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異世界メモリアル【2周目 第27話】


「い、いいです、いいです、私にお返しなんてしたって意味ないんですから」

「いや、そういうわけにもいかないよ、あれだけの物を貰ったんだから」

「違うんです、別にお返しが欲しかったわけじゃないですし」

「いやいやいや、だって、それは」

「いえいえいえ、ちゃんと攻略対象にあげて下さい」


俺と実羽さんは、昼食代の支払いを譲り合うおばさんのようなやり取りを行っていた。

あまりにも立派なバレンタインデーのチョコだったので、ホワイトデーのお返しを実羽さんにしようと思うと打ち明けたのだ。


「今回のプレイで誰かを幸せにするんでしょう?」

「しかしなあ」

「私には何人ものイケメンがホワイトデーにお返しをくれますから」


ふーむ。

まぁ、イケメン達から貰えるなら俺のなんかいらんか。


「わかった、気持ちだけ貰ってくれ」

「はい、充分です」


こくこくと頷いて、ボランティア部の部室から出る俺を見送ってくれた。


風邪で休んでいた星乃会長には貰っていない。

舞衣からは「私にお返しはいらないからね、好きな女の子に返しなよ」とニマニマと笑ったウザい顔で言われている。


よって返す相手は4択になる。


1.次孔律動(じあなりずむ)に返す

2.来斗述(らいとのべる)に返す

3.画領天星(がりょうてんせい)に返す。

4.ニコ・ラテスラに返す。


次孔さんは――ないだろう。

今回のプレイでの攻略は向いてないし、明らかに義理チョコだったし。


来斗さんか。

手作りおっぱいチョコ。

先にチョコだけ食うと言ったが、結局乳首だけの飴をぺろぺろしてしまった。

うーん、正直恥ずかしいし、お返しをどうしていいのかもわからん。

あれだけのネタだと、普通に返すのもどうかと思っちゃうよな。


てんせーちゃんに返すのはどうか。

美術部に所属している今回のプレイで攻略する。

非常に合理的な話だ。

そっけなく渡されたが、あれは手の混んだチョコだった。


それともニコか。

貰ったのはタダの板チョコだったが。

一番嬉しかったのは、ニコだ。


ニコは普段飲みに行く友達だ。

彼女は天才ならではの悩みがあり、仕事のストレスがある。

彼女のために何かしてやりたいと思っている。


ニコは親の実験で子供の姿にさせられている少女だ。

成長促進剤を作ったり、本来の自分を取り戻そうと努力している。

神頼みしか出来ない俺なんかと違って尊敬できる人だ。


だからニコにホワイトデーのお返しをするのは、もちろん何もおかしくない。

当然だと言ってもいい。


しかしだ。

1周目はなんだかんだで全員に返した。

体のいい言い訳を作ってはいたが、何のことはない。


――ロトには誰か一人を選んで、ホワイトデーにお返しをする勇気が足りない!


ああ、勇者よ情けない。

だって、誰かに見られたら恥ずかしいし……。

なんて、俺なんかが思っていい考えじゃないのはわかっているんだが。


この世界に勇気のパラメータがなくて本当に良かった。

舞衣にこの意気地なしとなじられること請け合い。


いや、あったほうが良かったのかもしれない。

舞衣のスパルタで俺は勇者になれていたのかもしれない……。どんなことやらされるのか想像もつかないが。


うう、とにかくニコ用のお返しを調達するか……。


***


女々しくも俺は再度、実羽さんを訪れた。


「ロトさん、だから私にはお返しは結構ですってばー、もー」


俺は右手に持っているのは焼き菓子がアソートで入っている透明な箱。

お店の女性がラッピングしてくれたので、見た目もそれっぽい。


なにか良い事でもあったのか、実羽さんは妙に機嫌が良く、満面の笑みで俺を迎えてくれた。

しょぼくれた顔の俺の肩をバシバシと叩きながら、ボランティア部の奥に誘導。

椅子に座った俺の前で、さくら色の頬を両手で包んだり、くねくねと身体をよじったりしながら、「ホントにいいのになー」などと小声でなにか言っている。


「うん、それでこれはニコ・ラテスラに渡そうと思っているんだ」

「え”っ」


実羽さんは変な声をあげて一瞬で硬直、くねくねの途中のままで固まった。


「あ、あーそうなんだ、ニコさんにすることにしたんだー、へー」


セリフが棒読みだった。

なんか驚かせてしまったのだろうか。


「うん、情けない話なんだけど、彼女に素直に渡しに行く勇気が無くて、相談しに来たんだ」

「私に?」

「うん」

「ホワイトデーのお返しを、ニコさんにするための?」

「そう」

「応援したり、助言したりして欲しいと?」

「そうそう、こんなこと実羽さんにしか頼めなくってさ」

「そ、そ、そーだよね~」


うんうんうんうん、と4回もハードなパンクロックかと思うほど勢いよく縦に首を振っている。

実羽さんは良い人だから、真剣に考えてくれているに違いない。

俺は黙って待つことにした。

手の指を回したり、目をきょろきょろとさせている。

やがて、口を尖らせながら、質問をした。


「それでさー、そのさー、なんでニコさんに返すのかな」


あー。

流石は実羽さん。

薄っぺらいアドバイスにならないよう、まずはヒアリングからというわけか。

そうだよな、そういう深いところまで知ってもらわないと答えられないよな。


「貰ったチョコの中で一番嬉しかったんだ」

「ふ、ふ~ん。どんなチョコだったの?」

「普通の板チョコだけど」

「え……普通の板チョコなのに一番嬉しかったの?」

「うん」


なぜか実羽さんは遠くを見ている。

俺のために深慮遠謀(しんりょえんぼう)してくれているのだろう。


「その、ひょっとしてさ、ロトさんはニコさんの見た目が良かったのかな」


ん?

そう言われるとそうなるね。

俺の初詣のお祈りを叶えようとしてくれたこととか、本来の自分を取り戻そうとしている努力とか、背景にはいろいろあるけど。

それでもチョコをくれたときのニコの可憐さに見とれてしまった。

そういうことだろう。

本来のニコはいつもの幼い姿と違って、本当に魅力的なのだ。


「そうなんだ。実はその、凄く好みなんだ」

「ニコさんが……好みなんだ……」

「ああ、どストライクだ」

「あー、そっかー、そうなんだー」


目に手を当てて、天を仰ぐ実羽さん。


「そうだよねー、妹とか後輩とか好きだったもんねー、なるほどねー、こりゃ私には興味無いわけだわー」


何やら小声でボソボソと言っているが、よく聞こえない。

深い考えをしていると独り言が出るタイプなのだろう。

手を外すと、その瞳は虚空を見ている。

どれだけ深い考えに達したらその目になるのか。

俺は感謝しながら、様子を伺う。

やがて、遠くを見たままで、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……そうだなー。私だったらどういう形で貰っても嬉しいよ」

「ふむふむ」

「直接渡せないなら、簡単でいいからメッセージカードを添えて下駄箱でも机の中でもいいから入れておけばいいんじゃないかな」

「なるほどなるほど、直接渡せよとか思わない?」

「んー、直接言われるのは勿論嬉しいけど、メッセージカードも嬉しいよ……。私だったら捨てないでずっと持っておくかな……」

「なるほどなー、いや、ありがとう、実羽さん。参考になったよ!」

「どういたしまして……」


じゃ!と俺はシュタッと片手をあげてなぜか放心状態の実羽さんに別れの挨拶。

メモ帳を破って『バレンタインのお礼 ロト』と書いてラッピング袋にテープで貼り付け。

ニコの下駄箱に放り込んでミッション達成、逃げるように校舎を後にした。


喜んでくれるといいが。

ニコが実羽さんみたいに可愛い乙女の感覚を持ってるとは限らないしな。


今回のホワイトデーでお返しをする相手の結論はニコ・ラテスラとなった。

しかし俺はまだ、今回の攻略対象をニコにするのは決めかねていたのだ。

その後ろめたさもあって、直接渡せなかったのだと思う。


あと2週間ほどで。

2年生になる。

そうすればあの自立型人工知能に。

江井愛(えいあい)に会えるはずだ。


なんだかんだ言っても、今のステータスはあいつの好みに合わせたものだ。

あいちゃんのことは、やっぱりずっと気になっていた。




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