異世界メモリアル【第9話】
「20万稼ぐバイトあるかな?」
「お兄ちゃん、馬鹿なの?」
クレジットカードで20万円使用した俺が妹に相談したところ、完全に呆れられてしまった。
「どんな治験でも頑張るよ!」
「なんで治験に前向きになってんの……何が起きるかわからないのに……」
最近の舞衣は俺への態度が厳しくなってきている。
だが、そこがリアルな妹っぽくてむしろ良い。
「夏休みって言っても平日は補習なんだから、土日しかアルバイトできないのになんで20万円も使っちゃってるのかな~」
ため息を付きながらバイトの選択肢を用意してくれる舞衣。
おっぱいに目がくらんだからだ、とは言えない。
すまんのう、兄が馬鹿で。
1.ドラゴン狩り
2.紐無しバンジー
3.メイド喫茶
やっぱり、まともなバイトがねえ。
「なんで治験ないの?」
「治験のやる気ありすぎない? 治験は数日泊まり込みだから土日じゃできないよ」
そうか、それは残念だ。
それではバイトの内容を一つずつ確認していこう。
「ドラゴン狩りって何? ロトっぽい仕事だけど」
「山で人を襲うドラゴンを退治するお仕事。武器はスペツナズナイフ」
「それって、下手したら死なない?」
「多分死ぬかな」
死ぬやつは選択肢に入れないでくれないかな……。
「紐無しバンジーは?」
「サスペンスドラマのシーンのスタントで、崖から落ちるの」
「それは死なないの?」
「ちゃんと保険はおりる」
どうやらこれも死ぬ可能性があるな……。
「メイド喫茶しかないか」
「説明はいらないの?」
「メイド喫茶は前の世界にもあったからな」
「ふうん、じゃあ頑張ってね」
―――数日後、出勤した俺は説明を聞かなかったことを後悔した。
「なんで俺がメイド服着てるんだよー!?」
思わず更衣室で叫んでしまう。
厨房担当だと思いこんでいたが、考えてみれば普通の仕事で20万も稼げるわけがなかった。
ここは女装メイドカフェだったのである。
「オカエリナサイませ、ゴジュジンさまー」
「うわー、新人のメイドさんだー、ブスだなー」
――くっ、殺せ。
こんなに恥というものをかかされたのは初めてだ。
容姿がまだ低いのでブス呼ばわりされるし。
俺みたいなブスメイド目当ての客もいて、それはそれで気持ち悪い目で見られる。
紐無しバンジーにすればよかったぜ……。
と、当初は死ぬほど後悔したのだが。
「お帰りなさいませ~~! ご主人サマ~!」
1ヶ月後、俺はすっかりメイドになりきっていた。
やってみると楽しい仕事で、もはや男にジロジロ見られるのも快感だった。
少ないけど俺のファンもいて、やりがいを感じている。
カランカラン。
入り口のベルが鳴る。
次のお客様が入店したようだ。
「お帰りなさいませ~~! お嬢サマ~! ってげえっ!?」
「うわー! 本当に女装して働いてるー!」
やってきた客は、次孔律動だった。
新聞部がここに来たということは……当然俺がネタにされるということだ。
終わった――。
俺、終わったわ。
「写真撮っていいっすか~?」
そうか、写真撮らないと記事の意味ないじゃん。
「ごめんなさい、メイドさんの写真はNGなんです~」
この店のルールで撮影はダメなのだ。
助かったー!
新聞には載らないぞ。
「じゃあ……このチェキをお願いします」
店内のチェキ1000円と書かれたポスターをずびしと指差す次孔さん。
マジかよ。
俺との写真に1000円払うのか。
俺が次孔さんに払うならわかるが。
「チェキのオーダー、ありがとうございま~す♪」
店のルールでチェキは拒否できない。
満面の笑みでお辞儀をしながらお礼をいうのがルールである。
「うわー……」
引かないでくれよ……。
仕事なんですよ、仕事。
ぱしゃ
店長が俺と次孔さんのチェキを撮った。
チェキは基本的にお客様がメイドのポーズをオーダーできる。
次孔さんは『だっちゅーのポーズで』と言っていた。
俺にはどんなポーズか分からず、店長の指示に従う。
ニセ乳を両腕で挟んで前のめりになるというものだった。
恥ずかしいなんてもんじゃねえ。
「うっふふふ、これはいい記事になりそうだぞぉ~」
満足そうに笑う次孔さん。
終わった――。
今度こそ俺、終わったわ。
その後、次孔さんは俺に『美味しくなあれ、萌え萌えキュン』をさせたり、料理にメッセージを書かせたり。
さんざんメイド喫茶を満喫してお帰りになった。
その記事は二学期が始まり、9月号の学校新聞に掲載された。
まさかの一面である。
夏季休暇中の運動部の活躍があるというのに。
女装メイド喫茶のチェキが学校新聞の一面を飾るってどういうことよ。
しかし意外にも女装を馬鹿にするような記事ではなく、お仕事レポートという感じであった。
「さて、お兄ちゃん。現状を確認しようか」
毎度おなじみステータス確認タイムである。
【ステータス】
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文系学力 88(+30)
理系学力 69(+30)
運動能力 54(+11)
容姿 98(+29)
芸術 15(+2)
料理 76(+6)
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夏休み中の補習で大分学力もついた。
文字も読めるし、天気予報の意味もわかる。
メイド喫茶で働くことで容姿が上がっているのである。
見られて綺麗になるというやつなのであろう。
ステータスは概ね順調だ。
問題は新聞を見た反応だが……。
【親密度】
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実羽 映子 [メイドさんは意外と好き]
望比都沙羅 [ペンギンのぬいぐるみくらいの存在]
次孔 律動 [この前まで不細工だったのになんでメイド服似合ってんの!?]
寅野 真姫 [まじ女装]
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意外と好評じゃね!?
なんだよー、てっきりシスコンより変態扱いされるものかと思ってたぜ。
「よし、メイド喫茶のバイトは続けるぜ」
「あ、そう……女装にハマったんだ……お兄ちゃん……」
舞衣は引いていた。