライトが私に追撃しようとして、
「どああぁぁぁぁっ!!」
スターストリームがきた。中野君の声は聞こえてこなかったから、気を付けてくれたんだ。
「え・・・?」
「あ?」
だけど2~3秒で止まった。中野君も怪訝そうな表情。そうだ、標準魔法だから勝手に止まるんだ。空振りでも出続けるし、命中しても一定時間で止まるんだ。
<中野君もう一回!>
「マジか! もういっちょ、スターストリー…」
<ゴメン標準魔法はダメ! 勝手に止まっちゃうから>
標準魔法を使わずに”もう一回”のつもりだったのに、言い方を間違えた。
「はあ? そっかそれで止まんのか! えーっと・・・」
しまった。中野君の手が止まった。出そうとしたのをわざわざ止める必要までは無かったのに。
「いつまでも」
「まじっ・・・」
ムーン・ライトが中野君の方に向かう。
「調子に乗ってんじゃ」
「うらぁっ!」
闇魔法で振り払おうとするも、あっさり避けられる。
「ねえっ!」
「がああああぁぁぁぁぁあああ!!」
回し蹴りが中野君の右肩に決まった。何もすることができず、見届けるだけになった。
今になって考えれば、”もう一回”を頼むぐらいなら私がやれば良かったんだ。さっきも似たようなミスをしたばっかりだったのに。中野君のスターストリームが突然止まったことで気が動転してしまった。完全に、私の能力不足。
倒れ込んだ中野君をムーン・ライトが拾い上げ、杖が地面に転がる。そしてさっき私にしたように羽交い絞めにした。噛み付きを警戒してか、スタンガンを持つ右手で顎を上げるように押さえている。中野君のHPは、残り35。
「心優しい嬢ちゃんも、仲間を巻き込むのは無理だろう? 仲良しなのも悩みもんだなあ?」
「っ・・・」
<千尋ちゃん俺ならいい! やっちまえ!>
<分かってるわ>
分かってはいるけど。
「黙り込んでどうした? 秘密の念通じでお話か?」
バレたか。さすがにさっきのはチグハグ過ぎた、仕方ない。でも会話の中身さえバレなければ問題ない。
「・・・図星か。地形記憶に念通じ、やっぱプレイヤーは厄介だな」
地形記憶・・・マップ機能のことだと思う。元から知っていたような口ぶり。私たちは最初から監視されていた・・・?
考えても仕方ない。話なら後でも聞ける。今はこの状況を打破しないと。
「千尋ちゃん早く!」
さっきと立場が逆転した。さっきは中野君が私を巻き添えにしなかったことに苛立っていたはずなのに、今度は私が、さっき中野君に頼んだことを自分でできずにいる。
「ま、できないだろうから代わりに俺がやってやんよ」
(さすがに1対2はキツい。コイツらが何時くたばるかも分かんねえし、こっちにもスタミナはある)
ムーン・ライトは中野君の顎を押さえたまま手首を回し、スタンガンを中野君の首の後ろに当てた。
「があっ!」
中野君が叫び声を上げた。残りHP25。
「くっ・・・!」
私は杖を前に向けた。だけど、手が震え始めた。
「はははっ! こっからでも分かるほどに震えてるぜ? 無理すんなよ、嬢ちゃん。コイツは俺が仕留めるから」
早くしないと。私1人なったら負ける。中野君が戦闘不能になるのはもう避けられない。むしろ、ここで巻き込んででもムーン・ライトに攻撃すべきなんだ。宿屋に戻れば2人とも全回復できるから問題ない。理屈では分かってる。やらなきゃ絶対後悔することも分かってる。だけど、だけど・・・・・・攻撃できない・・・。
「俺のことなら気にしなくてもいいって! 大村だってやったんだ!」
ハッとした。
そうだ。最初のブルーウルフとの戦いで大村君は中野君を巻き込んで攻撃した。チームの勝利のために。私の、目標。感情は大事だけど、いや、だからこそ、葵のため、匠君のためにも、ここで負ける訳にはいかないんだ。
「余計なこと言うんじゃねえ」
「ぐおぉっ!」
またスタンガン。残りHP15。
(くそ、コイツ何時くたばるんだ。スタンガンじゃ無理なのか? 前のプレイヤーは気絶したところにナイフだったっけか)
もう様子を見る余裕もない。あと2回威嚇されるか、下手に手を出そうとして何かされたらそれでもアウト。
(どっかでデカいのかます必要があるな。さっき蹴った肩をまた蹴るか? だが手を離さなきゃなんねえ)
誰も何も話さないまましばらく経った。このままじゃ埒が明かない。意を決するしかない。まだあとスタンガン1回分は中野君も耐えられるし、長めにされたりして戦闘不能になったら、羽交い絞めにしてる手がすり抜けるから体勢が崩れてチャンスが生まれるはず。
「どうした、やっぱ嬢ちゃんには無理か? やっさしいねえ~」
(女の方がコイツより頭が回るが、とっさの判断力は悪い。男を放り出して突っ込めば慌てるはずだ)
<千尋ちゃん頼む!>
残りMPは115。中野君は103あるけど戦闘不能になるし、念のため20残すようにしよう。標準魔法は時間で止まるし、至近距離でオリジナル技を出した方が消費MPに対する威力が大きい。
イメージはスターストリームのような感じでいい。小さな光の粒を大量に飛ばす。
「ま、女はそれでいいさ。仲間を犠牲にして敵を倒すってのは、男の美学に近いからな」
(念のためコイツはスタンガンを一発入れてから放り出そう)
私は杖を前に向けたまま、一歩ずつ歩き出した。
「「・・・!」」
2人は驚いたような表情を見せた。
<よし来い!>
「おい、コイツがどうなってもいいのか?」
(まさか近づいて来やがるとはな。だが好都合だ。近いほど俺が有利にな…)
「!」
ムーン・ライトの表情がまた変わった。私の表情から読み取られたのかもしれない。準備はできている。次にスタンガンを使ったら、一気に前に出て撃つ。
「おい正気か!? 仲間が人質にされてんだぞ!」
(目がマジだ! いやできるはずがねえ! 仲良しこよし大好きどもに、それも女に・・・!)
私は尚も歩き続ける。ここで仲間を犠牲にすることが、チームとしてプラスになるなら。これが葵を助けるための最善策なら。やらなければならない。目標に近づくためにも。
中野君は、私が羽交い絞めにされた時に攻撃できなかった。気持ちは分かる。手が震えるほどに。女に優しいのは良いことだとは思うけど、それに縛られずに、最優先事項―――今はムーン・ライトを倒すこと―――を、本当に優先しなければならない。
「おい聞いてんのか!」
(コイツやべえ! もうやっちまうか!?)
大村君には、できたはず。彼が「男やめる」と言った時のことを思い出した。あの時は話の流れもあって冗談めかして言ってたけど、そういうことだと思う。女に優しくするのが男の義務なら、男をやめるのが彼だ。
もう、手は震えていない。
「これが女のすることじゃないと言うのなら、私は女をやめる」
「は?」
「な・・・!?」
「スターリーシャワー」
「ぐお・・・!」
「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
杖の先から、大量の光の粒が放射状に広がりながら散らばって行く。中野君とムーン・ライトの姿は自分の魔法に遮られてよく見えず、声だけが聞こえてくる。
<中野勘太郎さんが戦闘不能になりました>
ごめんね、中野君。
戦闘不能を自覚したのか、歩いて魔法の範囲から離れて笑顔で親指を立てるポーズを取った。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
ムーン・ライトはなおも悲鳴を上げ続けている。
そして、私のMPが20になったところで止めた。反撃が無いか警戒して見ていると、ムーン・ライトの体は後ろの方に傾き、そのまま仰向けに倒れた。
<レベルが38になりました>
・・・よし。手に持っている杖を強く握る形で、小さくガッツポーズ。
「まだ」
私はロープを取り出した。ムーン・ライトは動かない。意識を失っているようだ。
「そっか捕まえねえとな。・・・っと、俺ロープ出せねえや」
戦闘不能になると四次元収納は使えなくなるらしい。私1人で縛ることにした。足首から肩にかけて何週もグルグルに巻いたり間を縫って通したりして、自分でもほどける自信がないぐらいにした。
「はあ、・・・・・・はあ」
地面に座ったまま、呼吸を整える。
「やったな、千尋ちゃん」
中野君が手のひらを向けてきた。
勝利。グリンタウンの時はほとんど何もできなかったに等しい私だったけど、今度は4人の敵のうちの1人を、中野君と2人掛かりとは言え倒したんだ。仲間を巻き添えにして攻撃するという、1つの壁も乗り越えて。
フゥッ、と息をつき、
「やったね」
中野君とハイタッチ、と思ったらすり抜けた。
「うっ、とっとっと。・・・そういや俺死んだんだったな。くそおおぅ。」
「ありがと。中野君のおかげだよ」
立ち上がろうとしたその時、
プシューーーーーー、
と音がして、白いガスに包まれた。
しまった、と思う間もないまま、私の意識は落ちていった。
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地下2階から3階への長い階段の途中、
<ごめん、部屋に閉じ込められた。やっぱり、Dr. スターリーたち、”黒”よ。ムーン・ライトも逃がしちゃったから、気を付けて。サンとスターは一緒にどこかにいて、Dr. スターリーは私室にいる>
と高松さんからメッセージが入った。やはり、Dr. スターリーたちか。30年前の奇跡を追い求めてるフリして復活を阻止しているようだな。あるいは、角の光も地下6階の存在も知ってるが奇跡の復活ができずにいて、単純に先を越されたくないだけか。
人間不信の俺としては前者の可能性が高いと思っているが、その理由はどこにある・・・?
<そっか。縛られたりはしてない? 動けるなら何かないか探してみて。もしかしたら一気に地下6階まで行けるかも。僕は今地下3階への階段の途中>
と返した。最悪は俺1人で何とかする構えでいるが、敵は4人。できればルイナさんたちを味方につけたいが、味方してくれるか分からないし探してる間に俺まで捕まるリスクがある。
サンとスターが一緒にいるという情報が高松さんにも入ってるから、ムーン・ライトが無線か何かで連絡を取ったのだろう。だが2人が一緒にいるよりも、片方が花巻さんの監視、もう片方が俺の捕獲に動いている可能性が高い。
とにかく、周囲の警戒はしつつ地下5階を目指そう。モンスターとは戦わない。基本的に早歩き、ザコが出て来たらダッシュで撒く。MPは全て、花巻さんの奪還に使う。
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地下3階を移動中、
<何とか部屋は出れたわ。ムーン・ライトも、ちゃんと捕まえる>
のメッセージが入った。よし、脱出できたようだ。ムーン・ライトは2人を閉じ込めたあと部屋のすぐ外にいたのか? 詳しい状況は分からないが、ここは高松さんたちに任せよう。足止めしてくれるだけでも十分だ。
<頼んだよ。僕は今地下3階>
と返事をして階段を下り続けた。
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地下3階と4階も知る限りの最短経路で突破し、地下5階に到着。ここからだな。既に後をつけられたりしてるのか・・・? いずれにしても俺のすべきことは決まっている。周囲は警戒しながら、まずはここから近い南西の角を目指そう。
<中野勘太郎さんが戦闘不能になりました>
マジか・・・。いや待て、高松さんのMPがみるみるうちに減っていく。もしかして、中野ごと攻撃したのか? そうに違いない、まだ減ってる。40、35、30、25、20、止まった。攻撃をやめたようだ。
向こうはどうなってるんだ・・・? 気になるが、自分の方に集中しよう。これで俺が捕まったら目も当てられない。
「うおっ」
思わず声を出してしまった。高松さんのレベルが38に上がったのが見えたからだ。これは勝ったとみていいだろう。まず1人。こちらも中野が戦闘不能になってしまったが、復活できるから問題ない。一旦高松さんも一緒に回復して来てもらった方がいいな。だが俺から何か言うよりは、向こうからの連絡を待とう。
進むんだ。2人が頑張った分、俺も結果を出さなければならない。
だが2~3分経っても連絡が来ない。高松さんのHPとMPは72と20のままだ。メッセージぐらい、ロープで敵を縛りながらでもできると思うのだが。
<ヤベぇ大村! ムーン・ライトに勝ったけど千尋ちゃんがガスで眠らされちまった! ガスマスクしてっけど多分Dr. スターリーだ。俺は死んでっからガス効かなかったっぽい>
「・・・・・・」
中野からメッセージが来た。そうか・・・。
ムーン・ライトは倒したけどDr. スターリーが出て来て、生き残ってた高松さんが眠らされたようだ。残念だし、高松さん本人もさぞ悔しいだろうけど、仕方ない。それでも4人の敵のうち1人を倒したのは大きい。中野から情報が入るのは不幸中の幸いだ。戦闘不能でもできることがあるんだな。Dr. スターリーが私室にいたのは本当らしいから、俺が警戒すべきはスターとサン。
<まだDr. スターリーはそこにいる?>
<いるぜ。でも俺も一緒に密室の中だ。ムーン・ライトとは奴らの部屋から出てから戦ってたんだが、そこもドア付いててまた閉じ込められちまった>
部屋から出れたってのは高松さんも言ってたな。1つ手前の部屋で戦ってたけどその部屋にもドアがあって閉じ込められた、ってことか。念入りに仕掛けを作ってるな、奴ら。
<分かった。じゃあそこでDr. スターリー見張っててもらえる?>
<ああ良いぜ。剣で攻撃されたりもしたけど俺はもう死んでっから効かねぇみてぇだ。不死身になるってのも便利だな>
確かに中野が眠らされなかったおかげで情報が入ったのだが、もう少し危機感を持ってくれ。全員が死んだらゲームオーバーなんだぞ。かく言う俺もメッセージに集中し過ぎると危険だ。一応、今のところ異常なし。
<もしドアが開いたら追いかけずに街に戻って回復して来て。もちろん高松さんも一緒に>
<おう任せろ!>
緊張感のない奴ではあるけど、こういう時に余計に背負い込んだりしないのは、良いことなのかも知れないな。
花巻さんの状態が分からない以上、宿屋で完全回復してもらった方がいい。俺にもしものことがあっても全滅は逃れられる。本心を言えば、高松さんが起きないようなら中野1人でも戻って欲しいのだが、頼んだところでそうするとは思えない。余計なことで揉めるのは避けよう。
Dr. スターリーがその場を離れないのなら、それはそれで好都合だ。捕まえたも同然になる。だがあと2人。ムーン・ライト相手に2対1でギリギリだったなら1対1でもキツいし、1対2なら勝ち目は無い。
とにかく地下6階に行ってみよう。1人が俺を探していて、1人だけが地下6階にいるなら勝機はある。壁づたいに、南東の角に向かって歩き続けた。
「待て!!」
「ぬおっ!」
「!」
反射的に振り返った。そこには、剣士―――ほぼ間違いなくリリーさん―――が横向きで、そこにいた人物の顔のすぐ前に剣を突き出していた。剣に隠れて顔が見えない。
「スター・ライトだな、その魔法使いに何をするつもりだ」
次回:到達、地下6階




