第103話:沈みゆく大国
8月26日、月曜日、曇り。先週までと同じように家を出た。その途中、車から降りて兵士と揉めているスーツ姿の男の人が目に付いた。
「何でお前らこんなとこに居るんだよ! 子供たちの安全を守る気あんのか!?」
兵士は3人ほどいて、顔を見合わせて”やれやれ”と言ったご様子。単に兵士はパトロールしてるだけのように見えるが、スーツの人の言葉の意味がよく分からない。
「ここが通学路なのは分かった! 通ってしまったものは罰金も払う! だけどな、お前たちが本気で子供たちを守ろうとしてるなら、立つべき場所は規制区域の真ん中じゃなくて入口だ!」
なるほど。あの道、スクールゾーンのようだな。確かに、よく見ればちゃんと標識もある。で、あの人は取り締まられてるようだが、その主張はごもっともだ。
「お前たちが道の入口にいればここを車が通ることはなくて済むだろ! こんなところに潜んでて、”掛かった掛かった”と言わんばかりに出て来て、もし俺がここに着く前に事故起こしてたらお前ら責任取れるのか!? 下手すれば小さな子供の命に関わるんだぞ!?」
兵士は特に言葉を発さず、何か記録を付けているようだ。相手にするつもりはないらしい。そこへもう1台の車が通りかかり、3人の兵士うち1人が「そこの車、止まれ!」と言いながら道に出て、車を止めた。同じように取り締まりが始まる。
「ほら他にも車通るじゃないか! 標識も目立たないし・・・お前らが子供たちの安全より自分の成果が大事なのは良く分かった! もう仕事だから行くが、後でクレーム入れるからな! 覚えとけよ!!」
クレーム入れるだけで変わるもんなのかねえ。今のやつ、この世界だけならいいのだが、残念ながら母方の伯父が全く同じ経験をしている。元々クレーマー気質なこともあり、愚痴を共有する感じで俺に話してきた。さすがに作り話ではないだろう。なぜスクールゾーンが指定され車両通行が規制されているのか、取り締まる側の人たちにも考えていただきたい。
朝っぱらから気分の悪いものを見てしまったが、8時45分に出社。パソコン起動、ちょっと作業、鐘が鳴って朝礼、作業再開。先週が中途半端なところで終わったのだが、割とすんなり続きに入れた。だが・・・、
「なにこれぇ~~~?」
先週の、元技師長殿の声だ。どうやら、作り直された資料がお気に召さなかったらしい。
「オレの言ったこと全然わかってないじゃん」
”作り直せ”としか言ってないだろうが。
「分かってんの? この提案通らなかったらキミ来期から仕事ないよ? どうすんの? 家族と一緒に路頭に迷うの?」
権力者がこの台詞を堂々と言う、周りにとってもかなりのものだろう。誰もが、明日の我が身だと怯えている。
「絶対これ売れるんだからさぁ、ちゃんと分かるようにしてよ! も~~!」
それが売れないものだということは分かった。あなた、それ自分がやりたいだけでしょう。元技師長の後ろ盾がありながら落とされるなんて、大したものじゃない。人任せにしといて文句言う奴が一番ムカつく。文句あるなら自分でやったらどうだ。権力だけで人をこき使って・・・。Dr. スターリーが嘆くのも、頷ける。
「もう時間ないし、キミが説明に行くしかないからキミに任せるけどさぁ、もしダメだったらホント許さないよ!」
元技師長は自席に戻って行った。しばらくすると、責め立てられていた人が立ち上がり、重々しい足取りでパソコンを持って部屋を出て行った。俺がその人を見たのは、これが最後になった。
作業を再開。だが、同じ作業の連続に飽きてくる・・・。10時半過ぎ、集中力を保てなくなったのでトイレついでに売店に飲食物を補充しに行った。喫煙所で10分以上過ごす人もいるし、大丈夫だろう。てか喫煙者だけ休憩所が用意されてるみたいで何かズルい・・・。
戻ると、課長とバルトさんが俺の自席の辺りにいた。もしかして、売店行ったらダメだった・・・? 2人がこちらに気付く。
「あ、来た来た。売店行ってたんだ」
良かった、怒られる訳ではなさそうだ。
「今、いい仕事するねーって褒めてたとこなんだよ」
「あ、はあ、ありがとうございます」
「どちらかと言うと、今までのがテンデ駄目だったんだ。この時間でこれくらいは、普通だ」
「やっぱ課長厳しいっすね~」
「その“普通”さえできない人間が増えてきたのが、問題だな」
「まあ、9時ギリギリに出社してタバコ吸いに行く人とか、ほっとくとネットサーフィンする人とかいましたからねえ」
やっぱり、雇われる側にも問題があるようだな。
「全くだ。そんなことだからロボットに仕事を奪われるというのにな」
確かに、ロボでもできる作業に人を雇いたくないよね。
「君もこんな単純作業だけじゃつまらないだろうから、次は私からの仕事をやってもらおうか」
「「え?」」
バルトさんとハモってしまった。どうやら入門試験は合格、ここからが本番という訳だな。
「そりゃナイっすよ課長~。オームラ君は俺の仕事頼んでたのに~」
「いつまでもこんなものに余計な人件費を割けるか。自分でやれ。毎日帰りを30分遅くすればいいだろう」
それをサービス残業でやれということですね・・・。
「ええ~~っ」
「文句があるならスノーウィーンにでも行くか?」
「自分のデータぐらい自分で整理しなきゃですねー!」
バルトさんは元気良くそう言って自席に戻って行った。
「ふんっ」
課長はそれを一瞥。ジョークだとは思うが、上司が堂々とあんなこと言うのはどうなんだ・・・?
「ではこれからメールする。今のうちに腹ごしらえをしておくといい」
「はい。ありがとうございます」
課長が自席に戻り、俺も自分の席についた。買ったビスケットを食べながらイントラを眺めていると、課長からメールが来た。
<これ、よろしく頼む>
で、ファイルのリンクがバン。開いてみたが、全然わっかんねえ。メールで聞いて無視されると困るので直接聞いてみた。
「それを考えるのも、君の仕事だ。いつまでも、言われたことだけをやっているのでは生きていけないぞ」
言われたことだけをやってればいいのが派遣や嘱託じゃなかったのか・・・? というのは俺の思い過ごしか。いずれにせよ、高評価をもらうに越したことはないから解読してみるか。
席に戻り、課長からのファイルと睨めっこ。プレゼン資料を作るソフトだ。上に帯でページのタイトル、その下に図とグラフが1つずつと、それぞれに対するコメント。グラフだけがやたら綺麗で、四角やら丸で組み立てられてる図は何が描いてあるか分かる程度にガタガタ、そして全体的に配置はメチャクチャ。
このページにこれを置いてこういう説明をしよう、というプロットのように見える。それが8ページ・・・つまり、これを整備しろということか。上等だ、俺好みのレイアウトにしてやるよ。
12時の鐘。ちょっと疲れてきてたし丁度いい。食堂組のみなさんと食堂へ。
「どうよ? 課長の仕事は」
「中々にシビれますね。ノーヒントであんなのを出してくるなんて」
「あははっ、だろ? 俺らも苦労してんのよ。ま、俺らの生活費もってきてくれてんのは課長だからね~」
よく分からないのだが、そういうものなのだろう。
「そういえば先週、誰かが”ユニオン人が増えた”って言ってるの聞いたんですけど、そうなんですか?」
「ああそうだね。特にここ2~3年は凄いよ。倍にはなったんじゃないかな」
さらに、バルトさんではない人(名前は忘れた)が話に加わった。
「それがかなり問題でね、わざわざこっちに来るだけあって確かに優秀なんだけど、すぐ辞めちゃうんだよ。ユニオンは転職文化だから」
なるほど。エコノミアの、新卒からの終身雇用とは違う訳だな。でも言うほど問題なのか? 給料高くなる前に辞めてもらえるんだろ?
「確かに会社側からすれば、コストのかからない優秀な若手を取っ替え引っ替えできるんだが、完全にエコノミア企業は利用されてるよ」
「利用、ですか?」
「ああ。ユニオンはさっきも言ったように転職文化。逆に、経験がないと雇ってもらえんだよ。だから新卒で入りやすいエコノミアで就職して、例えば”空調機器開発経験3年”とかを手に入れて祖国に帰って就職する」
え、っと・・・。つまり、エコノミア企業は、ユニオンの若者が祖国で就職するための踏み台にされてるのか。それでエコノミアの失業者が増えてるんなら、確かに問題かもな。
「しかも、経験と一緒にノウハウや技術も持ち帰るから、ユニオン企業も力を付けてきてる。それでエコノミア企業は利益が下がり、人件費削減、能力の低いエコノミア人が失業していく。負の連鎖さ」
それは、まずいな。
「ユニオンの人の方が優秀なんですか?」
「エコノミアまで来るような人は、優秀な人が多い。全体平均で見ても、ユニオンの方が成果主義でシビアな面が強いから向こうの方が上だと思う」
人の能力の平均値で負けてるようなら、それだけで大きなビハインドだ。しかも、ユニオンの底辺の人たちはこっちには来ない。
ここでもう1人、話に加わって来た。
「エコノミアはもうダメだ。ユニオンの中で最初の就職はエコノミアというのが常識になってきてて、大学からエコノミアに来る人は多い。当然エコノミア人の浪人も増える。
就職段階でも、単純な能力で選んでもユニオン人が優勢。しかもダイバーシティ推しが災いしてユニオン人の割合上げてってるから能力の低い人間からあぶれていく。
そのあぶれたエコノミアの若者は、”ユニオン人ばっか受け入れるのやめろ”と叫ぶだけ、話にならん」
これは、終わったな。
エコノミアでは、エコノミア国民のみならずユニオンの若者までもが仕事を求めるんだ。供給が不足するのは当然で、労働環境が悪くても生活費のために働いてしまうから、一向に労働環境は改善されない。
もちろん優良企業もあるとは思うが、そんなのごく一部だからすぐに埋まる。最悪はユニオン人だけで埋まる。大半の企業は、給料安くても働く人がいるのにわざわざ改善したりしない。改善させるためには”そんな条件なら働かない”と言って企業側を困らせるしかないのだが、お金に余裕がないとできない。
エコノミア人の失業者を減らすためにはユニオン人の採用を止めるしかないのだが、エコノミア人の方が能力が低いということは、それだとユニオン企業に勝てなくなる。そうなるとエコノミア企業は倒産の嵐、結局は山ほどの失業者が出る。それを避けるために優秀なユニオン人を採用すると、その分だけエコノミア人の失業者が・・・。
残された道はエコノミア人の能力アップしかないのだが、9時ギリギリ出社で即タバコ、就業時間中にネットサーフィン・・・、もはや能力以前の問題だ。成果主義のシビアな国で育った人たちには、絶対に勝てない。
エコノミアは、もう終わりだ。この大国は、これから沈みゆくだろう。ファイナンスのおかげで影響力は維持できると思うが、豊かなのはホンの一部だけになる。企業は力をなくし、生きていくのがやっとの人が増えて、国全体としては衰えていく。
ここまで考えて、俺の祖国・日本も心配になってきた。新卒採用・終身雇用の文化、経験を求めてやってくる外国人、ダイバーシティPRのための外国人採用、色々な要素が揃っている。単純作業だけでも生きていける日本に住む人たちが、何か取り柄が無いと生きていけない国の人たちに能力で勝るはずもない。それどころか、バイト先の冷蔵庫に入ったり備品や商品で遊ぶような連中もいる。フッ、日本も沈むのか。
さらに日本には、エコノミアにとってのファイナンスのような街がない。このままいけば、あの国は力を失っていく。先進国でいられなくなるか、外国人が回すことによって成り立つかのどっちかだ。生活に余裕のない人が増えて治安が悪くなる未来まで見えた。もしこの予想が外れたら、笑ってくれ。悲観的な予想なら、外れても構わないさ。
どうする? 日本人。 俺は、このゲームで1億円手に入れて隠居する。もし1億円でも生きれなくなるようなスーパーインフレになったら、その時は諦める。
昼食を終えて居室に戻った。今は日本よりも、エコノミアの国自体よりも、政府と企業の裏の繋がりで苦しめられている人のことを考えよう。だが、どうしたものか・・・。根詰め過ぎは良くない。とりあえず、昼寝だ。
12時40分に目が覚めた。再開するか。
2時頃だっただろうか、突然、
「はあ~~~~~!?」
という叫び声が響いた。今度は何だ。
「んだよそれ~~!」
また叫び声。だから、その大声のままでいいから何が起きたのか教えてくれ。
「何でいっつもいっつも急に通達出すんだよ!」
イントラで通達を確認してみた。New!とマークのついたものがある。タイトルは”西B棟のエアコンリプレースに伴うに電源工事のお知らせ”。リンクを押して中身を確認。抜粋すると、”8/31(土)~9/1(日)にかけて西B棟のエアコンリプレースを行います。電源工事に伴い西B棟内への電力供給を遮断しますので、8/30(金)の帰宅までに西B棟内の全ての機器の電源を切るようお願いします”とのことだった。西B棟は、ここだ。
叫び声を聞いて初めて通達に気付いた人が他にもいるのか、「はあ・・・」とか「うわ・・・」とか舌打ちも聞こえてきた。
「仕掛けてんの止めなきゃいけねぇじゃ~ん! 来週でキリいいとこまでいくのによ~~! も~~、マジかよ~~!!」
よく分からないが、来週月曜まで仕掛けたまま放置するつもりだったものがあるようだ。止めずに帰っても、電力供給を止められれば電源は落ちるし、いきなり電源ぶつ切りされたら故障するかも知れない。
「普通こういうの1ヶ月ぐらい前に出すだろ~! 今週末とか何なんだよ~!!」
なおも叫びは止まらない。”うるさい”と苦情が出そうなものだが、周りの人たちも、叫び声より突然の電源工事の知らせに苛立っているようだ。「立ち下げメンドくせ~」とか「実験計画崩れた」とか独り言も聞こえてくる。業界最大手とあろうものが、内側ではこんなことやってるんだな。
もう1つ、New!とマークのついた通達があった。”採用活動向け企業PR動画が完成しました。ぜひ一度ご覧ください”、とのことだった。1分半ほどの動画で、最後のフレーズは、
―――あなたとともに、社会に貢献したい―――
だった。笑えた。
4時ごろ、課長から与えられた仕事が終わった。そのことを告げるとメールを送るよう言われたのでリンクを貼って送った。残った時間はバルトさんの仕事をしてもいいそうだ。
5時20分、課長に呼び出された。ついて行った先は狭めの会議室。何だ・・・? あんまり良い予感はしないのだが。
「良い知らせが2つある」
ほう。
「はあ」
「1つは、君の正社員登用が決まった。もう1つは、明日からビジナで働いてもらうことになった」
次回:本社へ




