異世界メモリアル【2周目 エンディング】
ニコが女の子に戻った週末の日曜日。
俺はダイニングで考え事をしていた。
苦いコーヒーを飲んでも、疑問は少しも解決しない。
リビングの妹を見やり、相談を持ちかける。
「なぁ、舞衣。ニコとえっちなことしてもいいのかな?」
ブッフウッーッ!
妹は盛大にカフェオレを吹いた。
ああ、ああ、高級そうなソファーが……。
「ちょ、な、何言ってるの!? 妹に聞くこと!?」
これほど狼狽している舞衣を見るのは初めてだった。
カフェオレが気管支に入ってしまったのであろう、むせながら目尻に涙を溜めている。
確かに妹ではあるが、この世界のサポートキャラなのだ。
わからないことは聞きたくなるのがプレイヤーの心情である。
「だって、この世界って別に全年齢版とは限らないじゃん?」
――そうなのだ。
なんとなくコンシューマーのギャルゲー、具体的なメモリアルな感じのアレがベースだと思いこんでいたが、全部が全部その設定というわけではない。
それにその、彼女とキスはもうしちゃったわけだし。
次のステップに行きたくなるだろ、だって男の子だもん。
そして彼女は、来月には19歳になる女の子である。
つまり、※18歳以上です。というわけだ。
更に気になるのが、彼女の普段の見た目は11歳なのである。※本当の年齢は18歳以上です。
そしてその状態でこの前キスしてしまったのだが……。
果たして11歳の女の子とえっちしてもいいのだろうか!? ※本当の年齢は18歳以上です。
いや、しかし流石にそれはなあ。
18歳からだよな普通。
でも、日本では結婚できるのは16歳だったよなあ。
う~ん。
「なぁ、舞衣。えっちなことって何歳からしてもいいのかな?」
バッターン!
こちらにお尻を向けてソファを吹いていた妹が前のめりに倒れ込み、牛革で重厚なソファの下敷きになってしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「お兄ちゃんの頭のほうが心配だよっ!? バカなんじゃないの!?」
真面目に相談しているのに……。
これほど重要なことがあるかよ。場合によっちゃあ、死ぬよりバッドなエンドになるかもしれないだろうが。
卒業までもう時間が無いんだぞ。
そういえば……。
「なあ舞衣」
「今度は何っ!?」
カマキリ拳法の使い手のような威嚇のポーズを見せる舞衣。
こういうところが俺は可愛くて大好き。
しゃっ、しゃっ、とかやってるのを暫く見て癒やされてから、質問を投げかける。
「学校に伝説の樹って無いよね」
「そんなの無いね」
「鐘も無いよね」
「伝説の鐘の言い伝えも無いよ」
若干、妹が知識を保有しているように聞こえるが……まぁ、いい。
「卒業するまでに彼女を作る、のが目的だったと俺は思ってたが」
「うん」
「卒業するまでって卒業式が終わるまでって意味なのか、3月末までなのか」
「ゲームの仕様みたいなこと言うね」
「まさにそれを聞きたいんだよ!」
カマキリ拳法の構えを解いた舞衣は、ふうとため息を付いた。
俺は黙ってそれを眺め、サポートキャラとしてのセリフを待つ。
「卒業式の日、が最後の日。その日が終わる前に、そのときの関係で、決まる」
言葉を選びつつ、事務的に話をする舞衣。
精一杯の解説をしてくれた妹に感謝しつつ、それまでの短い間に何が出来るか考える。
とりあえず、もっといっぱい会いたい。
旅行、旅行なんてどうだろう……むふ。
「じ~~」
凝視の効果音を口で言いながらジト目をくれる妹。
そんな顔で俺を睨んでも可愛いだけですよ、残念でした。
休日が明けて、卒業まで残すところ1週間しかない。
俺は朝一番からニコを探したが、見つからず。
学校なんてほっぽりだして逃避行する作戦を立てたいのに。
なんで携帯電話とかがない時代設定の世界なんだ……。そもそも電話がないけど。
いつもの実験室に向かったところ、便箋が置いてあった。
シンプルなデザインでロトへと書かれており、急いで開いて文字を読む。
『父のところへ行っています』
……嫌な予感しかしない。
読み終わるやいなや便箋をポケットに突っ込み、ラテスラ社へ駆け出した。
受付に怒鳴り込むと、お待ちしていましたと迎えられ、拍子抜けしてしまう。
どうやら俺が来るのは規定の流れだったようだ。
社長室に通されるとそこには以前空手でボッコボコにされた相手であるラテスラのCEOが荘厳な革張りの椅子にどっかりと座っていた。ニコと同じ目を見張るほど美しい銀色の髪だが、オールバックなのでシブい印象だ。
「やあ、待っていたよロト君」
「ニコをどこにやった!?」
「おいおい、私の娘に対して自分のものを返せみたいな言い方だね」
確かにそのとおりだ。
だが、そのとおりだ。
「ニコは俺の大事な人だ、返してもらおう」
「言うねえ」
フフン、と冷笑を見せながら、椅子を立ち、俺に向かってくる。
俺よりも一回り身体は大きく、貫禄もたっぷりだ。
しかし、一歩も引くわけには行かない。
火花が出そうなくらいに睨み合う。
やがて、値踏みするように俺を見下ろして、喧嘩を売ってきた。
「君、卒業したらどうするの」
「……ニコと一緒にいる」
「そういうことではない。何者になるのかと聞いている」
――正直なところ、俺は卒業したらまた入学からやり直すことになるはずだ。
だからというか、特に卒業したらどうするなんてことを決めていない。
「答えられないのだろう。その程度の分際でうちの娘と付き合おうだなんて随分と舐めたマネをしてくれるじゃないか」
くっ。
確かに、彼からすれば至極当然の理屈だ。
俺にそのつもりがなくとも、これではこの場限りの浅い付き合いにしか思えないのかもしれない。
浮ついた気持ちで付き合っている、娘に付いた悪い虫に過ぎないのかもしれない。
だけど。
「うるせええ!」
突然の奇襲で卑怯なのはわかっているが、俺は思いっきり顎をぶん殴った。
相手の足は微動だにせず、少し顔が動いた程度でリアクションはほとんどなかったが、右手に確かな手応えを感じ、ヒリヒリと痛みを感じながら、俺は叫ぶ。
「お前がそれを言うんじゃねえ! 娘を実験のために男にしたようなやつが娘の幸せを願ってるようなことを吐かすんじゃねえ! ニコは俺が……いや違う。俺とニコは二人でどんな逆境でも乗り越えて幸せになってみせる! 二人なら子供になっても大人になれる! 男にされても女に戻す! お前を倒してでもだ!」
パチパチパチパチ
場違いな拍手の音が聞こえるが、眼の前にいるスーツの男は両手を組んだままだ。
この音は一体?
音のする方を向くと、社長室らしい重厚な机の下からひょっこりと小さな身体が姿を表した。
「ロトさんマジかっけー」
さして感動もしていなさそうな表情と声のニコが現れた。
どういうことだ。
困惑しているとニコパパがにやりと笑って拍手を始めた。
なんなんだ。
「フフフ、ロトくん。マジかっけーじゃん」
シブい声でなにやら褒められたようだが、俺はもちろん素直には喜べない。
「どういうこと、なんです? これは」
「すまないすまない、悪いが試させてもらったんだ」
「試す?」
「コングラッチュレーション。合格だ。ニコとの交際を認めよう」
俺に微笑む父娘。
「認めるぞ、ロト」
なぜかドヤ顔のニコ。
「君はニコに相応しい男のようだ」
「そのようだ」
うんうんと頷く父娘。
実はこいつら仲良かったのか?
「私はね。11歳くらいにしか見えない娘にちょっかいを出すような男との交際なんて絶対に認めないと思っていたんだ」
……それはそうかもしれない。
俺が父親だとしたら同じ気持ちになるだろう。
「しかしロトはそういうことじゃなくてマジで私にラブなんだってニコが言うものだから、それじゃ試してみようということになってね」
「ブイ」
Vサインで俺を見るニコ。なんで勝ち誇った態度なんだよ。
オラ、ちょっとイライラしてきたぞ。
「私もラブだぞー」
そう言って、ニコは俺の頬にキスをした。
もう、全てを許せる気持ちになった。
さっきまで何をイライラしていたのだろう。
嬉しさが頂点に来るともう何でも良くなってくる。
我ながら、男ってのはチョロいものだ。
「これでラテスラ社も安泰だな! ハッハッハ!」
ニコパパの戯言は無視することができなかった。
その後、旅行に行くどころではなく、留学の準備をさせられたのである。
ラテスラに入社し、CEOを目指す第一歩として。
卒業式を終えると、本当にゲームのエンディングのように、その後のエピソードのようなものを体験することになった。
時間の経過を感じることなく、ニコとの人生のその後の記憶をダイジェストで見せられたような形。
実際に体感しているわけではない、夢のような感覚。
留学して、入社して、新薬を次々に作り出し、ニコは俺の一番好みの肉体のままで、添い遂げることができましたとさ、というような走馬灯。
これがこの世界のエンディングか……。
ニコとは4人の子供をもうけたらしいが、エッチなことをした体験も記憶も全く無かった。
ちくしょう、やっぱりクソゲーかよ……。
――そして夢から覚めるような感覚で、また次の高校生活が始まる。
ようやく1人目のエンディングを迎えることができました。
長かった……。
評価付けていただいた方々ありがとうございます。
次は是非感想をいただけますよう……。それだけがモチベーションですので……。
それでは3週目もよろしくおねがいします。




