第105話:お昼休みに花咲く談義
「昨日急に通達が出てビビったよ。それも夜7時ぐらいに」
混み合う食堂で、窓際のカウンター席に横並び。
「僕も昨日言われましたからね」
「あははっ、そうなんだ? 出向でしょ? 人を差し出してお金がもらえるんだよ」
ああ、なるほど。
「嘱託で入ったばっかりだったんで、引き継ぐこともなくて楽だったみたいですね」
「じゃあ嘱託から正社員に格上げされたんだ? 初めて聞いたよ。多分出向させるためだとは思うけど。ウチから産シにお金を払ってオームラ君を派遣してもらってる訳だけど、オームラ君の給料はそこから少ししょっ引かれた分になる。それでも嘱託より高いと思うけどね」
その”しょっ引かれた分”が、産シかサンクプのお財布に入る訳だ。俺の給料も増えるなら損するのはここの開発部になるからいいや。
「ところで、何の開発部なんですか?」
「ああ、エレベーターシステムだよ。ブラッキの工場とアカデミアの研究所の間を取り持ちつつ、お客さんトコに行ったりもする」
へえ、開発でも顧客の所まで行ったりするんだ。
「これが中々困ったモンでさぁ、やっぱりお客さんの目は厳しいよ。ウチは、なぜかあのAIロボだけは上手くいってるみたいだけど、システム関係はそんな強くない。エレベーターシステムは実際そうで、”おたくの製品は他社さんとどう違うのですか?”って問われ続けてる。ちょっとやそっと性能が良いとか安いとかでは買ってもらえない。コンセプトから考えないと」
やばい、難しくて分かんない。性能や値段じゃなくて、コンセプト勝負なのね。
「ま、それは他社も苦戦してるところだから、赤字覚悟で安くすれば受注が取れたりする。この、実績っていうのも結構大事なんだよ。とにかく一度使ってもらう。もたもたしてると他社に取られちゃうから、バンバン売り込みに行く。俺らが知らないところで工場の幹部が動いてたりもしてて、彼らは試しでも使ってもらいたいから見切り発車の約束つけちゃう。で、”今週中にこういうデータよこせ”とか言ってくるモンだから大変だよ」
「はあ」
えーっと・・・、顧客の中に”メタリックの新製品を使った”実績を残したい、だから売り込みに行く、顧客が興味を示したらデータを提供する、でも手元にないから開発の人が即時対応でとる、かな。大変だねえ。
「工場と付き合うのも大変だけど、開発内部での横の連携も大変なんだよ。あれが一番不毛だ。幹部に”横の繋がり”が好きな人がいて、無理に連携させようするから俺ら下っ端はお互いにイライラしてる。今期は月に一度、自動車のシステム開発部隊と技術交流会みたいなのをやってるんだけど、ぶっちゃけ形だけで機能してないね。”ふ~ん、あの人たちこういう事やってるんだ~”で終わりだよ。具体的な事業には繋がらない」
よく聞くパターンだな。それっぽい写真も載せて、”連携してこんな事ができました~!”みたいな感じのやつ。実態が伴ってないことも珍しくない。
「それでも出席しなきゃいけないし、担当になった人は資料作りまでやらされる。工場やお客さんの対応にプラスしてこれもあるから堪ったモンじゃないよ」
なんか、幹部の”こういうのやろうぜ”の一言に振り回されてる感じだな。完全たるトップダウン組織だ。おかしいなー、昨日見た採用活動向けPR動画の先輩インタビューで”とにかくボトムアップ”って言ってる人いたんだけどなー。ま、1つや2つぐらい提案型のものもあるか。幹部が手下に提案させる出来レースになるか、誰も手を挙げなくて"各課から1人必須"っていう指令が下りるかだと思うけど。
あと、ブラッキでも思ったのだが、メタリック社員、社員食堂で結構キワドイ話するんだな。俺は情報が入るからいいけど。
「あとイライラするのが、組織のデカさと古い思想が災いしてノロマ。ひっどいのが設備投資。開発用ならここかアカデミア、量産用ならブラッキに設備を入れるんだけど、これにすっごい時間がかかる」
「予算の確保にですか?」
「発注までの手続きにだよ。当然予算も勝ち取らなきゃいけないんだけど、場合によっては当確みたいなのもあって、それでも出来レースに参加させられて資料作りもあるし、勝利判定受けてからもハンコリレー用の資料作り」
出来レースのための資料作りとか、マジ不毛。それと、自分の負けが決まっているとも知らずに頑張って提案資料作る人もいる訳だ・・・。
「最近は事前のネゴで全員のOK出てからハンコ押していくようになったけど、それでもメンドくさい。事前のネゴも、ハンコもリレーの順番通りじゃなきゃいけないし、リレーのメンバーは出張でいないことが多い。経理の人がハンコの日付を1日未来にしちゃって振り出しに戻ったこともあったよ。"明日になってから次の人に回していい"って言ったのに目の前で紙を破られたね。で、また経理まで回ってくるのに1週間かかった」
うわーー。バカじゃねえのーーー?
「ま、そんなこんなで発注できるまでに2ヶ月はかかるよ」
2ヶ月て・・・。投資すると決まってから実際に発注できるまでに、2ヶ月。
「で、その間にメーカーの方に他の案件が入って納期が2ヶ月どころじゃない後ろ倒し。過去にはネジの生産が追い付かないとかで半年後ろ倒しになったこともあったよ」
2ヶ月の遅れが半年の遅れを呼ぶのね・・・。
「設備が入る頃には、足の軽いIT企業さんは新製品リリースしてましたとさ、めでたしめでたし」
全然めでたくねええぇぇぇ。
「あ、そうだそうだ。シュリンさんが君の指導係で、キレイなお姉さんと仕事できてラッキーとか思ってるかも知れないけど、気を付けた方がいいよ。彼女、結構仕事を人にぶん投げてくるから」
それは、何となく分かる。あの人が何かと理由をつけて逃げるタイプなのはもう知ってる。
「しかも部長のマウロさんが女性に甘くってさ、断ってもマウロさんを盾にされるからやるしかないんだよ。部長をCCに入れるのが彼女の得意技だから」
となると部長は男性か。シュリンさんのあの容姿とキャラクター、鼻の下が長いオヤジが甘やかしそうだな。ところで、
「シーシーって何ですか?」
「ああ、そこからか。メールでTOの他にCCってあるでしょ。一応読んどいてください的な感じのやつ」
あったような、なかったような。とにかく一緒に宛先に入れるってことか。
「で、マウロさんをCCを入れられると俺らはやるしかない。最悪はマウロさんも乗っかって、”こっちが最優先。助け合うのは人として当たり前”とか言われる」
うっわ・・・俺が一番嫌いなパターンじゃないか。
「気を・・・付けます」
「”気を付ける”と言うよりは、”我慢する”が正しいかな。さっきコンビニ袋出してたの、カリト君って言うんだけど、もう可哀想でさ。彼は担当相当職でシュリンさんは主任相当職、要はシュリンさんの方が職位が上で給料も2割は違うんだけど、その分まで働かされてたね。ここで君がシュリンさんの下に入ったから、彼きっと今頃ホッとしてるよ」
「まるで僕がその為に送り込ま・・・」
そこまで言って、一瞬固まってしまった。カリトさん、10月に異動になるかも知れない。
「ん、どうかした?」
「い、いえ。えっと、シュリンさん、主任なんですか? こういう言い方よくないかも知れないですけど、結構若そうだったので」
「ああ、開発だと20代のうちに主任相当職まで自動的になれちゃうから。役職としては”研究員”なんだけど、庶務課とかの”主任”と同じ職位だよ。カリト君はまだその年数に達してないから役職なし、つまりヒラ社員だね」
ふ~ん。主任と同じ職位だから主任相当職なのね。年数と同時に自動的にそこまで上がれちゃうのは、いかがなものか。
「ややこしくなるかもだけど、”主任研究員”っていうのもあって、これは課長相当職。研究者でありながら課長と同じ職位なんだよ」
「えっと・・・、”研究員”が主任相当職で、”主任研究員”が課長相当職、ですか」
「そっそ、覚えといて。で、シュリンさんは君より給料が何割か高いんだけど、割に合わないぐらいに仕事ぶん投げられるから」
自分よりも給料が高い人間に仕事を投げられる。俺もそれを経験できる訳だ。
フゥ~ッ♪
「ま、まあ、まだ来たばっかりなんで、お手伝いしながら仕事を覚えていきたいと思います」
「はははっ、そう言ってられるのも今のうちだよ」
食事を終えた後、テゴッパさんが食堂のそばの喫煙所に行ったので、1人で居室に戻ることに。他の人たちに混ざってエレベーターに乗り込む。相変わらず集まる視線には慣れてきた。
1人、掃除のおばちゃんが、ボタンが並ぶ下にカードをかざしてから35階―――最上階だ―――のボタンを押すのが見えた。もしかして、幹部がいるフロアに行ける・・・?
そのまま、途中の階で止まっては人が減るのを繰り返し、ついに掃除のおばちゃんと俺だけになった。
「お兄さん、押してないみたいだけど何階だい?」
チャンスは、今しかない。
「僕も、35階です。ちょっと呼ばれてて・・・」
「ああ~。そんな恰好で会社に来てるからじゃないの?」
「かも、しれませんね・・・」
よし、すんなりとごまかせた。まさか、この恰好が役に立つとはな。苦笑いしながら答え、その後も会話が続いた後、ポーンという音と共に35階に着いた。
「お先にどうぞ」
「ありがとね」
掃除のおばちゃんは左の方に行った。さて、どうするか。とりあえず正面に行ってみよう。
「いや~~、ホント大儲けでしたな~~!」
通りかかった部屋から、そんな声が聞こえてきた。大手の幹部さんがどんな手段で儲けたんですかねえ。
「し~~っ。声がデカいですよ。掃除のおばちゃんもウロつくんですから」
「おっと、これは失礼」
魔法使いもウロついてますよ。しかも、結局聞こえてくるし。大声では言えないことを言ってくれるらしい。
「しっかしこうも上手くいくとは思いませんでしたよ。おかげで高級ワインが手に入ったってモンですね。さぁさぁ、どうぞどうぞ。自前ですから遠慮なく」
来客の接待か? いずれにしても昼間っからワインとは。
「いや~すみません、私も稼がせてもらったのに。それにしても、ファイナンスの連中も粋なマネをしますなあ。あの日はもうないだろうと思ったら、まさか最後の1分で」
ファイナンス、最後の1分。思い当たるのは、暴落後に急回復したメタリックの株価だ。この人たちは大儲けしたようだな。メタリック製品のロボが暴走したせいで株価が暴落したから、ヤバいと思って買いまくったのか?
「狙った通りに暴走させることができるなんて、さすがメタリックさんですなあ」
ん・・・? 狙った通りに、暴走?
「し~~~っ。ホントにお静かに頼みますよ」
「おっとととと。すみません、興奮してしまって」
「気持ちは分かりますがね。・・・まあ、簡単なことですよ。いつ大暴れさせるかなんてプログラムで決められますからね。とは言え、ズレたら大変ですから、弊社の幹部で何度も念入りに計算しましたが」
「そうでしょうそうでしょう」
・・・・・・。思考が停止してしまった。えっと、ちょっと、待ってくれ。
”狙った通りに暴走させる”
”いつ大暴れさせるかなんてプログラムで決められる”
”ズレたら大変ですから弊社の幹部で何度も念入りに計算しました”
つまりは、あのロボ暴走は、故障じゃなくて初めから仕組まれていたのか。
「さすがにV字回復のタイミングは読めませんでしたが、1日で、いや1分であっさりと行ってくれました。ファイナンスの連中には感謝してもしきれません」
「大暴落で大儲け、その後のV字回復でも大儲け。完璧ですなあ」
「「あっははははは!」」
そして自分たちは、インサイダー情報で大儲け。こいつら・・・!!
その大暴落とV字回復で、どれほどの人がドン底に突き落とされたと思ってるんだ。あの時は賭けをした本人の責任だと思っていたが、単に投資に失敗するのと仕組まれた事で損させられるのとでは訳が違う。大暴落なんて初めからしなければ、誰も賭けなんてしなかったんだ。ファイナンスの投資家との癒着はなさそうだが、何だこの胸糞悪さは。
気分が悪くなって、呼吸が荒くなってきた。選ばれた者しか入れない幹部フロアに長居するのは良くない。早いとこ戻ろう。
だが、エレベーターの↓ボタンの脇に、カードリーダーがあった。まさかと思って↓ボタンを押したが、反応なし。脱出にも登録されたカードが要るようだ。正規ルートでの脱出を諦めて辺りを見回し、長い方の通路を選んで突き当たりまで行った。俺なら窓から出られるが、ここは業界最大手の本社ビル。その最上階の窓から出ると、明らかに侵入者だ。そうなるぐらいなら。
俺は窓の下の壁の部分に穴を開け、杖にまたがって外に出てすぐさま壁の穴を戻した。これなら、もし誰かが見ていても、建物の壁から出て来た魔法使い。侵入者ではなく、なんか突然現れた魔法使いに見えるはずだ。それっぽく見えるように、キョロキョロしたりしながら飛び、墜落した感じで急降下したあと地面にぶつかる前に下向きの風で止めてゆっくりと着地した。
「え、何・・・?」
「空から男の子が・・・!」
「大丈夫かアイツ?」
やはり注目は集めていたようだが、侵入者だと思われるよりはマシだ。
「あ、えっと・・・、すみませ~ん」
周囲にペコペコしながらその場を立ち去った。方角は考えてなかったが、運よく警備員のプレハブ小屋と反対側だったようだ。最上階から出たところは見られていない。昼休みの終了に遅刻すると何を言われるか分からない。空を飛んで戻り、正面に回った。
「あれ、あなた外に出てました?」
やはり呼び止められたが、
「ああ、ちょっと遊びに行ってて、反対側の壁から飛んで出ちゃいました~」
「え・・・? 魔法、使えるのはいいですが、ほどほどにしてくださいね」
「はい、すみません・・・」
よし、これで堂々と戻れるな。シュリンさんやテゴッパさんにも散歩してたとか言えばいい。アカデミアのロボ暴走の真実が聞けたのは大きな収穫だ。思い出しただけでハラワタが煮えくり返りそうだ。今の時点で既に制裁を下してやりたいところだが、待て。まだだ。そんなことをしても、どうにもならない。ロボを暴れさせた事やインサイダー取引で告発しても無駄だ。司法がメタリックの味方につくのが目に見えてる。
国とメタリックの間で裏の繋がりがある以上、それを暴いて根っこを潰さなければならない。ここで俺がムシャクシャして棒に振る訳にはいかない。今は、我慢する時だ。
「はぁ、・・・スーーーーーッ、はぁ・・・」
呼吸を整えつつ、エレベーターへ。今はこのまま、潜入捜査を続けよう。
次回:戦いのフィールド




