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異世界メモリアル【2周目 第42話】


義朝から聞いた情報を頼りに、電車に乗った。


おそらく、という前置きをしつつも、義朝は最後に見たときの服装と電車の方向から推測した場所を教えてくれたのだ。


兄の墓じゃないか、と。


兄がいた事すら、俺は全然、知らなかった。

もちろんお墓のことも。

俺は何もわかっちゃいなかったんだ。


数時間かけて電車を乗り継ぎようやく辿り着く。

海沿いの、見通しのいい丘に、大きな墓石が見えていた。

石段を登って近づいていくと、小さな背中が座り込んでいる。

黒いスーツ姿だった。スカートではなくズボンだ。

顔を覗き込んで、無事であることを確認して安堵する。

掛ける言葉が見つからないので、横に並ぶ。

墓に手を合わせた。

ニコはそのまま視線を変えることもなく、口を開く。


「兄さん、のお墓」

「……」

「7年前、父の実験で亡くなったんだ」

「ッ……」


兄の墓と聞いた時点でその可能性は想定していたが、やはりショックだった。


「それが性転換の最初の実験だった。兄さんの死体の解剖結果から問題点がわかって、その結果の成功が今の私というわけ」


どんな思いで実験を受けたというのだろう。

実の兄が同じ実験で亡くなっているというのに。

その犠牲の上に成り立っている薬だから妹が最初に飲むべきだって?

とてもじゃないが理解できない。


「私、兄さんのこと苦手だった。今はそんなことないけど、当時はお父さんのせいもあって男の人が怖かったの。だから姉なら良かったのにって、お姉さんが欲しかったって、ずっと思ってた。だから兄が姉になるって聞いたときは喜んじゃった。最低だよね、私」


相槌など、とても打てる話じゃなかった。

頷くことも、首を横に振ることも出来やしない。

ただ横に居て、黙って聞くことしか出来ない。


「お姉ちゃんになってやるからなって、頭を撫でてくれたのが最後の記憶。思い返してみれば兄はずっと私に優しかった」


ニコは俺が来る前にもう涙が枯れてしまったのか、抑揚のない独白を続けていた。

俺は立ち尽くしたまま、何もできず、ただ涙を流していた。


「兄さんが亡くなったのは、私のせいだって思ってた。私がお姉ちゃんが欲しいなんて願ってしまったからだって。馬鹿みたい。全然論理的じゃない」


座り込んでいたニコが立ち上がった。

背伸びしながら、ハンカチで俺の涙を拭ってくれる。


「その日から兄さんのような犠牲を無くすためには、私が化学者になるしかないと思った。だからその日からずっと自分で研究した。自分を実験台にして。若返りの薬は幸い成功して命は助かったしね」


強い、なんて強い人なんだ。

俺のような人間にはとてもじゃないが想像すらできない。


「まさか父さんが密かに性転換の薬を研究してたなんて……。男になってから久しぶりにこのお墓を訪ねたんだ。兄さんは姉さんになれなかったけど、私が弟になったって。」


それを聞いてどう思うんだろう。

喜ぶのか? 命が助かったから? 実験が成功したから?

俺が兄なら……実験台になって欲しくなかったと思うだろう。

こうなってしまった原因である俺の力不足を謝罪するべく、墓碑に頭を垂れる。


「今日は別の理由で兄さんに会いに来たんだ」

「……?」

「兄弟の、男同士の会話、ってやつかな」


苦笑いを見せるニコ。

家出してまで兄と相談したかったことってなんなんだろう。


「ロトはどうしてここに?」

「決まってるだろ、お前に会うためにだ」

「……男だよ、私」

「今は、そうかもな」

「今は?」


端正な顔の美少年が、眉根を寄せる。

これから言うことは告白に近い。

ふぅと息を吐いて、胸の高まりを少しでも抑える。


「俺、ニコを元に、女の子に戻したいと思って」

「……うん」

「薬で男になったなら、女に戻す薬を作ればいいと思って」

「……うん」

「ニコみたいに天才じゃないから、頑張らないとって」

「……うん」

「だからずっと勉強してた」

「そう、だったんだ。……よかった。もう私に興味無くなっちゃったって思ってた」

「そっ!?」


そんなわけがない、けれど。

いや、そう思うだろ普通は。

だって性別が変わって、男女の関係じゃなくなって。

そのときから話しかけることすらほとんど無くなって。

いままでしょっちゅう一緒に居たのに突然何の相談もなく疎遠になって。

それでなんとも思わないほうがどうかしている。


俺はニコから嫌われてないことを親密度で確認していたから。

だから俺は不安じゃなかった。

じゃあニコは?

俺の気持ちなど知る由もない。

彼女(丶丶)はギャルゲーのキャラじゃないんだ、血の通った人間なんだ。


「私は身体は男になったけど、頭の中も、心も、感情も、魂も、全部変わってない。ロトへの思いも」


知ってた。

俺は知ってたんだ。


「でも、ロトはそう思ってくれるわけない。だって男だもん」

「そんなわけないだろ、俺はお前が男だって」


否定はしたものの、それ以上何も言えなかった。

男だって、なんなんだろう。


「いや、すまん。男のままでいいとは思ってない。だから俺は絶対ニコを女の子に戻すって決めたんだ」

「……そっか。嬉しい。でも、教えて欲しかった。ロトだけで頑張るより二人で頑張りたい」

「二人で……」

「私、天才化学者だぞー?」


そう言って笑う顔は確かに男の子だが、紛れもなくニコの笑顔だった。

――馬鹿か俺は。

教えてくれていたじゃないか。

親密度に『一緒に実験したい』って。


この世界はギャルゲーじゃない。

ギャルゲーに似ている、現実なんだ。

俺がどうするか、俺の選択肢が正しいかだけで決まらないんだ。


彼女の気持ちを考えて、彼女と相談する。

そんな普通の人間のコミュニケーションを俺は考えもしなかった。


俺が頑張って、俺が選択して、その結果、彼女が俺を認めて、好かれて。

そういうもんだと思ってた。


「ニコ、俺はお前を女の子に戻したい」

「うん」

「お前が男でも、俺は好きだけど、やっぱり可愛い女の子のお前が好きだから」

「……うんっ」

「一緒に実験しよう。手伝ってくれるか」


返事の代わりに、俺に抱きつくニコ。

初めて抱きしめた女の子の身体が、男の子だなんてな。

それでも、嬉しかった。


「女の子に戻ったら、もう一回抱きついてくれよ」

「ばか」


俺の身体から離れたニコは、墓に手を合わせた。


「兄さん、ありがとう。おかげで相談事が解決しました」


もう枯れたと思っていた涙が少しだけ滲んでいたが、お墓の前とは思えないほど、ニコは晴れやかな笑顔だった。



くぅ~疲れました。

普段テキトーな話ばっかり書いてるから、重めの話は書くの苦手です・・・。

ちゃんと「ジャンル:恋愛」になってるのかいつも不安な作者に励ましの感想をいただけますと幸いです。

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