異世界メモリアル【3周目 第2話】
「お兄ちゃん、もうそのくらいにしときなよ」
「うるさいっ、もっと酒持ってこい!」
「もう無いよ」
「買ってこい!」
「私はまだ買えない年齢だから……」
「ちっ」
「もう、止めてよお兄ちゃん、どうしたの?」
「なあ、ニコ・ラテスラを知らないか」
「だから知らないって! なんなの? ず~っとそればっかり!」
もはやビールの泡だけしか残っていないタンブラーをあおる。
少しだけ苦味が口ににじむ。
――攻略した、つまり一度エンディングを迎えた女の子は二度と登場しない。
どこをどう探しても、ニコはもう居ない。
舞衣も覚えていない。いや、存在しないから知らない、ということになっている。
ギャルゲーだったら、そりゃすぐに次のキャラクターを攻略しはじめるだろう。
ウキウキしながら、どういう娘なんだろうなんて思いつつ。
このキャラも良いな~、可愛いな~って。
で、とりあえず攻略するわけだ。
それでいい。
それでいいに決まってる。
だけどな、俺が、そう簡単に、ニコを忘れられるわけないだろ!
ダン!
ガラス製のタンブラーをテーブルに叩きつけると、妹の舞衣は眉をひそめて部屋を出ていった。
くそっ。
わかってるんだ、頭の中では。
どうしようもないことだって。
でも、そんなスパッと割り切れるわけ無いだろ。
本気だったんだ。
本気で、好きになったんだ。
彼女も応えてくれたんだ。
初めてキスをした相手なんだ。
さっさと忘れて次の恋になんて、簡単にいけるものか。
もう一学期も終わろうとしているが、何もやる気がせず、部活もバイトもしていない。
無気力だからなのか、出会いも起こっていない。
タンブラーの底の泡を睨む。
ニコと飲み友達だった時が懐かしい。
あのときの酒は楽しかった。
今は、寂しさを紛らわせるための酒だ。
学校は行くだけで、特に何もせず、帰宅。
毎晩毎晩、ただ酒に逃げるだけのクズ。
それが今の俺だ……。
まるで最愛の妻に先立たれてしまった中年のサラリーマンのようだ。
いや、写真すら見ることが出来ない俺の方が惨めかもな。
墓参りできる分、そいつらのことが羨ましいぜ。
いっそそれなら再婚することも検討しようかと思うかもしれねえな。
重い体をようやく動かし、階段を登る。
自分の部屋に戻り、ラジオを付ける。
次孔さんのラジオを聞くのは、もうとっくに習慣になっていた。
朝起きてすぐに歯を磨くことと同じだ。
気力がなかろうが、気分が悪かろうが、聞かない理由がない。
ぴ、ぴ、ぴ、ぽーん♪
「さぁ、始まりました、次孔律動のリズム天国~!」
次孔さんの声はいつもハキハキと元気で鈴が鳴るような声だ。少し気持ちが楽になる。
「梅雨が明けて大分暑くなって来ましたが、リスナーのみんなは元気かな!? 気温の変化で疲れちゃってる人もいるのかな!? 少しでもこのラジオで元気を出してくださいね~」
……出ればいいけどな……。
勉強する気が全くない勉強机に、頬杖をつく。
窓から見える星空に何の感想も抱かないまま、ただラジオに耳を傾ける。
「さて、改めまして今週はスペシャルウィークということで悩めるリスナーの皆さんからの相談に乗っちゃいますね~! 私は競馬の予想くらいしか悩みませんから、アハハ!」
羨ましい。
そして尊敬する。
次孔さんはいつも明るく振る舞って周りを元気にしている。
俺とは全く逆の存在だ。
酒飲んで妹に酷い言葉を吐くような俺みたいなクズとは。
「えーと、ラジオネーム伝説の勇者さん」
俺!?
そう言えば、この前ハガキ書いたんだ。
まさか読まれることになるとは。
「次孔さん、こんばんわ。はい、こんばんわー! リズム天国、いつも楽しく聞いております。ありがと~!」
……なんか、恥ずかしいな。
俺が書いた文章が読まれることだけでも恥ずかしいのに、次孔さんの反応がまた……可愛すぎて恥ずかしい。
「僕は大好きだった女の子がいます。もう会うことができないのですが、忘れられません。寂しすぎて何もやる気が起きません……とのことです」
うわー。
何てことを書いて送ってるんだ俺は。
しかも一人称を僕にしてるし。
恥っず! こいつ恥っず!
ラジオを両手で掴みながら赤面していると、いつになく真面目な声で次孔パーソナリティーのアンサーが始まる。
「うん、寂しいよね。きっと私が想像もつかないくらい寂しいんだろうね、伝説の勇者さんは」
目頭が熱くなった。
ただ共感してくれることがこんなに有り難いなんて。
優しい言葉をかけてくれるだけでこれほど救われた気持ちになるなんて。
「それに、忘れなくていいよ。その娘も、嬉しいと思うよ。そんなに君に思われて」
もう泣きそうだった。
いや、泣いていた。
瞬きをしていないから涙が溢れていないだけで、もう視界がぼやけている。
「でも、その女の子はどう思うのかな。今の君を見て、嬉しいのかな。君はどう? 彼女が自分と同じようになってたらどう思う?」
……ニコが酒に溺れて他人に当たる、なんて冗談じゃない。
ありえない、あって欲しくない。
ニコも、俺を見てそう思うのだろうか。
そう、思ってくれるのだろうか。
「本当にその娘が好きだったなら、その娘が好きな君でいて欲しい。きっと彼女もそう望んでいるだろうから」
涙が止まらなかった。
ニコが今の俺を見たら幻滅するに違いない。
いや、幻滅どころか本気で悲しませてしまうかもしれない。
「だから伝説の勇者さんは頑張って。彼女もきっと応援してる。私も応援しています」
――ありがとう。
ありがとう、次孔さん。
俺、頑張るよ。
天国のニコも見守っていてくれるのかもしれない。
そうだ、今この世界に居ないのは。
本当の愛を知ることで成仏して天国に行けたから。
そう聞いていたじゃないか。
ニコはきっと幸せになってくれたんだ。
自分のことばかり、自分が寂しいことばかりを悲観している場合じゃないだろ、俺。
待ってろ、みんなも天国に送り込んで賑やかにしてやるからな。
ラジオのエンディングテーマを聞きながら、決意を胸に拳を握る。
今から俺は、生まれ変わるぜ!
――よし。
とりあえず、舞衣に土下座しに行こう。
一気読みしてくださってる方も増えているようで、ありがとうございます。
是非とも感想を頂戴したく、何卒、よろしくお願い申し上げます。




