第30話:百獣の力
先頭の馬車に続いて、他の馬車も西門に突入してきた。それに狼とコウモリも続く。後ろの方の馬車で運んだリスとゴーレムを解放。馬も馬車から切り離され、彼らは街の中に逃げて行った。
「うおっ、何だこいつら!」
「くそ、追い払え!」
「数が多いぞ!」
「バカ、モンスターに気を取られるな! ・・・ぐはっ!」
早くもリスの突進をくらってやがる。さすがに朝っぱらからモンスターの大群に襲われたら焦るだろう。この混乱に乗じて兵士たちが馬車から降り始めた。さて、俺も便乗しよう。
馬車から出ると、目の前に狼とにらみ合ってるヤクザがいた。地面をえぐって輪を作り、ヤクザの足を縛った。
「うおっ、何だ、足が! くっ。・・・がああああああぁぁぁ!!」
俺が足を縛ったヤクザは、転んだあと狼に肩を噛まれた。・・・やば。間接的でも、ゲームの世界の住人でも、人を殺したくはないのだが。それが届いたのか、狼は俺の方を向いた。一瞬だけ杖から火を出すと、狼はどこかに行ってしまった。
周りの状況を見ると、こちらが優勢だった。昨日はあんなにあっさり捕まっていたのに、動物に先に戦わせるだけでこんなに変わるんだな。さて、捕らわれているはずの兵士とギンジさんを探そう。ゴーレムは動きが遅いし、狼とコウモリは火があれば近寄って来ない。リスの突進はほぼ無効。防弾仕様のためかピンポイントの衝撃には強いようだ。
西門のすぐそばに人が入った檻があった。中には傷だらけの人たち。ギンジさんもいた。みんな鎧は無いが、捕らわれた兵士たちだろう。だが面倒な場所にいる。混戦の中を突っ切って行くのはキツいな、後にしよう。馬車の方を見ると仲間たちも出てきていた。周囲に敵はいなさそう。
「みんな」
「あっ大村君」
みんなの元に戻った。
「もうこの辺は大丈夫みたいだね。全体的にも、いい感じ」
「あ、ホント」
ヤクザどもは転げ回っていたり兵士に縛られていたりだ。まだ戦えているのは、あと4人。それから2~3分ほどで全滅した。
「こちらグリンタウン! モンスターと兵士の強襲を受け壊滅状態! 援軍を要請する!」
地面に倒れていた1人が叫んだ。手に何か持っている。想定内だ。援軍が来ることをわざわざ大声で教えてくれて助かる。
「こっちへ来い!」
「くそっ・・・。タダで済むと思うなよ」
援軍要請した奴を兵士が連行し、ゴーレムを運んで来た檻に詰め込んだ。あとは動物たちだ。3割ぐらい減っている。特に、一撃で死ぬリスは少なめだ。これからヤクザの大群が来るから残しておきたいけど、暴れられ続けるのも面倒だな。
策が思いつかず、兵士たちが応戦を続けるのを見ていたが、動物たちが大人しくなってきている気がする。ん・・・? どうやら気のせいではなさそうだ。
やがて、動物たちは兵士への攻撃をやめた。どうしたんだ?
静かになったところで他のプレイヤーたちが出て来た。中級者はしばらく様子を見ていた、初心者は出るタイミングを計り兼ねていたといったところか。兵士たちは何だかおろおろしている。動物たちが大人しくなったことに戸惑っているようだ。
「何故かは分からんがモンスターの攻撃が止まった。無駄に手を出すことはない。ウォーターランドからの敵襲に備えよ!」
「「「はっ!」」」
隊長の指示に兵士たちが敬礼する。街の中の方から狼とリスが数匹ずつ駆けて来た。他の仲間たちと同様、西門のそばで大人しくなった。やはり多少は街にも行っていたか。これだけで済んだならいい方だが、それより、こいつらホントにどうしたんだ?
「なあ、あいつらどうしたんだ? モンスターなんだろ?」
「うーん、そのはずだけど・・・分かんないや。まあいいんじゃない? 大人しくしてくれるなら」
「ま、そうだな」
気にはなるが、狼やリスとは話せないから仕方ない。
「佑人お兄ちゃーーーーん!!」
振り向くと、テツヤが走って来ていた。ひと段落ついてこれから本番を迎える、ちょうどいいタイミングだ。
「もう終わったの?」
「いいや、まだ西門の連中をとっちめただけ。これからが本番だよ」
「うん。お父さんの分まで頑張るよ」
そのギンジさんは檻から助け出されていた。他の捕えられていた兵士もストレッチャーで運ばれて行く。端の方を通って街中に向かっているが、テツヤには見えているだろうか。
「兵士に見つかると面倒だから、馬車の中に隠れてて」
「うん」
高松さんも一緒に馬車に入ってもらった。戦いが始まってしまえば、帰るよう説得する余裕もなくなるだろう。副隊長の1人がこちらにやってきた。
「プレイヤーのみなさん! これから敵の本軍が向かってくるので、引き続きご協力頂きたい! 馬車に隠れるなり、表に出ておくなり、自由にして頂いて構わない!」
そう言って副隊長は戻って行った。
「どうするんだ大村?」
「敵が見えてきたら一旦馬車に入ろうと思う」
「慎重なんだな」
「そうかもね」
俺は門の方の様子を見に行った。2人もついてきた。花巻さんまで来るとは、意外だ。兵士たちは弓や大砲の準備をしている。動物たちは、いつの間にか全部が門の前に出ており、みんなしてウォーターランドの方を見つめている。まさか、迎え撃つ気か・・・?
「ワオォォーーン!! ワオォン、ワオオオオォォォォォン!!!」
1匹が大きな雄叫びを上げた。それに他の狼たちも続く。すると、南北両方の森から大量の狼とリスが出てきてこちらに向かって来た。
「おい、マジかよ! どうすんだよこれ!」
「待って、今まで大人しかったのにいきなり攻めて来るかな? 様子見てようよ」
「いや、でもよ」
「ヤバいと思うなら戻ってていいよ」
「おう、ありゃビビるぜ・・・大村もヤバくなったらすぐ来いよ。行こう、葵ちゃん」
花巻さんは首を横に振った。
「私は戻らないよ。・・・信じてるから」
「いや”信じる”って・・・」
花巻さんは真剣な表情で門の方を見ている。信じているのは、俺か、それとも動物たちか。その真意のほどは知れない。だがその思いに応えるように、狼たちはスピードを緩め、門の前で止まっていく。1匹たりとも街に入っては来なかった。
俺は中野の方を見てドヤ顔した。
「ほら、大丈夫だった」
集まって来た狼とリスで西門の前がほぼ完全に埋め尽くされた。ざっと100mは進めども狼だな、これ。ゲームの世界だからってこんなことがあるのか?
「おい・・・マジかよ・・・」
「す、ごい・・・」
2人が感嘆を漏らす。花巻さんの表情も緩む。今さら襲い掛かって来ないだろうとは思ってたが、これほどの数が味方してくれるとは。兵士たちも間でもどよめきが起きている。
「さすがは”緑の街グリンタウン”だね。森の動物たちまで味方してくれるなんて。単についてきた狼とコウモリならまだしも、網や檻で運んで来たリスとゴーレムもだからね。やっぱり凄いよ、この街は。ちゃんと守らないとね」
<狼吠えたけど何かあったの?>
高松さんからメッセージだ。
<狼がたくさん来た。外を見て。凄いよ>
5~6秒ほどして、
<うそっ何これ!? どうしたの!?>
<分からないけど、森の方から走って来て、門番をしてくれてる>
<え、なんで?>
<いやごめん分かんない。不思議なこともあるんだね。あと、そろそろ戻るからよろしく>
<あ、うん。待ってるね。ホントに不思議・・・>
ホントに不思議だよ。ゲームプログラムのモンスターなんじゃないのか? 逆に言えば、プログラム次第ではこうするようにもできるけど。
「お帰り。すっごいね、あれ」
「おう、マジ何事かと思ったぜ」
「今までこんなことはあったの?」
「ううん、見たことない! たぶん、大人の人たちも」
「本当に・・・凄い」
いやもう言葉が出ないね。あれが全部味方だと思うと心強い事この上ない。100人でも1000人でも掛かって来いって感じだ。暴力団とて、あれを前にして戦意が保てるのか?
「敵が見えたぞーーー!!」
高台にいる兵士が叫び、警鐘を鳴らす。いよいよ来るのか。と言っても、俺たちの出る幕あるのか?
「ちょっと僕も高いとこ行って見て来るね」
「おう、夢中になってビルから落ちたりすんなよ」
心配するとこ、そこなのね。まあこれだと敵にやられる心配はないだろうからな。高台の兵士がまた叫ぶ。
「敵の数も多い! モンスターがいるからといって気を抜くな!」
「「「おおーーっ!」」」
まあ、喜ぶのは勝ってからでもいい。ここでMPを使いたくないから民家におじゃまして屋上に上がろう。今は西門付近の民家には誰もいないし、普通のRPGなら不法侵入なんて常識だ。
「うっ・・・」
確かに敵の数も多かった。あのデカい車みたいなやつが、30台ぐらいある。もう狼の大群は見えているだろうに、怯む様子もなく突き進んでくる。3人にメッセージを送った。
<敵も300人ぐらいだね。確かにあんまり油断しない方がいいかも>
しばらくして高松さんから返事が来た。
<そっか。心の準備はしておくね>
みんなも驚いてるのだろうか。何れにしても警戒してもらうに越したことはない。敵の先頭が狼に近づいていく。狼も走り出した。
ヤクザたちはバズーカのようなものを取り出した。上に向けたまま試し打ちをしたと思ったら、その先からは火が出た。火炎放射器か、あれ。敵も無策ではないようだ。狼の大群と敵の集団が交わった。あちこちから火の手が上がる。先頭の車は完全に炎上した。が、走り続けている。まさか、そのまま武器にするつもりか。
先頭車両は火だるまになったまま西門めがけて突き進んでくる。火に弱い狼とコウモリ、HPの低いリスには止められない。7体いるゴーレムにも限度はあるだろう。火だるま車両が切り開いた道を他の車が進んでくる。
結構、まずい。
火だるま車両が3台になった。3つ横に並んでおり、間は2台は入れそうな間隔がある。それぞれの火だるまの後ろには、燃えていない車が並んでいる。
これはもう、突破されるのは免れないだろう。あとは狼たちがどこまで敵を減らしてくれるかだ。よりにもよって、簡単に用意できる火が弱点なのが不運だった。
<結構まずいかも。火だるまの塊が3つ突き進んで来てる>
<火だるま!?>
<みんなも外に出れる? 見といた方がいいよ>
<分かった。行くね>
みんなが馬車から出て来た。メッセージと身振りで居場所を伝え、合流できた。
「おい、マジかよ・・・」
「マジだよ。僕らの出番もあるかもね。敵を甘く見てた」
「どのタイミングで行くの?」
「状況見ながら決めるけど、矢と大砲が飛んでるうちは行けないね。狼たちが全滅する前には行きたいけど」
「全滅って・・・」
全滅してもおかしくはない。兵士たちもまずい状況には気付いており、矢と大砲による攻撃が既に始まっている。もう狼たちのことを気にしている場合ではないだろう。
先頭の火だるまが止まった。タイヤが燃え尽きたのだろう。すると今度はその後ろが火だるまになった。先頭の火だるまを避けて進んでくる。そういう作戦か。こいつは厳しくても、この次のは確実に西門まで届くだろう。両サイドも同じように進んで来る。
2~3分ほどでまた火だるま車両が3台とも止まった。そしてその後ろが火だるまになる。ここで兵士たちが門の前に出始めた。兵士に当たらないようにするためか、矢と大砲は奥の方に狙いを変えた。火がない部分では狼やコウモリとヤクザの乱闘が続いている。
手前の方では、魔導士たちが火だるまに水を掛けている。結構な量の水だが、消せる気配はない。狼たちは、弱点である火にも怯まず立ち向かっていく。でも、火だるま車両には敵わないだろう・・・。
ゴーレムも火だるまに向かって歩いている。真ん中に3体、両サイドに2体ずつ行って押し始めた。真ん中のはほぼ止まり、両サイドもかなり失速した。魔導士たちは水を掛けるのをやめて土の魔法”ザ・ボックス”で押し始めた。両サイドも止まりかけたその時、火だるまが加速してゴーレムたちを押しだした。まさか、中に人がいるのか。つまり、これまで6台の火だるま車両が止まったのは・・・。いくら暴力団でも、そこまでするのか。
火だるま間のスペースにはまだ大量の狼がいるが、火炎放射器を持って進んで来る敵に押されている。歩き部隊も、1人が倒されても別の者が火炎放射器を拾って続ける、といった仲間を捨て駒にするような戦い方だ。着実に西門までの距離を詰めてきている。火だるまの方も少しずつ進んでおり、さらに後ろの車が追突する形で押し始めた。もう中にいる人が力尽きても関係ない。火だるまの押し合い合戦だ。
「僕たちも門の前に行こう。街の中に入られたらお終いだよ」
「うん・・・。怖いけど、せめて兵士が取りこぼした分だけでも止めなきゃね」
「ぜってぇ通さねぇぞ」
「私も、できるだけサポートするね」
「ぼ、僕だって、街のみんなを守るんだ・・・!」
民家から下りたところで、作戦に乗っていた初心者プレイヤー2組がこの場から離れていくが見えた。この状況だ、仕方ない。やる気のない人間を戦わせる意味もない。
中級プレイヤーは、8人全員は見当たらないが各々の場所で様子を見ている。俺たちは、俺たちの考えで動こう。
西門に着いた。同じ高さで見ると、火が迫って来ていることしか分からない。隊長に話しかけた。
「かなり、まずいですね」
「ああ。まさかこれほどの大群で、火を使って押し寄せて来るとは」
「何とかなりそうですか」
「正直、分からない。平和だったことが仇になってな、対人の戦闘経験はほぼゼロだ。モンスター頼みの部分が大きい」
むしろ狼たちがいなかったもう負けてる。これくらい、俺1人でも一網打尽にできるほどの力があれば・・・。始めたばかりだから仕方ないが、それは言い訳にはならない。今はこの世界にいる1人の人間だ。弱ければ負ける。
何かできることは無いかと、兵士が組んだであろうやぐらに登ってみた。門から20mほどの位置に火だるまとなった木造車、その10mずつ両サイドにも火だるま、火だるまを押す魔導士とゴーレム、反対側から火だるまを押す車、火だるま間に大量の狼と火炎放射器を使うヤクザ。奥の方でも6つの火だるまと似たような混戦、飛んでいく矢と砲弾、既に動かなくなった車が7台、健在の車が11台。
最終防衛ラインの西門には兵士と魔導士合わせて30人ほどと、俺たち。狼たちは既に出払っている。他のプレイヤーは未だ様子見のようだが、アテにはしないでおこう。いつの時代も、最後に頼れるのは己のみ。さて、守りきれるだろうか。
次回:炎の門前防衛線