第16話:今度こそグリンタウンへ
一旦プライマリに戻って昼食を取ることにした。街に入る前に標準魔法を試してみたが、微妙だった。消費MP10固定で長距離にも飛ばせるのだが、近距離で使う分にはコストパフォーマンスが悪く、魔法陣を出す手間もかかる。初日に使ったレストランに入ったが、やはりまだ重い空気が残っている。今日はこの辺にしておきたいところでもあるけど、
「宿屋でちょっと休憩したら、またグリンタウンを目指そう。秋津さんたちには悪いけど、早いとこ気分を切り替えたい」
ここで明日に回したら半日無駄になるどころか、このままズルズルと重い空気を引きずりそうだ。多少無理をしてでも今日のうちにグリンタウンに辿り着きたい。グリーンウルフなるものが出るらしいが、今の俺たちならいけるはずだ。
「うん・・・そうね。いつまでも落ち込んだままじゃいられないわ」
暗い表情でうつむき加減のまま、高松さんが賛成してくれる。
「でもよぉ、そんな気分にはなれないぜ?」
だろうな。俺だって今日はもうずっと寝ていたい。
「その気持ちは、すごく分かる。でも、明日になったって気分は晴れないよ。レベル上げをする気分には、もっとなれない。既にブルーウルフでも上がりにくくなってるし、グリンタウンに行けば装備も情報もたくさん手に入ると思う。もうこの街にいてもできることがないんだよ。ちょっと強引だけど、新しい街に行って気分を上書きしよう」
「そう・・・だな」
納得してくれたのか、単純に諦めただけなのか。俺がチームの指揮を執ってる感じになってるが、今の段階では仕方ない。でもあまり独裁的にならないようにしないと。
「私も、大丈夫」
これで一応、全員の了解が得られた。この"了解が得られた"っていうのがいけない。もう少し自然に意思決定ができないものか。旅が軌道に乗ってからでも良くなるといいが。
「ごめんね。私、何もできなくて」
花巻さんが俯きながら言う。
「葵は悪くないわよ。秋津さんたちを助けられなかったのは、みんなの責任だから」
「そうだ、気にすんなって。俺らもただ見てるしかできなかったんだし」
「それに、敵との戦いは僕ら3人の仕事だからね。ダメージを受けなかった以上、花巻さんは何もしなくて大丈夫。花巻さんの回復があるからこそ、僕らは多少無理してでも戦えるんだ」
「うん・・・。みんな、ありがとう」
その後は特に会話もなく食事を済ませ、中野とも特に会話せずに仮眠についた。女性陣も同じような感じだろう。
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アラームの音で目が覚める。今は昼の1時半。装備を整えて女性陣と合流し、再びグリンタウンを目指す。今度は普通にスライムが出て来たので3人で均等にMPを使いながら進んだ。やがて、初心者狩りに襲われた場所に到着する。全員の緊張感が高まっているのが分かる。もう誰もいないだろうけど、
「まず僕が行ってみるよ」
3人には足を止めてもらって先に進む。草のない道から逸れて、横から回り込むように岩陰の裏を確認する。誰もいない。他の岩や木も見て回ったが異常なし。道の方に戻って振り返り、手を頭より上で軽く振って合図を出す。みんな肩の力が抜けたような仕草を取ってこちらに向かってくる。ここから先はまた、未知の領域だ。グリーンウルフが出るのは分かっているが、プライマリのように街の直前か、それとも途中からスライムに代わって出始めるのか。
特に変化もないまま街の姿が大きくなってきた。緑が多い。森とまでは言わないが、まるで街全体が公園のようだ。グリンタウンの名は伊達じゃない。感嘆の1つぐらい出てもいいところだが、緊張感のためか誰も口を開かない。数分ほど、スライムが出てこない状況が続く。どうやら街の直前で出るパターンのようだ。
「そろそろ、来るよ」
3人は軽く「うん」とだけ答える。杖を握る手に力を入れて、慎重な足取りで、4人そろって前に進む。やがて3つの影が現れた。淡い緑色の毛をもった狼と、その両脇に緑のスライム。
「僕が狼を足止めするから、その間にスライムお願い」
「うん」
「ああ」
初心者狩りの連中でも通れた道だ。弓矢はないけど魔法はある。勝てるはずだ、気合入れていこう。
「行くぞ!」
気合を入れるようにそう言って俺は走り出した。狼もそれに反応するかのように走り出す。
「サンダーランス!」
当たった。が、一瞬止まっただけでまた走ってくる。やはり青いのよりは強いか。とりあえずおびき出せたし、ここは防御に徹して2人の援護が入るのを待とう。氷の剣が刺さるかも分からないし、こっちも首を嚙まれたりしたら即死だ。狼の前に土の壁を出しては壊される、を3回繰り返したあと、
「ウインドスラッシュ!」
右手を顔の横から斜めに振り下ろして風を起こした。それでも狼は止まらず飛びかかってきたので土で大きな両手を作り、狼をそのまま土の手の中に収めた。厚めに作っていたが、狼が中で暴れているのか少しずつ崩れていき、やがて隙間から狼が出てきて俺に向かって飛びかかってくる。くそっ。俺は土を1つに集めて拳を作り、
「グランドブロウ!」
狼にとっては背後から攻撃した。クリーンヒットし、狼が瓦礫と一緒に飛んできているところに、左腕を盾にして瓦礫を凌ぎつつ、
「アイスソード」
氷の剣を横腹目がけて突き出した。結局チャンスが来たので試したが、氷の剣はあまり深く刺さらず、少しの血は出たものの狼を突き飛ばしただけになった。やはりそう簡単にはいかないか。狼は上手いこと着地した。と思ったらすぐに突進してきた。土の剣を作り両手で横にして持って盾にしたが押し倒される。
「ぐっ!」
土の剣を盾状に変えて狼を突き放そうとしたが、力もブルーウルフより強いようで中々振り切れない。
「は・・・なれろぉっ!」
火と風を織り交ぜて熱風を巻き起こしたら狼は2mほど離れた。そこに光の玉が飛んでくる。
「大村君、大丈夫?」
「遅くなってすまねえ、スライムは片付いたぜ」
高松さんと中野が駆けつけて来た。
「助かるよ」
狼は2mほど離れたまま、ガルルルル・・・と威嚇を続けている。敵が3人に増えたからか、さっきまでのようにはガンガン来ない。この隙に花巻さんが回復してくれた。
「いくよ」
「おぅ」
「「せーのっ」」
後ろから白と黒の光の玉がそれぞれ狼に向かって飛んでいき、直撃。砂埃が立ち込め、しばらく見ていると狼が勢いよく出て来た。
「ちょっ!」
「マジか!」
後ろからまた、さっきよりも大きな玉が白黒1つずつ飛んできたが、それに当たっても狼は止まらない。どの属性がいいか分からないけど、イメージ的に緑相手には炎だ。俺は前に一歩大きく踏み込み、
「フレイムブレイド!」
上から下に一回、さらに左から右に一回炎の剣を振った。が、2回目は当たらなかった。狼が後ろに大きく飛び退いたからだ。光と闇には憶さなかったはずなのに、距離が近かったからか? それとも・・・。
そう言えば青いのは雷を使ってから怯えだしたな、試してみるか。俺は杖を前に向けてファイアボール用の赤い魔法陣を発生させた。狼がまた大きく後ろに2回飛び退いた。やっぱり。あいつ、火に弱いんじゃないか?
MP10消費は嫌なのでファイアボールはやめて自作の火の玉を飛ばしたが、あっさり横に避けられた。そこに炎の剣を持って向かうと狼は少しだけ後ずさりし、その場で姿勢を低く保った。また避ける気か、させるか。俺は足を止め、狼の周りを直径2mほどの炎の円で囲んだ。狼は身を縮ませ、その場から動かない。その気になれば人間でも一瞬我慢すれば脱出できるレベルだが、こいつは動けないようだ。遠慮なく攻撃させてもらおう。
「みんな、近づいて一気にやっちゃおう」
高松さんと中野が顔を見合わせる。
「え? ・・・大丈夫なの?」
「いきなり走ってきたりしねぇだろうな」
「さあ」
「"さあ"って・・・」
実際に見せた方が早いか。半信半疑になってる2人をよそに、俺は炎の剣を出して円の外から攻撃した。まず縦に振る。
「キャウンッ!」
狼が悲鳴を上げる。今度は横に振ると、また狼が悲鳴を上げる。繰り返そうとも思ったが、悲鳴を聞き続けるのもしんどいし、あまり追い詰めると何されるか分からないから早く決めてしまおう。
「2人とも早く。さっさと終わらせようよ」
2人はまた顔を見合わせ。
「うん」
「よっしゃ」
と言い駆け寄って来た。
「なあ、俺にいっちょデカいのやらせてくれないか」
「ん? そっか、どうぞ」
俺は土属性で高さ1mほどのスロープを作った。中野は笑みを浮かべながらも引きつった表情を見せる。
「おお・・・よっしゃいくぞ!」
俺は炎の剣を狼に向けたままスロープの反対側に回る。
「高松さん一応狼見といて。あと中野くん早く」
「うん」
「待てって待てって! ちょっと落ち着かせてくれ」
「ギャゥン!」
一発だけ、炎の剣で狼を攻撃した。
「チャンスがいつまで続くか分からないよ、早く」
「あーもう、心の準備とかやめだ! 行くぞ!」
中野が走り始めた。俺と高松さんは少しずつ炎の円から離れる。中野がスロープを駆け上がり、その頂上でジャンプ。杖を両手で持ち、その先に大きな黒い光を作って、それが背中にくるほど大きく後ろに振りかぶった。そして、
「ブラックインパクトォォ!!」
着地に合わせて狼めがけて振り下ろし、大きな音と砂埃が立ち込んでその姿が見えなくなった。メニュー画面を開くと、着地に失敗したのか中野のHPが減っている。経験値は・・・増えてない。まだ生きてるのか。杖を握る手に力を入れて、砂埃が晴れるのを待っていると、
<レベルが11になりました>
と表示された。時間差かよ、驚かしやがって。俺は肩の力を抜く。何はともあれ倒せたようだ。やがて砂埃が晴れて中野が姿を見せた。着地に失敗したのか、横になって左ヒザを抱えている。狼の姿はもちろんない。俺、高松さん、花巻さんが歩み寄る。
「お見事」
「倒したん・・・だよね。中野君やったじゃん。てかヒザ打った?」
「いま回復するからね」
花巻さんが杖を中野の左ヒザに近づけ、魔法を使った。
「おお~~、これが回復魔法か。ずげぇな」
「どういたしまして。それから、お疲れさま」
「ひひひっ、今度はちょっとは役に立ったろ?」
「そうね。でも相変わらず、またMPゼロだけど」
「は? ・・・マジかよ。おい、大村が急かすから節約すんの忘れちまったじゃねえか!」
「え? 知らないよそんなの。自分でコントロールしてよ。別にいいじゃんか狼倒せたんだし。時には全力投球も大事だよ」
「そ、そうだよな! 俺はこの一撃に賭けたからMP全部使ったんだよ」
「MPゼロなの今さっき気づいてたじゃん・・・」
高松さんが独り言のようにツッコミを入れたところで中野が立ち上がった。さすがにもう敵はいないだろう。
「じゃあ行こうか、グリンタウンはもう目の前だよ。すっごい緑だね」
「あ~~、やっと落ち着いてこの景色を見れるのね」
「うん、すごい景色。私、この街好きかも」
「てか俺街入る時いつもMPゼロじゃね?」
「自業自得じゃん、今度はもっと考えて戦ってよね」
「いやいや、ちゃんと考えて使ってたぜ? 最後のトドメに全部使ったけどこの間よりは良かっただろ?」
「その"この前"がひど過ぎたのよ」
「それは・・・面目ねえ」
「まあまあ高松さんそう言わずに。別にいいと思うよ、今度はHPは残ってるし」
「う・・・あーくっそ、大村も巻き込めば良かったぜ」
「何てこと言うんだ君は」
「あ、そうだ! レベル10になって標準魔法覚えたぜ! 大村で試していいか?」
「ダメに決まってるじゃん」
その後も冗談混じりな会話を続けてグリンタウンに向かった。初心者狩りという不測の事態はあったけど第2関門突破といったところか。これでついに、本格的にこの世界の仲間入りだ。秋津さんたちの分まで、と言うよりは、ここまでは一緒に来るという約束を守れなかった俺の無念の分まで、頑張ろう。
次回:到着、緑の街グリンタウン