異世界メモリアル【3周目 第9話】
「それは全然関係ないボールだよ! こっちこっち!」
「はわわ」
「なんでそっち向いて打とうとしてるの? グリーンそっちだよ?」
「ふわ~、あれは隣のコースのやつでしたか~」
ざぱーん
「なぜ池に落ちる!?」
「ふえ~ん、びしょびしょですぅ~」
庵斗和音鞠。
彼女のショートコースでの練習に付き合っただけでこの始末だった。
初めて周るコースならまだしも普段の練習用なのに、なんでそうなるのか意味がわからない。
ちなみにショートコースっていうのはゴルフの練習用というか遊び用というか、そういうコース。
18ホールでパー72というのがゴルフのコースのルールで、それに満たないものがショートコースだ。
それにしても、まぁ、彼女はヤバイ。
だいたいね、俺は懐疑的だったんだよ? こういうキャラクターは。
よくいるだろ? 容姿端麗で運動も勉強でも完璧なのに、なぜか料理を爆発させるやつ。
現実にはそんなやついねえよ、塩と砂糖が区別出来ないようなやつは勉強も出来ねえよ。
そう思ってたんだ、俺。
ハァ~。
思わずため息が漏れる。
いたんだよ、そういう人が。
奇跡的にドジというかなんというか残念な人が。
実力からすればバーディーを連発してもおかしくない。
なにせ飛距離は抜群だし、距離感もピッタリなのだ。
はっきりいって超スペックの高いキャラクターでゴルフのゲームをやっているようなもの。
ゲームなら現実と違ってバーディーだって連発できるだろ?
そんな感じなんだ、が。
この娘がそのゴルフゲームが下手すぎ!
いや、下手ってレベルじゃない。
ゴルフゲームだと発生しないことが次々と起こる。
自分のボールを踏んづけて地面に埋めてしまうとか。
クラブを軒並みグリーン周りに置き忘れて、次のホールではサンドウェッジでティーショットをする羽目になるとか。
どうみてもフェアウェイのど真ん中にあるのに、見つけられなくてロストボールで2打罰を宣言するといった具合。
ドジってレベルじゃない。
天然っていうのは彼女のことをいうのかもしれない。
最初はあっけにとられていたが、見るに見かねて口を出してしまったのだ。
「おいおい、ここにあるだろ!」
俺がそうツッコミをした途端にパーを取った。
その後も、俺はアドバイス……というよりもツッコミを入れる役割に。
「そっちのグリーンじゃねえ! こっちの方!」
「それはカップじゃなくて影!」
「ボールはこっち! それはキノコ!」
天然でボケまくる鞠さんに、ひたすらツッコむ。
すると不思議というか、当然というか。
パー、バーディー、バーディー、パー、バーディーとプロ並みのスコアに。
ショートコースでは正式な成績にはならないが。
「次の大会でも一緒に来てくれたらいいんですけどねぇ~」
のんびりと微笑む鞠さんに、不覚にもドキッとしてしまう。
顔つきは女性騎士のように凛々しいので、笑ったときの破壊力がスゴイのだ。
確かに、これほど美しい人はいるのかというくらいの美貌の持ち主という認識はあったけれど。
こちとらツッコミをしていただけなので、ボケと思っていた相方からこんな表情をされてしまうのは不意打ちだった。
立ちすくむ俺にゴルフ部の部長が俺たちに話かけてきた。
「キャディなら、帯同を許されているぞ」
鞠さんと顔を見合わせる。
俺がキャディを?
漫才の相方ではなく?
「私としても、彼女の能力を発揮させたいという気持ちはあったのだが、どうしようもなくて困っていたところなんだ。君がペアになってくれれば目覚ましい活躍を遂げるかもしれない。お願いできるだろうか」
部長の申し出を聞いて、鞠さんもうやうやしく膝を折り、スカートの裾をつまみ上げる。
「ぜひぜひ、お願いします~」
この仕草、リアルに見るのは初めてだ。
まるで姫をお守りする騎士のような気持ちになる俺。
これは……断れないな。
「承知いたしました、僭越ながらその任務、やらせていただきます」
心臓に手を当てて、お辞儀。
なんとなく国を守る使命でも帯びたような気になるが、やることはツッコミである。
8月の、いわゆるお盆と呼ばれている時期に、その学生向けゴルフ大会は開かれた。
部門がいくつか別れており、部長たちは難関コースがある離島へ。
ベストスコア140の鞠さんは一番簡単なコースで、ハンデは無いものの公式戦で120未満のスコアの出場者しかいない部門にエントリーしていた。
キャディバッグとカメラを同時に担いでいた俺はツッコミに忙しく、それほど写真を撮ることは出来なかったが、しかし……
優勝はスコア70の庵斗和音鞠。2位は101である。31の衝撃大差で圧勝!
最終ホールのティーショットの写真と、優勝トロフィーを掲げる写真の2つのおかげで俺は無事に新聞部の部員に。
この記事はこの学校の新たなスターの登場を告げる大ニュースになった。
もちろん新聞部の入部試験は文句なしに合格である。
これも鞠さんのおかげだ、報告にいかねば。
「やったよー! 入部試験受かったよー!」
「そうでしたか~、これでゴルフ部の部員ですね」
ふふ、と笑う鞠さんに凍りつく俺。
「当然だが、ゴルフ部員でないものがキャディをすることは出来ない。今回は入部試験ということで処理しておいたが、さすがだなロト君、その意図を理解していたとは」
したり顔で頷きながら何やら言っている部長。
こりゃすっぱりと断らないと。
あくまでも新聞部の入部試験のために、特ダネの写真のためだけにやった一度きりのキャディであり、ゴルフ部なんてとんでもない。
「よかった。これからも私のパートナーで居てくださるのですね」
「もちろんですとも」
紳士らしく振る舞う俺。
彼女の誘いを断るなんてとんでもない。
……あれ?
えっ・・・9話でまだ1年の夏休みって遅すぎ・・・!?
ちょっとペース早めようと思います・・・




