第43話:休息
「ふいぃ~~~っ、食った食ったぁ。すっげぇウマかったな!」
中野が体を反らし、腹をぽんぽんと叩く。
「ええ、ラッキーだったわね」
“ラッキー”という単語が出たのは、今日、富裕層のキャンセルがあったらしく食材が余ったために俺たちに豪華な食事がサービスされた訳だったからだ。1,000円でもこれは破格だと思ったが、通常メニューはもう少しまともな定食らしい。事前に頼んでおけば出るそうなので、明日の分は頼んでおいた。ついでに朝食も、朝8時に。
「うおっし風呂入ろうぜ大村」
「え? いや、寝るけど」
「いやお前風呂ぐらい入れよ」
「食べてすぐ寝ると牛になっちゃうわよ」
「もし牛になったら面倒見てね」
「んもう」
「え、高松さん牛になったの?」
「は・・・? あっ、いやっ、違う! 怒るわよ!」
「だっははは! 大村今のサイコーだぜ!」
「はあ・・・葵、あたしたちもお風呂入ろっか」
「うん」
「あ、大村君、1人になれるからって覗きに来たりしちゃダメよ?」
やはりきたか。どんな反応をするか楽しむつもりなんだろうが、そうはいかないぞ。ここは即答で、素直に返事でもしておこう。
「はーい」
「・・・う~、つまんないの。お風呂、今入んないのはいいけど、明日の朝には入りなさいよ」
「はーい」
3人が部屋を出た。覗きには行かないが、1人にはなりたかった。風呂が大浴場ともなれば、タイミングをずらす以外に方法はない。
しっかし今日は災難だったな。何だったんだあの巨大植物。何とか逃げ切れたし結果として予定より早くホワイライトに着いたからいいけど。まだ初心者に毛が生えたぐらいのレベルだから仕方ないが、あれもサクッと倒せるようにならないといけない。
あと、あれだ。最近ちょっと高松さんへの態度が雑になり過ぎたな。気を付けよう。そこまで根に持ってなさそうだが、さっき森の中で驚かしたのは反省だな。ああいうのが溜まり溜まって、突然ブチギレられるなんてこともあり得る。高松さんは優しいから大丈夫、なんて過信せずにナメた態度を取らないようにしよう。
まずは、さっき驚かした埋め合わせだな。こっちから話しかけること、会話をコントロールしようとせずに相手の話を素直に聞くこと、ひねくれた発言は一切しないこと。話そのものは2分だけでもいい。機会があれば実行しよう。埋め合わせとか言ってポイント稼ぎしてる時点でダメなんだが・・・俺はこういう人間だ、仕方ない。
よし、寝るか。今度は敷布団とシーツをちゃんと敷いて、枕も使って、掛け布団もしっかり掛けて横になった。電気は、寝付いた後で点けられるのは嫌だしこのままでいいや。置いてあったタオルを何回か折って顔にかぶせた。よほど疲れていたのか、あっけなく意識が眠りに落ちた。
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部屋に戻ると、大村君は既に寝ていた。中野君は戻って来ていて、布団も敷いてるみたいだけどその上に座っている。一応、私たちを待ってくれてたみたい。
「ごめん待たせちゃった?」
「いいって、いいって。こういうのは女子の方が時間掛かるからな」
「ふふ。ありがとね」
“良くも悪くも男女平等”の大村君とは異なり、中野君は女子に優しい。下心をもうちょっと削って欲しいけど、元の世界なんてこういうのばっかだし慣れてる。
「それにしても、今日は疲れたわね」
「そうだな。大村が捕まった時にはどうしようかと思ったぜ。・・・にしても意外だったな、コイツがあんな怒鳴り方するなんて」
「ええ・・・そうね。あたしも驚いたわ。何考えてるか分かんないトコもあるけど、ゲームクリアしたいっていうのは本気だと思う。葵の弟のことだってあるし。クリアしたらこの子、1億円で一生ぐうたらして暮らすそうよ」
「はあ? 何だそれ。やっぱ変なヤツだな、コイツ」
「どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかしらね」
「1億円で一生ぐうたらっていうのも、嘘じゃないと思うよ」
そう言ったのは葵だった。
「あんまり堅苦しくならないように変なこと言ってる部分もあるけど、本気でこのゲームをクリアしようとしてるし、それでぐうたらしちゃうと思う。私の弟を探すのも、クリアのためってこともあると思うけど、真剣にやろうとしてくれてる。私は、そんな気がするかな」
この子がこんなに話すのは、初めて見たかも。
「そうね。少なくともチームにマイナスになるようなことは絶対にしないわ。でも1億円で一生ぐうたらっていうのは、嘘じゃないにしてもカモフラージュには見えるから、ちゃんと聞きたいね、大村君がこのゲームに挑戦したワケ」
葵はゆっくりと瞬きをしながら、
「うん、そうだね」
優しく微笑んだ。
「ふう~~~ん。なんか凄ぇなみんな。コイツも確かに凄ぇけど、俺にはそこまで考えてるようにゃ見えねぇぞ? 単純に“ゲームクリアしよう!”みたいな感じに見えるぜ?」
「大村君は、中野君が思ってるほど単純じゃないわよ」
「うん、私もそう思う」
「男子同士でしか分かんない事もあるからさ、ちゃんと見ててあげてね」
「んなこと言われてもな~~」
中野君が頭をポリポリ掻く。本当にお願いね、中野君。
「ごめん、せっかくだけど、疲れちゃったから寝るね」
「おう、そうだな。俺もさすがに疲れたぜ」
歯を磨き、お茶を飲んだところで寝ることにした。「おやすみ」と声を掛けあう。みんな揃って電気は完全に消す派だった。大村君も消す派かな? タオルを何重にも折って顔の上にしてる。あと絶対この子歯ぁ磨いてない。明日の朝ごはんの後にでも磨かせよう。
布団をかぶり、目を閉じる。そう時間の掛からないうちに夢の世界に引きずり込まれた。
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目が覚める。7時半に設定したアラームはまだ鳴ってない。今は6時50分、アラームまでに起きなかったら後に回すつもりだったが、十分に余裕がある。二度寝する前に風呂に入ろう。
辺りを見回すと、3人が寝ていた。隣が中野、机を挟んで向こう側に女性陣。あまり寝顔を観察するのも悪いので、ポットから冷めきった水を出して飲んで部屋を出た。
浴場は広かった。ざっと50人は入れるだろう。朝風呂仲間が数人いるが、ゆったりできそうだ。豪華な食事といい大浴場といい、完全に旅館だな、こりゃ。とりあえず髪と体を洗って、湯船につかる。3分ほどで1段上がって足湯状態に。長風呂はできない体質だ。お、露天があるのか、出てみよう。露天風呂に階段・・・? 外に出て、上がってみる。
その先の景色に、一瞬ハッとした。広い大地と青い空。昨日の部屋からの景色も凄かったが、明るい時の景色も凄いな。太陽があるから方角は東、遠くに見える街はウォーターランドか。その奥にほぼ点になっているグリンタウンと、さらに地平線。プライマリは小さすぎて見えないようだ。
太陽はまだ低い位置にいるが完全に顔を出している。もう少し早い時間なら朝焼けが見られるだろう。惜しむらくは、窓の方向が部屋も同じことだな。どうせなら他の方角も見たかった。また3分ほど湯船につかり、屋内に戻ってシャワーで軽く流して上がった。
部屋に戻ると、女性陣が起きていた。
「あ、おはよう」
「うん」
「お・は・よ・う」
「・・・おはよう」
「葵には?」
「花巻さんも、おはよう」
「おはよう、大村君」
テーブルの上の2つの湯飲みから湯気が出ている。では俺もいただこう。急須にお湯を入れ、湯飲みにお茶を注ぐ。両手で持ってズズズズズ。
「お風呂、どうだった?」
「朝の景色もいいんだね、ここ」
「うん♪ 見える方向が部屋とおんなじなのが残念だけどね」
「でも、この向きが一番なのかもしれないよ。露天風呂での景色が部屋でも見られると思えば得した気分になれるよね」
「あ、大村君がポジティブなこと言った」
「ダメなの?」
「いやダメじゃないけど。ていうかネガティブ発言の方をやめてよね」
「時と場合による」
「もう」
なんてバカ話していると中野のアラームが鳴った。7時45分。中野の目がある程度覚めるまで待ってから食堂に向かった。朝食は素朴な焼き魚定食、文句なしのクオリティだ。
「で、今日はどうするんだ? レベル上げか?」
切り出したのは中野だ。これまでの流れからするとそうだけど、
「とりあえず午前中は休憩かな~。元は今日ここを目指すつもりだったし、昨日は疲れたから早く着いた分ゆっくりしたいな。1人でその辺ぶらついてていい?」
「おいおい、1人でかよ」
「まあいいんじゃない? ・・・じゃあこうしましょ、それぞれで街の散策。初めての単独行動ね」
高松さんが手を軽くパンと合わせて提案した。俺、それ、大賛成。
「ええ~~~? でもよぉ」
「まあまあ、4人それぞれが思いのままに動いてれば、何か見つかるかも知れないわよ」
高松さんがこう言えあ、中野は引き下がるだろう。
「そうかぁ。んじゃ俺はレベル上げに行こっかな。いっつも大村より低いままなんだよな」
「うん、それもいいかもね。でもあんまり無茶しないでね」
「おう」
「もし回復が必要になったら、メッセージで呼んでね」
「おう。頼んだぜ、葵ちゃん」
花巻さんの顔がちょっと引きつる。”葵ちゃん”にはまだ慣れていないようだ。男の俺でさえちょっと引くもん。
部屋に戻った。高松さんに怒られる前に歯を磨き、布団を畳んでその上に座ってちょっと休憩。9時に出よう。このままではそれまで誰も外に出なさそうだが、それを悟ったのか高松さんが早くも出発。花巻さんと中野も続いた。
中野は少しシュンとしていた。レベル上げしてくれるんならそれでいいけど。でも、中野はどうしたものかな。女性陣からの信頼を得ることはできたから、あとは中野だ。いや多分中野は俺のことを疑ったりはしてないだろうが、俺自身が中野を信頼できていない。
あいつが裏切るとか手を抜くとか思ってる訳ではない。でもあいつは、仲間と一生懸命頑張ることができたならゲームオーバーになってもいいと思っている。その仲間に女子がいればなお良し。本気でゲームクリアしようと思っている俺、弟を連れ戻しにきた花巻さん、それに全面的に協力しながらも秘めた目標がありそうな高松さん。この3人と中野の間に大きなマインドセットの開きがある。ひと夏の思い出なんてことを考えているのは、中野だけだ。
とは言え戦力にはなるから良好な関係は維持したい。あいつは、あわよくば高松さんと付き合いたいらしい。だけど高松さんにも、もちろん花巻さんにもそんな気はない。そこで俺があまりベタベタ仲良くなると確実に中野はやる気をなくす。
痴情のもつれなんかでパーティ崩壊など、屈辱極まりない。念には念を入れて冷たく当たったりもしてるし(それがかえって関心を引いてるような気もするが)、まあ大丈夫だろう。当の中野も、俺と高松さんのやりとりを見て面白がってるし、敵視もされてないようだ。
ゲームオーバーになってもいいと中野が思っているのを変えるのは、残念ながら無理だ。ベストは尽くそうとしているのは救いだから、モチベーションを下げないようにうまく立ち回ろう。
もうすぐ9時だ。9時ジャストを待つ意味もないので出発することにした。この時間では装備屋は開いてない。どこにあるかも分からないし後で探すとして、まずは西側の門の外を見てみるか。
次回:散策




