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4人の魔法使いの冒険  作者: 藤見倫
第3章:巻き起こせ、労働革命
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第108話:船旅

 8月28日、水曜日。午前の11時にもなってないところだが、帰宅、いや、今日中にスノーウィーンに移動しなければならなくなった。


<ごめん、急きょ帰ることになったから駅出たとこにいて>


 本当は転勤のことも早めに知らせたいのだが、メッセージで伝えるのは気が引けた。


<分かった。待ってるね>


 高松さんのことだ。少なくとも、何らかの話があることは察しているだろう。ビジネスパーソンや若者、ファミリーが行き交う都会の平日の昼前。学生服の人もチラホラいるが、サボリだろうか。後で派遣とかにしかなれなくて文句言うなよ。君たちが社会に出る頃にはこの国の膿は出し切ってあるから、しっかりと生きていくように。


 地下への階段を下り、改札を通り、さらに階段を下りてホームへ。ほどなくしてブラッキ行きの電車が来たので乗り込む。平日の昼前でも、結構な人がいるんだな。椅子はいくつか空いてるが、俺は両隣が空きじゃないと座らないからドアに寄りかかって立っている。同じ考えの持ち主が他にも数人。


 電車に揺られていると、ヒートアップしていた頭が少し冷えてきた。さっきは、盛大にやってしまったな。本当に、転勤程度のことで済んで助かった。場合によっては取り返しがつかなくなっていた程の失策だったが、俺は自分の考えは間違ってないと信じている。クズと言われようが人として終わってるとか言われようが、関係ない。そもそも俺は人間をやめたいんだ。

 マウロさんやシュリンさんのような人を放置すれば、必ず誰かが苦しむことになる。本来は上層部があの2人を引き離さないといけないはずなのだが、その連中もシュリンさんのことを気に入ってるか、そもそも問題視してないかだな。


 だが今はそれに集中ばかりもしていられない。今度は、スノーウィーンか。これまでの生活はもう終わりだな。スノーウィーン工場は全寮制で、自治体側もメタリック社員の関係者を受け入れないから他人のフリをしてもらう必要がある。この1週間、悪くなかった。暗いトンネルしか見えない窓の外を眺めながら、そんなことを考えていた。



 電車を降りて、階段も上がって外に出た。天気が良くて、明るい。


「あ、来た」


 女性陣がいた。まだ何も言ってないのに、こころなしか表情が暗い気がする。


「何か、言わなきゃいけないことがあるんでしょ」


 話が早くて、切り出しやすくしてもらえて助かる。


「スノーウィーンに転勤になった。明日には普通に出社しないと刑務所行きになるからすぐに行きたい」


 高松さんは、“やっぱり”と言わんばかりに息をつき、花巻さんの表情は暗くなった。


「そっか」


 一旦閉じた目を開け、穏やかな表情。


「アパートはもう解約してあるから、そこの港からすぐに行きましょ。12時の便に乗れるわ」


 言う前から、分かっていたようだな。



 3人で港に直行、窓口でサウスポートまでの乗船券を購入。なお、サウスポートで降りるのを忘れて次のイスタンドールに向けて出港されると、この世界の住人は追加料金だけで済むが、プレイヤーは密航で捕まる。エデュケインとキャナディバイも含めて、一度その街を訪れたことがないと乗れないらしい。それを証明するために使うスタンプ帳をもらった。


 ブラッキ・サウスポート間は初期から乗れるので、手荷物検査を済ませて待合所へ。こっち側にもラウンジなるものがあったが、あと2分で搭乗開始だし普通の椅子とテーブルだけなら金払わなくても目の前にある。


「お昼は、船の中でも食べられるそうよ」


 航海時間は、およそ1時間半。俺たちもサウスポートより遠いプライマリからここまで自分の足で来てるし、そんなもんだろう。


 搭乗時刻を迎えた。まずはVIP会員からのようだ。ラウンジのVIPルームからもぞろぞろと出て来た。スーツ姿の人が多い。俗に言う出張族か。

 それからオーシャンスイート席、1等席の順で呼ばれ、最後、俺たちも買った2等席だ。列に混ざって乗り込む。剣とか弓を持っている人もチラホラいるから、そんなには目立ってない。それでも小さな子供からは「魔法使いだー」とか言われたりしたが。


「近くで見ると、おっきいわね」


「本当に、凄い・・・」


「確かに、壮観だね」


 横幅―――今の立ち位置から見ると奥行き―――は分からないが、長さは100mは超えている。乗客は150か200人ぐらい。客席のレイアウト次第だが、無理なく乗れそうなぐらいにはデカい。そして、5本並ぶ純白の大きなマストが壮観だ。


 レストランは出港を終えるまで入れないらしいので、とりあえず客席へ。2等席は、段差の上にゴワゴワのカーペット床が広がってるだけの空間だった。通路を挟んで左右に分かれているのと、10mおきぐらいに救命胴衣が入った棚で仕切られている。ここで適当に過ごせということらしい。列の前の方に並んでいた人たちは既に場所取りを終えていた。


 奥の方は比較的空いていたので、壁を背にできる場所を陣取れた。固いカーペットに腰を下ろして、足を伸ばす。


「ちゃんとした椅子がないんだったら1等席にすれば良かったかな? 個室だったみたいだし。1時間半だけだと思ってケチっちゃった」


「まあいいんじゃない? こっちの方が、俗世に溶け込んでる感じがするし」


「あら、社会には出たくないんじゃなかったの?」


「あー・・・そうだったね・・・。僕としたことが失言だったよ」


「ううん、全然失言じゃないからね」


 そんな話をしていると、アナウンスが入って船が動き出した。


「ま、ご飯食べたらデッキで過ごそっか。天気いいし」


「そうね。こんなんじゃ座ってる方が腰に悪いわ」


 高松さんが、ゴワゴワで固いカーペットをトントンと叩く。


「そう言えば、Aランク装備はどうだったの?」


「とりあえず持ってたやつの上位版を買ったわ。でもたっかいわね。A+、20万円よ」


 やっぱそれぐらいするか。俺の所持金が今130万ぐらいだから、高松さんはそれよりちょっと多かったぐらいか。


「さすがに全部買い替えるのは無理だったけど、とりあえずグリーンスタッフとホワイトスタッフ、エイドローブもA+、バッファローブとウォームローブはAよ。クールローブは後回しね。25万もするし」


 まあ、妥当なところか。砂漠に挑むまでは必要なさそうだし。


「あ、杖ねぇ、MP10%アップも付いてきたよ。外したら増えてた分がそのまま減る」


「あ、そうなの? ラッキーだね。さすがAランク」


 それと、もうここで言っておくか。


「ここから先はもう何が起こるか分からないから、レベル上げてウォーターランドでAランク装備買ってもいいよね?」


「う~ん、しょうがないわねぇ。怒り爆発して戦いが始まるなんてこともあるかも知れないし」


 う・・・。ついさっき部長に逆らったことで転勤になったことも見透かされてるのか・・・?


「サウスポートとウォーターランドの間の敵なら、そんなに時間かからないはずだよ」


「で、も、」


 高松さんが念を押すように、


「無茶は絶対ダメだからね。腕ずくで止めるからね。 ね、葵」


「うん、任せて。 大村君、約束だからね」


 花巻さんはその目に強い意志を宿してそう言った。


「気を付けるよ」


「よろしい」


 2人とも満足気に笑みを浮かべた。


「ところで、フェザーローブの上位版はあった?」


「あったわよ。バンタムローブ、体重半分になるやつで、125万だったけど」


「やっぱ高いね。他はなんか面白そうなのあった?」


「あ、そうそう。もう1本買ったのが、」


 杖をパッと真っ黄色のものに交換し、


「Bランクだけど、中野君と同じサンダーボール。雷のボール出せるやつね。何か便利そうだったし。Aランクだとサンダーフリーダムっていうのがあって、標準魔法が使えないこと以外は自由に雷魔法が出せるの。愛属性以外はこれがあって、50万ずつよ。お金貯まったら揃えたいわね」


 それは、かなり便利そうだな。Sランクには全属性が自由にっていうのもありそうで、もはや俺は何のために魔攻を犠牲にして5属性選んだのか・・・でもAやSランクになるまでは無理なんだし、これまでも十分に5属性は役に立ってきた。そんな装備があるなんて知らなかった訳だし、この判断は正しかったはずだ。


「それから、なんとかトップってやつ、それぞれの上級魔法が使えるみたいよ。これが20万。あとはオールミドル、中級と下級の標準魔法が愛属性も入れて全部使える。これは30万」


「へえ。もう金さえあれば大抵の魔法は使えちゃう感じになるね」


「大村君にとっては魅力的? 金さえあれば何でもできる」


「まあそうだけど、2人の女子に気に掛けてもらえることと比べれば大したことじゃないかな」


「え?」


 2人は目を見開き、花巻さんは声まで出して驚いたが、


「はいはい、そんなこと言っても何も出ないわよ。 葵、あれただの機嫌取りだから真に受けちゃダメよ」


「あ・・・そうなんだ・・・」


 悲しそうな表情で視線を落とす花巻さん。ていうかそれバラさないでくれええぇぇぇ。生きづらくなる。


<残念だったわね>


 本当だよ。


<これを機に好感度調整なんてやめることね>


 くっそ・・・。


 とにかく、今日中に60までレベル上げの許可は下りた。暗くなる前にスノーウィーンに着きたいし、多少の無理をしてでも急ごう。ここで頑張っておかないと、後で苦しむことになる。


「あ、そうそう。魔法も増えたわよ。風がサイクロンで、光がミスティックムーン」


「へえ。試してみた?」


「うん。サイクロンは名前の通りね。でっかい竜巻。ミスティックムーンは、威力はあんまり無さそうだけど、たまに敵が混乱して潰し合ったりしてくれる。範囲はそこそこね」


「ほぉ~。そんなのもあるんだね」


 これはこれは、また戦いの幅が広がったな。俺も、少なくともサイクロンは入る訳だ。



 いつ自由に動けるようになるんだろうかと思ってキョロキョロしていると、周りの人たちは既にウロついているようだった。


「なんかもう自由に動いていいみたいだからご飯にしよっか」


「そうね。・・・アナウンスとかあった?」


「いや、なかったと思う。でも考えてみれば、エデュケインから乗って来てた人たちが、港に着くからってわざわざ客席に戻ったりしなくない?」


「あ・・・確かに。ブラッキで降りる訳でもないのにランチ中断とかヤだもんね」


「私も、勘違いしてた・・・」


 いけない、いけない。船旅ド素人感が出てしまったよ。早いとこ富裕層の仲間入りして客船での過ごし方も身に着けないとね。


「とにかく、ご飯だね」



レストランに到着。


「ああ~・・・やっぱり結構多いわね」


 デッキに出て行った人も結構いたのだが、案の定フードコードは混んでいた。


「せっかくだし、あっち行く?」


 高松さんが指差したのは、ワンランク上のレストラン街。


「そうだね。運賃ケチった分はここで贅沢しよう」


 で、一切の待ちがない店から選らんだのは、寿司。


「回らないお寿司屋さんなんて、初めて」


「うん」


「僕は、家族で行ったことがあるけど」


「え・・・大村君ちって、実は金持ち?」


「・・・まあ、貧乏ではないよ。父親が盛大に大手のブラック企業で頑張ってるからね」


「うわ・・・大村君はゲームの世界で後を継いだ訳だ」


「やめて」


「「ふっふふふっ♪」」


 女性陣2人で、笑い合う。仲が良さそうで何よりだ。俺は知り合い同士の軋轢が大好きだが、あまり近い人同士だと結構困る。


 カウンター席、「大村君は真ん中よ」と言われ、渋々従う。


「へい、らっしゃい! 何でもいいよ~っ! すぐに出すからね」


 気前のいいおやっさんの挨拶。上に並んでる木の板から、ネタを適当に選んで注文。その場でショーケースからネタを取り出し、裁き、握ってくれた。


「へい、お待ち!」


 と言われるほど待ってない。本当にすぐに出て来た。


「あ、ずるい。あたしも」


 女性陣も続いて思い思いのものを注文した。あとはサイドに、赤だしか茶碗蒸しか迷うが・・・ここは、


「茶碗蒸しってありますか?」


「あるよぅ! 5分ぐらいかかっちゃうけど」


 むしろ5分で届くのか。いつ頼まれてもいいように準備してるんだろう。


「あ、ずるい。あたしも。 葵は?」


「ううん、私は大丈夫」


「じゃあおじさん、茶碗蒸し2つで!」


「あいよ! 茶碗蒸し2ちょーーう!!」


「「「ありがとうございまーす!」」」


 奥の方から返事が聞こえてきた。さすがに、1貫300~500円のお店。ここでは人手不足なんてものはなさそうだ。スタッフたちも元気が良くて活き活きしている。感激した。いや、これが、あるべき労働の姿なんだ。これが当たり前じゃないといけないんだ。


 途中、


 パララ パッパラ パッパッパッパ、

 パララ パッパラ パッパッパッパ。


 誰かの着信音が鳴った。マナーモードにしてくれよ。せっかく良い気分で寿司食ってたのに・・・。


「あ、もしもし?」


 声でかいよ・・・。スーツのおじさんだ。


「あ? エアコンが壊れた? あー、そんまましといて。俺がメーカーに電話しとくから。家いても暑いだろうから近所の図書館にでも行っていいよ」


 子供からの電話だろうか。8月下旬、夏休みでもおかしくない。その人は一旦電話を切ったが、また電話を掛けた。エアコンのメーカーだろう。


「あ、もしもし? お宅のエアコン使ってるんですけど、壊れたと子供から電話がありまして、熱中症なるかもしんないんで早く直してもらっていいですか?」


 そう言えば俺たちも夏休みにこの世界に来た訳だが、うだるような暑さはない。あの人が住んでる街は暑いのだろうか。この世界に季節の概念がなかったとしても、学校の長期連休ぐらいあるだろうけど。


「エアコンですよエアコン? ホントに早くお願いしますね。・・・ああすみません、住所は・・・」


 最後に住所を名前を告げて電話が終わった。名前ぐらい最初に名乗ろうよ。客とは言えいきなり用件ぶつけられるとイラッとしそうだ。実際、第三者の立場から見てもイラッとした。


 やっと終わったか。周りの人たちからもそんな空気が醸し出される中、寿司の賞味を再開。だが・・・、


 プルルルルルル、プルルルルルル。


 また電話が鳴った。カジュアルな服装をした、家族連れのお父さんだ。


「ハァ・・・」


 誰かの溜め息が聞こえた。気持ちは分かる。


「もしもし?」


 やっぱり声がデカい。一旦外に出てもらえませんかね。


「え・・・故障・・・!?」


 また故障かよ。


「はい。・・・はい・・・。分かりました・・・・・・」


 トーンが下がったな。故障って言うぐらいだし何かのトラブルだろう。電話は終わったようで、何やら家族とぶつぶつ話している。が、突然、


「ハァ? どういうことよ? 3日間は休めるんじゃなかったの?」


 おそらく母親のものと思われる声が聞こえてきた。だから揉め事なら外でやってくれ。


「ここなら絶対休めるって言って家族旅行入れたのに。子供たちだって楽しみにしてたのよ?」


「こっちだって帰りたくて帰る訳じゃないんだよ。帰るのは俺だけでも大丈夫だからさ、みんなで楽しんで来ていいからさ」


「そんな家族旅行に何の意味があるって言うのよ?」


「製品の故障なんだからしょうがないだろ! 家族旅行の金だってそっから来てんだから」


「2人ともやめてよ。目立ってるって。もう、いいから・・・」


 子供の方が、大人なようだ。


 てか、今の流れ、このお父さんが修理に行かなきゃいけないやつ、さっきのスーツのおじさん家のエアコンじゃないのか? え、マジ? マジ??


 スーツのおじさんの方を見ると、すまし顔。“フッ、気の毒に”とか思ってそう。あれは、気付いてるな。でも子供の熱中症が天秤に掛けられてるからなぁ・・・。いやでも、酷だなこれ。さすがにエアコンがなきゃ熱中症になるような環境で、“家族旅行中なので修理できません”は許さないだろう。だがなぁ・・・。少なくとも、あなたの子供を守るために家族旅行を切り上げて帰るのだから、そんなすまし顔をするのは如何なものか。感謝もお詫びもないのか。


 修理を求めたら直さねばならないのだが・・・。この場合、スーツのおじさんの方が修理を求める需要側で、あのお父さんの方が修理をする供給側だ。極端な話をすれば、子供の誕生日に自分家のエアコン故障の対応で帰りが遅くなっちゃったなんてことも有り得る。で、最悪はさらに“帰りが遅い”と怒られる。エアコンを1日我慢すれば普通に帰れたはずなのに・・・。


 修理するのが赤の他人なら遠慮などしないだろうな。隣のお家だろうと、すぐ真後ろで家族旅行してる人だろうと。心優しい人なら、修理は担当者が来れる時でいいと言うだろうが、そんな人がどれ程いるだろうか。


 誰しもが、供給側にも需要側にもなるのだ。そして、需要側にいる時だけ態度がデカい人が相当数いる。全ての人が、需要側にいる時も供給側に優しくすることができれば、過労で苦しむ人が減るのではないだろうか。と思ってみたが、人間には無理か。考えるだけ無駄だったぜ。



 でももうちっとだけ考え事。

 いっそのこと競争化社会をやめてしまったらどうかと思うことがある。過労が発生するのは、他社に負けない製品・サービスを提供しないと会社が潰れるからだ。だったらエアコンのメーカーは1つだけにしてしまえば・・・? きっと、より良い製品を作るのをやめ、値段は上がる。ライバルがいないとそれでも売れるから、向上しないだろう。


 ライバルがいなくても、より良いものを作ろうとか、もっと安くで提供できるようにしようとかの考えが生まれて、無理のない範囲で頑張って少しずつ向上していけば、そもそも競争化社会にならないのだ。だが残念ながら1社独占は低性能・高価格状態が続くのが現実で、これが人間の性と言える。怠けてても売れるなら儲けてやろうと思うのが人間で、それを阻止するために競争化社会になった。まあ人間なんてそんなものさ。

 もうちょっと人を信じろって? 俺が信じているのは性悪説だけだ。そしてその判断は正しいのだ。独占禁止法の存在自体が、俺たち人間がクズであることを証明している。独占禁止法がなくても、全ての業界が儲かるためではなく人の役に立つために経済活動をする日が来れば、俺も人を信じてみようと思う。


 だが人間には無理か。考えるだけ無駄だったぜ。



 資本主義の世の中、需要側と供給側がどういう心構えでいるかで社会全体の雰囲気が決まる。もし、需要側が“金払ってるんだからやれ”とか、供給側が“買う奴わんさかいるし儲けてやろう”とか思ってるようなら、おそらく荒んでいく。

 エアコンを例に取れば、大抵の建物にあるから売れるはずだ。だが、エアコンは何のためにある? 人々が快適に過ごすため、ひいては命の危機を回避するためだ。作る側が、それをどこまで考えている? エアコンがないと困るのを逆手に取って殿様商売をするのを防ぐため、競争化社会になった。

 今度は需要側に物申すが、エアコンが壊れたら困るのは分かる。命にも関わるものだから早く直して欲しいはずだ。“だからこそ直しに来るのが当然”とか思ってないか? 来てくれないと家族が死ぬんだぞ? そうならないために家族旅行を中断してくれる人がいるんだぞ? 特に、金持ちの皆さん。あなたは、赤の他人のエアコンのために旅行をキャンセルできますか。


 金持ちがエアコン修理工になるはずもなく、修理に当たるのは文字通り労働者階級の労働者だ。で、もし修理に行かず死者が出た場合だが、ほぼ確実に叩かれる。謝罪会見ものだ。


 俺は、需要と供給の量のバランス以上に、需要と供給の心構えのバランスが重要だと思っている。“働かせる”&“せしめる”か、“助けてもらう”&“快適に過ごしてもらう”か、人々がどんな想いで需要や供給の側に立っているかで、世の中は180°変わる。


 近年では悪質クレーマーやらモンスターペアレントなどの単語が飛び交っている。謝罪会見で怒号が飛ぶこともあるし、需要側が強気に出ている印象も持ってしまうが、それでも俺は、供給側の問題が大きいと思っている。


 わーわー文句言うだけの人が多いのも事実だが、忍耐力が低下しているというだけで、そもそも不満の種が多いのだ。コストカットの波が激しく、利益率の数字を上げるために人件費や福利を減らす実態もある一方で、製品やサービスの価格は下がらない。

 二度目だが、誰しもが需要側にも供給側にもなる。ではなぜ、給料が下がるのに物価は下がらないのか。労働者や買い物客から搾取されたお金が、経営者・資本家階級だけに回っているからだ。


 勝ち組になるには以下の2つを満たさなければならない。働かないこと。金持ちであること。




 昼食を終え、デッキに出た。船の前方のメインデッキの、先頭からやや右。風は、帽子を深くかぶってないと飛ばされそうなぐらいには強い。


「お寿司は美味しかったけど、・・・どうなんだろうね」


「さあ」


「うん・・・」


 さっきのエアコン修理については、女性陣2人も思うところがあるようだ。


「考えてもしょうがないし、切り替えようよ」


「そうね。・・・風が、爽やかで気持ちいいわね」


 少々強引ではあるが、気分を切り替えるにはちょうどいいか。


「・・・・・・そうだね」


 だが、大した反応ができなかった。中野がいない以上、この手のコメントには俺が反応するしかない。花巻さんに任せると絶対怒られる。高松さんに。


「海も、きれいだね」


 今度は、花巻さんが景色に対するコメントを出した。これに対する反応を高松さんに任せても怒られる。


「・・・そうだね」


<“そうだね”しか言ってないけど?>


<反応しただけマシだと思って>


<はぁ・・・>


 こういう時は、バカなこと言って呆れてもらうのがちょうどいい。それに、こっちだって、いつまでも押されてばかりじゃいられない。俺の校正は諦めさせなきゃいけないんだったな。


 下を見ると、船が進むことによってできた白い波がほぼ一定間隔で現れる。上を見ると、白いかもめが3羽、頭上をくるくると回りながら飛んでいた。進行方向正面と右は、遥か彼方の水平線(と言っても4~5km先までしか見えないんだっけ)。進行方向の左側は、これまで旅してきた島だ。ブラッキからサウスポートを直線で結ぶと通る場所になるはずだが、ゴツゴツした山が続いていて人が住める環境じゃなさそうだ。陸路でサウスポートを目指すにも、ビジナやウォーターランドを経由した方がいい。


 島がある方を振り返ったついでに、手すりを背にして寄っ掛かった。2人の視線が俺に注がれる。


「海の方が景色いいのに」


「広い海を背にするのも、風情があるものなんだよ」


「そ」


 2人の視線が再び海の方に戻り、しばしの沈黙。立っているのに疲れたので、腰を下ろした。両サイドにいる2人のローブが風に揺れて、顔にベチベチと当たる。しまった、と思った頃には時既に遅し。


「何してんの?」


「ああごめん。疲れたから座ったら思いのほかローブが当たるみたいだから離れて」


「葵」


「うん」


 2人して、一歩俺の方に近づいて来た。風に揺れるローブが俺の視界をふさぐ。


「なんで」


「ああごめん。大村君がどっか行ったと思ったから葵との間隔を詰めようと思って。嫌なら離れて」


「そ」


 遠慮なく、立ち上がった。さすがに2人が近くて狭いので手すりから離れると、


「ふ~ん。ホントに離れるんだ」


「嫌なら離れろって言われたから」


「葵、大村君があたしたちと一緒にいるの嫌なんだって」


「そっか・・・ちょっと、ショックかも」


「あ、いや、そこまでのものじゃなくて、ただ、あまりにも近かったから離れようかと」


「「ふっふふふふ♪」」


 2人が、声を出して笑い合った。


「ハァ・・・」


 かすれた声が出てしまった。適当なご機嫌取りが使えなくなった今、俺は屈するしかないのか。否。まだ道はあるはずだ。



「あら? 何かしら、あれ」


 進行方向右前方を見ると、遠くに何かがあるように見えた。見たところ、


「船、かな」


「ああ~。向こうから来てる分?」


 便は2時間に1本。逆回りの、エデュケイン方面行きは12時半にはブラッキ港で搭乗開始で、もうその時刻は過ぎてるから昼飯を食ってる間にすれ違ってるはずだ。それに、


「止まってるように見えない?」


「私も、そんな気がする」


「そお? 言われてみれば、それっぽいような気もするけど」


 少しずつ、近づいていく。


「やっぱり、動いてないね。帆もないし」


「なんだろ。よくあることなのかな?」


 この船のデッキを見渡してみると、俺たちと同じようにあの船に注目する人もいれば、気に留めてなさそうな人もいる。うーん、分からん。


 さらに、近づいて来た。


「なんかボロくない?」


「うん。あれはまともに動きそうにないね」


 帆がないどころか、3本のマストは全て高めの位置で折れていて、割けて尖った部分が真上を向いている。折れた先は見当たらない。海にでも落ちたのだろうか。手すりもボロボロ、側面には大きめの穴がいくつかあり、客席(?)の部分も角が何かで潰されたようにひしゃげている。見たまんまの印象で言うと、難破船。


「事故にでも、あったのかな」


 花巻さんが心配そうに言う。


【お客様にお知らせ致します。只今、未確認の漂流物が発見されました。安全確認のため停止致しますので、ご注意ください】


 忘れていた。今は、このゲームを始めてから最初の船旅だった。何も起こらないはずがない。


次回:浮かぶ難破船

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