第21話:地図と魔法のお勉強
図書館は、大きめの市民図書館みたいな感じだ。
「へぇ、結構でかいんだな」
中野がそんな感想を漏らす。こいつ、図書館に来ることあるんだろうか。
「僕はまず、世界地図かな」
「あ、あたしもそれ見たい」
「私も」
「え? じゃあ俺も地図見るぜ」
「じゃあ僕が持ってくるからテーブル探しといて。できれば普通に声出して喋れる雰囲気の場所で」
「オッケー」
3人と別れて地図探しを始めた。ここのスタッフに聞いた方が早いんだろうけど、歩き回って探すのも嫌いじゃない。まずは自分で探してみよう。
4~5分ほどで地図コーナーが見つかった。結構多いな。どれどれ・・・『全世界地図』『細部までギッチリ! 世界大地図』『行ってみよう! 経済大国エコノミア!』・・・色々あるな。観光ガイドも混ざってるっぽい。経済大国エコノミアも気になるけど、とりあえず『全世界地図』と『ナチュレ王国地図』にしよう。両方とも、折り畳んで閉じてあるのを広げると大雑把な全体地図があり、細かい部分は冊子本体に描いてある。
あとは皆との合流だが、声出して喋れる場所でと伝えたから、このライブラリスペースじゃないな。看板を見ると、3階にコミュニティスペースというのがある。そこに行ってみよう。移動すると、ドアを開ける前から3人の姿が見えた。自動ドアってガラス張りが多いけど、何でだろ。ドアが開くと3人がこちらに気付く。
「あ、大村君だ。よくここが分かったね、何も言ってなかったのに」
「なんとなくね。地図、持って来たよ」
「ありがと。早速見てみようよ」
俺はまず『全世界地図』を広げた。この世界は全体的に横が長めの楕円のような島になっている。海岸線はちょっとギザギザした感じ。
ここナチュレ王国は南半分の東側、その中でも最東端がグリンタウンだ。さらに東にあるのがスタート地点のプライマリ。グリンタウンの西には首都ウォーターランド、ナチュレ王国のちょうど中心に位置している。ウォーターランドからは東西南北に道が出ており、北はスノーウィーン、南はサウスポート、西にはホワイライトという街がある。
ホワイライトの西はエコノミアという国になっている。さっきの観光ガイドに経済大国と書いてあったな。島の南半分はナチュレとエコノミアの2つの国があり、2:1ぐらいでエコノミアの方が広い。首都はビジナ、他にも5~6個ぐらい街があるようだ。
島の北半分はユニオンという国が1つだけ。街はざっと15以上はある。首都はセントラルシティ、やはり地理的にも国の中心に位置している。
「へぇ~、この世界、こんな感じになってるのね」
「意外と広ぇじゃねえか。冒険のしがいがあるな」
「そうだね。頑張って全部の街を制覇しようよ」
「おうよ」
花巻さんは無言で真剣に地図を見つめている。このどこかに、花巻さんの弟がいるんだ。何としても見つけないとな。ナチュレ王国の地図も持って来てたけど、もういいや。この世界地図だけで何となく分かった。
「街もいいけど、レベル上がってきたらこの森も行ってみようよ」
俺が指さしたのは、グリンタウンとウォーターランドをつなぐ道の北側にある森、”ヴェルデュール森林”というらしい。
「おっ。もしかしてダンジョンか? 面白そうじゃねぇか、行ってみようぜ」
「でも大丈夫? ただの道でもリスと狼で大変だったのに」
高松さんが怪訝な表情で聞いてくる。
「そのうちリスと狼じゃ物足りなくなるだろうから、それからね。先にウォーターランドで装備新調してからかな?」
「そっか。強くなんなきゃだもんね」
怪訝な表情をしていた高松さんが笑顔を見せた。納得してくれたならいいや。
「そ。あんなリスや狼を瞬殺できるようなるのは、遠い未来じゃないよ」
高松さんが驚いたような表情を見せる。
「さすが大村君、すごいね」
「ん? それはどうも。じゃ、そろそろ魔法関係の本を探して来よっかな。花巻さん、地図もう少し見てる?」
花巻さんは地図の細部のページを見始めていた。弟のことを考えているのだろうか。その心情は読めない。
「うん、もうちょっと見てたいかな」
「そっか。じゃあここに置いとくよ。どの道カウンターの人に渡せばいいらしいから誰でも返せる」
「うん、ありがとう」
図書館内で読んだ本も、カウンターの人に渡せば元の場所に戻してくれるらしい。おそらく即時対応。他の人が返却する様子を見たが、カウンターの人から本を受け取った裏方の人がものすごいスピードでどっかに行ったのが見えた・・・。
魔法の本選びには高松さんもついてきた。中野も来ると言い出したが、花巻さんを1人にはできないからと高松さんが止めた。2人か・・・たまには悪くないのだが、中野に睨まれたな、さっき。その中野も、たまには花巻さんにも気を回してほしいところだ。
高松さんは高松さんで俺をひいきにしてるように見えるが・・・その真意は知れない。効率の良い手段―――スタッフに聞く―――を使わずに看板と自分の足で魔法コーナーを探す俺に、不満げな表情を一切見せずについてくる。今日は俺に従うと決めてるんだったな、この人。
魔法コーナーについた。これまで会話がなかったのだが、「どれにしよっかな~」とか「これ結構いいんじゃない?」とかメッセージで送ってくる。俺は思ったことをただ適当に答える。最終的に、『魔法大全』『魔法のあれこれ』『さあ始めよう! 初心者でも分かる魔法入門』の3つにした。この世界の住人が魔法を始めるなんてことがあるのか・・・?
「おっ待たせ~」
コミュニティスペースに戻ると、中野と花巻さんは黙々と地図を眺めていた。会話はなかったのかもしれないが、そんなに悪い雰囲気でもなさそうだ。
「おっ、やっと戻ってきたか。千尋ちゃん、なんかいいのあった?」
「う~ん、どうだろ。とりあえず見てみようよ」
「そうだな、また一緒に見ようぜ」
「え? うん」
(1人で落ち着いて見たかったんだけど、やっぱり流されちゃってるね、あたし)
高松さんと中野が『さあ始めよう! 初心者でも分かる魔法入門』を2人で見始めた。高松さん、1人で落ち着いて見たかっただろうに。こういう時、女性を気の毒に思う。
「花巻さん、これ、置いとくね」
「うん、ありがとう」
『魔法のあれこれ』を花巻さんの近くに置き、『魔法大全』を読むことにした。大全というだけあって細かい。文章も堅苦しくて読みづらいが、噛み砕いた表現ではない正確なことが書いてあるから、紐解いていこう。「人は誰しも魔法の力が備わっており・・・」といった書き出しだ。どうやらこの世界の住人も魔法が使えるらしい。
さて、こんな分厚い本を全部読む時間はない。目次や索引で役に立ちそうなのを選んで読んでいこう。
30分ほどで集中力が切れた。この間に分かったことは、
■リアルアドベンチャーのプレイヤーの特徴として、次の5つがある。
・MPと魔攻が設定されている。プレイヤーが魔法を使うのに必要なのはMPのみで、疲れない。この世界の住人は生命力を消耗するため、魔法を使いすぎると疲れる。場合によっては命に関わる。また、この世界の住人には魔攻も設定されておらず、個々の精神力に依存する。
・レベルアップのみで標準魔法が使えるようになる。この世界の住人は魔法陣の細部まで覚えて脳内で浮かび上がらせないといけない。
・蘇生魔法で復活可能。愛属性には戦闘不能状態から蘇生できる魔法があるが、この世界の住人は死んでしまったら復活できない。
・使用可能な魔法の属性は最初に選んだもの限定される。この世界の住人は先天的に得手不得手があるものの、全ての属性が使用可能。
・装備ランク設定。本人の装備ランクが各装備に設定されているランクに到達していなければ装備できない。この世界の住人は入手するだけで装備可能。金さえあればSランク装備でも。
■標準魔法は、下級、中級、上級、最上級の4段階。消費MPと威力が設定されているが、1.5倍や2倍のMPを消費することで威力もその倍率分だけ増やすことができる。威力は、火なら温度、水なら水圧と、属性によって関わり方が異なる。
■最上級魔法は、レベルアップや魔法陣の記憶では使用可能にならない。世界中のどこかにある魔法陣を探し当てる必要がある。各属性ごとに1つだけ、既に誰かが持っていればその最上級魔法を手に入れることはできない。保持者が命を落としたり、ゲームクリアやゲームオーバーになった場合は、魔法陣がまた世界のどこかに置かれる。
■装備の機能として備わっている魔法は、装備さえすれば基本的に誰でも使用可能。ただしプレイヤーに対しては、"魔法使いであること"や、"○属性魔法を選択していること"などの条件が付く場合がある。この辺の条件は各装備次第。
前のめりになっていた体を起こし、思いっきり背伸びした。
「大村君、何かいいのは見つかった?」
高松さんが聞いてきた。俺が手にした情報を伝えると、「へぇ~」とか「それこっちにも書いてあったな」とか反応があった。花巻さんも、いつの間にか地図から魔法の本に移っていたらしく、俺の方を見て話を聞いていた。
「で、そっちは?」
「こっちはこの世界の住人向けって感じかな。念じて生命力を集めればそれが魔法になる、的なこととか」
「でもあれだぜ。光属性の最上級魔法が北の山ん中にあるらしいぞ! その名も”魔人滅殺剣”!! 今年の5月現在って書いてあるからまだあるんじゃねえか? 行ってみようぜ!」
「へえ、そうなんだ。でも最上級魔法があるぐらいだから強い敵が多いかもね。ウォーターランド、スノーウィーン経由で行くだけ行ってみようか。もし簡単に手に入れば儲けものだし」
「よっしゃ! そうこなくっちゃな! しかもこれ、ナチュレ王国の販売品にしか書いてない情報だってよ、得したな」
「ホントに大丈夫? 大村君?」
「さあ、分からないよ」
多分、無理だと思う。この世界に10個しかない最上級魔法だ。俺ならエコノミアやユニオンにいても取りに来る。この国限定とは言え、本に書いてあるぐらいだから知ってる人は多いだろうし、まだ残っているなら難易度は高いと見た方がいい。
「ところで、花巻さんの方は何か見つかった?」
「うーん、さっき大村君が言った中に無かったのは、これかな・・・?」
大体のページを覚えていたのか、花巻さんは3回ページをめくっただけで「あった」と言って指をさして読み始めた。
「複数の属性を組み合わせた合成魔法もある、だって。例えば火と水の合成でホットレイン、中級の標準魔法みたいだよ」
「へぇ~、そうなんだ。多分この『魔法大全』にも書いてあるんだろうけど、見つけらんなかったなあ。ありがとう」
「うん、役に立てて良かった」
言われてみれば、十分にあり得る話だ。初めっから大全なんて読むべきじゃなかったか? 花巻さんに感謝。あと中野の情報も、いつかきっと役に立つはずだ。
時計を見ると夕方6時が迫っており、閉館時間なのか音楽とアナウンスで退館を促してくる。
「今日はもう、帰ろっか」
「そうね。大村君としては、今日の収穫はどうだったの?」
「ん? 十分だったよ、満足満足♪」
「なんてったって最上級魔法の場所が分かったんだからな」
「いやそれだけじゃないんだけど」
それはメインですらない。今日の収穫のうちの5%ぐらいだ。
少し早いが帰り道の途中で夕食を食べて、宿屋に戻ることにした。でも結局、夕食で結構まったりしたので8時を過ぎている。宿屋に向かって歩いていると、
「離せえっ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「え、な、何・・・?」
高松さんが声を上げ、4人してキョロキョロしていると建物の間の細い路地から10歳ぐらいの男の子が出てきた。と思ったら細身で長身の男が出てきて、長い手につかまり路地に引き込まれた。
「おい何だったんだ? 今の」
「さあ。万引きとか借金取りじゃないの? ・・・で、どうする?」
「は? いや“どうする”ったってよぉ」
正直、路地裏のいざこざに首を突っ込みたくない。この街ではよくあることかもしれないし、ただのチンピラならいいが裏に組織とかいたら面倒だ。魔法があっても、今の俺たちでは10人ぐらいに銃を向けられたら死ぬ。
俺はこのゲームに、プログラムで動く子供よりも大事なもの―――1億円、つまり俺の人生―――を賭けている。花巻さんの弟のこともあるし、リスクの高いことは避けたい。万引きなら悪いのは子供の方だし。
「大村君が決めて。今日は大村君に従うって言ったでしょ」
「それならもう終わったよ。レベル上げと、買い物も調べものも済んだ帰り道だよ」
「今日という日は、まだ終わってないわ」
まあ、そうくるか。でも高松さんの目は、「”助ける”と言え」と言っている。俺がここで人助けをするか試しているような気もする。嫌だと言えば引き下がるだろうけど、花巻さんも「助けようよ」と言いたげな視線で、中野も「助けないのか?」といった感じだ。
「じゃあ高松さんが決めて。それが僕の指示。従うんだよね」
「そ」
高松さんは軽く目を閉じ、少し怒りぎみに返事をした。印象が悪くなったかもしれないが、仕方ない。俺がこういう奴だということも知っておいてもらう必要もある。高松さんが顔を上げた。
「あの子を助けようよ、みんなで」
次回:初めてのトラブル