第61話:ライトブラザーズの部屋へ
「休憩は、いらないね」
「ええ」
「おう」
立ち上がり、再びスターリー神殿に向けて出発する。心なしか、2人とも顔が強張っているが、「いってらっしゃ~い」と言う女将さんに笑顔で返事をするほどには余裕があるようだ。
街を出る前に行商人から1人3本ずつのロープを買ってスターリー神殿に向かった。
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8月14日、午後4時38分、スターリー神殿に到着。
ライトブラザーズの部屋は北西、階段は東側にあるからここで二手に分かれる。
「じゃあ、気を付けて」
「大村もな」
「葵をお願いね」
<こっちの状況は、こまめにメッセージ送るから>
「うん、分かった」
2人と別れ、下層に降りる階段へと向かった。
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大村君と別れ、中野君と2人でライトブラザーズの待つ部屋へと向かう。1人―――多分さっき居なかったムーン・ライト―――は確実にいて、あとの2人とDr. スターリーはどうだろうと言ったところ。
葵を攫ったのが彼らなら、私たちを捕まえに出ているかも知れない。少なくとも奥にあると言う私室に籠ってることは無いと思う。既に後を付けれらてる可能性だってある。さっき、地下5階では付けられていたはず。
「なんか緊張してきたな」
「ええ」
”緊張”という言葉を聞きたくなかったけど、実際に言葉にされると少し楽になった気がした。
<あくまで、迷子の仲間について話しに来たって感じで行きましょう>
<おっといけね、そうだったな>
「とにかく、話を聞いてみましょう」
「そうだな」
南側からしか入れないらしいから、マップを見て隣に通じてない壁に注意しつつ、まずは西に行き切るルートにした。
15分ほどで3つ手前の部屋まで来た。既に見張り役の姿が見えている。もちろん向こうからも、私たちが見えているはず。
「誰かいるな。見張り役か?」
「多分、ね」
大村君は既に地下2階に着いただろうと思ってマップを映してみたけど、そう言えば、行ったことのある場所が白い線で表示されるだけで、仲間の現在地が分かる訳ではないんだった。
そうだ、葵が既に地下6階には居ない可能性もある。だけどそれは大村君も考えてるはず。それでも行ってみるしかないんだ、信じよう。
大村君のことを気にしている余裕もない。ライトブラザーズが私たちを捕まえようとしているかも知れないんだ。葵がこっちの部屋にいることだって有り得る。
それに、私の目標―――大村君に頼らずに済むようになる―――もある。状況を伝えるためのメッセージは送るけど、大村君任せにならないようにしないと。
グリンタウンの時は、ダメだった。今でもまだ大村君には敵わないと思ってるけど、大村君だって私たちのことばかり気にしてられないんだから、任された分は、確実にこなさなきゃ。当の大村君が、最悪は自分1人で何とかしようと思ってるかも知れないと考えると、少し悔しくなった。
1つ手前の部屋に入った。もう顔は完全に見えているけど、話し掛けるには遠い。やはり見張り役はムーン・ライトだった。柔らかい表情をしている。私は極力、困っているような顔に見えるよう意識して一歩ずつ前に進む。
向こうも歩み寄って来た。
「あなたは昨日の・・・」
「ここに来るなんて、どうしたんだ?」
当然向こうは、疑われてるなんて思ってないはず。それがこっちのアドバンテージだから、バレないようにしないと。中野君が表に出やすいタイプだけど頑張ってもらうしかない。でも余計なことは言わないでおこう。
「実は、仲間が1人いなくなってしまって」
「は? この神殿でか? う~~ん。立ち話もなんだし、とにかく中に入りな」
今のところ、怪しい動きは無い。強いて言えば罠におびき寄せてるようにも見えるけど、疑い出すと何でも怪しく見えてしまう。
「あ、ありがとうございます」
<とにかく、行ってみましょう>
<おう>
部屋に通され、真ん中より少し奥に置かれたテーブルに着くよう言われた。ムーン・ライトはお茶を準備しに左端の方に向かった。
「おっじゃまっしま~す」
中野君も、上手いこと振舞えているようで良かった。とりあえず2人とも椅子に座った。
<見張り役はムーン・ライトさんだったよ>
<そっか。僕は今地下2階>
中野君と葵にも見えるように大村君とメッセージを交わし、お茶を運んで来るムーン・ライトを待つ。一昨日のマリーナさんの行動を思い出す。彼女は、お茶に何も混ぜてないことを自ら飲んで示した。だけど疑われてるとは思ってないムーン・ライトがそんなことをするはずがない。でもこれを飲むのは危険。
「はいよ」
テーブルにカップが置かれる。中身はコーヒーだ。一応ムーン・ライト自身の分もある。だけど飲まなければ一緒。ここは変に思われる前に、
「あちゃあ、コーヒーかぁ」
<ごめん合わせて。コーヒー苦手っていう設定でいくわ>
「あっ、はは。千尋ちゃんコーヒー無理だもんな」
<うおっ、難しいなこれ。でも俺はどうすればいいんだ?>
そうだ、さすがに2人ともコーヒー飲めないっていうのは無理がある。
「そうなのか? 珍しいな・・・。悪いね、嬢ちゃん」
ムーン・ライトも椅子に座り、
「仲間が迷子になったんだって? 先に話するか」
良かった。これで水が出されたら”飲めない”が通用しなくなる。でも中野君はどうする?
<ごめん思い付かない。でも”コーヒー飲めない”はやめて>
<う、マジかよ>
お腹いっぱいでこれ以上入らない、が思い付いたけど、仲間がいなくなった直後に、夕食時間の前でそれも無理がある。いっそのこと飲んでもらう? もし睡眠薬とかがあっても私が残るし、Dr. スターリーたちの”黒”が確定する。でも、その時は私1人で戦うことになる。中野君も飲まずに突破できるならその方がいい。本人に任せよう。
「で、迷子はどっちなんだ? あと2人のうちの片方だろ?」
「女の子の方です。黒いショートカットの。もう1人の男の子の方は、下に探しに行ってます」
できる限り、嘘は言わないようにしよう。
「そうかあ。う~~ん、分からんなあ。そもそも俺は見張りでここから動けねえんだ。どの層でいなくなったんだ?」
「地下5階です。回る地面がある」
「あ~~、あそこは迷いやすいからな。探しに行ってるもう1人も迷子にならなきゃいいが」
「あ、あはは・・・」
捕まえるって意味じゃないよね・・・? ムーン・ライトにコーヒーを飲む気配は無い。どうなんだろう。私はこの人たちが葵を攫ったと思ってるけど、まだ確信が持てない。あと、中野君もさっきからコーヒーを飲んでいない。口を開く気配もなさそう。怪しまれてないといいけど。
「スターとサンが行ってるから聞いてみるか」
ムーン・ライトはそう言うと小さなトランシーバーのようなものを出した。ボタンが押されると、ポポッと音が鳴ってザーーーっという音が聞こえてきた。
「こちらムーン。あの魔法使いたちのうち2人が来てな、黒髪の女の子が”回転の層”で迷子になったらしい。見てねえか?」
ムーン・ライトがそう言うと、すぐにトランシーバーから返事が返ってきた。
【こちらサン。スターも一緒だが、見た覚えはないな】
ガッツリ私たちにも聞こえるようにやり取りしている。特に何かを隠しているようには見えない。さっきはDr. スターリーも一緒だったけど、今は別行動・・・?
「そうか。邪魔したな」
ムーン・ライトがボタンから手を離し、ザー音が止まる。
「聞いての通りだ。すまねえな、役に立てなくて」
「いえ全然、大丈夫です。もう少し、自分たちで探してみますね」
一応、聞いてみよう。
「Dr. スターリーは、その奥に?」
あの扉の向こうは、スターリー神殿の長方形から飛び出している部分。
「ん? ああ、そうだ。Dr. スターリーは夕方からは私室にいることが多いな。俺らも中には入れねえし、出てくるのは夕食と来客のときだけだ。・・・っと、今は来客だったな。別に呼ばなくてもいいよな?」
「あ、はい、大丈夫です。私たちは、これで失礼しますね」
結局、葵を攫ったのがこの人たちかは分からなかった。でも大事なのは、ここに足を運ぶことそのもの。用が済めば私たちも下に降りることができる。捕まらなかっただけ良しとしよう。
「そうか、頑張れよ。・・・ん? チッ、モンスター来やがった。そこで待っててくれ、退治してくっから」
ムーン・ライトが立ち上がる。
「あ、大丈夫ですよ。私たちで退治しますから」
「まあまあ気にすんなって。客人に戦わす訳にゃいかねぇ」
ムーン・ライトが私たちの横を通り過ぎる。立ち上がって振り返ったけど、ムーン・ライトの背中の向こう、部屋の出口の向こう側にもモンスターの姿は無い。センサーでも置いてるのかな。このテーブルと椅子も電動で動くって話だし。しばらくムーン・ライトの背中を眺めた。
あれ・・・? センサーあるなら見張り要らなくない? 外に立ってなくても部屋の中にいれば退治しに行ける。今みたいに。
私は走り出してムーン・ライトの後を追った。
<ちょっと変かも。動かなくてもいいけど気を付けて>
<おう。よく分かんねぇけど、分かった。動かねぇ>
「やっぱり私もやりますよ」
まだ距離はあったけど、走りながら声を掛けた。こっそり後を追うと怪しまれると思ったから。
次の瞬間、ムーン・ライトが走り出した。
<やっぱり変! 中野君も来て!>
<何で走ったんだアイツ!?>
<分からない! 早く出よう!>
学校では陸上部だけど、この走りにくい恰好で成人男性に追いつくことはできない。差を詰めることもできないままムーン・ライトが部屋の出口に到着した。
そして、壁がスライドドアのように動いて出口が塞がれた。
ドアがあるんなら、見張りなんて本当に要らないじゃん・・・。
「おいマジか!?」
呆然と立ち尽くしているところに、中野君が近くまで走って来た。
「どうすんだよ・・・」
閉じ込められたのでは、どうしようもない。
「・・・とに、かく、大村君に、伝えなきゃ」
今できるのは手に入れた情報を大村君に伝えること。グリンタウンの時に続いてこんな事になってしまうなんて・・・。
<ごめん、部屋に閉じ込められた。やっぱり、Dr. スターリーたち、”黒”よ。ムーン・ライトも逃がしちゃったから、気を付けて。サンとスターは一緒にどこかにいて、Dr. スターリーは私室にいる>
返事はすぐに来た。
<分かった。縛られたりはしてない? 動けるなら何かないか探してみて。もしかしたら一気に地下6階まで行けるかも。僕は今地下3階への階段の途中>
読んだ瞬間、ハッとした。そうだ、まだ終わりじゃない。ドアが閉まった瞬間に”終わった”と思ってしまった。ここで諦めていては、グリンタウンの時と同じだ。ここで打開策を考えるのが大村君なんだ。行動基準に大きな差がある。目標は、遠い。閉じ込められた程度のことでは諦めていては、絶対に辿り着けない。
「ここから出られる方法がないか探してみましょう」
「お、おう! くっそ、マジであいつらが犯人だったのか」
部屋を調べようと動き出した瞬間、
プシューーーーーー、
の音と共に白いガスのようなものが出てきた。
「うおっ! なんだアレ!」
「分かんない! 吸わないようにしよう!」
でも、閉じ込められた部屋でどうやって。息を止める・・・? 無理だ。いつまで続くか分からないのに。
何か、何か、何か。あちこち周囲に顔を向けてみたけど、白いガスが近づいてくるだけ。四次元収納には、洋服、飲み物、日用品、それとさっき買ったロープ。
・・・ダメだ。これではガスは払えない。
私たちに残されているのは、魔法。風、光、中野君には闇。・・・風だ! 風を使えば、あのガスを吸わないでいられるはず。
「中野君、あたしの近くに来て!」
「お、おう!」
<ガスが近づいたら息を止めて。モニターとかで見られてるかも知れないから、ガスに包まれてから風魔法を出すよ>
<そっか! 風がありゃ大丈夫だな!>
やがてガスが充満してきた。できる限り逃げ回って、いよいよ逃げ場がなくなってから息を大きめに吸って、止めた。
10秒ほどで、すぐそばの中野君の姿も見えなくなった頃に風を起こした。私たちの周りにガスがない空間ができ、再び中野君の姿が現れる。
<助かったぜ。サンキュな、千尋ちゃん>
<だけど、まだよ。部屋から出なきゃ>
<でもこれどうするんだ? ガス消えるまで待つか?>
<もしモニターで見られてたら、あたしたちが無事ってバレた瞬間また何かしてくるわ。その前に出ましょう>
<でもどうやって出るんだよ? 何も見えねぇまま隠しスイッチ探すのか?>
その発想は無かった。中野君、直観的なところがあるけど、たまに良いヒントをくれるのよね。だけど今回は、打開策が既にある。
<さっき大村君が言ったじゃない。壊すのよ、壁を。それとも力技で攻略するのは嫌?>
こんな状況でこんなセリフが出るなんて。だけど、少しだけ大村君に近づけた気がした。
<いいや葵ちゃんを助ける方が大事だ!>
<出口はあっちよ、一気に行こう!>
私は出口の方を指し示しながらそう伝えた。
<おう!>
歩き出した瞬間、ガーーーーッと、鈍い音がした。さっき、ドアが閉まった時の音だ。ということは、開いた・・・?。
「うおっと、まだガスあんじゃねえか。もうちょっと待つか」
ムーン・ライトの声だ。もしかして、モニタリングはされてない・・・?
<気付かれないように近づこう>
<ドア開いたんじゃね!? どうする!?>
ほぼ同時に2人のメッセージが表示された。慎重に行こうと思ったけど、この瞬間に、何故か気が変わった。
向こうから開けてくれたんだ。大村君ならこのチャンスは逃さない。それに、このガスを吸わせることができれば。
<やっぱり閉められる前に一気に行こう。風を起こすから>
本当はまだ、慎重にいきたいと思っている自分がいる。でも、絶対やるのが得策だ。
<よっしゃ!>
私は杖を前に向け、風でガスを部屋の外に送り込んだ。
「うおっ!」
ムーン・ライトの叫び声が聞こえた。よし。
「あっ」
さらに嬉しい誤算、部屋の出口が見えた。思わず声を出してしまった。急げ、早く出よう。中野君の腕を自分の上腕と二の腕で挟み、
<行くよ、ガス吸わないで。せーのっ>
杖を持つ方の手に力を入れた。
ブオォン!
と突風の追い風が起こる。
「のわっ!」
大声は出さないで欲しかったけど、仕方ない。MPがどれだけ減るか分からないけど、部屋を出る方が優先。壁を壊すことになってもMPは消耗するんだ。
そしてそのまま、ドアが閉められることもなく部屋の外に出られた。風を止めると、2人とも勢い余って転がった。私はすぐに体を起こし、脱出して来た部屋の方を見た。ムーン・ライトも尻餅をついていた。部屋から飛び出してきたばかりの私たちを見ている。
「そう言えば魔法使いだったな。睡眠ガスなんか効かねえか」
ムーン・ライトはそう言って、太ももの汚れを払いながら立ち上がった。もう、隠すつもりは無いらしい。ガスを吸わせることはできなかったけど、上出来だ。時には思い切った行動も必要なんだ。でも、いざ自分がやるとなるとプレッシャーは大きかった。
<何とか部屋は出れたわ。ムーン・ライトも、ちゃんと捕まえる>
<頼んだよ。僕は今地下3階>
そうだ、これからが本番だ。大村君に頼まれてるんだ。ムーン・ライトを、捕まえなければならない。
私たちも立ち上がった。
「中野君、準備はいい?」
「おうよ。・・・テメェ、葵ちゃんを返しやがれ」
「アオイ・・・? いなくなった仲間のことか? 自分らで探しな。最も、ここを離れることができれば、の話だがな」
次回:千尋/中野 対 ムーン・ライト




