第40話:激流の上で
「で、どうする? これ」
目の前を横切る多くの川を前に、高松さんがそう漏らした。そこそこの流速だ。激流というほどではないが、何で下流でこんな速いんだよ。川幅はまちまち、3mぐらいのもあれば、遠くには50mはありそうなのも見える。
「橋が架かってるところを進むしかないね。川から何か出てくるかもしれないから気を付けよう」
「怖いこと言わないでよ」
いや、出るだろ、これ。
最初の川の橋は、少し右に進んだ位置にある。川から距離を取ったまま橋の正面まで行き、いよいよ前進だ。木の橋も、たたいて渡ろう。
「大丈夫そうだね。じゃあ中野くんから行こうか」
「俺からかよ!」
いいじゃんか、女子にいいトコ見せるチャンスだぞ。
「いいじゃない、男でしょ」
「大村も男だろ!」
「じゃあ2人で行きなさいよ」
「えーやだよ。男女平等主義者としては男ってだけで先に行かされるのは納得できないかな」
「こういう時は男が先に行くもんなのっ」
「じゃあ男やめる」
「な゛っ・・・っ・・・いいから行きなさい!」
「うわっ、ちょっ、押さないで」
「それは”押して”って言ってるようなものよ」
そうじゃないから! てか中野も来いや。
結局、前から俺、中野、女性陣2人横並びの順になった。橋に差し掛かったところで、右からザパンッと音がして何かが飛んで来た。橋に着地したそれは、イカだった。フニャフニャの足で立っている。川からイカが出て来たんだが・・・まあゲームだし細かい事は気にしない方がいいな。
水生生物には雷だろう。杖の先に雷を発生させ、イカに向かってダッシュ。イカは、”これから何かしますよ”と言わんばかりに体を反らした。警戒して足を緩めると、イカは反らした体を勢いよく戻しながら黒い液体のようなものを飛ばして来た。
「うわっ」
避けて黒い液体を目で追うと、
「うげっ! 何だこれ!? もしかしてイカスミかぁ!?」
中野が黒い液体を浴びていた。HPは3しか減ってないが、ちょっとドロっとして動き辛そうだし浴びない方がいいな。さっさとこっちも攻撃しよう。イカの動きを気にしながらダッシュで近づき、杖の先に雷を付けて縦に振り下ろした。さすがに一撃じゃ死なないか。もう一発、今度は横向きに杖を振った。まだ死なないからまた縦に一発。イカが橋の上に倒れた。消えるのを待っていると、突然破裂して黒い液体を周囲にまき散らした。
「うおっ! ・・・死んだら破裂するのね」
思わず横に飛び退いて、イカスミの直撃は免れた。黒く染まった部分を見ていると、やがて消えて元の木材の色が出てきた。
「消えるんだ、イカスミ」
「俺のは残ってるけどな」
「・・・ああ、ドンマイ。体が勝手に避けたから恨まないで」
「わぁってるよ。もう食らわねぇぞ、イカスミ」
「死に際にイカスミをぶちまけるなんて、往生際の悪い事するのね」
「そういう敵が出てくるということは、それだけ僕らが前に進んでるってことだね。これから先はもっと厄介なのも出てくるかも」
「う・・・そうね」
橋を渡り終え、次の橋を目指して川と並行に進む。その途中、横の川からイカが飛び出してきた。橋の上じゃなくても出てくるとなると、もう落ち着ける場所はないな。さっきと同様にダッシュ、イカスミを避けて雷で攻撃。だけど、いつも俺ばかり戦うと皆のレベルが上がらないし俺のMPが減る。
「これ2人でお願い」
イカの後ろに回り込み、ゴルフっぽい感じで杖を振りつつ風を起こしてイカを飛ばした。
「えっ、ちょっ、先に言ってよ!」
「よし来い! 早速試すぜ、レイソニック!」
杖の先に、ピンクと紫を混ぜたような色の魔法陣が現れ、そこから波動のようなものが出た。イカがのけ反ったから、効いたようだ。さらに高松さんが光の玉で攻撃するとイカは倒れた。そして破裂。
「よし」
そう言って俺は前を向いた。
「よくないわよ! 今度同じことしたら怒るからね」
もう怒られてるような気もするが。
でも言うほど根に持ってなさそうなので「気を付けるよ」とだけ言って先に進む。「どこまで分かってるのかしら」とか聞こえたけど知らない。
その後も川から飛び出してくるイカと戦いつつ、横に進んでは橋を渡る、を繰り返した。途中からは倒し切る前に次が出てくるようになり、1人で1匹相手することもあった。自由に戦えるスペースを残しつつ、4人であまり離れないようにした。特に、花巻さんが1人になるとまずい。中野に最後尾に回ってもらい、花巻さんの近くに来たのは優先的に倒すように伝えた。
イカの動きも単調で、ほぼノーダメージなので花巻さんにMPを分けてもらいつつ進む。さっき買った、杖での音属性打撃を試してみた。なんか、殴った瞬間に小さな波動みたいなのが出る。MPは2減った。弱点かどうかも分からないし無理に使わなくてもいいや。
そうこうしてるうちにレベルが上がった。
<レベルが25になりました>
<水属性魔法(中級):リキュペイトミストが使用可能になりました>
<雷属性魔法(中級):パラライソードが使用可能になりました>
「あ、魔法増えた」
「え、なになに?」
「片方は水で、リキュペイトミスト。リキュペイトって何だろうね、後で適当に試してみるよ。もう1つは雷で、パラライソード。多分名前の通りだと思うけど」
「じゃあ帰り道で使ってみてよ」
「そうだね」
一旦会話が止まるが、2~3秒ほどで高松さんが口を開く。
「ところで、いつ引き返すの?」
「ああ、」
俺は前の方を指さした。
「あそこに幅の広い川が見えるよね。あそこまで行って、先がどうなってるか見てから帰ろうか」
「行く前にチェックしておきたいってトコかしら?」
「そんなとこ」
少しずつ、幅の広い川が近づいてきている。向こう岸が崖になっているのが分かる・・・。
「なぁあれ、なんかヤバくないか?」
うん、みんな見えてたけど黙ってたよ。
「とりあえずすぐそばまで行ってみようよ」
「で、着いた訳だけど」
「これ、どうすんの・・・?」
「降りて渡るしかないんじゃない? 明日にするけど」
「いや”渡る”って・・・あの岩?」
まず、橋はない。向こう岸までの距離は50mを軽く超える。今の魔攻とMPで、4人中2人しか風魔法が使えない中で飛び越えるのは無理だ。崖の高さは20mほど。飛び越えるという選択肢が無い時点で降りて渡るしかない訳だが、下に見えている川は誰がどう見ても激流だ。ところどころに大きな岩があるから、それを飛び移って向こう岸に渡るしかない。崖沿いに坂道があるから昇り降りはそれでできる。
「おいおい、できんのかよそんなの。超激流じゃん」
「落ちなきゃ流れの速さなんて関係ないよ。それに、いざとなれば風魔法で宙に浮けるから」
「お、マジかそれ!?」
「流される前ならね」
「おい、落ちる前に助けてくれよ?」
「間に合えばね」
「いやマジ頼むからな!」
そんなこと言われてもね。反応速度には限界があるのだよ。ついでに言うと、落ちそうになるのが中野か女性陣かでも反応速度に差が出る。男女平等主義者としては改善したいのだが、これはもう無意識の領域だ、許せ。
「ねえ、みんな・・・」
花巻さんの声だ。
「ん? ど…」
どうかした? と言おうとした言葉は、振り返った瞬間に消えた。聞かなくても分かったのと、単純に口が動かなくなったのの両方だ。
声の主、花巻さんは崖下を見ていた俺らより少し後ろにいて、その向こう側にはイカの大群と3匹のワニが見えた。
「まじか」
「えっ、と・・・これヤバくない?」
「おいどうすんだよ大村? 何とかしてくれよぉ」
いやお前も考えろよ。いや、考えさせるか。
「ウォーターランドに戻るためにあの大群と戦うのと、戻るのを諦めて激流に挑むの、どっちがいい?」
「”どっちが”って・・・どっちも嫌はナシ?」
「どっちからも逃げる方法があんのか? 早く教えてくれ」
「そんなのがあれば苦労しないよ」
いつもなら俺一人で決めているところだが、ここはみんなで考えてみよう。この、”突破口を考える力”が、必要な時がきっと来る。今よりも絶望的な状況になることは、ほぼ確実にある。そもそも今は、そこまで絶望的じゃない。
「まず最終手段を言うよ。僕と高松さんが風魔法であいつらを飛び越えて、そのあともひたすら逃げる。どっちかだけでもウォーターランドに戻れれば、ゲームオーバーはないからね」
「おお・・・、なるほど。じゃあやっぱ戻ることを考えた方がいいのか?」
「僕はそう思ってる。この崖の向こうには森があるし、ホワイライトまでの距離も分からないからね」
「でも・・・」
高松さんが不安そうな表情をする。
「2人を見捨てるのは心苦しい。だからあくまで最終手段だね。でもそのためにはMPを温存しておく必要がある。逃げるために100は残しておきたい。今、みんな残り120ぐらいで、花巻さんの分を山分けしても160ずつ。でもそうするとHP回復はコスパが悪い水か光属性だけになる。僕は魔攻も低いし」
「えっと・・・」
高松さんの表情がさらに青ざめていく。
「戦うなら高松さんと中野くんの2人でお願い。僕は最終手段のためにMPをとっとくし、花巻さんのMPも回復用にとっておきたい」
「ええい、もう戦うしかねぇんだろ! いくぞ!」
「・・・それしか、ないわね。ホワイライトに行くのは無茶よ。それに飛ぶのだって・・・」
「私は、みんなに任せるよ。戦えなくて、ごめんね」
結局、ほとんど俺が決めたみたいになってしまったな・・・。時間を掛けて変えていこう。
「じゃあ行こっか。最悪僕は飛んで逃げるから、
とりあえずやってみよっウワッ!!」
「おい今度は何だ!?」
突然、体がうつ伏せに倒れた。両腕を地面について顔面強打は避けたが、今度は斜め後ろに引きずられた。右足に何か巻き付いてる。植物の・・・蔓?
「大村君!! ちょっ嘘でしょ!?」
崖の端から宙に投げ出され、激流に向かって下る坂道に着地。まだまだ引きずられている。何とか体を回転させて仰向けになる。足に巻き付いている蔓の先を見ると、下流の方に巨大な植物の化け物がいた。
「何だあれ・・・」
あんなのと戦う余裕はない。勝てる気もしない。さっさとウォーターランドに戻ろう。だが蔓は、火・雷・氷・風・土、どれで攻撃しても切れなかった。
「あ、やばい」
俺はもう助かりそうにないな。体を反らし首を曲げて後ろの方を見ると、3人が走って追いかけて来ていた。
「僕はもう無理だ! この蔓全然切れない! 高松さんだけでもウォーターランドに戻って! さっきの最終手段!!」
「そんなの無理よ!」
「でももうそれしかないよ! こっち来ないで戻って!」
「大村君いなきゃ無理だよ!! あたし空飛ぶのやったことないもん! あたしだけじゃ・・・!」
何・・・!? そうか、そういえばそうだ、高松さんは一度も風魔法で飛んだことがない。一歩間違えれば敵がウジャウジャいる所や川に落ちることも有り得る。
「じゃあホワイライトに進んで! 敵の強さがさっきのイカと同じぐらいなら3人でも行けるから!」
「でも大村君は!? 大村君はどうするの!?」
「後で行くよ! 最悪HPゼロになれば自由に動けるから!」
「そんなのダメだよ!! その化け物やっつけるのは無理でも助けるぐらいならできるから!!」
そんな場合じゃないんだよ。
3人との距離が離れていく。俺が引っ張られるスピードの方が速いし、3人はバテてきている。
「待ってろよ大村!! ぜってぇ助けるからな!!」
だから、ダメだ。助けるなんて考えは捨てろ。
激流の音が大きくなってきた。そろそろ声も届かなくなる。ここは心を鬼にして、息を思いっ切り吸って、
「いいから行けえええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
3人が表情を強張らせ、足を緩める。
「今一番大事なのは! 全滅しないことだ!! ウォーターランドに戻れる自信がないなら! ホワイライトに進むんだ!!!」
3人はさらに足を緩め始め、すぐに止まる。何かを言ってるようには見えないし、もう激流の音しか聞こえない。
俺の体は坂を下りきり、少しずつ激流に近づきながら引きずられている。やがて体が宙に浮いた。激流に向かって落ち始めたところで風魔法を真下に放った。その後も重力による落下と風魔法による上昇を繰り返しながら引っ張られ続ける。蔓の出どころ、謎の巨大植物の姿が近づいてきた。助かるとは思ってないが、多少の抵抗はさせていただこう。
後ろを見ると、坂を下りきった3人の姿が点のように小さく見えた。
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