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4人の魔法使いの冒険  作者: 藤見倫
第3章:巻き起こせ、労働革命
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第106話:戦いのフィールド

 居室に戻ると、何やらざわざわしていた。シュリンさんがいるから聞いてみよう。


「どうかしたんですか?」


「何かPCのセキュリティソフトを更新しろって通達が出てぇ、期限が今週中なんだよね~」


 ああ、またそういうやつか。


「あ、そうだ。オームラ君にやってもらおっかな」


「え?」


「アタシこれから出張行かなきゃいけなくってぇ、PC置いてくからやってもらってていい?」


 今週はあと4日残ってるんだが、と思わなくはないが自分のパソコンなくて暇だからいいや。


「分かりました。じゃあちょっとパソコン借りますね」


「よろしくね~」


 シュリンさんは支度を済ませて出て行った。同僚とは言え、自分のパソコンを託して行くとか・・・いや、他人のメールとか見ないけどさ。


 通達に更新手順のリンクが貼られていたので、押すと”メIサ サポートページ”と書かれたページに着いた。あれ・・・手順は・・・? それでみんなガヤガヤしてるのか。いつかリンクのミスに気付いて修正されると思うが、やっとかないとシュリンさんに「やっといてって言ったじゃ~ん」とか言われる。気合で探すか。


 10分ほどで見つかった。なになに。まず、旧バージョンをアンインストール。

”アンインストール手順はコチラ”のリンクがある。今のページが消えると困るからCtrl押しながらクリックだな。よし、隣に新しいタブができた。今度は探す必要なくアンインストール手順のページだ。最初は、現在のバージョンを確認。”バージョン確認手順はコチラ”のリンク。今度はセキュリティソフトのトップページに繋がった。メタリックオリジナルのソフトらしい。そんなことよりバージョン確認手順はどこだよ。また探さなきゃいけないのかよ。

 めんどくせぇ、メIサに直接聞いてみよう。運よくシュリンさんが社用携帯を置いて行ってる。拝借しよう。ロック解除ナンバー・・・おめでたいことに卓上のレターケースに付箋が貼ってあった。明らかにPCのログインパスワード的なのも書いてあるが、まあいいや。通達のタブに戻り、載っていた番号に電話。


【ただいま、電話が大変混み合っております。・・・】


 サポートデスクだったか。しょうがない、待とう。5分ほどで繋がった。が・・・、


【バージョン確認の方法については、ソフトの製造元であるメタリックセキュリティパートナーにお問合せ頂かないと・・・】


 やる気おきねえええええぇぇぇぇぇ。


 タブが最大7つになったりしながらも、1時間半ぐらいかけてようやく終わった。更新しろって言うんだったらもっと分かりやすくしてくれよ。そもそも社内ネットワークに繋がってるんだったら、夜に自動で更新されるように出来ないのかよ。これで月40時間以上の残業は厳禁とか言ってくるんだから、ビビる。


「オームラ君、PCが届いたみたいだけど」


 カリトさんだ。作業が終わったところだからちょうどいい。呼吸を整えつつ、カリトさんについて行く。



 戻って来て、起動。デスクトップ画面になったところでポップアップが出てきた。


 ”このPCにインストールされているセキュリティソフトは旧バージョンです。最新バージョンへのアップデートをお願いします”


 !!


 キーボードに頭突きするところだった。

 新しい職場に来て、パソコン与えられて最初にやることが、旧バージョンになってるセキュリティソフトの更新。こんなポップアップ仕込むぐらいなら自分らでやれよ! 何が”メタリックITサービス”だよ。


 今度は30分ぐらいで終わった。はぁ・・・頭痛い。とにかくこれで俺も仕事できる環境が整った訳だ。イントラのデザインも産シのものとは違う。

 人事に関する通達の上に、"明日付けの出向受入者について"、というタイトルの通達があった。押してみると、"明日付けで出向受入となる大村佑人さんはゲームプレイヤーであり、魔法使いです。魔法使いの服装で業務に当たりますが、メタリックグループの社員であり、社会貢献への志を同じくする一員ですので、みなさま温かくお迎えください。"と書かれていた。

  あ、俺、ダイバーシティ推進のダシにされたわ。まあ、魔法使いが来ることを事前に知らせてくれたのは助かった部分もあるし、おあいこということにしよう。



 それからは同じ課の人たちに雑用を頼まれつつ過ごし、5時頃にシュリンさんが戻って来た。


「ただいま~。ソフトの更新できた?」


「はい。何とか」


「ありがとう~」


 そのたった一言で、あの面倒な作業をやってもえるんなら安いものだな。今度から、安請け合いはやめよう。


「ごめんね、暇だったよね」


「あ、まあ、他の人の手伝いとかやってたんで」


「そっかぁ、よかった。今日はちょっと簡単なのしか頼めないけど、いいよね?」


「あ、はい」


 本当に簡単な、ちょっとした表計算ソフトの作業だった。



 5時半の鐘が鳴る前に、シュリンさんの電話が鳴った。


「ええ~~~っ! そうなんですかぁ!? う~~~~ん、分かりましたぁ・・・」


 何だ? 


「マウロさ~ん、いま輸管の人から電話があってぇ」


「何だったの?」


 シュリンさん立ち上がりながら向かいの人に話し掛けると、その人も立ち上がった。この人が部長のマウロさんか。この課の座席配置、あの人が決めてるな。


「例のやつで昨日輸管に提出したんですけどぉ、”技術内容を含まないように”って差し戻されてぇ、それで・・・」


 その後もシュリンさんは細々と話し続けた。要点のつかめない、聞いてるだけでイライラしてくる話。しばらく聞き流していると、


「オームラく~~~ん!」


「はい?」


 呼ばれた。嫌な予感しかしない・・・。


「えっと、アタシ明後日の出張までに作んなきゃいけないサンプルがあってぇ、今日これから作ろうと思ってたんだけどぉ、いま輸管から電話があってぇ、どうしてもそっちやんなきゃいけなくなってぇ、今日は用事があって6時半には帰んなきゃいけなくってぇ、明日も会社来れなくってぇ、だからオームラ君に作って欲しいなって思ってるんだけどぉ、いい?」


 両手を顔の前で合わせて、上目遣い。きっと、今までもこれで難を乗り切ってきたのだろう。ユカンってやつがよく分からないが、どうでもいい。


「サンプル作るって・・・僕がですか?」


「あ、作るって言ってもそんな難しいものじゃなくて、ちょっと教えたらすぐできるぐらいのやつで、・・・あ、そうだ。カリトく~~ん!」


 諦めたような表情を浮かべたカリトさんがやってきた。シュリンさんがまた要点のつかめない細かな説明をしたあとマウロさんが立ち上がり、


「ごめん、急に連絡がきたから」


 フォローするように口添えした。


「困った時はお互い様だからさ、オームラ君は初日から残業で悪いけど、協力してあげて」


 部長命令では、仕方ない。

 カリトさんと共に部屋を出て、ちょっとした機械が雑多に置かれた部屋に着いた。オフィスだけじゃなかったんだな、このビル。


「ハァ」


 カリトさんの溜め息。


「あの人、いつもああなんだよ。明後日の出張だって、2週間も前には決まってたのに、直前まで準備しないで、いざその”直前”を迎えたら別件が入って周りが手伝わされる。今からやることだって、あの人が計画的に準備してれば今日やる必要もなかったんだ」


「夏休みの宿題を最終日にやろうと思ったら風邪ひいた、みたいな感じですかね」


「そうそう、そのイメージ。ホント、女子中学生と一緒に仕事してる気分だよ。あそこまで甘やかされて生きてきた人、初めて見た」


 同感だ。社会人で、それも主任相当職。何年働いてきたか知らないが、新人でもアレは無い。中学生でもレベルの低い方の人種だ。


「こっちだって結婚してんのに、なんであんな人のために帰りを遅くしなきゃいけないのか、疑問だよ」


 と言うことは、シュリンさんも既婚者か。あのキャラクターで独身だったら気を遣わなきゃいけなくなるから周りも助かっただろうな。旦那はあれの面倒みなきゃいけないのかー。大変だなー。会社の仕事でもこの調子だから、家のことも何かと理由を付けて丸投げしてそうだ。旦那が専業主夫なら問題ないが。


 あーいや、シュリンさんはいずれ、と言うよりマウロさんがいなくなったら仕事こなせなくなるから、旦那の稼ぎがないと生きていけなくなる。まあそれでも俺には関係ないから問題ないか。

 厳しく当たる、と言うよりは甘やかすのをやめて他の社員と同等の扱いにするだけで、勝手にモチベーション下げて勝手に退職するだろう。それで旦那の稼ぎを食いつぶす訳だ。あーそれでも、ああいう人がのらりくらりと生きてる事実だけでも腹立たしい。


 偏見が良くないのは分かっているのだが、シュリンさんのような人を見ていると、”これだから女は”とか言うオッサンの気持ちが分からなくはない。だがこれはあくまでシュリンさん個人の問題であり、女性が皆そうという訳では決してない。1人1人をしっかり見て、偏見がないようにせねばならない。だから、男性諸君には、ぜひともシュリンさんのような人に引っ掛からないようにして頂きたい。


 とは言え、愛する女のために稼ぐのが幸せだとか、稼ぎのいい男に嫁いげばいいとかいう考えも1つの価値観だ。それで個人的に結婚してもらう分には一向に構わない。


 だがここは、製造業の開発部だ。より良いものを作り出すため、このシビアな世界で生き残るために多くの人が戦っている、そういうフィールドなんだ。容姿と愛想がいい女性が来たからって甘やかしたり、八方美人パワーでその場を凌いでいくような場所じゃない。その甘やかしに他人を利用するなど言語道断。そんなことをされると迷惑だ、今すぐに立ち去れ。


 シュリンさんのような人がこのフィールドで生きて行けるとなっては、頑張っている女性たちが報われない。どんなに頑張っても、どんなに優れた結果を出しても、容姿と愛想だけの人間が優遇される。それで世の女性たちのモチベーションが低下し、男に媚び売ったもん勝ちみたいな風潮になってしまえば、ますます男社会が加速する。


 だがシュリンさんには、怒りを覚えると同時に同情もしている。周りに甘やかされ続けたが為に、あの人は自分1人で生きていく能力が身に着かなかったのだ。旦那に浮気されて上司も変わったら、シュリンさんの人生は破滅を迎える。


 男に養ってもらう道を選ぶのは茨の道だ、とも思ったが、きっと、シュリンさんのような人が優遇される中で実力勝負を続けるのは、さらなる茨の道だろう。前者は、捨てられる or 通用する相手が現れなければ破滅。後者は、近くにいる他人が前者の道で成功していれば報われない。能力さえ身に着けていけば何とかなる男に対して、女性は運に大きく左右される人生を強いられる。マウロさんのような男がいるからだ。本当に、申し訳ない・・・。



 やるせない思いを頭の中で巡らせながらも、頼まれた作業のやり方をカリトさんに教えてもらった。


「じゃ、終わったら僕に声かけて。この部屋の戸締りするから」


 つまり彼は、これが終わるまでは帰れないのか。で、シュリンさんは用事があるとかで6時半に帰ると。


「あ、それと、多分大丈夫だと思うけど、もし8時半までに終わらないようなら諦めて。ここ、9時までに完全退社がルールで、最後は巡回の警備員と一緒に強制退社だから」


 これも、働き方改革の一環なのかね。警備員まで帰らせる辺り、人件費削減への意欲が凄いな。


「はい。分かりました」


 作業開始。確かに作業自体は大して難しくない。


 それにしてもシュリンさん、わざわざ聞かないが、何の用事なのかね。家庭の用事か? それでもホームパーティとかだったら納得いかないが。最悪は友だちと映画だな。でもシュリンさんは働き方改革(笑)を盾に帰るだろうな。実態のないはずの改革が、一部の人間に都合よく利用されてる訳だ。真面目な人ほど損をする。


 カリトさんにもプライベートはある訳で、そもそも用事がなくても、”疲れた”を理由に帰ることも許されていいはずだ。“友だちと映画”が許されて、“疲れた”が許されないのか? 用事のない暇人が、用事のある人たちのために頑張るのが”助け合い”なのか? プライベートの用事の有無に関わらず、帰宅は帰宅だ。仕事をしないのなら、同じこと。


 俺に言わせれば、“友だちと映画”も立派な暇人だ。しかし、人々は口をそろえて言う、「忙しい」と。友だちと映画、彼女とデート、旧友と食事も多忙のうちになるらしい。人間関係が少ない奴は暇人認定され、「忙しい」人たちの肩代わりをしていくうちに人間関係を作る暇がなくなっていく。友だちがいないクズは忙しい人たちの分まで働くことで社会貢献しなきゃダメだよ、とか言ってくる人と友だちになりたいとは思えないが。


 作業を終え、部屋に戻り、カリトさんに声を掛けた。作った物をシュリンさんの席まで運ぶとマウロさんが受け取った。明後日の出張にマウロさんも同行するらしい。そう言えばシュリンさん明日こないから、マウロさんに渡すしかないな。


 それから、カリトさんが部屋の戸締りを終えて戻って来るのを待ってから退社した。7時半。終電には余裕だな。女性陣にメッセージを送り、都市間高速鉄道に乗り込んだ。


 入手しに行ったはずのAランク装備も気になるのだが、イライラが表に出てかのか「今日は冒険の話は禁止」と言われ、夕食と風呂だけ済ませて早々に寝た。正直そんな気分でもなかったからちょうどいい。


 今日はもう寝て、頭を冷やそう。


次回:責任の所在

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