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4人の魔法使いの冒険  作者: 藤見倫
第3章:巻き起こせ、労働革命
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第101話:コストカットの波

<ここまで来れる? アパート契約しちゃった♪>


 は?


 これから帰ることを連絡すると、高松さんから地図の添付付きで返信があった。アパート、契約だと・・・? そこに、3人で住むと・・・? ここから近い、徒歩5分程度だ。


<分かった。行ってみる>


 指定場所に到着。


「大村くーん!」


 二人の姿が見えた。高松さんは大きく、花巻さんは小さく手を振っている。


「お帰り」


「お帰りなさい」


 これ、言わなきゃいけないやつか。


「た、ただいま・・・」


 もの凄く、くすぐったい。主に心臓が。


「どうだった? お仕事」


「今日は、パソコンでコピーと貼り付けの繰り返し。作業自体は楽だけど、何時間もやってると疲れるね」


「そっか、お疲れ。ご飯2人で作ったから食べよ」


 アパート契約したぐらいだ。飯も作ってるか。


「うん」


 さほどボロくはないが、安いっぽいアパートだ。外にある階段で2階に上がり、手前から3番目の部屋へ。そこそこ広く、学校の教室ぐらいはある。家具も適当に揃えたらしい(四次元収納で運べる)。何ヶ月もここで過ごすとは思えないのだが、その辺は交渉して家賃1日5,000円で、いつでも解約できるようにしたらしい。


「じゃ、座ってて」


 畳の上に、大きめの丸テーブルと座布団。この安っぽい部屋に合わせたのか、シンプルなものだ。念じてみると、バルトさんに魔法を見せたことで消耗したMPが回復した。寝床と決まれば回復できるシステムのようだ。


「ごめんね。ホントは椅子にしたかったんだけど、メタリックから近いのが畳のとこしか空いてなくて」


「別に。何もせずに食事と寝床が用意されたんだから、文句はないよ」


 実際、”椅子じゃないのか”とか思いもしなかった。言われるまで気付かなかった。


「仕事してたでしょ。何もしてなくはナイんじゃない?」


 高松さんが皿をテーブルの上に置いた。


「はい、今日はオムレツ!」


「ふおぉぉ」


 横長のオムレツに、ブロッコリー添え。美味そうだ。微妙にひき肉が横からハミ出て転がってるのはご愛嬌。続いて、花巻さんが白ご飯と味噌汁を持ってきた。


「はい、どうぞ」


「どうも」


 何、この、至れり尽くせり感。座ってるだけで食事が運ばれてるとか、最高だ。やっぱり俺、何もしてないな。待ってても先に食べるよう言われるだけだから、


「いただきま~す」


「ちゃんと味わって食べてね」


 その後すぐに女性陣の分も運ばれ、2人も食事を始めた。3人での共同生活が始まる訳ね・・・。中野がいなくなった途端にこれとか、知ったら更に凹むだろうな。今あいつが戦闘不能になったらここに戻される訳で・・・あいつも強制送還は嫌だから夜には無茶はしないか。


「いきなりこんな時間までなんて、災難だったわね。スタートが遅かったとか、屁理屈じゃん」


「まあそんなもんでしょ。今日から働いてもらうと言われて承諾したのは僕だし、所定労働時間7.75時間は普通だし」


「や、そうなんだろうけど・・・。大村君、将来は会社の犬になりそうね」


「そうならないように1億円を手に入れるんだよ」


「まだ言ってるし・・・」


 いつまでも言うよ?


「ところで、何か分かったの?」


「うーん・・・」


 昼飯の時の話を出した。が、実際まだ何とも言えないのが俺の見解で、2人の意見も似たようなものだった。とりあえず腐った社会に対する文句を言いながら食事を進めた。


「ま、もうちょっと続けてみるよ。2人も適当に情報収集しといて」


「それがやっぱり、微妙だったわ。ぶっちゃけ、あんまり役に立てそうにないからレベル上げでもしとく」


「そっか。気を付けて」


「大村君も、無理しないでね」


「はーい」


 食べ終え、食器はそのままでいいと言われたので風呂に入り、歯を磨いて寝ることにした。1人の方が落ち着くだろうと、寝室は俺に回してくれた。2人はリビングでいいらしい。俺より先に寝ることはないそうだ。朝も多分、俺より先に起きて朝食を作るだろう。2人とも何も言わないけど。


「あ、ちゃんと髪乾かしなさい」


 くっそ・・・家事やってもらえる代わりに生活指導が入る。


 --------------------------------


 翌朝、7時に設定していたアラームで目が覚める。8月23日、金曜日、晴れ。引戸を開けてリビングに出ると、女性陣が朝食の準備をしていた。


「おはよ」


「おはよう」


「おはよう、大村君」


 さすが、俺がいつもパンを食べているのに合わせてホットサンドウィッチだ。茶色の焦げ目が食欲をそそる。朝食の間も食べ終えた後も、朝のニュース番組を見て過ごした。


 8時半、そろそろ出勤しよう。始業は9時だが、大抵の人はその10分前には来るらしい。立ち上がり、玄関に向かうと女性陣もついて来た。


「何も言わずに出て行く気?」


「・・・いってきます・・・」


「いってらっしゃーい!」

「いってらっしゃい」


 大村佑人、17歳。2人の同年代女子に見送られながら出勤するという微妙な気分を味わいながら玄関の扉を開けた。少し、湿度が高くてジメッとしている。



 あ、そういえば社員証もらってないぞ。警備員のもとに行くと、準備していたのか渡してくれた。これで毎日、ここに入れる訳だ。当然今日は他の社員と同じ時間に出勤な訳で、飛んでくる視線がすっごい。


 8時45分、職場に到着。既に半分以上のメンバーが揃っていた。挨拶をしつつ自席へ。パソコンもまだなので昨日使ったオフラインのやつを起動。程なくしてバルトさんが現れ、「とりあえず昨日の続きよろしく」だそうだ。暇だし、9時まで待ってる意味もないので作業開始。


 8時55分、音楽が流れ始めた。小学校でも朝に流れてたクラシック音楽だが、名前は忘れた。そして9時にキンコンカンコンの鐘が鳴り、周りの人がいそいそと立ち上がり始めたので俺も立ち上がった。同じ課の人が課長席の斜め前に移動。


「おはようございます」


「「「おはようございまーす」」」


「えーでは、朝礼です。まずは課長から」


「今日は、特に連絡事項は無い。いつも通り、よろしく頼む」


「他、なにか連絡事項ある方」


 朝礼係の人はキョロキョロした後、


「では本日の朝礼を終了します。ご安全に」


「「「ご安全に」」」


 朝礼係の人は自席に向かい、他のメンバーも椅子に座るなり部屋から出るなりの行動をとった。儀式は終わったようだ、俺も座ろう。さて、作業の続きだ。


 9時半を過ぎた辺りで、バルトさんが近寄って来た。


「オームラ君、PC準備できたみたいだから取りに行こう」


「はい」


 昨日面接を受けた建物の3階に移動、"メタリックITサービス"と書かれた札がある部屋へ。担当者が俺の姿を見るなり「えっ、えっ!」という反応をしたのだが、無事にパソコンを受け取ることができた。薄型のノートパソコンだ。昨日から思ってたのだが、ここの人たちパソコンのことを"PC"って言うのな。慣れない・・・。


「メタリックITサービスって、部署の名前なんですか?」


「部署っていうか、グループ会社だね。略して”メIサ”。ウケるっしょ」


「メアイサ・・・」


 ”サンクプ”も大概だが、何なのその略し方。


「メタリックグループ全体のIT環境を整備してるんだよ。元は各社にそういった部署があったんだけど、統一するとかで新しく会社作って、外部委託の形をとってる」


「へぇ~、そうなんですね」


 同じグループで会社ごとにシステムが違うのは面倒なんだろうな。


「で、当然各社からメIサに人が移ったんだけど、給料減ったらしいよ。同じグループとは言え別会社だからさ、給与形態も違うんだよ。特に、元々本社所属だった人は2割ぐらいダウンって話」


 マジかよ。ここにも人件費削減の波が・・・。


「委託ってからには全部のグループ会社から注文入って金も入る訳だけど、そんなのは天下りのメIサ幹部の懐に入る。よくできてるっしょ」


 よくできすぎだろ・・・。IT運用の作業を、金を払ってやってもらう。作業内容と、作業メンバーとその給料が変わらないという前提に立てば、委託先の利益という余計な費用が発生するはずだ。それなのにコストカットのために委託するということは、確実に作業者の給料か人数が減っている。


 バルトさん、若手の方のはずなのに色々と知っておられるな。いい情報源だ。


「最近は委託の波が激しくてね~。去年の10月には施設課、今年の4月には調達課が委託になったよ」


 Oh・・・それで皆さん給料が減るんですね・・・。てか施設課って工場内の設備管理だろ? それ委託にしていいのか?

 なお、調達課(現”メチョーサ”)というのは買い物の時に実際に取引する部署のことらしい。オリジナルのシステムがあって、型番とかを指定すると後で物が届けられる。何か色んな制約があって、一般社員がネット通販とかで買って経費で落とす、はできないらしい。自腹で買った物を持ち込むのは黙認されているようだが。


「今度は経理課だろうって専らの噂だよ。イントラに乗るのも時間の問題」


 会社の金を管理する部署まで外部委託とか、どうなってるんだよ・・・。経理課の皆さんはその宣告をただ待つしかないのか、既に宣告されているのか。

 イントラというのは、社内ホームページのことらしい。知らない言葉が次々と出て来るが、現実世界に戻っても俺が使うことはない。そのために今ここにいる。


「さらに言うと庶務とか勤労が委託になるのも時間の問題」


「そう、ですよね・・・」


 ここまできたらもう、全部だよね。人件費を減らすためとは言え、会社の運営をする部署が全部子会社化するなんてな。


「人件費減らすのは結構なことだけどさぁ、そういった部署は人手不足のとこが多いからレスポンス悪いんだよね。で、ウチらの開発が遅れる。それで成果が出なければもちろん、ウチらのせい。あっちの人件費を減らされた分は俺らも頑張らなきゃいけないハメになってる」


「それは、災難ですね・・・」


 ちなみに、メタリック産業システム(株)の略称は”産シ”らしい。”メ産シ”じゃないんだ・・・。



 自席に戻り、LANケーブルを差してパソコン起動。


「はいこれ、ログインIDとパスワード」


「あ、はい」


「サーバ上にデータが格納されて、そのPCさえあればいつでもどこでも仕事ができるってワケ。オームラ君は嘱託だからやっちゃダメだけどね」


 いわゆる持ち帰り仕事ってやつですね。


「起動とシャットダウンの時刻で労働時間管理されるからね」


 それで残業規制回避用のパソコンがあるのか・・・。でも課に1個で足りるのか?


「パスワードは・・・っと」


 無事、ログイン成功。


「んじゃデータは共有フォルダに入れとくから、それお願い。リンクはメールに貼っとく」


 メールソフトも教えてもらい、指定された通りに作業にとりかかる。と、その前に、表計算ソフトの勉強をしよう。ショートカットコマンドなるものがあるはずで、このままじゃ絶対非効率だ。ブラウザを起動し、表計算ソフト名と”ショートカット”の文字を打って検索検索♪


 使えそうなコマンドは、実際に与えられた仕事で試した。

 おおーっ、だいぶ違うな。CtrlとShiftを押しながら矢印で、一列まるごと空白にぶつかるまで選択できるのか。さらにCtrl押しながらPgDnでページ移動、Crtlは押したまま矢印で空白全部すっ飛ばして移動。便利だ。


 コントロール、シフト、下。シフトを離してC、今度は・・・。まだちょっと、頭の中で唱えながらだが、マウスで右のバーとか下のページ切替を押していた昨日よりはペースアップしている(はず)。そうでなくても、俺の気が楽だ。


 CtrlとDで真上コピー、Alt(”アルト”でいいのか?)とEnterで繰り返し、AltとTabで表計算からブラウザに移動、Ctrl+Vの代わりにEnterで貼り付ければコピー状態解除、その他もろもろ・・・。ショートカットコマンドの扱いに少しずつ慣れていった。ゲームみたいで結構楽しい。



 11時、結構進んだ。フォルダ1個分のファイルに20分だから、このペースを守れば午前中はあと3つ分、12時45分に再開で3時前には全部終わるな。終わればまた次の仕事が与えられるだろう。目が充血するほどの全速力は出さないが、トロトロやることにメリットない。


 作業に集中していたのだが、


「ええぇ~~。それ、あと1週間前倒しでやってもらって?」


 少し離れた位置から、そんな声が聞こえてきた。


「え、でも、これが納期回答だったんですけど」


「大丈夫だぁって。どうせサバ読んでんだから。こっちは金払ってんだから、やらせりゃいいんだよ。それが下請けの仕事なんだから」


 下請けの納期回答が気に入らなかったらしい。金払ってるからやらせばいい。俺が嫌いな考え方だ。


「一応は頼んでみますが・・・。まあ、最悪は僕が自力でもできますし」


「君がやることでもなぁいよ。他にやるべきことがあるんだから、あんな単純作業は下請けにやらせるぅんだよ」


「分かり、ました・・・」


 若手の人の方は納得してない様子だが、引き下がったようだ。きっと、下請けの人たちが苦しめられてるのを知ってるんだろうな。それでも守りきることができず、納期を早めるよう依頼するメールを出す訳だ。


 工場とは言え、大手グループの、それも開発部に来たのは失敗だったか。末端の人たちの苦しみが分からない。いや、だが、俺の目的は、実態を知ることではなく、苦しむ人々を救う方法を見つけることにある。大きな組織の、人を動かす側に潜入したことは間違いじゃないはずだ。



 作業を再開し、しばらく経ったところで12時を知らせる鐘が鳴った。


「飯行こっか。どんくらい進んだ?」


「えっと、今この辺りです」


 フォルダを表示して指で指示した。途中、下請けがどうとかの会話で気が散ったが、1フォルダ20分の計算に少しだけ勝った。


「おっ、いいねえ。コツつかんできた?」


 つかみました、ネット検索で。


 --------------------------------


「みなさんいつも何時ぐらいに帰ってるんですか?」


 昨日と同じメンバーで食べる昼食。


「ん? ああ、10時までには帰るよ。10時から翌朝の5時が深夜残業の時間帯なんだけど、メタリックじゃ禁止してるんだ。あと水曜は定時退勤日で、8時までに帰らなきゃいけない」


 定時って8時じゃないだろ。でも、全員が帰宅するとなると、


「え、でも、量産ラインとかは」


「そっちはもう完全にロボがやってるからね。監視係でさえ夜は居ないよ。もしエラーで生産が止まったりしたら給料減らされるらしいけど」


 おいおい・・・。ロボにしたってだけで人件費減らせたはずなのに、そこまでやるか。


「ちなみに残業代とかは・・・」


「出るよ。月に40時間分までは」


「それ以上は出ないんですね・・・」


「残業時間をちゃんと申告すれば出るよ。その代わり幹部の前で吊し上げられるけど」


 それは、誰も申告しないな。

 さらにバルトさんじゃない人から補足が入る。


「2年前までは80時間までOKだったんだけど、政府が規制かけてね。まずは60時間、そして今の40時間。勤務時間はPC起動時間で管理されるから切るしかない。で、そんなんじゃ仕事回んないから”回避用PC”がある訳だが、最近は時間管理ソフトの方をごまかすっていう抜け道が見つかって自分のPCで仕事できるようになったんだ」


 それで”回避用PC”の出番がなくなったわけですね。てか、ソフトごまかすって・・・残業時間を過少申告するために労力を割くとか、アホ過ぎる・・・。


「実態としては規制をかけた分サービス残業が増えただけさ。何が”働き方改革”だよ、全く。笑っちゃうね」


 全然笑えねー。

 さらに別の人が便乗して口を開いた。


「会社は残業代減った分コスト減るし、お役所にも残業が減ったという記録が出るから、win-winってやつだね」


 敗者は我ら労働者。


「絶対サービス残業増えてるの気付いてて放置してますよね~」


 最後のセリフはバルトさん。それもそうだ。国が本気でガサ入れすれば不正なんていくらでも炙り出せる。それをしないのは、やる気がないと受け取らざるを得ない。

 もう残業規制かけるのやめたらどうだ? 会社側は、お役所に怒られるのが嫌なだけだろうから、規制やめれば働いた分だけ給料がもらえるはずだ。あーでも大してやることないのに無意味に残業する人も現れそうだな・・・バランスが難しいが、そこは上司が監視するしかない。


 無意味残業がなかったとしても、残業規制やめたら人件費増えるのは間違いないな。その分は企業の利益が減って、税収も減って・・・・・・あ、やる訳ないじゃん、こんなの。よし分かった。国が腐っている限り、残業規制がなくなるのは有り得ない。

 もし自分の国は腐ってないと主張するのであれば、残業規制をなくして頂きたい。できるよね? 国中の人が現在の規制を守ってる記録があるんだから。


 さてトークに戻ろう。1つ気になるのは、


「ちなみに、労働組合とかはあるんですか?」


「あるよ。でも形だけだね。しかも、部署の代表になった人は昼休みとか定時後に時間奪われるし、役員になっちゃうと有給を使わされて出張とかある。組合の活動は、就業時間中にはできないから」


「ついでに、その役員は前任者からの推薦という形で決まるが、実際は勤労課がほぼ名指しで指定してくる」


「フッ」


 思わず鼻で笑ってしまった。労働組合って、何なんだろうな。


 --------------------------------


 昼食を終えて、居室に帰着。昼休みはあと25分。この間に作業を進めるのもアリだが、正直5時半までもつか微妙だ。就業時間中に寝落ちしたら何を言われるか分からないから、今、ちょっと寝よう。メニュー画面のアラームをバイブのみで12時44分に設定し、机に屈伏した。


 バイブが鳴る前に起きた。12時43分。もういいや、パソコンを開いて作業再開。そのまま黙々と進めた訳だが、体が覚えてきたのかフォルダ1つ当たり15分で進むようになった。


 作業を続けていると、


「そんなんじゃダメに決まってるでしょ~!」


 と、離れた位置から声が聞こえてきた。偉そうなオジサンが誰かの所に寄っているようだが、座ったままではよく分からないし、さすがに立ち上がってまでは見ない。バルトさんからメール、<あれ、気にしないでいいから。いつものことだから>だそうだ。だが、声だけは聞こえてくる。


「もっと考えて資料作ってよ~! こんなんじゃ誰も納得しないよ~!」


 さらにバンバンバンと机を叩く音。怒られている人の声は聞こえてこない。


「いい? 作り直し」


 可哀想に。そういうことは、会議室とかに呼び出してからやってくれ。


「何がってイチイチ言わなきゃダメ? 全面的にダメだよ! 作り直しって言ったら1からに決まってるじゃん! 月曜の朝イチまでね、いい?」


 今日は金曜日。どんなボリュームの資料か知らないが、定時までには無理だろう。終わるまで帰れないか、あるいは・・・。


「3日もあるんだからできるでしょ、よろしく」


 それを最後に大声は聞こえなくなった。当然のように土日がカウントされてるな。「今日金曜日ですけど」「それがどうかした?」の会話はとっくの昔にやってるだろう。


 静かになったが、集中が切れてしまった。ちょっと聞いてみよう。


<あの人、偉いんですか?>


 バルトさんも気が散ってしまったのか、すぐに返事が来た。


<そうだよ。元々、技師長って言う、産シの事実上のナンバー2で、定年退職したんだけど、シニアアドバイザーって言う役職ができて居座ってる>


 うわぁ・・・。何か実績があって技師長まで上りつめたんだろうけど、組織はそういう人には甘いからね。本人が希望すれば残れちゃうよね。

 あの分だと定年前からああだろうし、どうあっても会社に貢献してないだろ。そんな人が年収千万は確実に超えてる訳で・・・。削減すべき人件費を、見直したらどうですか。



 気を取り直して作業を再開。さっきの元技師長殿の大声で集中が切れてしまったが、2時半過ぎには全部片付いた。

 バルトさんは、いるようだ。早速伝えるか。


「あ、マジ? 終わった? ちょっと待って、次のやつまたメールするから」


 バルトさんは自分の作業を中断し、俺に与える仕事を準備し始めた。すぐにくるだろう。


「じゃあその間にちょっと、トイレ行ってきますね」


「オッケー、戻るまでに送っとく」


 ちょうど、戻って来て居室に入ろうとしたらバルトさんが出て来た。


「あ、送っといたから。やり方もメール見れば分かると思う」


「はい、やっときます」


「俺もトイレトイレ、っと」


 自室に戻り、メールを確認。作業内容と、ファイルのリンクが書かれていた。今度は、実験ノートの数字を表計算ソフトに打ち込んでいく作業。ノート本体はバルトさんが使っているのか、スキャンしたpdfだ。何か色々書かれているが実験データだろう。表計算ソフトの方は、数字さえ打ち込めば計算されるようになっている。

 バルトさんもノートパソコン持ってるなら実験室に持って行けば直接入力できるんじゃ・・・とも思ったが、パソコン置く場所がないとかネットワークが繋がらないとか、何か理由があると思うことにしよう。


 表計算ソフトとpdfの切替えは、アルトタブ!(後日、Altは"オルト"と読むことを知る) 脳内でアルトタブを唱え、Alt+Tabで数字を確認→再度Alt+Tabで表計算に帰還→数字を入力、を繰り返した。Alt押しながらTabを2回でフォルダを表示する新技も身に付けた。マウスの出番が減ってるのは良いこと、とネットで見た。


 結構のめり込んでしまった。鐘が鳴っていることに気付いて作業を止めた。中途半端だが、キリのいいところまでは5分10分じゃ無理だ。


「お疲れ。じゃあ今日は帰っていいよ」


「今やってるの、中途半端なんですけど」


「あ、いいよイイよ、そのままで。終わってる分だけこっちで使うから。・・・って早っ」


「あ、あはは・・・」


 時間も忘れる程のめり込んだ時は、上手くいってることが多い。


「んじゃ来週もよろしくぅ」


 当たり前のように残業する面々に挨拶を交わしつつ、定時帰り必須契約の面々と一緒に居室を出た。で、その人たちの会話が聞こえてくる。


「いや~今日も1日が終わった~」


「今週も終わりかぁ、でも1週間長ぇな~」


 少なくとも彼らに、休日労働はないらしい。てか、誰もさっきの大声怒ってた人の話しないな。まじで日常茶飯なんだろう。


「お前大変そうだな、監督者ユニオン出身なんだろ?」


 監督者は、俺にとってのバルトさんのような立場の人だろう。ユニオン出身だと、何かあるのか。


「そうなんだよ、やたら厳しくてなぁ。ユニオンの血なのかね」


「最近ユニオン人増えすぎじゃないか? そのせいでエコノミア人が派遣に回って、奴らシビアだから苦しめられて。マジ勘弁だよな、ダイバーシティだか何だか知らないけどよ」


 確かにダイバーシティPRのためにユニオン人を増やしてるかも知れないが、能力が劣るからユニオン人に仕事を奪われてる、とは思わないのだろうか。少なくとも歴然たる差があればPRなんかに負けないはずだ。もちろん派遣にも優秀な人はいるだろう。親父の会社にも、いなくなったら困るレベルの派遣社員がいるらしい。むしろ役に立たない正社員の方が目立・・・いや何でもない。


 だがこの2人は、微妙だな。その後も、イライラしながら前を歩く2人の話を聞いた。本当につまらない、その程度ウニャウニャ言うなよって感じの内容。



「お帰り~」


「お帰りなさい」


「・・・ただいま」


「今日は、ちゃんと夕方に帰れたのね。ご飯、7時ぐらいでいい?」


「うん、大丈夫」


「お風呂湧いてるから入ったら?」


「うん、ありがと」


 部屋も掃除しているのか、きれいな状態で保たれている。本当に、家事の類は女性陣が全部してくれてるから助かる。


 風呂から上がり、リビングへ。


「明日はどうするの? 土日も仕事、ってことはないよね・・・?」


「いま話題の嘱託採用だから、ないみたいだよ」


「話題にはなってないでしょ・・・」


 話題にしてたじゃん、カルちゃんたちが。


 今日の収穫は人件費削減のための業務委託、サービス残業が増えただけの規制、絵に描いたようなパワハラを見たことだ。3人で、あーだこーだ言い合って過ごし、俺は9時ぐらいに寝た。「アラームは設定しないように」ときつく言われた。


 土日は、街の散策とレベル上げ、それから休憩(これも女性陣からきつく言われた)をすることになっている。さあ、就職して初めての週末が訪れる。


次回:ブラッキの休日

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