第60話:消えた葵
花巻さんがいなくなった。
「花巻さーん。花巻さーーん!」
<花巻さんどうしたの?>
声で呼びかけると同時にメッセージも送った。メッセージだけでも大丈夫なのだが、傍から見れば仲間がいなくなったのに無言になるから、何かしら声を出しておこう。できればこの世界の住人にメッセージ機能の存在を知られたくない。既に知ってる人もいるかも知れないが。
「葵ー! どこいるのー? 返事してー!」
<葵、どうしたの?>
「おーーい! 葵ちゃーーん!!」
<おーーい! 葵ちゃーーん!!>
高松さんと中野も乗っかった。が、花巻さんからの返事はない。
「どこ行ったんだろ」
<念じるだけで済むメッセージも返事がないから、ただの迷子じゃないよ>
気絶しているか、催眠術か何かで操られているかだが、気絶だろう。そうなると加害者がいる訳だが、声を出す暇も与えてないから、モンスターではなく人だと思った方がいい。
「葵・・・」
高松さんが嘆くように心配の声を漏らす。行方不明になった仲間を探すなら、
<2人とも、マップ見て>
「・・・え? これどういうこと?」
<マップに関することもメッセージでいこう>
<あっごめん>
<でもこれって葵ちゃんか?>
これまで壁に沿って進んで来たのだが、南西の角から南東の角に向かう途中で、内側に向かって線が出ている。多分、花巻さんが通った跡だ。ちょうど、ついさっき通った回る地面の所から、反時計回りに円弧を描くように内側に入り、その弧は240°周った辺りで途切れ、今度は時計回りに新たな円弧を描いている。回る地面を乗り継いだようだ。まだ移動中らしく、線は少しずつ伸びていっている。
「とりあえず、来た道を通って階段の所まで戻ろう」
<多分だけど、攫われてる。動いてるのに返事がないのは明らかにおかしい>
「うん・・・」
<うそ・・・。でも、そうだよね>
「そうだな」
南東の角を目指すのはやめて引き返し始めた。
<しゃべりながらメッセージ送るのやめてくれ! 分からん!>
<ごめん、つい。基本的にはメッセージの方を信じればいいから、口でしゃべる方は適当に話合わせて>
<じゃあメッセージだけで良くねぇか?>
<それだと僕ら無言になるよ。仲間がいなくなったのにそれは変でしょ>
<あ~~、そうかあ。でも難しくねぇか?>
そのメッセージの後、
「だあぁ~~~! どうすりゃいいんだ~~!」
中野が頭を抱えながら叫んだ。差し障りのない発言をしながら他のことを考えるのは苦手なのかも知れない。実際、疲れる。
「階段まで戻ってから考えよう」
<壁から離れたら暗いし、追いかけるのは無茶だ。階段まで戻れば、さすがに周りに人がいる所じゃ何もしてこないでしょ。花巻さんには、悪いけど>
「・・・そうね。はぐれないように戻りましょ」
<ごめんね、葵>
「ええ~っと、とにかく戻ればいいんだな」
「そ。高松さんも言ったけど、はぐれないようにね」
「おう」
その後も、花巻さんを呼ぶ声を出しつつ来た道を戻る。
花巻さんの進路もチェックしているが、回る地面を何度か乗り継ぎながら北西に向かっているようだ。階段への最短経路だろう。迷いがなさそうだから、ある程度は地下5階を攻略できている人だ。容疑者の筆頭株は、もちろんDr. スターリーとライトブラザーズ。だが多くの学者が長い間ここの調査をしているから、他の誰かの可能性もある。
俺らに盾をつく理由が、四隅の光に気付いたことぐらいしか見当たらない。さすがに、こんな所まで来るような人間が、花巻さんが好みだったから攫ったってことは無いだろう。俺たち4人の中で一番攫いやすそうだった、と考えるのが妥当だ。四隅の光に気付いた俺たちを狙ったのは、偶然か、それともやはりDr. スターリーたちか・・・?
もうすぐ南西の角に着くという所で、花巻さんの動きが止まっていることに気付いた。この地下5階の、ちょうどド真ん中で。
<花巻さんが、止まったみたい>
ふと、あることが頭をよぎった。当初、角の壁に穴を開けて確認しようと思っていたことだ。
<ホントだ。どうしたんだろ>
<”仲間を返して欲しくばここまで来い”ってヤツなんじゃねぇのか?>
それも有り得るが、俺は別の可能性を考えている。もし、花巻さんがそこにいるのなら。そう思って、念じてみた。ビンゴだった。
<地下6階の、マップができてるよ>
「え・・・?」
「は?」
驚いたのか、2人とも声を出した。
<ごめん声出しちゃった。・・・でも、本当に、あるね。・・・葵が、そこにいるの・・・?>
<だろうね。僕ら3人は誰も地下6階に行ったことがないんだから>
<マジかよ・・・でもどうやって行ったんだ?>
<連れて行かれたと考えるしかないね。そんなことができるのはDr. スターリーたちしかいないと思う>
他の学者は地下6階の存在を知らない。もし見つけたら手柄になるんだから黙ってないだろう。Dr. スターリーたちが隠してると考えるのが妥当だ。実行犯はライトブラザーズの誰かだろう。マップ機能のことを彼らに言ってなくて良かった。おかげで地下6階の存在が判明した。
<もしかして角の光のことか? 気付いた俺たちを消そうとしてるとか>
<かもね。とにかく人の多い所まで行こう>
「どこ行ったんだろ、花巻さん」
「葵、大丈夫かな」
「HPは減ってないね」
<眠らされてるだけだとは思うけど>
「葵ちゃーーん!」
南西の角を過ぎて、北西の角、つまり階段のある方を目指す。地下6階のマップは、ド真ん中に黄色い点があるだけのままだ。
<花巻さんが動いてないね。誘拐犯も一緒にそこでいるか、花巻さんだけ置いてまた僕らの誰かを捕まえに来てるかも。気を付けよう>
<うん>
<くっそ、あいつらぜってぇ許さねぇ>
花巻さんには申し訳ないのだが、俺は怒りよりも現状打破の方に意識が行ってしまっている。だけど、助けるという形で誠意は示そう。今は一旦退く。
階段に到着。俺たちの状況を知らない学者たちが休憩している。だが、誰が俺たちを見張っているか分からない。誰にも何も聞かないというのも変だから声を掛けてみよう。
「すみません。黒い髪の、魔法使いの女の子を見ませんでしたか」
「さあ、見てないな。魔法使いが通れば気付くと思うけど」
当然の反応だ。花巻さんがここを通ってないことは俺たちも知っている。全部で3グループに聞いたが、同じような反応だった。
「で、どうするよ?」
「僕は、宿屋まで戻った方がいいと思ってる。真っ暗で回る地面がある中で探してこれ以上誰かがはぐれたらまずい」
<敵は迷わず地下6階まで行けてるから、闇雲に探すのは危険だよ>
「うん・・・そうするしかないよね」
「でもよぉ」
「今は、全滅しないことを考えよう。花巻さんがこのゲームに挑戦した目的を考えて」
極端な話、花巻さんからすれば、ここで見捨てられても弟を連れて元の世界に帰ることができればそれで良しだ。とは言え回復役は必要だから助けるが、いま行くのはリスクが高い。
「そうだな。全滅したら匠君連れて帰れねぇもんな。待っててくれよ、葵ちゃん」
分かってくれたようだ。
「一旦帰って、落ち着いてからどうするか考えよう。MPも減ってきたし」
「そうだな、戻るか」
「なんか怖いしちょっと急ごっか」
<誰かに狙われてるんなら階段が一番危険だ。走ろう>
「そうね」
「うし、ダッシュだな」
「3人で合わせる方を優先でね」
「おう」
バラバラにならない範囲で走って螺旋階段を上り、地下4階に到着。
「ここは人が多いから、道なりに進めば大丈夫だね」
天の川のようになっている、星の帯でできた道の上を歩いて進む。来るときに通った、床まで星空の所よりは歩きやすい。見たところ、この部屋の星空も天の川も実際に光っているようだが、何なのかは分からない。
天の川の道は、フロア中央でド真ん中を避けるように円形になっていたこと以外は地下3階への階段まで一直線だった。何事もなく、階段に着いた。
「じゃ、また走るよ」
「うん」
「おう」
誰かに見張られている感じはしないが、念には念を入れよう。
地下3階に到着。
「はぁ、結構疲れるね」
念じるだけで収納可能な4次元空間からペットボトル入りの水を取り出し、口に含む。
「さすがに上り階段でずっとじゃね」
と言いつつも高松さんもここまで走って来れている。運動部だろうか。俺は中学の時に卓球部だったが、弱小校だったし、ちょっとしたランニングがあったぐらいだった。しかも高校では帰宅部、体力が落ちているようだ。
「俺はまだ大丈夫だぜ?」
「さっすが中野くん」
見たまんまだな。その体力、頼りにしているよ。
「さて、ここからだね。ほとんどの人にとってはただの通り道だから、人が少ないよ。離れないようにして進もう」
最短経路は他にあるはずだが、午前中に通った道をそのまま戻った。今は、たとえ遠回りでも確実な道がいい。ワニがたまに出てくるが、人は1人も見かけない。なんとなくルイナさんたちに会っておきたかったのだが、会わないまま階段に着いた。
「ここの階段は、長いんだったね」
「大村君、大丈夫?」
疲れの色を隠しきれてないか。だけど、人の手を借りるほどじゃない。
「大丈夫」
「うっし、じゃあ行くか」
いざ走ろうと階段の前まで移動すると、
「手を、つなぎましょうよ」
そう言ったのは高松さんだ。
「この長い階段をずっと走るなんて、無茶よ。はぐれて誰かが捕まるのを避ければいいんだから、手をつなげば歩けるでしょ」
実は、それは真っ先に考えていた。だけど高松さんが俺や中野と手をつなぐことになるから言わなかった。まだ狙われているという可能性が低くなってきた状況で、体力温存も考えれば手をつなぐのが良いのだが、気が引けてしまった。まだまだ俺も、合理の塊にはなれないようだな。
「そ、そうだな! 手ぇつなげばいいじゃんかよ、なあ? 大村」
「・・・そうだね」
「んじゃ、千尋ちゃん、いいか?」
中野が手を差し出した。
「ええ、よろしくね」
高松さんは嫌な顔ひとつせずに応えた。中野はご満悦の表情。
「ほら、大村君も」
高松さんが空いた方の手を俺に向け、
「うん」
とだけ返事をしてその手をつかんだ。
「んじゃ、行きましょ」
まさか高校2年にもなって手をつないで歩く事になるとは、妙な気分だ。
「こうしてれば、怖くないわね」
「そうだな、誰でも掛かって来やがれってんだ」
<中野くん、誰かに狙われてるっていうのは知らないフリでお願い。傍から見れば今はまだ、仲間が1人迷子になったっていう状態だよ>
<うおっ! 悪ぃ悪ぃ。難しいなこれ>
地下5階で後をつけられていたのは間違いないだろうが、今はどうだろうか。とにかく早く神殿を出てしまおう。
長い長い螺旋階段を上る。しばらく沈黙が続いていたが、
「そういやコレ、何だったんだろうな」
中野は空いている右手で高松さんとつながれている左手の袖をめくり、銀の腕輪を出して見せた。
「結局、使ってないままね」
「そうだね。今は花巻さんの方に集中するけど、奇跡復活の鍵になるかも知れないから持っといて」
「おう、いいぜ。別に邪魔になんねぇし」
「早く葵を連れ戻して、みんなで考えましょ」
「そうだな」
その後も、思い付いたことを話したり花巻さんを心配する言葉を出したりしながら階段を上り続けた。
地下2階に到着。つないでいた手を離し、地下1階への階段を目指して丸足場を移動し始めた。特に何事もないまま、丸足場エリア、一本橋エリアを突破し、あっさりと階段に到着。
「じゃあまた手ぇつなごうぜ」
まあ、そうなるか。
また3人で手をつないで階段を上り、地下1階も知る範囲の最短経路で出口まで来た。メニュー画面で時間を確認すると、3時半に迫っていた。地下3階で遠回りしたとは言え、結構時間がかかったな。
「やっと出られたね。このまま宿屋まで戻ろう」
「・・・葵、待っててね」
「ぜってぇ助けようぜ」
それは、もちろんだ。
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宿屋に戻って来た。
「さて」
畳んである布団の上に腰を下ろしながら話を切り出した。まず、確認だ。
「今日これから、助けに行くってことでいいよね」
「当たり前でしょ」
口調は軽かったが、今も俺を見ている目が本気だ。慎重を期すなら一晩かけて冷静になってからが良いのだが、却下されるだろうし、これを言うと評価が下がるなんてレベルでは済まない。HP・MPの回復と、メッセージ抜きで話ができる場所を求めての一時撤退は許された、と考えよう。
「ま、さすがにあの神殿で捕まったまま一晩過ごすのは、僕も御免だからね」
そう答えると、高松さんは一度軽く目を閉じてから俺から視線を外した。
「今日助けるのは当たり前だけどよぉ、どうやって助けるんだ?」
「地下6階に行くしかないんだけど、どうやって行こうか」
答えは決まっているが。
「は? 5階のド真ん中行きゃいいんじゃねぇのか?」
「それは無理だよ。いくら回転する地面があるからって、あれだけの人が調べてて誰も階段を見つけきれないなんて変だ。隠しスイッチがあるか、そもそもDr. スターリーたちしかスイッチを持ってないかだと思う。
それに地下5階の真ん中らへんばっかりウロついてたら、花巻さんがそこで消えたことに僕らが気付いてるってバレるよ? ウロついてる間に捕まるだろうけど」
「そっかぁ。まだ葵ちゃんはタダの迷子ってフリしなきゃいけねぇのか。じゃあどっかの角に穴開けるのはどうだ? 攫われたってことは俺らが角の秘密に気付いたのはバレてるだろうし、もしかしたら下に行けるかも知んねぇぞ?」
正解。
「そうだね、それしかない。MP節約したいから、できれば地下5階からがいいね。きっと、下に降りれるようになってるよ」
「もし降りれなかったらどうするの?」
普段通りの表情と目つきで高松さんが聞いてきた。
「その時は正面突破しかないね。ド真ん中に行って地面を壊す」
「な・・・。でも、それしかないわね」
「さらに下があるかも知れないっていうのは学者たちも思ってるだろうし、そこまで不自然な行動じゃないよ。学者だから誰も実行しないってだけで、初めから力技で攻略できるんだよ、この神殿は」
「そう、・・・ね」
「でもよぉ・・・」
「もちろん下に階があることが分かってるから壊せるっていうのもあるけどね。一応は僕も正攻法でいきたいとは今でも思ってるよ。でももう、そうは言ってられないよね。仲間が攫われたんだから。頭を使うだけじゃ出来ないことをするための、魔法だよ。それに地面壊すのはあくまで最終手段、角からきっと降りれるよ。それにも魔法を使うけど」
ついでに、角の秘密が分かったのもマップ機能のおかげだ。
「土属性いるから大村がやるんだよな? 俺と千尋ちゃんは見張りしてりゃいいのか?」
「いいや」
中野は疑問が浮かんだような表情を、高松さんは覚悟を決めたような表情をした。
「2人は地下1階の、Dr. スターリーの部屋の方に行って」
中野は怪訝な表情になり、高松さんは目を閉じた。
「何でだ?」
「さっきも中野くん言ってたじゃん。まだ花巻さんはタダの迷子って状態だよ? 仲間がいなくなったのにDr. スターリーのもとに行かないのは、”あなたたちを疑ってます”って言ってるようなもんだよ。だから行かないっていうのは無い。もし花巻さんを攫ったのが他の誰かなら、普通に味方になってくれるからラッキーだ」
「おお、なるほど・・・。じゃあ3人で言った方が良くねぇか? 大村1人で地下5階まで行くのは危ねぇだろ」
惜しい。
「3人で行ってその場で捕まったらオシマイだよ」
「じゃあ行くのは1人でも良くねぇか? どうせ捕まるなら1人の方が」
正解。ここはどっちを2人にするか意見が分かれるところだ。だけどここは、俺がチームを牛耳り気味であるのを利用しよう。
「ただ彼らの部屋に行って欲しいってだけじゃない」
「は?」
「あの部屋は、モンスターが入って来ないようにライトブラザーズの誰かが見張りに付いてる。多分、さっき居なかったムーン・ライトだ。昨日の帰りに会った人。もし敵だったとしても最初は普通に招き入れると思う」
「ふんふん」
中野は真剣に話を聞いている。高松さんは目を閉じたままだ。そろそろ、俺が頼もうとしてることに気付いているだろう。
「もし怪しい動きをしたら、その場でムーン・ライトを捕まえて。2人が捕まる前に」
中野は表情を変えないままだ。理解するのに時間が掛かっている感じだ。高松さんは目を閉じたまま軽く息をついたような動きをした。
「・・・それって、戦えってことか?」
「そうなるね。戦いになる前に捕まえられるんだったら、それでもいいけど」
「うおおおぉぉぉ・・・なんか燃えてきたな。 が、頑張ろうな、千尋ちゃん」
高松さんが顔を上げる。真剣な表情で、中野とも俺とも目を合わせずに口を開いた。
「ええ。 助けるわよ、葵を」
次回:ライトブラザーズの部屋へ




