第56話:スターリー神殿の構造
宿屋に着く頃には8時に迫っていた。それでも女将さんは基本的に冷たい料理だけにして、冷蔵庫で冷やして待っていてくれた。
お腹が空いたのと食べながらじゃ集中できないという高松さんの意見に合わせ、夕食後に話をすることにした。
で、部屋に戻って来た。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうかしら」
「うっし、俺も頭悪いなりに聞くぜ」
みんなが座布団の上に座り、俺を見る。始めるか。
「スターリー神殿の全体的な輪郭が気になった訳なんだけど、地下1階のマップを開いてもらっていい?」
「うーし」
みんながマップを開いたのを確認して、話を続けた。
「まず、スターリー神殿はホワイライトから北に進んだ場所にあって、入口の階段も北から南に向かって下っていく」
「ふむふむ」
「マップを見ての通り神殿はきれいな長方形で、ちょうど東西南北に壁がある。長さは正確には分からないけど、横が1キロ、縦が500メートルぐらいかな」
「げ、そんなにあんのかよ」
「でも実際、歩いてて時間かかるわよね」
「地下1階のスタート地点は南側の壁のちょうど真ん中、黄色い点だね。ゴール、つまり地下2階への階段は東寄りにある黄色い点、東の壁から2番目の列の真ん中らへん。で、さっき行かなかった北西の角は、昨日ライトブラザーズに連れていかれた所で、完全に彼らの部屋になってる」
「ああ、だから行かなかったのか」
「次に地下2階、スタート地点はもちろん東側。白くて太い線が壁で、細い線は僕らが通った部分だと思う。東半分が一本橋エリアで、西半分が丸い足場エリア。ゴールは西側にある黄色い点だね。中野くんが隠しスイッチを見つけた所と銀の腕輪があった所は、ゴールから見て南西の方向、なんか細い線が孤立してるのと、太い線でL字型の部屋っぽくなってるね」
「うげっ、結構近かったんじねえかゴール」
「全然見つからなくて気がおかしくなりそうだったわ」
「まあ、広いし電気も少なかったからね。・・・で、地下3階。階段を下りた時には僕らは東を向いてたんだけど、中野くんがジャンケンで勝って後ろ側、つまり西側を行くことにした。もう4人でうろついて線が繋がっちゃったけど、午前中に中野くんが2階で足を踏み外した場所と、3階の落ちて来た場所は、マップ上でほぼ一致してた」
「マジか。そうだったのか」
「で、それぞれの階で壁を巡った訳だけど、パッパッパッ、とマップを切り替えれば地下1階から3階まで大きさが同じなのが分かるよね」
「うおっマジだ!」
「それで角が丸まってることに気付いたのね」
「そういうこと。地下1階はきれいな長方形なのに、2階は全部、3階は西側しか見てないけど角が丸まってる。1キロと500メートルの長方形だから、地下1階の角部屋の分は半分ぐらい削れてるんだよね」
「それで角部屋調べたんだな。なんもなかったけど」
「うん。だからあと考えられるのは、地下2階から下の、丸まってる壁の奥に何かがあるか、・・・」
「なんだよ?」
俺は花巻さんの方を見た。昨日一緒にライトブラザーズの部屋に行った花巻さんから言ってもらえると、続きが話しやすい。
「Dr. スターリーの私室、だよね」
察してくれたようだ。
「Dr. スターリーの私室? 何よそれ?」
「北西の角部屋がライトブラザーズの部屋だっていうのはさっき言った通り。地下1階のマップは、一度入った部屋は薄く色が付いて壁も表示されるようになってる。だからライトブラザーズの部屋が地下1階の北西の角にあるのは間違いない。広さも他の部屋と同じぐらいだったよ」
「それで?」
「昨日あの部屋に行ったから分かることだけど、あの部屋には、さらに奥に部屋がある」
「え?」
「どういうことだ?」
「ブラザーズもそう言ってたし、何よりDr. スターリー本人がそこから出て来た。北側の壁に扉があって、その先に通路っぽいのがちょっと見えたのと、その先にDr. スターリーの私室があるらしい」
「それってつまり・・・」
「そう。スターリー神殿の地下1階は、北西の角の部分だけ北側に出っ張ってる」
そこまで話すと、5秒ほどの沈黙になった。
「・・・ってことはDr. スターリーの部屋に何かあんのかも知んねぇのか?」
「さあどうだろ。そうかも知れない、ぐらいのことしか言えないね。単純に穴掘って部屋作っただけってこともあり得るし」
「でも1階だけ角がちゃんとあるっていうのは気になるわね。もうちょっと調べてみる?」
「う~ん、疑う訳じゃないけどDr. スターリーたちにはあんまり見られたくないからなあ。調べるなら、電気が少なくて遠くが見づらい地下2階だね。角の壁に穴開けて元に戻すぐらいのことはできるよ、土属性の魔法を使えば」
「おいおいマジかよ。それで何か発見があったりするんじゃねえの?」
「それもどうだろ。ま、やるだけやってみよっか。それと、地下3階から下も壁を一周しないとね」
「うおっし、やる気出てきたな!」
「あたしたち以外にはやりそうにないしね」
「その通り。僕らはメニュー画面のマップ機能があったから分かったんだ。何メートル、っていう長さまでは分からないけど、縮尺と東西南北の位置関係が合ってれば分かる。Dr. スターリーの調査報告ってやつがどんなものか知らないけど、大半の人は地下5階までのルートしか興味ないだろうし、長さまで測って正確な地図を作るのはDr. スターリーとルイナさんぐらいだよ」
「だからDr. スターリーリスペクトの人たちは全然気付かねえってことか」
「そ。しかもルイナさんは普通の人間。護衛は剣士だったし、考古学者が魔法の修行をするとも思えないからね。だから地下2階みたいに足場が限られてると、地図を作るにも限界がある。僕だってさっきは空を飛んで確かめたんだ。さらに壁に穴開けて戻すなんて、本当に魔法でも使わないとコソコソとはできないよ」
「おいおいおいおい、マジヤバくねぇかヤバくねぇかヤバくねぇか」
中野の発言の方がヤバいんだが。
「あくまで、”そうかも知れない”っていう範疇だけどね。もちろん全部ただの偶然で、調べても何もありませんでしたっていう可能性はあるからね」
「でもいいじゃんかよ。なんかこう、スターリー神殿の謎に迫る! みたいな感じで」
「そうだね。結果は明日のお楽しみだ。・・・って、なんかごめんね、ほどほどにするって言ってたのに結局のめり込んじゃって。でも、このままだと気になってエコノミアに行けないや。許して」
「別にいいわよそんなの。あたしだってこのまま放置はイヤよ。地下5階まで行ってみるのは元から決めてたんだし、壁を一周するのが増えるぐらいどうってことないでしょ」
「俺もだぜ? せっかくだし気の済むまでやろうぜ」
「私も。それに、詳しく調べれば調べるほど匠が見つかる可能性も上がるから」
満場一致のようだ。まあ、ここまできて調べないっていう方が無いか。
「んじゃ決まりだね。全員レベル40になるのと、どっちが先だろうね。装備が強いに越したことはないから、レベル40になったら一旦ウォーターランドに買いに行こう」
「おう」
「「うん」」
全員の意思統一が図れたところで話が落ち着いた。
それぞれ背伸びしたり寝っ転がったりしている。しゃべり過ぎて喉が渇いたな、お茶を飲もう。
「あ、あたしにもちょうだい」
「え、動かなくてもお茶がもらえるっていうのは僕が狙ってるポジションなんだけど」
「そんなポジション狙わないで。とにかくちょうだい、最初に動いた人が負けよ」
「は~い。花巻さんと中野くんは?」
「俺はいいや」
「私も大丈夫。ありがとね」
「ダメよ葵、せっかくなんだから働かせなきゃ」
人を何だと思ってるんですかね・・・。
「え、でも本当に大丈夫だから」
ま、せっかくだから俺も高松さんに便乗するか。
「高松さんの言う通りだよ。僕が注いだお茶を飲める機会なんて滅多にないんだから」
「自分で言わないの」
「それじゃあ、頂いちゃおうかな・・・」
頂いちゃうんだ。
「大村って、凄ぇ奴なのかダメな奴なのか分かんねぇよな」
個人的にはダメ人間でありたい。
「凄い時もあるしダメな時もあるのよね。両方ってことかなぁ。あっ! 合わせて、すんごいダメな人」
「だっっはははははは!! 千尋ちゃんそれ最高! あっはは!」
ひどい言われようだな、花巻さんも手を口に当てて笑ってるし。だがしょうがない、日頃の行いが悪すぎた。そしてここで屈しないのが俺だ。高松さんの正面に移動して、土下座。
「ありがたき幸せ」
「な・・・っ! こらぁ!!」
「あははははははは!! ひーーっ! 大村も、・・・はぁーっ、最高だぜ・・・ひーーっ」
「サイテーよぉ、もう~」
「そんなサイテーな僕は、」
俺は土下座をやめて立ち上がり、
「眠いので寝ちゃいたいと思いま~す。おやすみ~」
布団を雑に広げて横になった。
「ちょっと、お風呂は? 歯磨きは!?」
「お風呂は明日~。歯磨きは・・・あ~~ん」
俺は仰向けになって目を閉じて口を開けた。
「っ・・・!」
強めの足音で、多分高松さんが寄って来る。左手の二の腕をつかまれて、
「自分でやる!」
突風と共に一瞬で持ち上げられた。
「ここはMP無限だから便利ね」
つまり、歯を磨くまでは風を使って何度でも起こすと。
「人って、風で宙に浮いた状態でも眠れるのかな」
「歯・を・み・が・く!」
「はい・・・」
中野は笑いながら転げ回り、花巻さんは両手を口に当てて肩を震わせている。
「もう、何でこんなだらしなくなっちゃったのよ・・・」
「多分、・・・ふふっ。ご、ごめん! ・・・多分、千尋ちゃんがそうやってお世話するからだよ」
「俺も、ひひっ・・・そうだと思うぜ? 千尋ちゃん、大村のお母さんみてぇだもん」
実の母より口うるさいよ。
「でもほっとくとホントに何もしないでしょ? この子」
「大丈夫だって千尋ちゃん。体べとべとになったら風呂入るだろうし、虫歯になったら歯も磨くだろ」
「それじゃ遅いでしょ!」
「僕が虫歯になったら高松さんが困るの?」
「っ・・・! ・・・スーーーーーーッ」
高松さんは大きく息を吐いた。なんかやばい。
「こっち来て」
手を引っ張られ、洗面台の前まで連れて来られた。さらに高松さんは俺の後ろに回り、背中を押して俺の顔を鏡に近づけた。
「大村君の歯ブラシはこれね」
磨いてくれるらしい。
「歯磨き粉はあたしのでいいわね」
俺とはもう話したくないっていう意志を感じる・・・。
「口開けて」
「あー」
目を閉じるのは、怖くてできなかった。
高松さんは俺の後ろに立ったまま、右手に歯ブラシを持ち、左手で俺の顔を少し上に向けて、歯ブラシを俺の口の中に入れてきた。左下の奥歯から始めるようだ。鏡に映る高松さんが、鬼に見えた。
そして、めっちゃゴシゴシ歯ブラシを動かされた。
「うっ、うぁっ。いぁい。いぁいいぁいいぁいいぁいあぁ~~~~!」
「我慢する!」
これ違うよね? これ正しい歯磨きじゃないよね? もっと小刻みに動かすのがいいって聞いたんだけど。
なおも高松さんによるゴシゴシは続く。左下奥歯から前歯、さらに右下奥歯に移っていく。痛い、痛い、やめて!
「いぁい、いぁい、あええ!」
「が・ま・ん・し・な・さ・い!」
自分でやるから、もう自分でやるから!
口の中も痛いが、何気に首も辛い。上向きのまま高松さんの左手でガッチリ固定されている。
俺の悲痛の叫びも空しく、上の歯も全部高松さんに磨かれ、終わると同時にへたれ込みそうになったが、高松さんに止められた。
「はい、最後、うがい」
コップで口の中に水を注がれた。何をされるか分かったもんじゃなかったので、自分で口の中をゆすいで水を吐き出した。
「はい、もう1回」
もう一度、水を注がれたので同じようにゆすいで吐き出す。歯ブラシもコップも高松さんがサッと洗って、
「はい、よくできました」
後ろから両肩をつかまれ、右側から”ぬっ”と高松さんが俺の顔を覗き込んできた。
「明日からは、自分でできるよね?」
俺は観念したように下を向いた。
「はい・・・」
「よろしい♪」
ここでようやく、解放された。
「はははっ、今日は千尋ちゃんの勝ちだな」
俺はふらふらと自分の布団まで歩き、力尽きるように横になった。
「お風呂は明日の朝でもいいけど、ちゃんと入ってね」
声が出ず、首だけを縦に振って応えた。
「入らなかったら、分かってるわよね」
まさか風呂まで連行されるなんてことは・・・いや、この人ならやり兼ねない。さっきみたいに力任せで髪や体を洗われたら・・・死ぬ。同い年の女の子に背中を流してもらう、と言えば聞こえはいいが、そんな良いもののはずがない。少なくとも、二度と”今日は風呂には入らない”なんて言えなくなるような仕打ちが待っているはずだ。
「朝ごはんまでには絶対に入ります」
「よし♪ じゃあおやすみ、大村君」
「おやすみなさい・・・」
まだ口の中がヒリヒリするが、そう時間が掛からないうちに俺の意識は眠りへと落ちていった。
この日以来、毎日寝る前に自発的に歯を磨くようになったのは言うまでもない。
次回:欠けている角の向こう側




