第57話:欠けている角の向こう側
翌朝、6時に設定したアラームよりも早く目が覚めた。これはもう、防衛本能が働いていると言っていいだろう。二度寝もせずに、タオルを持って浴場に出かけた。
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戻ると、花巻さんがお茶を飲んでいた。他の2人はまだ寝ている。
「大村君、おはよう」
「うん、おはよう」
「あ、今日はちゃんと”おはよう”って言うんだ」
「うん、さすがにね」
「ふふふっ。お風呂もちゃんと入ったみたいだね」
「我が身を守るためだよ」
「昨日のは、効果があったみたいだね」
「うん、もうトラウマだよ」
「大村君が悪いんだよ。千尋ちゃん面倒見がいいから、だらしなくなっちゃうのも分かるけど、自分のことは自分でちゃんとしなきゃ」
「そうだね。ダメ人間になるのもほどほどにするよ」
「ほどほどじゃなくて、やめた方がいいと思うんだけど・・・」
「状況によるかな」
「あ、うん・・・そう・・・」
とは言え、昨日の今日だ。俺はテーブルまで移動して、自分のお茶の準備を始めた。
「ふふふふふっ」
「笑わないでよ」
「ごめんね、おかしくって」
湯呑みにお茶を注ぎ、冷めるのを待って一口飲んだ。
6時半、アラームが鳴って2人が起きる。高松さんは顔を洗いに行き、しばらくして戻って来た。中野はまだ布団の上でゴロゴロしている。
「お風呂は入ったみたいね。関心関心」
「さっき花巻さんにも言われたよ・・・」
「女子が2人もいるんだから、だらしない生活はできないと思ってよね」
「えー」
「”えー”じゃないっ」
その後、7時までまったり過ごして朝食を食べに行った。
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朝食後は、そのままスターリー神殿に出発だ。
「よーし。気を取り直してスターリー神殿に行こう」
「はあ、そうね。昨日は疲れたわ」
「だったらあんなことしなきゃ良かったのに」
「だ・れ・の・せ・い・だ・と・お・もっ・て・る・の・よ」
「僕が悪かったです・・・ごめんなさい」
「んもう・・・何で同い年の高校生相手にあんなことしなきゃいけないのよ」
「はははっ、でも面白かったから良かったじゃねぇか」
「面白かったのは見てた人だけだよ」
「大村君が言わないでよ。ホント、全く・・・」
北門からホワイライトを出た。まだモンスターは出ないが、さすがにそろそろ気分を切り替えないとな。杖を脇に挟み、パンパン、と自分の頬を両手で叩き、フーーーーーッ、と思いっきり息を吐いた。
「よし。今日はまず、地下2階で角の壁に穴を開けてみよう。それから地下3階に行って残りの壁を一周して、地下4階への階段を探す、だね」
「うん」
「うっし」
「さ、行きましょ」
少しは、気分が切り替わったかな。そのまま神殿に向かって歩き、階段を下りて中に入った。
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地下2階まで来た。一応、メッセージで会話しよう。
<北西と南西、つまり奥の方の左右2つにしよう。空飛ばなくていいし、片方はライトブラザーズの部屋の下だから>
<オッケ>
まず北西の角に向かい、到着。
<この壁の向こうが、ライトブラザーズ部屋の真下だね>
<なんか緊張するな、早くやろうぜ>
まあそう急かすなよ。
高松さんに周囲の見張りとモンスター退治を頼んだ。杖を壁に向け、壁の石を直径15cmぐらい手前に引き抜いていく。この壁の向こうは、普通に地面の土か、それともその前に空間があるのか。
50cmほど引き抜いたが、石の壁が続いていく。
<おいおい、まだかよ>
<辛抱強く、いこう>
その倍、1mぐらいになったところで、スポッ、と石の壁が抜けた。
「うおっ!」
中野の声に3人ともビクッとした。開けた穴を一旦塞いだ。辺りを見回したが、誰もいなさそうだ。下に行く階段からは何百メートルも離れてるからな。
<静かにして>
<悪ぃ悪ぃ。でも何だ今の光?>
<分からない。もう一回開けるよ>
塞いだ穴を開けると、確かにそこは白く光っていた。手を中に入れてみる。上に向けた手の甲は暗く、下に向けた手のひらは明るい。
<下から上に向かって光が出てるみたい>
<あたしにも見せて>
見張りを交代し、みんなにも光を見てもらった。
<じゃあもう塞ぐよ>
くり抜いた石の壁を埋めていく。復元に成功。よく見れば違和感があるが、そんなの誰も疑わないだろうし、何よりこんな所まで来ない。ルイナさんに気付かれるのは問題ない、歓迎してもいいぐらいだ。
<じゃあ次は南西の方だね>
<どうなのかしらね>
ここにさっきの光がなければ、他の2箇所もすぐに調べよう。北西だけにあるのなら、Dr. スターリーに疑いの目を向けることになる。
南西の角に到着。さっきと同じように石の壁を円筒状に引き抜いていく。1m手前ぐらいでペースを下げて、
<おい何で遅くするんだよ>
<もうすぐ抜けるからだよ、待ってて>
やがて、スポッと抜けた。そこにも、北西と同じように光があった。
手を入れて確かめる。方向も同じ、下から上だ。俺1人だけ確認してすぐに穴を塞いだ。これは、四隅全部にあると思った方がいいな。
<あったわね、光>
<あったね、光>
<どうすんだ? 他の2つも見んのか?>
<いや、空飛びながら壁くり抜くのはキツいし、今はいいや。多分4つの角全部にあるよ。下の階でやりやすそうな場所があれば、見てみよう>
<そうね。誰かに見られたくないし、やめときましょ>
<細かい話も、戻ってからにしよう>
<じゃあ次は地下3階だな>
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地下3階に着いた。昨日は地下3階への階段をさんざん苦労して探したが、道さえ分かれば余裕だ。
「じゃ、まず左に行って壁に着いたら時計回りで」
「よっしゃ行くぜ。ふいーーっ、メッセージばっかって疲れるな」
「もういいでしょ。普通にしゃべろっ」
左―――方角的には北―――に向かい、上で足場になってる柱が邪魔だが特に何事もなく北側の壁まで到着、進路を東に切り替える。しばらく進んでいると、東西位置が真ん中から少し西の辺りで前方にも壁が現れた。
「ここは、上で広い足場になってた所だね。通れる場所を探そう。ここから先は2階で一本橋エリアだった所だから、柱というよりは壁って感じになると思う」
「でも数が減るからいいんじゃねえのか?」
「どうだろ。逆に壁だらけで先が全然見えなくなるかも。とりあえず行ってみよう」
壁に沿って南に進んでいると、扉サイズの穴があった。地下2階のマップから切替えてみると、ちょうどド真ん中から少しだけ西の位置。
「お、ここから行けそうだな」
壁の向こう側は、割と開けた景色になっていた。でも、明かりが少なくて遠くが見えないだけで、上の階で一本橋になっている壁があるはずだ。
「とりあえず、柱も壁も無いみたいね」
一本橋エリアを制覇した訳じゃないからマップを見ても分からないが、ここの真上には一本橋はないようだ。
「とりあえず北に進んで、外周の壁に戻ろうか」
「そうね」
だがその途中で壁に出くわした。まだ北に空間は残っているはずだ。
「一本橋のやつ、みたいだね。とりあえずこれに沿って進もう」
「くっそ壁多くてメンドくせぇな~」
「ま、そういうもんだよ」
壁に沿ってしばらく進むと、通り抜けられる穴が見つかった。そこを通り、その壁から離れて北側の外周の壁を目指す。が、またしても途中で壁が現れた。
「げっ、またかよ!」
北側ということは、地下2階をスタートしてから最初の分岐を右に進めば北だ。その先の分岐は左右、つまり東西に分かれていて、東に進んだが途中でUターンしたので結局は進行方向が西になった。
「今ぶつかった壁は、昨日通った道みたいだね。マップで地下2階見れば分かるよ」
「どれどれ・・・お、マジだ。じゃあさっきの壁は何だったんだ?」
「通らなかっただけなんじゃない? 一本橋エリアはあんまりうろついてないからね」
「あ、それもそうか」
問題はこの壁の向こうに行くのに、東西のどちらに行くべきかだ。まだあまり東に進めてないが、今度の穴は西側にあるなんてことも有り得る。
「みんな行かねぇのか?」
中野は東に向かって歩き出していた。まあいいか。そっちに行くのが自然だし、考えても分からないからどうしようもない。最悪は1周すればいいだけだ。
で、本当に1周してきた。
「おいこれさっきのトコじゃん。まさか行き止まりか?」
「その可能性もあるけど、一応西側も見とこうか。どこかに穴が空いてれば向こう側に行けるんだから」
「また根気勝負かよ~」
そういうもんです、世の中は。ゲームの世界も同じだったね。
フロア全体を東西に分断する壁まで行き、さらに北へ。そしてまた壁が現れる。で、一緒に穴も見つかった。
「ホントにここにあるのね。ちょっと悪意を感じるかも」
高松さんも俺と同じようなことを考えてたっぽい。
「東の方目指してたのに戻すとかアリかよ~」
「ま、でも外周の壁はここで途切れてたんだし、どの道ここまで来なくちゃいけなかったんだから、いいじゃん」
「そりゃそうだけどさ~」
さらに北を目指し、外周の壁に到着。ここからは北東の角まで何もないはずだ。進もう。
その北東の角を目指す途中で、人影が見えた。学者と剣士の組み合わせで共に女性。ルイナさんとリリーさんだ。ルイナさんが広げているのは、間違いなく見取り図。手書きだな、ペンも手にしている。作っている最中のようだ。
おそらく見張り役であろうリリーさんがこちらに気付いた。
「お前たちか、また会ったな」
「こんにちは」
ルイナさんも気付いて、立ち上がった。
「ええ、こんにちは。どうかしら、人探しは順調?」
「う~~ん、何とも言えませんね。とにかく地下5階までは調べてみようと思います。ルイナさんは見取り図を作ってるんですか?」
「ええ、そうよ。一から調査をやり直すと決めてから、まずはこれを作ろうと思って。地下1階はできたんだけど、2階と3階は繋がってるし足場も限られてるから大変」
地面に広げてある見取り図を見せてくれた。各階ごとに作ってある。1階は完成しており、寸法まできっちり書いてある。見事だ。地下2階と3階は、中央から西側に向かっての1/4ほどが完成している感じだ。
だけど、端の方を見てないから気付いてないんだ、縦横の長さが全部の階で同じで、1階で直角だった角が他では欠けていることに。2階と3階を繋ぐ階段が比較的近くて広い足場がある中央から始めたのが、仇になっている。
「うっへ~~、こんなの人の手で作れんのかよ」
世の中は根気勝負だと言ったでしょう。
「あなたたち、簡単な地図も持ってなさそうだけど、大丈夫なの?」
あまりプレイヤーの能力については話したくないが、この人たちなら問題ないだろう。
「それが、僕たちプレイヤーは、一度通ったことがある道をいつでも脳内に浮かび上がらせることができるんです。寸法までは分かりませんが、縮尺と座標は合ってるようなので不便はないんです」
「そう・・・凄いわね。私の1年間を否定されたようで悔しいわ」
「僕にとっては、これほどの図面を作れるほうが凄いです」
「これでも研究者だからね。多くの人は、地下5階までの道をDr. スターリーに頼って、そこだけを調べてる。Dr. スターリーは、これと似たようなもの完成させてるだろうけど、まだ”奇跡”の復活には辿り着けていない。だから私は、自分でこれを作って調べるの。この神殿に隠された謎を」
ルイナさんには、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。俺が自力でやったら1年あってもできないであろう見取り図が、ゲームのシステムで勝手に構築されていく。角の壁の向こうの光も、魔法があったから簡単に見れた。
だけど、遠慮するつもりはない。反則に近いものでも、与えられているものは使う。遠慮して手を抜くことの方が、この人に対して失礼だ。
ルイナさんは確実に辿り着く、地下2階からの下の角が欠けていることに。そして、どんな手段を使ってでもその向こう側を見るだろう。
「長い道のりですね」
「世界中を旅している魔法使いさんほどでもないわ」
「では、そのお言葉に恥じないように旅を続けます。僕たちは、これで」
「ええ。また会いましょう。地下4階より下では会えないけれど」
ルイナさんに別れを告げて立ち去ろうとしたその時、大きな水音がしてワニが出て来た。
「こんな時に」
「うっし千尋ちゃん、いこうぜ」
「待て」
リリーさんが前に出た。
「お前たちはそこで見ていろ」
「でも・・・」
高松さんが反論しようとするが、
「大丈夫よ、リリーは強いから」
と、ルイナさんが説得した。これまでずっとルイナさんの護衛をして来たんだ。大丈夫だろう。
「私に任せろ。魔法、生命力を使うのだろう? 剣ならそのようなことはない」
「お言葉に甘えていいんじゃない?」
MP節約したいし、リリーさんのお手並みも拝見したいところだ。
「そういうことなら」
高松さんは構えていた杖を引っ込めた。リリーさんは剣を取り出して飛び、
「は!?」
「うそ・・・!?」
2mはあるな、高さ。飛んだリリーさんは剣を真下に向けて、そのままワニの背中に突き刺した。ほどなくして、ワニは消えた。
「す、凄い・・・」
「マジかよ・・・」
一度は戦おうとした2人からそんな感想が漏れる。この人、かなり強いな。少なくとも今の俺たちでは4人掛かりでも勝てないだろう。おとといのマリーナと言い、思い知らされる。
リリーさんは剣で俺たちの進行方向を指し示した。
「では先へ進むがよい。4人の魔法使いよ」
次回:地下4階に広がるものは




