第46話:魔女の待つ教会へ
「いらっしゃい。来てくれたのね、嬉しいわ」
教会の正面から入ると聖堂で、奥の方にある像へと続くレッドカーペットのド真ん中にマリーナがいた。信者は見当たらない。
「さあ、こちらへどうぞ」
マリーナは並んでいる長椅子の間を通って右側の方にあるドアの所に移動した。俺たちは壁に沿ってドアの所まで行き、聖堂を出た。
「こっちよ」
廊下を少し進んで、またドア。今度は普通の部屋に通された。遠慮するのも億劫なので早速イスに座る。その後すぐに「あなたたちもどうぞ」マリーナが言い、3人も座った。
マリーナはポットが置いてある机に向かい、5つのカップにお茶を注いだ後、まるで俺たちに見せつけるように全部のカップから一口ずつ飲んだ。
「は・・・? 何やってんだあいつ・・・」
「さあ?」
お盆に乗せたカップを運んで来る。やっぱそれ客に出すんだよね・・・。
「わたくしが飲んだところから飲めば、毒も薬もないわよ」
・・・なるほど。では遠慮なく疑わせていただこう。俺はさっきマリーナが飲んだところに口を付けて飲んだ。紅茶は苦手だが、薄めだから割といける。
「あら♪ でもそこまで迷いがないと素直に喜べないわねえ」
喜ばないで頂いて結構だ。
「少なくともお茶自体は何ともなさそうだね」
「大村君、疑い過ぎよ」
高松さんはマリーナが口を付けた部分を避けて飲んだ。他の2人もそれに続く。まあ、一口ずつ飲んで渡した時点で信用してもいいだろう。マリーナも椅子に座り、自ら注いだお茶を一口すすった。
「来てくれて嬉しいわ。あなた、こういうのは嫌いなタイプでしょう?」
当たっている。お呼ばれなんて息が詰まるだけだ。
「逃げられそうに無かったので」
「あら失礼ね。来なければ捕まえに行くなんて野蛮なことをするとでも思っているのかしら?」
思ってますとも。
「まあいいわ。あなたたちプレイヤーよね? このゲームは楽しんでるかしら」
「ええ、まあ、ほどほどに」
「そう。それは良かったわ。あなたはオオムラ君ね? さっき彼女がそう呼んでいたわ。ギヴンネームは何かしら。プレイヤーなら持ってるはずだけど」
ギヴンネーム? ファーストネームのことだろうかと思って反応が遅れていたら高松さんがメッセージで教えてくれた。ありがたい。
「大村、佑人です」
「そう。ユウト君ね。ステキな名前♪」
人生で初めてステキなんて言われた。まさかその相手がゲームキャラになろうとは。
「あなたたちも、お名前」
3人がお互いを見合った後、
「高松、千尋です」
「中野勘太郎だ」
「花巻、葵です」
「ありがと。みんなステキな名前ね」
そう言ってマリーナはお茶をひと口すすった。
「今日はあなたたちにスクエア教のことを教えてあげる。知っておいて損はないと思うわよ?」
「では遠慮なく。でも何を聞けばいいか分からないので適当に話してください」
「ふふふ。あなたのそういうとこ、好きよ?」
「あなたの好みよりもスクエア教のことが知りたいですね」
「うふふ♪ じゃあ教えてあげるっ。スクエア教は、この世界でただ1つの宗教よ。でも信仰してるのは半分ぐらいかしら。本部があるユニオンは95%以上の信仰率だけど、エコノミアは半分ぐらい、ナチュレは一部の人だけね」
「じゃあ、ただ1つの宗教に入ってない残りの半分は・・・?」
「さあ、それぞれ自分たちの方法で死者を弔っているのではないかしら」
まあそんなもんか。
「信徒が少ないからって布教活動をしてる訳じゃないけど、こうして一部の信者のために教会を設けてるわ。ユニオンからナチュレに移住する人も珍しくないのよ。ナチュレの教会は、こことサウスポートにあるわ」
「首都のウォーターランドにはないんですね」
「首都だからこそ、かしらね。王族が毛嫌いしてるのよ。他国発祥のものだから仕方ないけど。でも基本的に温厚な国だから、信仰してても罰がある訳じゃないわ。他の街には教会を建てさせてもらえたし」
「スクエア教では死者の弔い方が決まってるんですか?」
「1つだけルールがある他は基本的に自由よ。ルールは、死者を埋めた上に石材で碑を建てて、この模様を刻むこと」
マリーナは首から掛けていたペンダントを自身の顔の前に持ち上げた。その飾りの形は、45°で右上がりの斜め線と、その左上と右下に2つの正方形、記号の”%”の丸を四角に変えた感じの模様だった。ただし2つの正方形と線は接している。正直アクセサリーとしてのセンスは微妙だけど、
「キレイ・・・」
高松さんがそう呟いたように、飾り自体はかなりの光沢で綺麗だった。純銀だろうか。
「それがスクエア教のシンボルなんですね。・・・で、今日はパトロールか何かで来たんですか?」
「そんなところね。わたくしは大司教って言って幹部の一人なんだけど、ナチュレはわたくしの管轄だからたまにこうして足を運ぶのよ」
「その大司教って何人いるんですか?」
「3人いるわ。ナチュレ全域と、ユニオンの東半分がわたくし。ユニオンの西半分がハーミューっていうバカ、エコノミアがリカルダカンテっていうバカね」
「バカばっかなんだな」
名前を言ってからは黙ったままだった中野が発言した。一同の視線を集めたが、ダジャレのつもりはなさそうだった。
「3人の幹部のうち2人以上がバカなんて、大変な宗教ですね」
「”2人以上”じゃなくて”2人”よ」
マリーナが表情を引きつらせた。さらに、
「あなたたち、大変ね」
うちの女性陣に視線を移してそう言った。
「あはは・・・まあ」
「う、ん・・・」
高松さんが苦笑い。花巻さんも唸るだけで何も言い返さない。否定しないって事は分かってたよ。
目の前のこの人はあんまりバカには見えないから”2人”ってことでいいや。その2人も実際にバカかどうかは知らないけど、一筋縄ではいかなさそうだ。第一、
「さっきの魔法、凄かったですよ」
「あら、褒めてくれるの? 嬉しいわ」
いちいちそういうコメントを出すな、鬱陶しい。スルーに限る。
「他の2人も強い魔法が使えるんですか?」
「いいえ、魔法はわたくしだけ。残り2人はバカだけど、戦闘能力はある方ね」
「宗教の幹部に戦闘能力が要るんですか・・・?」
「必要なのよそれが。信徒にも荒くれ者は居るし、信仰率が半分のエコノミアではちょっとした争いも起こるの。ま、向こうも兵力があるから結局はお互いに引き下がるんだけど」
国の兵力にも対抗できるレベルなのね。ユニオンの後ろ盾があるだろうから、そういう意味ではスクエア教にも兵力があるようなものか。
「そんな訳で、ぶっちゃけ大司教は戦闘能力で選ばれてるわね」
「じゃあ、トップの人も?」
「ええ、そうね。スクエア教のトップ、教皇ディベンリット様もかなりの腕という話よ。戦ってるところを見たことはないけれど、教皇は血筋で引き継いでいくから幼少期から鍛錬されるみたいね」
「へえ、そうなんですね」
ということは、目の前にいるマリーナか教皇が、世界の半分が信仰しているスクエア教の中で最強の魔法使いということになる。信者を抜いて考えてもトップクラスとみていいだろう。
「で、どうかしら。スクエア教に入信する気にはなったかしら。あなたなら、きっと活躍できるわ」
「いえ、なりません。そもそもプレイヤーでも入信できるんですか?」
「できるわよ。実際に何十人かいるわ。ゲームオーバーとかでいなくなったら分かるようになってるから、その辺りも心配しなくてもいいわよ?」
「いえ、せっかくですが遠慮しておきます。仲間なら、今ここにいる3人で十分ですので」
あと、ゲームオーバーになるつもりなどない。ゲームクリアなら有り得るが。
「あら、随分と信頼しているのね。でも残念だわ、こんなあっさりフラれるなんて。今までもそうやって女の子を泣かせてきたのかしら?」
「いやそんな覚えはないです」
「あなたが気付いてないだけよ、きっと」
「目に見えないものは、分かりませんので」
高松さんが目をすっごい細めて俺を見ている。痛い、痛い、刺さる。
「・・・ホントに女泣かせね、あなた。そこの2人は泣かせちゃダメよ?」
そんなこと言われてもな。それに2人は目的があってこの世界に来てるし、そもそも失恋で泣くような人たちなのか?
「善処します」
「本当かしら・・・。まあいいわ。入信してくれないのは残念だけれど、あなたたちのことは応援しているわ。何か困ったことがあれば協力してあげる」
「それは助かります。世界の半分が信仰しているステレア教の幹部が味方してくれるのは、頼もしい限りですね」
「んふふ。いつでも呼んでね」
「・・・早速ですが、花巻匠という人を知っていますか?」
さすがに仲間の3人が驚いた表情を見せた。俺は構わずマリーナの方を見続ける。
「おいおい、マジで早速だな」
「いいじゃん別に」
「あなたのお友達? それともその子の家族かしら? プレイヤーよね。ファミリーネームとギヴンネームに分かれるなんて、王族か由緒ある家系か、プレイヤーぐらいのものだから」
チームメンバーの1人と同じファミリーネームの人物を探しているんだ、隠しても仕方ない。
「私の、弟です。この世界に、いるはずなんですが」
花巻さん本人が返事をした。とりあえず一言追加しておこう。
「探してるんですよ、僕たち」
「う~~ん。聞いたことないわねえ。でも信徒にも聞いてみるわ。誰かが知ってたらわたくしに伝えるようにするから。いきなり世界の半分を味方につけるなんて、やっぱりタダ者じゃないわねアナタ。スクエア教に欲しいわぁ」
「それはやめておきます。で、あなたに花巻匠の情報が入ったとして、それはどうやって僕らに?」
「世界中の教会の司祭に伝えておくから、たまに教会に足を運んで聞いてみるといいわ。ついでに入信してもいいわよ」
「なるほど。・・・でも、ここには司祭さんの姿が見えませんが」
中野が「”入信してもいい”をスルーしたぞコイツ」と高松さんに話したのが聞こえた。
「別室に控えさせてるだけよ。接客には向かない人だから今は引っ込ませてるわ。質問をすれば、事務的には答えてくれるはずよ」
マリーナの方も、さっきの俺のスルーを気にしていないようだ。こういう会話、大好き。
「そうですか、ありがとうございます。スクエア教のネットワーク、期待していますよ」
「ありがとうございます」
軽口を叩く俺に対して、花巻さんは丁寧に、深々と頭を下げた。
「期待しててね。あ、それと、見つけた時のためにご褒美も準備しててね。わたくしはそれを期待してるから」
そんなものはない。
「“ありがとう”の言葉を準備しておきます」
「きっととびっきり素敵な言い方をしてくれるのね。あ、そうそう。人探しならスターリー神殿に行くといいわ」
「レベル上げに行くつもりではいますが、どうしてですか?」
「長いこと籠る人が結構いるのよ。なんでも、30年前に一度、奇跡の光を放ったとかで、それを再現させようと躍起になってる人たちがいるみたいよ。この世界に住んでる学者が多いけど、プレイヤーにもいるって話よ」
「籠るって、神殿から出ないんですか?」
「以前は夜はこの街に帰って来てた頃もあったんだけどね、長いこと宿屋を占拠するし夜遅くでも騒ぐしで、学者のホワイライト内での寝泊りは禁止されたわ。せいぜい買い出しに来るぐらいよ」
「そうなんですね・・・」
あの宿屋も中々の広さだったが、あと何十年も居座るかも知れない学者をずっと泊めるのは無理だな。マナーが悪いのがいるのは、人が集まれば避けられない。
「ところで、スターリー神殿は、スクエア教とは関係ないんですか?」
「ええ、全く関係ないわ。あれは完全にナチュレ王国のモノになってる。30年前は、それはそれは幻想的な光景だったらしいけど、ナチュレと争いたくもないし、学者に任せるわ」
となるとやはり、足を運んで探してみるしかないか。ステレア教の信徒全員が花巻匠の情報をくれるにしても半分だ。残りの半分は自分たちで探さねばなるまい。
「ありがとうございます。ではスターリー神殿では匠くんのことも気にかけてみます」
「頑張ってね」
「・・・ところで、ユニオンからここへの移動はどうしてるんですか?」
「え? ああ、普通にやるとエコノミアを経由して長い旅路になるのだけれどね、なんとここには、ユニオンと繋がる列車が走ってるの。ホワイライトエクスプレス。北門を出てすぐの所に駅があるわ」
そんなものがあるのか。便利なものだ。
「でもあなたたちは乗れないでしょうねえ」
「ん? プレイヤーは乗れないんですか?」
「乗れるわよ。1200万円払えば」
それはもはや”乗れない”と言ってるようなものだった。
「マジかよ・・・大村宝クジでも当てろ!」
無茶言うな。そもそも宝クジなんてあるのか?
「タカラクジ? 何なのか知らないけど、あなたたちはゆっくりユニオンを目指して来てね。待ってるわ。まだ発展途上のチームみたいだけど、あなたたちならきっと大丈夫」
さすがに3番目の国ユニオンには、辿り着けずに終わるプレイヤーも少なくないだろう。
「あなたの目に狂いがなかったことを、結果で証明してみせますよ」
「あら♪ 頼もしいわね」
俺は椅子から立ち上がった。
「では僕たちはこの辺で」
他の3人も続いて立ち上がる。
「あらそーお? ざんねん」
マリーナも立ち上がり、そのまま部屋を出て出口まで案内された。
「また会いましょう。今度会うときは入信してね」
「会うことがなければ入信しなくてもいいんですね」
「いじわるっ♪ またね」
教会を離れ、そのままスターリー神殿に行くことにした。30年前の奇跡の光か。でも学者たちが30年かけて再現できてないんだ。ある程度は調べてみるが、花巻さんの弟がいるとも限らないし深入りは禁物だな。
なんだかんだでもう3時だ。今日はちょっと覗くぐらいにしておこう。
次回:スターリー神殿に挑戦




