異世界メモリアル【第7話】
俺は脳内で目に焼き付いた1シーンを何度も再生していた。
ギャルゲーだと大体、1回クリアするとその後は好きなシーンを振り返ることができる。
その機能は残念ながら少なくとも今の俺は保有していないのだ。
自力で記憶に定着させるほかはない。
沙羅さんと公民館の2階で弁当を食べた後のこと。
児童館で遊んでいる子供達が将棋を指していたので、少し観戦したのだが。
その際にそっと近づいたガキんちょが、沙羅さんのスカートをめくって逃げたのだ。
見たかと聞かれて、俺はぶんぶんと首を横に振ったが。
実はちょっとだけ見えたのである。
あれは白いコットンの布地に紫の水玉であった。
全くあのクソガキめ。
よくやった。
ソシャゲだったらフレンド登録申請したいところだ。
公民館というデート場所、意外と悪くないぞ。
その日、何故か妹の舞衣は俺を見る目が冷たかったが。
なんでもお見通し……なんてことはないよな流石に。
あのデートからしばらく時は過ぎ、7月中盤になった。
期末試験なるものが発生したわけだが。
そもそも問題文があんまり読めねえ。
必死で勉強しているが、まだ小学3年生レベルである。
よって全ての教科が赤点になった。
毎日の補習が決定。
部活の参加も不可能だ。
現状はこんなところ。
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 28(+14)
理系学力 19(+3)
運動能力 33(+10)
容姿 69(+4)
芸術 11(+2)
料理 66(+12)
―――――――――――――――――――――――――――――
これでも毎日相当勉強してるんだぜ。
小学校低学年のだけど。
【親密度】
―――――――――――――――――――――――――――――
実羽 映子 [登校中に見かけた猫くらい好き]
望比都沙羅 [飼っている金魚くらいの存在]
次孔 律動 [文字が読めないほどバカの期末試験の結果は!?]
―――――――――――――――――――――――――――――
沙羅さんは大分仲良くなったことがわかって嬉しい。
金魚でも、ペットだもんな。
少なからず愛しいということだろう。
愛しい! なんと甘美な響きだ。
……そして次孔さんの興味はいつも俺の弱点を突いてくるね。
そんなわけでみんなが試験休みの中、俺は補習だ。
頑張るしか無いが気合が乗らないぜ、などと思っていた矢先。
補習の教室には先客がいた。
なにせこの世界である。
言うまでもなく美少女だった。
肩までくらいの黒と茶の混ざった色の髪で、あまり手入れをしていなさそうな適当な髪型。
ぼんやりとうつろでありながら、奥底には力を感じる瞳。
そして超高校級の胸。
制服はゆるく着崩されており、だらしのない印象だが、自然体なところが似合っている。
彼女は教室の机に突っ伏して、大きな口を開けながらあくびをした。
俺が入ってきたことに気づくと、横目でちらりと見た。
そのまま後頭部をぼりぼりと書きながら、口を開いた。
「あんたもバカなの?」
俺は面食らってしまい、すぐにはセリフが出てこなかった。
「あたし、スポーツ推薦ってやつだからさー、勉強ぜんっぜんわっかんないんだよねー」
首の後に両手を組み、椅子を浮かせながら言う。
「俺は、スポーツも出来ない、ただのバカだ」
こんな情けない自己紹介は初めてである。
すると、少し驚いたように目を見張り「へぇ」とつぶやく。
「よくこの高校入れたね? ただのバカ君」
にやりと笑って嬉しそうに言った。
全くだ。
せめてこの学校にぎりぎりでも入れるくらいの能力を用意してほしかったと思っている。
「自慢じゃないが、まともに文字も読めないくらいバカだ」
なぜか俺はバカ自慢を始めてしまった。
この人の前だとつい自分をさらけ出してしまう。
そういう雰囲気を持っていた。
「マジか。お前、ヤバイな」
「俺はロト。俺もヤバイと思っている」
「よろしくな、ロト。あたしは寅野真姫だ。トラって呼ばれてる」
マキじゃなくてトラか。
確かに動物園にいるやる気のない虎っぽい雰囲気で、真姫っぽい雰囲気はない。
だが、トラじゃ猫の名前みたいなので頭の中では真姫ちゃんと呼ぶことにしよう。
自己紹介が終わったところで教師がやってきて補習が始まった。
補修を受けるのは俺たち2人だけみたいだ。
真姫ちゃんは終始やる気がなかったが、それでも俺よりはマシな出来だった。
俺のほうが勉強できないことが分かる度に、にひひと笑っていた。
しかし、全然バカにされている気がしなかった。
天真爛漫っていう感じでどうにも悪く思えない。
彼女に出会えたというだけで、学力の異常な低さを初めて良かったと思ってしまった。
真姫ちゃんに会うイベントの本筋はココじゃない気がする。
同じ部活に入るとか、そっちが正しいルートなんだろうなあ。
でも俺はこのバカ仲間という関係が妙に気に入っていた。
補習が終わると、音符の髪留めを付けた美少女が馬鹿でかい声で近寄ってきた。
「ねえ! ねえ! やっぱり補習してたんだね!? テスト結果聞いても良い!?」
言うまでもなく、次孔さんだ。
純粋な好奇心で気になっているのだろうが、真姫ちゃんと違ってバカにされたくない相手である。
「聞いて驚け、全部赤点だ」
俺は顎を親指と人差し指で擦りながら、したり顔で答えてやった。
「ま、マジっすか~!? 取材させてくださいよぉ~!」
両手を合わせて上目遣いにお願いポーズをしてくる次孔さん。
かなりあざとい可愛さであるが、俺は上から目線の態度を崩さない。
「取材だって? 困るなあ、俺は忙しいんだ。なにせ全教科の補習が待っているからな」
フッと前髪をなびかせて、カッコつける俺。
我ながらアホである。
「か、かっけー! 前人未到で空前絶後の破天荒な漢がここにいたっすよ! 私は歴史の証人になれたッ」
こいつ、ノリがイイなあ。
ここまで言われると流石に取材受けても良いかもと思っちまう。
前代未聞のアホと紹介されたとしてもだ。
いや、やっぱりそれは困るな。
完全無欠のアホと親密になりたい美少女はそうそういない。
「はいはい、そういうのはマネージャーを通してくれ」
冗談交じりに拒否すると、隣で眺めていた真姫ちゃんが大きな胸の前で腕を組みながら言った。
「ロトのジャーマネのあたしが、許可しよう」
なんだって!
「トラさん!? いつの間に俺のジャーマネになったの!?」
すると、眠そうに半分まぶたを閉じた真姫ちゃんは俺の肩に手を置いた。
「まあ、いいじゃないか。こいつはあたしの活躍をいつも記事にしてくれてるヤツでな。結構世話になってるんだ、あたしからも頼むよ」
それに面白そうだしな、と付け加えてバシッと肩を叩いた。
そっちが本音なんじゃないのか?
「トラっちありがとう~~」
真姫ちゃんに抱きつく次孔さん。
次孔さんにされるがままに髪を撫でくり回される真姫ちゃん。
まるで猫好きと猫のようだ。
仲がいいんだな。
美少女同士が仲良くしているのは絵になるが、困ったな。
こうなっちまったら取材を拒否すると二人の親密度が下がるだろう。
「わかったよ、受けるぜ取材」
「やったっす~!」
喜びつつ、真姫ちゃんへのスキンシップをやめない次孔さん。
「じゃあ、今からお宅訪問していいっすか?」
なんだと!
俺の家に来る!?
自慢じゃないが女の子が自分の家に来るなんて、前世で一度も起きなかったイベントだ。
緊張してきたぞ。
「い、いいぜ?」
ちょっと声が上ずってしまった。
俺の心中を察したかのように、次孔さんは
「んじゃ、あとで一緒に帰ろーね?」
と真姫ちゃんに抱きついたまま、ウインクした。
くそ、わざとやってんだろうけど無茶苦茶カワイイな。
俺は自分の頬が紅潮していることを悟り、逃げ出すように言い放つ。
「あぁ、後でな」
颯爽と教室を出たが、おそらく二人には本心が見え見えであろう。
あぁ、恥ずかしい。
一緒に帰ってるところを見られると恥ずかしいし、なんて言って断れば良かっただろうか。
いや、アレを言って良いのは美少女ヒロインだけだ。
俺ごときが言っていいセリフではない。
嬉し恥ずかし下校途中。
俺の家に向かう間は取材ではなかったが、こんな質問を受けた。
「好きな新聞は?」
さすが新聞部、女子高生とは思えない質問だ。
だが、なんとなく俺は感じた。
これは親密度に影響を与える選択肢に違いないと。
俺は脳内に思いつく限りの選択肢を用意してみる。
1.普通の新聞
2.経済新聞
3.英字新聞
4.スポーツ新聞
5.競馬新聞
1は、普通だろう。無難というべき選択肢だ。
2というのは真面目路線だが、次孔さんが読んでる気がしない。
3は論外だ。英字というのは厳密に言うとアルファベットじゃないけど単語は英語というこの世界の英字だが、自国語でも小学生レベルの俺が読めるわけがない。
4がいいかもしれない、運動部の活躍をメインにしている学校新聞に近いものがある。
5はないだろう。生前では競走馬育成シミュレーションなどの競馬ゲームをしていたので結構読んだことがあるんだけどね。
「スポーツ新聞だな」
答えたところ、次孔さんは眉をひそめつつ口に手を当て、半歩ぐらい距離を取ってから言った。
「エロオヤジ」
スポーツ新聞=エロ記事という認識のお前のほうがエロオヤジだ!
野球ファンを敵に回すぞ!?
反論しようとしているうちに家に着いてしまった。
無難な選択肢と思いきや失敗、というのもギャルゲーだとよくあることだが。
家に入ると、舞衣が出迎えてくれた。
「兄がお世話になっております、妹の舞衣です」
次孔さんは目をぱちくりとさせて、俺と舞衣を交互に指差しながら
「兄妹? 本当に?」
と質問してきた。
全然似ていないので、至極当然の疑問だ。
「どうだ。超絶カワイイだろう」
どどーん。両手を腰に当て、胸を張って妹を自慢した。
俺には自慢できるステータスが一つもないが、妹の可愛さだけは自慢できる。
「は!? そ、そうだね」
次孔さんは面食らったようだ。
無理もあるまい、俺の容姿からすれば。
俺の妹がこんなに可愛いわけがないからな。
俺の部屋に次孔さんを通して取材が始まったが、スイッチの入った俺は秘蔵のコレクションである舞衣の写真を見せながら妹自慢を続けた。
その後、夏休み直前に配布された学校新聞の見出しは
『全教科赤点のレジェンドオブバカは究極のシスコン』
であった。
そりゃそうなるだろ。
マジで伝説級のバカだな、俺は。