異世界メモリアル【2周目 第43話】
それからというもの、俺とニコは一緒に実験に明け暮れた。
――文化祭。
薬はまだ完成しなかった。
美術部としての最後の作品は、失敗した実験で爆発したビーカーやフラスコを集めたものを芸術と言い張った。
俺たちは男同士で、後夜祭のキャンプファイヤーの前でフォークダンスを踊った。
――クリスマスイブ。
薬はまだ完成しなかった。
もちろんサンタがプレゼントしてくれるなんてことはない。
俺たちは男同士で、クリスマスツリーを見上げた。
――元日。
薬はまだ完成しなかった。
初詣で神様に祈ることなど1つしかない。
俺たちは男同士で、一緒に柏手を打った。
――節分。
薬はまだ完成しなかった。
福を呼び込むには豆まきよりも実験だ。
俺たちは男同士で、実験室の中で恵方を向いて太巻きを頬張った。
――バレンタインデー。
薬はまだ完成しなかった。
この日ばかりは薬ではなくチョコを作った。
俺たちは男同士で、お互いにハート型のチョコを贈りあった。
このままでは卒業してしまう。
そんな焦燥に駆られた2月末の大雪の日。
いつもどおり学校の実験室に籠もっていた俺たちは帰る手段を失っていた。
雪が積もり過ぎて、出るに出られない状況になってしまったのだ。
「まずいな、放送を無視しすぎたか」
さっさと帰れというようなことを校内放送で聞いてはいたのだが、何かが掴めそうな気がしてついつい止められなかったのだ。少しずつだけど結果がよくなっている。あとほんの少しで完成しそうな、そんな予感。
「うー。なんか、寒くなってきてないかー?」
鼻をすすりながらニコがボーイッシュな声をあげた。男の子だから当然だが。
寒くなってきたのは周りの教室に誰も居なくなったためだろう。
理科実験室自体には暖房はついていないのだが、下の職員室が常にストーブを焚いているため寒いことはなかった。もう教員も全員帰ってしまったらしい。
隣の教室からヒーターを借りてこようとしたが、ドアが閉まっていた。
「駄目だ、用務員さんのところに行こう」
「うー」
肩をすぼめてぶるぶると歩くニコを連れて廊下に出ようとした、が。
ガコガコ
あれ?
ドアが開かないぞ?
内部からの鍵はかかっていない。
首をひねっていると、ニコがそう言えばと前置きして寒そうに口を開く。
「実験室はガスが発生したり危ないことが起こりえるから万が一のために外から鍵がかけられるんだ……」
なるほど……じゃねえ!
「やばいじゃないか! 閉じ込められたぞ!?」
「もうダメだ……なんだか眠くなってきたよ」
「諦めるの早すぎるだろ! 寝るな! 寝たら死ぬぞ!」
ぺちぺちと頬を叩く。
男の顔のくせにまつ毛が長く、ニコは男の子でも可愛い……などと思ってしまったため、自分の頬も叩く。落ち着け、なんのために俺はこんなに努力して薬を完成させようとしているんだ。
「なんだ、お前も眠いんじゃんか……」
「俺の頬は眠いから叩いたんじゃないっつの」
「じゃあなんだよぉ……」
言えねえ。
それだけは絶対言わねえ。
ニコは半眼のまま、か細い声をあげる。
「寒いよー……」
「わかったよ」
俺は周りを見回して、アルコールランプに火を灯した。
「指先しか暖かくない……」
青白い炎を顔を映しながら文句を垂れるニコを見ながら、他に暖を取れるものがないか探す。
「こんなに温度変化したら、私の状態も変化しちゃうかもだよ。おっぱい小さくなったらどうするの」
それ以上どうやったら小さくなるんだ。つまらない男の娘ジョークをかましている余裕があったら手伝って欲しいものだ……ん?
今、なんて言った……!?
「温度変化!?」
「どうしたよ、気でも狂ったかー?」
「温度変化だよ、さっきの実験のときすでに気温が下がってたんじゃないか? だから少しだけ上手くいったんじゃ……」
「あ……?!」
「薬品を混ぜるときの気温!」
「そっか、それは試してなかったー」
あちゃーと言いつつ額をぺしっと叩くニコを横目にアルコールランプの火を消して、窓を開ける。
凍てつくような風が入りこんでくるが、寒さはテンションで吹っ飛んでいた。
極寒のなか、俺たちは先程惜しい結果を残した実験時と同じ材料を混ぜ合わせる。
「ほら! ほらほら! ニコー!?」
「おおおお! 来た、来たかもロトー!?」
思わず抱き合う。
完成、したかもしれない。
あとは動物実験を……
「ああっ!?」
思わず叫んでしまう。
テンションが上りすぎたせいか、ニコが薬品をぐいっと飲んでしまったのだ。
成功の確率は高いとはいえ、危険だ。
「なんてこと……を、お、おおお、おおおおおお!」
俺の視界の中で、みるみる変化していくニコの身体。
胸の大きさは……変わらず。
髪も元からショートなので……変わらず。
身長も変わらないが……女の子だ!
地味な変化しかないけど女の子だ!
「女の子か? 私、女の子か!? ロト!」
「おお、女の子だ! 見るからに女の子になってるよ!」
お互いに両手を思いっきり広げ、しっかと抱き合う。
「よかった」
「ほんとによかったよ、危ないことしやがって……なにかあったらどうするんだ」
「へへ、心配してくれたんだ」
「当たり前だろ」
本当によかった。
一段と抱きしめる力が強くなり、ニコもそれに答えてくれる。
やがて、少し身体を離して、見つめ合う。
「あー、そのなんだ。見た目は女の子なんだがー、本当になっているかどうかは、その」
俺が言いあぐねていると、彼女はスカートの中に勢いよく自分の手を突っ込んだ。
そして少し照れた表情で、ニコは桃色の薄くて小さな唇を開いた。
「女の子に戻ったよ、間違いない」
そ、そうか……。
どうやら間違いのない方法で確かめてくれたようだが、見た目11歳の美少女が行うにはショッキングな映像だった。なんとも言い難いがとにかく恥ずかしい。
「よ、よかった」
それしか言えなかった。上ずった声が出てしまい、顔が熱くなる自覚で目をぎゅっと閉じる。
ニコも恥ずかしいのか、誤魔化すように軽口を叩く。
「ま、まあ女の子っていっても、まだちんちくりんの子供だけどさ」
そんな半笑いの、冗談交じりの言葉に、俺は真面目に反応してしまう。
「……ちんちくりんでも、男でも、俺はお前が好きだ」
ニコは一瞬、ぽかんとした顔を見せてから、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ、せっかく実験成功したのにそんなこと言うかー!?」
ニコは俺の胸を拳で叩きながら抗議してきたが、顔は嬉しそうだった。
ついさっき絶対言わねえと誓ったばかりなのに、口をついて出てしまった自分に呆れる。
でも、本心だ。
この数ヶ月一緒に居てわかったんだ。
「ニコが6歳でも、11歳でも、18歳でも、90歳でも、男でも、俺は大好きだ」
抱きしめたまま、膝を折り曲げて耳元に口を寄せ、しっかりと伝える。
ニコは口をそっと開き、言葉を紡ぐことなく、口づけで返事を返してくれた。
外の雪は降り止むことが無く、しんしんと積もっていく。
俺たちの長い実験の日々には雪解けが訪れて、そして二人にはひと足早く春がやってきた。
次回で2周目も終了です。




