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異世界メモリアル【2周目 第37話】


「私、でかけてた方がいいよね」

「いや……居てもいいと思うけど」

「だって、ほら、家族がいたら出来ないこともあるだろうし……」


妹はなにやら気を利かせようとしているようだが、考えすぎだ。

明日ニコを家に招待して、食事を振る舞うという話を聞いただけでこの様子である。

女性絡みの話にはニマニマしてからかって来る割に、いざ家に来るとなったらこれだ。


なぜニコがうちにやってくることになったかというと、バレンタインチョコのお返しとして、ホワイトデーに俺の手料理を味わってもらうことにしたのである。

クリスマスに交換したビアタンブラーを使う約束もあったしな。

舞衣はなぜか慌てふためいている。確かに女の子を家に招くのは初めてだが。


「ど、どどど、どうしたらいい?」

「どうもしなくていい」

「お、お風呂は? パジャマは? ベッドは?」

「誰も泊まるなんて言ってないぞ」

「ら、来月18歳になるお姉さんなんだよね?」

「……確かにそうなんだが、ニコだぞ」

「ううう、わかった明日はボーイフレンドの家に遊びに行くね」

「はあ!? お兄ちゃんは許しませんよ!!」


舞衣にボーイフレンドだと!?

ありえない、ありえてはいけない。

たとえ神や悪魔が許しても、俺が許さない。


「お兄ちゃん、目が怖いんだけど」

「そりゃそうだろ、俺以外の男と一緒にいるなんて駄目に決まってるだろ」

「わかったよ、ガールフレンドの家に遊びに行くよ」


舞衣にガールフレンドだと!?

それはアリ!


「いってらっしゃい、写真見せてね」

「どんなよ……お兄ちゃんも写真見せてね」

「どんなだよ……」


血の繋がりのない妹と、兄妹の絆を感じた。

翌日のホワイトデー。

舞衣はガールフレンドの家に遊びに行き、ニコは我が家にやってきた。


「いらっしゃい」


玄関のドアを開けて目に写ったニコは、薬を飲んでいない普段のままだった。

デートのときは俺が好きな肉体年齢を指定できる夢のようなルールがあるのだが、今日はホワイトデーのお返しなので、こちらからは何も指定しなかった。

それでも白のブラウスに黒のミニスカートと、シンプルかつ可憐な格好が眩しい。


「お邪魔します」


シラフのニコにしてはおしとやかというか随分と行儀がいいな……ああ、家族がいると思っているのか。


「ああ、俺以外誰もいないから緊張しなくていいよ」

「!?」


なぜか緊張しなくていいと言ったら、カチンコチンに緊張しはじめたぞ。

どんな天の邪鬼だよ。

とりあえずリビングのソファに腰を掛けてもらったが、切腹する直前の武士かと思うほど身構えている。


よし、軽快なトークで緊張をほぐそう。


会話コマンド選択式ゲームのように、話題を探る俺。


・家族のこと

・料理のこと

・ニコのこと


そうだなあ、まあ流れ的に家族のことかな。


「うちは両親は不在で、妹はニコが来ると知って、邪魔しないように友達の家に行ったんだ」

「邪魔しない……!?」

「風呂は沸かしてあるとお伝え下さい、とのこと」

「お風呂が沸いてる……!?」

「ああ、なぜかパジャマも用意していったみたいだけど」

「パ、パジャマ……!?」


どうやら余計に緊張を増したように見えるぞ……。

選択肢を間違えたかもしれない。

もう会話より一緒に料理をしよう。

大神隊長だってボルシチを一緒につくるとマリアさんと仲良くなれるしな。


「えっと、俺が料理を振る舞うんだけど、手伝ってもらってもいいか?」


そう質問すると、緊張したままコクリと頷いた。

ニコは普段から実験をしているわけだから、測ったり混ぜたりする作業は得意なはず。

ましてやこの2周目の世界の料理はやたらSFだしな。


――その考えは甘すぎることがすぐに判明した。


どんがらがっしゃーん!


手と脚が同時に動いている、ぎこちないカラクリ人形のようなニコは、どこをどうしたらそうなるんだというコケ方をして小麦粉と片栗粉とパン粉と砂糖と塩をひっくり返した。

普段これだけのドジっ子であれば実験などできるはずもない。

本来もっている器用さが皆無になるほど緊張していたのか。


俺は粉まみれになりながら、ため息をつく。

博士と助手が実験に失敗するコントのように、ばふっと口から粉が舞った。


「どうやら妹の沸かした風呂は無駄にならなかったみたいだな」


俺のセリフを聞いて、ニコも口から粉を吐く。


「……ぱふ……ごめん」

「すまんが風呂に入る前に、掃除機に吸われてくれ」


俺はニコと自分と床に掃除機をかけて、ニコを風呂へ連れていき、下ごしらえを開始。

風呂から出てパジャマを着たニコに、ドライヤーを貸してリビングで待ってもらいつつ、手早くシャワーを浴びた。

自分だけパジャマでは恥ずかしいと言うので、俺もパジャマに着替えた。

風呂上がりで濡れた髪のまま、調理を開始。

粉が全部吹き飛んだため、手間のかからない料理ばかりになってしまった。


「それでは、乾杯」

「か、乾杯」


ダイニングで二人揃って風呂上がりのパジャマ姿の俺たちは、キンキンに冷えたビールで乾杯した。

彼女のくれた青い陶器のタンブラーと、俺がプレゼントした紅いタンブラーは、ぶつけることはなく、お互いに向けられる。

俺は一口飲んだ後、喉を鳴らしているニコを見ながらふと思った感想を口にする。


「なんか……新婚さんみたいだな」

「ぶーっ!」

「ちょ、ビールを吹くなよ!?」

「へ、変なこというからだろーっ!?」

「そうか? 結構そんな感じだと思うぞ」


図らずも夫婦用のタンブラーみたいになっているし、ダイニングでパジャマ姿だぞ。

まあニコは見た目11歳状態だから、夫婦っぽくないが。


「しかもさ、ニコは天才だし稼ぐタイプの女だから、家に帰ってきたら夫が料理をして待っているパターンもあるんじゃないか?」

「そ、そそそそそう? アリなの?」

「ん~? アリなんじゃないのか?」


俺はこうあるべきだ、なんて考えは好きじゃない。

ゲームなんてろくなもんじゃない、とか決めつける連中と同じような気がするから。

男女の役割分担なんてそれこそ自由だし、時代的にも普通なんじゃないだろうか。


「そっかー。そっかー……」


なにやらニコはずっと頷いている。


「えっと、美味いか? 料理」


俺はいまだに聞こえてこない料理の感想を気にした。

なんせ料理をし始めたのは遅めだったので、ステータス的にも1周目のときより自信がないのだ。


「えっ!? うん、美味しい」


改めて前菜を口にして、感想を述べるニコ。

他愛もない、おひたしのようなものだが、無駄に手の混んだものよりこういうものの方が美味しいと思う。


「そっか、料理の特訓のしがいがあったな」

「へっ? 料理、結構頑張ってるの?」

「そうなんだよ、最近になって勉強だけじゃ駄目だと思ってな」

「そ、それって……それって……!?」


ニコはなにやら興奮気味に前菜をバクバク食いながら、ビールをがぶがぶ飲んでいる。

どうしたんだ……。

俺は大瓶からニコのタンブラーにビールを注いでやりつつ、思い至る。

ひょっとして、今日この日のために料理をし始めたと思って気を使っているのか?


「ひょっとして勘違いしてないか?」

「え? 勘違い? そ、そっか」


ちょっと落ち着いたのか、箸を一度置いた。

冷静というより少ししょんぼりしているような?


「あのな、料理を頑張っているのは今日のためってわけじゃないんだ」

「今日のため、じゃない……それって……やっぱり……?」


またしてもテンパり始めたニコ。

今日のためじゃないって言ってるのに。

あ、そうだ。

舞衣に写真を見せる約束があった。


「ちょっと写真撮っていいか」

「ええっ? この状態でっ?」

「ああ、なんというか、その家族のために撮りたいんだ」


妹のためというのはちょっと恥ずかしかったので、少し言葉を濁した。


「か、家族って……家族のためって……いろいろとすっ飛ばして将来考えすぎだろ―っ!」


ニコはなにやらよくわからないことを叫ぶとタンブラーを煽った。酔っ払いすぎだ。

酒を一気に飲むからだろう、顔が茹でダコのようになっている。


ニコは食後、乾燥し終わった服を着てタクシーで帰っていった。


新しく作った強力な酔い覚ましがあるから大丈夫だと言い張っていたが、帰るときまでずっと顔は真っ赤のままだった。




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