第100話:潜入、メタリックカンパニー
※物語の都合上、メタリックカンパニーへの印象が悪くなる展開になりますが、実在する金属製品メーカーに対する印象を悪くなさらないようにお願いします。私に金属製品メーカーでの勤務経験はありません。また、本作品はフィクションです。実体験とは関係なく作った部分もありますので、その旨ご理解いただいた上で本作品をお楽しみください。
午前9時、休憩を終え外に出た。宿屋のスタッフによると、やはりこの世界にも曜日の概念があるらしく、今日(8月22日)は木曜日だ。現実世界と同様に土日は休日。最も、このブラック企業の巣窟に休みがあればの話だが。あ、どっちにしても市役所は休みか。今日が平日で良かった。
宿屋のフロントに置いてあった観光案内に地図があり、それを見ながら市役所を目指す。
「大村君って、バイトとかしたことあるの?」
「いや、ないけど」
「ホントに大丈夫なの? いきなり、それもブラック企業って分かってるところに行くなんて」
「何とかなるでしょ。それに、無茶しようとしたら2人が止めてくれるんでしょ」
「っ・・・本人にそう言われると、なんかやりづらいわね。今まで通り、あたしたちのことなんか気にせずに突っ走ってくれればいいから」
「僕は普段そんな目で見られてるのね・・・」
「ちょっと盛ったけどね」
ちょっとしか盛ってないんだね。
「でも、本当に無理しないでね。しようとしたら、止めるからね」
花巻さんの言葉が、結構心臓にくる。
「一応、2人の手を煩わせないように気を付けるよ」
市役所に到着。街全体の雰囲気に合わせてるのか知らないが、市庁舎もあんまり綺麗じゃない。中に入ると、右から順番に番号が振られたカウンター並び、その手前には椅子がズラリ。内装も質素だが、こちらは割と清潔感がある。
人は結構いる。開店直後狙いが多いのか、1日中こんな感じなのかは分からない。
近くにいたスタッフが近寄って来た。
「旅のお方ですか? どういったご用件でしょうか」
おそらく常に入口のそばでスタンバイしてて、訪れた人全員に用件を聞いて窓口の場所を教えているのだろう。助かる。
「えっと、この街で働きたいと思ってるんですが」
「っ」
スタッフは目を見開き、驚いた様子を見せた。魔法使いの就職希望者が珍しいのか、この街での就職希望者が珍しいのか。
「就労希望でしたら、5階にある就労斡旋事務協会まで直接お越しください。左手にエレベーターがございます」
親切な口調で要点だけを述べ、エレベーターのある方に手を向けた。就労斡旋事務協会、ハローワーク的なものだと思うが、こんな状況でもなければ絶対に使いたくない名前だ。
「ありがとうございます。行ってみます」
俺は軽く首だけで、スタッフは腰から曲げて一礼。やっぱり、ああいうコンシェルジュ的なのがいると助かるな。待たされた挙句に“ここじゃないです、あっちです”とか言われてまた1から待たされるのも覚悟してた。
5階に着き、エレベーターが開く。狭い廊下だが、左側の壁が先の方で途切れていて、広い空間がありそうだ。2mぐらいの高さの位置に、“就労斡旋事務協会”の標識があった。進むと、その空間にカウンターが2つ。客がいないためか今は片方だけに人がいて、カウンターの奥ではパソコンをカタカタしてる人が2人かいる。
カウンターにいる人がこちらに気付き、不思議そうな顔でこちらを見ている。客じゃなくて、迷子か何かだと思われてるようだ。目を合わせたまま、そのカウンターの人のもとに向かった。
「すみません、この街で働きたいと思っているのですが」
「え・・・っと、・・・そう、ですか・・・」
魔法使いがこんな所に来たんだ、無理もない反応だ。
「あ、すみません、こんな恰好で」
「あ、いえ、大丈夫です。・・・お名前を、伺ってもよろしいでしょうか」
「大村と言います」
「もしかして、プレイヤーの方でしょうか?」
苗字しか言わなかったがバレたな。さて、プレイヤーでも就職できるだろうか。
「そうですけど」
「あ、そうなんですね。プレイヤーの方ですと住民登録がないので、特に手続きもなく企業側がOKすればすぐに働けます」
お、ラッキー。手続き要らないのか。
「念のため、何か物を出してプレイヤーであることを示して頂けないでしょうか」
「えっと・・・、何か、とは」
「何でもいいです。プレイヤーであれば何もない所から物を取り出す能力をお持ちかと思いますので、それを見せて頂くことで確認を取っています。プレイヤーの方は税金も年金も引かれませんので、一応」
プレイヤーの能力を知ってるんだな。あと、税金も年金もゼロとか、なんて素晴らしい世界だ。この世界に永住してる人、確実にいるだろうな。
「そうですか。では」
俺は手を開き、その上にパッと100円玉を出して見せた。
「はい、ありがとうございます。お給料の方は、支給日は会社によって異なりますが、“勝手に増える”、だそうです。分かり、ますでしょうか」
「大丈夫です。分かります」
スタッフは安心したように一息ついた。確かに“勝手に増える”という表現は分かりやすいのだが、プレイヤーでない人にとっては説明しづらいだろう。
「では早速お勤め先の方を探しましょう。ご希望の職種などはありますか?」
いきなり大手指定させてもらうが、
「メタリックカンパニーがいいです」
「えっ」
スタッフは声に出して驚き、両手を軽く口に当てて目をしばたたかせた。
「本当に、いいんですか・・・?」
念を押すようにそう聞いてきた。
「もしかして、労働環境が悪い、とか・・・?」
「えーーっと・・・」
目を逸らし、歯切れの悪い言い方。就労斡旋のスタッフが特定の会社を悪く言うのは無理だろう。
「ちょっとだけ、きつい所で働いて経験を積もうと思ってるだけですから、大丈夫です。本職は、こっちですよ」
俺は杖を掲げて見せた。
「そうですか・・・。ご本人のご希望ですから、このまま進めさせて頂きます。メタリックカンパニーは人手不足の部署が多いので、ほぼ確実に採用が決まります。本当によろしいですね」
「はい」
「では、こちらで人事担当の方に連絡を取ってみます。少々お待ちください。向かい側の会議室が空いておりますので。 ・・・あ、すみません、そちらのお2人は?」
「あ、いえ、私たちはついて来ただけです」
「分かりました。こちらの男性のみですね。ご一緒に会議室をご利用ください」
「ありがとうございます」
会議室で待つこと10分。コンコン、とノックされ、返事をすると先ほどのスタッフがドアを開けた。
「大村様」
「はい」
「人事担当者と話がつきました。早速なのですが、これからメタリックカンパニーに向かって頂けないでしょうか。面接して頂くことになります」
「あ、はい。分かりました。 すみません、場所はどちらに・・・?」
「あはは・・・そうですよね。地図を用意しますね」
会議室を出て事務所の方に戻り、スタッフがパソコンを操作して印刷するのを待つ。
「さすがに僕しか行けないだろうから、2人は適当に時間潰してて」
「それもそうね。 行こっか」
「うん。 大村君、また後でね」
「うん、じゃ」
女性陣と別れてから程なくして、スタッフが1枚の紙を持って来た。
「今いる市庁舎がこちらで、メタリックカンパニーはこちらになります。門は2つありますが近い方で大丈夫です。後は守衛の方に行けば何とかなるかと思います」
「シュエイ、って何ですか?」
「ああ、門の警備員だと思って頂ければ大丈夫です。人事担当の方から来客がある旨の連絡がいくと思うので、行って目的を告げれば大丈夫だと思いますよ」
へぇ、警備員のことをシュエイって言うんだな。現実世界に戻ったらこの言葉を使わなくて済むように、頑張らねば。
印刷してもらった地図を受け取り、メニュー画面のカメラ機能でパシャリ。一応そのまま紙ももらった。
「ではこれから向かいます。色々とありがとうございました」
「あ、いえ、こちらこそ。 では、お気を付けて」
これから大手メーカーの採用面接に行くというのに、”お気を付けて”、か。
だが、就労斡旋事務協会などという怪しい名前の割には親切な対応だった。お役所の皆さんは毎日決まった時間に帰れるだろうから、ブラック企業勤めの人たちに優しくできるのかも知れない。
市庁舎を出て、さっき撮った地図を浮かばせながら歩く。さてまずは、人事担当者とのご対面だな。
15分ほどで到着。石のブロック塀と、そのすぐ内側に桜より少し小さいぐらいの木が塀に沿って並んでいる。ブロック塀が途切れるという形で門があり、
メタリックカンパニー株式会社 ブラッキ事業所
と書かれた金属プレートが埋め込まれていた。
入ってすぐ右にプレハブ小屋があり、警備員がいた。こちらに気付き、視線を離さずジッと見てくる。このまま素通りしたら呼び止められるだろう。プレハブ小屋に向かって歩くと一礼してきた。
「誰かにご用ですか?」
この恰好だ。社員だとは思ってないだろう。
「えっと、人事担当の人に。就労斡旋事務協会を通じて面接させてもらうことになったのですが」
「え、面接ですか? 少々お待ちください」
警備員は紙をペラペラとめくり、何かを確認し出した。
「すみません、勤労課からは来客申請が来ていないのですが・・・」
「はあ、そうですか」
「ちょっと確認してみますね」
警備員は固定電話の受話器を取り、電話をかけた。誰もが出なかったのか一旦受話器を戻し、またかける。が、また誰も出なかったのか諦めて受話器を置いた。
「すみません、繋がらなくて・・・。その担当者の名前は分かるでしょうか」
あー、聞いてなかった。
「すみません、分からないです・・・」
「あの、本当に、ここで面接でしょうか・・・? 行先を間違えたりとかは・・・」
「いえ、メタリックカンパニーに来ました。もしかして、他にも事業所があったりしますか?」
「いえ、この街で”メタリックカンパニー”と言えばここだけですね。・・・う~ん」
警備員も困り顔だ。勤労課なら来客申請のルールぐらい知ってるだろうし、”来い”と言ったのもあっちなのだが。それとも、斡旋事務協会と人事担当者との間で意思疎通が取れてなかったか?
ブロロロロ・・・。
4トントラックが入って来て、反対側の脇に停車。運転手がこちらに向かって来た。俺に対して軽く頭だけ下げて、前へ。警備員に用があるらしい。警備員も俺そっちのけで何やら話を始めた。すっごい、イライラする。
話は30秒ほどで終わり、その人はトラックに戻って敷地内に入って行った。トラックには”メンダント商会”と書かれている。おそらく他の会社の人で、入場手続きでもしたのだろう。俺もそのつもりで来ているのだが・・・。
警備員が困り顔に戻って再び俺に視線を向けたその時、固定電話が鳴った。警備員が取る。俺はまた、1人取り残された。左手を額に当て、「はぁー」と呟く。
「あ、はい。来てますよ。魔法使いの恰好をした方が」
お、人事担当からだったか。
「ええ、お待ち頂いてます」
早くしてくれー。
「あ、はい。はい。分かりました。・・・失礼しまーす」
電話が終わり、受話器が置かれる。
「すみません、いま連絡が取れまして、ご案内しますね」
目の前の警備員が奥にいる警備員を呼び、奥にいた方が横のドアから出てきた。
「すみません、ご案内します」
警備員について行き、30秒ほど歩いたところで警備員が立ち止まる。
「いま見えている右手の方の建物で、入って廊下を進みますと第1応接室がありますので、そちらでお待ちください」
視界には2つの大きな建物が並んでおり、右にある方に手を伸ばして示してくれた。
「あ、はい。ありがとうございます」
「では私はこれで」
警備員は、さっきのプレハブ小屋の方に戻って行った。まあ、これ以上は彼の仕事じゃないな。むしろ親切にしてくれた方だ。
建物は、質素だ。ただの四角い輪郭、黄ばんでるのか元からこの色だったのか分からない外壁、垢になって汚れている水の垂れたような跡。
玄関は自動ドアだった。靴箱が並んでいて床はカーペット素材だから、靴を脱ぐ必要がある。目の前のは社員のだろう。右に目を向けると、太もも位までの高さの靴箱があった。あれが来客用か? 分からんが、開けてみよう。開けると、かかと付きのスリッパが入っていた。”来客用”などの表示はない。面倒だ、使っちまえ。初めて訪れた相手をこんな所に放置したのは向こうなんだから、お互い様だ。
第1応接室を発見し、入る。電気も勝手に点けさせてもらった。1分ほどでノックされ、返事をするとドアが開き、お茶を乗せたお盆を持った人が現れた。お茶が1人分しかないのだが・・・。
「大村さま、でしょうか」
「はい」
「ツブラキという者が担当なのですが、只今打合せ中でして、あと30分ほどお待ち頂ければと・・・」
はぁ? すぐに来いっつったのそっちじゃんかよ。警備員に何も伝えてなかった上に、さらに待たされるのか。これから採用面接という相手にでさえ、このサポートの悪さ。毎日通ってくる社員に対してはもっと悪いとみていいだろう。先が思いやられる・・・。
45分待ったところで再びノックされ、返事をする前にメタボのおじさんが入って来た。
「あ、いたいた」
こっちが、”あ、来た来た”の気分なんだが。
「いや~、すいません、この時間に打合せ入っちゃってるの忘れてまして」
待たせた一番の張本人が、この態度。
「でも私も、斡旋協会から電話があってから15分は待たされたので、お互い様ってことで」
はぁ!?
電話があったときは斡旋協会にいたんだから当然だろうが。しかも俺が待たされたのは15分じゃないんだが。
「人事担当のツブラキです。それで大村さん、ウチに入社希望と・・・?」
「あ、はい。こんな恰好しちゃってますが」
「聞いてると思いますが、プレイヤーは手続きが要りませんので、そちらが構わなければ今日からでもスタートになります」
「大丈夫です。こちらとしても早い方がいいですね」
「まあ、話を聞いてから決めてもいいですよ。まずは様子見ということで、嘱託採用とさせて頂きます。人件費は大きなコストとなりますのでね」
ビジナで盗み聞きさせてもらったマダム3人組の1人、カルちゃんが言ってた”嘱託採用”。正社員とは違うらしいが、細かいことはよく分からん。
「ええ。使えなければ捨ててもらっていいですよ」
「ははっ。でもどの部署も人手不足ですから、よほどじゃないと捨てられませんよ」
「今日いきなり来て、どの部署に行けるか決まるものなんですか?」
「ええ。希望者さえいれば人が欲しいという部署は結構ありまして、こちらでリストアップしてありますので」
ツブラキさんは手に持っていたパソコンを開いた。リストを見るつもりのようだ。
「あ~。チッ、切れちゃったよ。すいません、社内ネットワークに繋がないとアクセスできないのですが、無線は切れることがよくあって・・・居室でLAN繋いで印刷してきますね。5分ぐらいで戻ります」
15分後、紙を持ったツブラキさんが戻って来た。
「えーっと、こちらがリストです。私の方で特定の部署を勧めたりはできませんので、大村さんの方で選んでください」
名前だけで選べってことか。うーん。
・メタリックカンパニー(株) 新分野創生事業部 ITシステム開発部 デジタルテクノロジー開発課
・メタリックカンパニー(株) 管理統括本部 経理部 ブラッキ経理課
・メタリック非鉄金属(株) 製造本部 大型機械製造部 第三生産課 第二組
・メタリック交通システム(株) 自動車設計事業部 自動車部品設計部 第一設計課
・メタリック化学工業(株) 設計開発本部 ケミカルマテリアル開発部 セラミック開発課
・その他もろもろ
開発部が多めだな。ルーチンワークよりは刺激があって人が集まりそうなものだが。それと、この事業所内に色々とグループ会社も入ってるようだ。アカデミアでゼシルさんから聞いた通り、事業ごとに会社がある感じだ。
30~40ほど並んでいるリストにひと通り目を通し、
「じゃあ、ここで」
俺が指差したのは、メタリック産業システム(株) 開発事業部 空調システム開発部 プロセス開発課。なんとなく、とっつき易そうな感じがした。
「分かりました。では課長の方に連絡を取ってみます。少々お待ちください」
ツブラキさんはポケットからスマホを取り出し、それを操作して耳に当てながら部屋を出た。本人の前で話をしたくない気持ちは、分かる。
「お待たせしました。これから同じ課の方が来るそうなので少々お待ちください。ちなみに、その課の略称は”サンクプ”となります。では私はこれで」
ツブラキさんはそう告げるだけ告げて出て行った。産業、空調、プロセス開発で”サンクプ”ね・・・。
10分ほどで、ノックもなくドアが開いた。
「うおっ!」
現れたのは若者、魔法使いの恰好をしてる俺を見て驚いたようだ。
「こんにちは」
「えっと・・・もしかして、新人さん・・・?」
「サンクプ、に配属されることになりました」
「マジ? すっげぇな。俺、バルト。よろしく」
ノリは軽いが、ドライな感じもあって接しやすいな。
「大村です。よろしくお願いします」
「んじゃオームラ君、こっちこっち」
バルトさんについて行き、さらに敷地の奥に行く方向へ歩く。左右には、体育館のようなサイズの建物が並ぶ。製造ラインだろうか。
「まさか本物のレイヤーが入って来るなんてなー。ダイバーシティもここまで進んだかー」
誰がレイヤーだって? 大事なことなのでもう一度。誰がレイヤーだって?
「・・・コスプレじゃなくて、本物の魔法使いです。この通り」
コスプレを否定すべく、杖の先に水を出して地面に撒いた。
「うおっ! マジか! すっげー・・・って、魔法使いぐらい外に出りゃウロついてるか。でも同じ会社に来るのは違うな、やっぱ凄ぇや」
バルトさんは自分に言い聞かせるようにウンウン頷く。
「あれだよ」
さっきのよりは綺麗めの建物に到着。それでも微妙に汚れが目立つが。
来客用スリッパに履き替え、3階へ。すれ違う人々の視線が凄かった。これ、しばらく毎日浴びるのか。別に装備は念じるだけで外せるのだが、状況によっては魔法も使う構えだから、認識しておいてもらった方がいい。
事務室のような部屋に通された。横長の大部屋。正面の壁には大きな窓がいくつも並んでおり、開放感がある。座席配置は、大きめの机が小中学校の給食の時間のように6つ固められて1つの島になっていて、それが何組も、大部屋の中に配置されている。それとは別に、窓を背中にこっち向きで置いてある1人席がある。偉い人用だろうか。そしてやはり、視線が刺さる。
「みなさーん、ちょっといいですかー?」
どうやらサンクプに着いたらしく、バルトさんが周囲の人に呼び掛けた。
「こちら、今日からウチに配属された、魔法使いのオームラ君です」
「ほぉ」
「珍しいな」
「魔法使いが何でまた・・・」
各々がコメントをこぼす。
「なんだ、もう来てたのか」
颯爽とまた誰かが現れた。
「あ、課長。聞いてます? 魔法使いの新人さん」
「ああ、嘱託で1人来るとは聞いたが・・・」
課長が俺の姿を上から下まで見回す。
「本物ッスよ、さっき見せてもらいましたから」
「へぇ。まあよろしく。ちょうど昼飯の時間だ。みんなで行ってくるといい。私は出張帰りに食べて来てしまった」
おっと、もう12時か。随分待たされたもんね・・・。ちょうど、鐘も鳴った。学校でも聞くキンコンカンコン。
「へーい。んじゃ食堂組のみなさん行きましょう」
5人ほど引き連れて、建物の外へ出て食堂へ。結構混み合っているが、空席はそこそこあるようだ。
「好きなの選べんだけど今日は俺と一緒のでいい? んー、Bランチにしよう、エビフライだ」
各々食事を取ってきて、6人掛けテーブルに集まった。食べつつ、簡単に自己紹介を済ませた。
「ごめんねー、ウチ女の子いなくて」
あの大部屋には何人かいたようだが、サンクプにはいなかったな。適当に返事をしておこう。
「ああ別に。メタリックに来る時点で分かってましたから」
「ははっ、言えてるね」
バルトさんが笑って同調。ここで、別の人が話しかけてきた。
「しっかし、よくウチなんかに来たな。社員への福利を減らして営業利益を上げてるような会社だぞ。前の3月には、1ヶ月限定だったが出張の移動手当が削られたな」
おっとぉ、いきなり来ましたよ? 移動手当削って利益が増えても~ぉ? その利益は社員に還元されな~~い♪ それはそれとして、情報収集といきますかね。
「はははっ、いきなりッスか。そんなこと言ったら新人さん辞めちゃいますって」
「いえ、社会勉強のために来たので歓迎しますよ」
「そりゃあ良い選択をしたな、ウチは打ってつけだよ」
「「「はははははは」」」
そこ笑うとこなんだ。会社がブラックであることが既に自虐化しているな。末期だろ、これ。
「皆さんはどうしてここに?」
「ぷっ。まあ気になるよね。誰も自らこんな所には来ないさ。ビジナにも開発部隊と、アカデミアには研究所があってね、大半の人はそこに就職するんだけど、コネ作りとカネ作りの教育をされた後こっちに飛ばされるのさ」
「あー・・・」
それは、お気の毒に。マー君が犠牲になった密告制度以外でも、単純な人事異動はあるだろう。今度は他の人が口を開いた。もう名前は忘れてしまったが。
「開発や研究所なんて、工場の労働力養成所みたいなもんだからな。都会の研究所をエサに若者を釣って、育て上げた後は田舎の工場送りさ」
俺の親父の会社と一緒だぁ。親父は居なくなったら困るとかで東京に残れたらしいが、そういうポジションにつけなかった人は次々と飛ばされたらしい。
「しかも、結婚、出産、家を買う、そういった人が狙われたかのように飛ばされるんスよね~。俺も、子ども生まれたばっかの時に異動決まって、永遠の単身赴任ッスよ」
エコノミアが終身雇用の文化なのはもう聞いた。身を固めて簡単には辞めれなくなった状態で転勤させられるのね。だけど、
「結婚したかどうかって、会社側に分かるんですか?」
苗字が変わればバレるだろうが、この世界には苗字がない。
「それが、分かるのさ」
経験豊富なおじさまが教えてくれるそうだ。
「まず、一応ウチも、所帯持ちに対する手当とかがあるから、それを申請すると当然バレる。黙ってたとしても、年末調整と言う、二重で取った税金の返還制度があるのだが、そこで色々と申告が必要だから年に一度は確実にバレる。それと、ローン組んだりすると家買ったこともバレる」
「そうですか・・・」
よく分からんが、結婚したり家を買ったりすると会社にも分かるらしい。
「あと、永遠の単身赴任って・・・やっぱり、戻れないものなんですか・・・?」
「あームリムリ、最初は2年って言われるけど普通に延長するし、最終的には完全にこっちの所属になる」
あーあ。
「元からブラッキに住んでる人はどうするんですか? 若い人も見かけましたが」
これには、別のおじさまが答えてくれた。
「大学や就職はビジナ行っちゃうから一緒だ。ちょっと前までは、会社に振り回されたくない人は製造ラインとか派遣で働けたが、ウチがロボット出したせいで供給がメッキリ減った。誰もが、仕事を求めて右往左往している」
「でも、人手不足なんですよね」
「そりゃそうさ。失業率アップと人手不足、同時に起こるのは変に見えるかも知れないけど、人件費削減の嵐がこれを巻き起こしているのさ」
「もうブームっすよね。いかに生産性を保って人件費を削れるか皆で競争してる感じ。1人が2倍頑張れば人件費半分ってゆーノリよ」
うわー。
「・・・つまり、10人で回すような仕事に5人しか割り当てないから人手不足で、そこに入れなかった残り5人が失業者になるんですね・・・」
本当に、よくできた社会だな。そりゃあ人数に余裕があればダラける人も出るだろうし、それでも人数分の給料を払うんだろうけどさ。
「そういうこと。君、理解が早いね。それが分からない連中が、ブーブー文句言うだけで職にありつけないのさ。忍耐力のない奴から失業していく。ウチのロボのせいで失業した人もいるが、我々だって生き残るために必死なんだ」
生き残り競争に負けただけ、そう言われてしまえばそれまでだな。年齢や学歴が一緒なら給料に差がつけにくいだろうから、処理能力の高い方が職に就ける。負けた方が、安月給どころか仕事さえないのは、雇用側が出せる人件費に対して人間が多すぎる。それも能力不足の。
例えば、凡人の10倍の働きができるスーパーマンが山ほどいれば、企業側は少ない人件費で売り上げを出せて利益が増える。財政に余裕があれば人を増やせる訳で、人手不足も失業率も改善される。そうなってないのは、スーパーマンが少ないからだ。スーパーマンがいなくても平均的に能力が高ければ改善される。そうなってないのは、企業側が求める能力の平均値に対して、働く側の能力の平均値が低いからだ。企業が高望みし過ぎなのか、人々の能力が低いのか、両方か。
あ、そうだ。
「ところで、あのAIロボの暴走の影響とかってないんですか? 見たところ、みなさん普通にしてるみたいですけど」
「ん? ああ、あれね。あのAIロボだけはアカデミアで作ってるみたいで、そっちの方は今頃てんてこ舞いだと思うけど、こっちに直接何かがある訳じゃないかな」
「あ、そうなんですね」
あの騒ぎの直後にも関わらず平常運転っぽかったから気になっていたのだが、製品に関係ない部署だとそんなもんか。
「まあでも、ボーナスは下がるだろうね」
「ボーナスが、ですか?」
「そうそう、個人の評価とは別にグループ全体での評価もあってね、ちょっとでも理由があれば下げられちゃうから。あれだけの騒ぎ起こして、一時的とは言え株価も荒れたからね。当確だよ」
そんなことが当確になっても嬉しくねぇ。どのみち嘱託の俺にはボーナスは入らないが、業界最大手ともあろうものがお粗末な話だな。さらにおじさまが便乗。
「2~3年前は、何だったか・・・。確か、政府が消費税アップを発表して、売上げが落ちるだろうからって理由で査定が下がったな。全く、いい迷惑だ。自分に関係ないことが原因でボーナス下げられるとは」
うわぁ・・・。メタリック社員に何の非もないじゃん。強いて言うなら選挙で今の与党を勝たせたことか? でもこの国は野党に投票したら転勤で飛ばされるんだっけ。救いがねぇ・・・。
「みんな食べ終わったかな。混んでるから行こうか」
1人がそう言い、みんなで立ち上がった。
ボーナスの話はともかく、人手不足と高失業率のダブルパンチは悩ましい限りだな。だがこれは人々の意識と能力の問題だという結論に至ったので俺が助ける必要はない。助けなければならないのは、野党に投票したり政府のインチキを話したりしただけで転勤させられたり、それを無視して刑務所行きになったりした人たちだ。
居室(事務室のことをキョシツと呼ぶらしい)に戻り、席に着く。今日はバルトさんの手伝いをすればいいらしい。課長が近づいてきた。
「さっき来たということは、午前中は何もしてないんだね」
「あ、はい」
何だ? 午後の分の給料しか出ないとかか? まあ当然か。
「1日の所定労働時間は7.75時間だ。12時45分再開で、17時半から15分間は休憩時間だから、今日は20時45分までだな」
おおーーっとぉ! そうきたか。これも無視したら刑務所行きか?
「はい、分かりました」
できる限り、淡々と答えた。返事を聞いた課長は自席に戻って行く。
「課長初日からキッビシ~い!」
「そんな軽口を叩く余裕があるのか。仕事が欲しいか?」
「いえ、大丈夫です!」
バルトさんはビシッと姿勢を正して元気よく返事した。俺が9時までということはバルトさんもそれまで残らなければならないが、気にして無さそうだし、いつもそんなもんなんだろう。そうだ。帰りが遅くなることを知らせないと。
<今日から働くことになって、今日はスタートが遅れたから帰りが9時前になった>
2人とも見れるようにメッセージを出した。
<初日から大変ね・・・終わったらまたメッセージちょうだい>
<分かった>
さて、頑張りますかね。
仕事は基本的にパソコン作業だった。まだパソコンは支給されてないが、今日は残業規制回避用のオフラインのパソコン(なんじゃそりゃ)が与えられ、バルトさんがそこに入れたデータの整理だ。表計算ソフトで、基本的にはコピーして貼り付け、最後にマクロと呼ばれるボタンを押してプログラムを走らせる。表計算ソフトをあまり使ったことが無く、最初は色々と教えてもらいながらだったが、進むようになってくるとバルトさんも自分の作業に戻った。
データ量が多い・・・。確かに、これを1人で裁くのは大変だな。
夕方5時半、終業を告げる鐘が鳴った。クラシックコンサートで聞いたからよく覚えている、『新世界より』の第2楽章。何人かが挨拶をしつつ帰路に着く。嘱託か派遣か知らないが、そういう契約の人たちだろう。彼らは毎日この時間に帰れる訳だ。いつ切られるか分からないとか給料が低いとか言うデメリットと引き替えになるが。
「オームラ君、はい、差し入れ」
チョコがコーティングしてあるビスケット菓子。お礼を言って受け取った。
「どう? どれくらい終わった?」
進捗確認のようだ。が、自分でも思うぐらいに微妙だ。
「ちょうど、このフォルダが終わるところです」
「ふーん。ま、初日だしこんなもんっしょ」
やっぱ微妙だったか。表情をずっと伺っていたが、眉をひそめたりはしなかったから、そこまで評価は低くないと思いたい。
「んじゃ初日から悪いけど、8時45分前までお願い」
「はい」
バルトさんが離れるのを待っていると、
「ところでさ、明日歓迎会やろうと思ってるんだけど、オームラ君イケる?」
飲み会と言うやつか。お酒がイケるのか飲み会がイケるのか、どっちを聞かれているのか分からないが、どっちも無理だ。
「すみません、仲間がいまして、働かせてもらう条件が、毎日一緒に晩ご飯を食べることなので・・・」
「そっか、じゃあやめとくか」
思いのほか、あっさりと引き下がった。
「ま、正直飲み会とかダルいし、みんな期末に向けて忙しいから仕事したいんだよね」
なるほど。そういうことか。毎日残業漬けのみなさんも、飲み会があれば早く退社できるのかな? できたところで帰れないけど。
「んじゃ今日はこのままよろしく。明日にはPC支給されると思うから」
「はい」
そのまま残り3時間半、作業を続けた。同じ作業の繰り返し、結構キツいな。もし単純作業だけでお金がもらえるにしても、俺には合わない。
「オームラ君、お疲れ。もう帰っていいよ。むしろ残業されっと困る」
余計な人件費が発生するか、サービス残業させることになるからな。
「はい。ではお先に失礼します」
背伸びをしつつ周りを見ると、まだまだ結構な人たちが残っていた。むしろ、定時帰り契約以外で帰った人いたか?
とにかく俺は帰ろう。特に荷物もなく、杖だけを手に取って居室を出た。女性陣にメッセージを入れて帰路につく。午後からだったとは言え、9時前まで働かされるとは、とほほ。
次回:コストカットの波




