異世界メモリアル【2周目 第26話】
ニコがすくすくと大きくなった。
ボン・キュッ・ボンのナイスバディだ、俺と神様に感謝しろ……なんてことはなかった。
ちんちくりんのまんまだ。
異世界もそんなに甘くはないな。
日に日に寒さを増してきて、早くも今日は2月14日、バレンタインデーだ。
未来の携帯食みたいな素っ気ない食事のこの世界でも、チョコは特別に存在するし、ハートの形をしている。
1周目のときはチョコ欲しすぎて頭がおかしかったが、今回はそうでもない。
前回より親密度高いからね、多分、貰えますよ。
――義理だけど。
いいんだ、いいんだ、1年目で本命なんて貰えないシステムだから。
来年貰えるように頑張ればいいだけのことだから。
登校したら校門でチョコを配ってる実羽さんを発見した。駅前でティッシュでも配ってるかのようだ。
なんでそんなことをしているかのカラクリを知ってるので、「お疲れ様です」と声をかけた。
「あっ、ロトさん」
「俺も貰っていい?」
「ええっ!? いや、これはちょっと」
持っているチョコを引っ込める実羽さん。
ちょっと傷つく。
「みんなにはあげるのに、俺にはくれないのか? まあ、攻略対象じゃないからなあ」
そりゃそうか……
「いや、その、そうじゃなくって」
「いいんだいいんだ、忙しいとこ邪魔して悪かった」
そそくさと校舎に向かう。
「あ、あー」
呼び止めようとする声を無視して、歩き出す。
言い訳なんて聞いたら余計に辛いからな。
親友と思ってたガールフレンドにフラれたような気持ちになり、早くも憂鬱だ。
ギャルゲーのバレンタインデーっていうのはさあ、もっとこう胸躍るもんじゃないのか?
ピンク色のフレームで、BGMもウキウキでさあ。
これだからクソゲーだっつーんだよ。
下駄箱を開けるが、チョコは入ってない。
席について、引き出しをまさぐってもチョコは入ってない。
休み時間も昼休みも、誰もやって来ない。
1周目だってそうだったじゃないか、落ち着けよ、と自分で自分に言い聞かせるが、全く落ち着かない。
数学や古文はおろか、唯一面白い世界史の授業ですら頭に入ってこない。
長いような短いような時間が過ぎて、放課を告げる音が鳴る。
さて、どうする。
今日は生徒会もあるし、美術部も活動日だ。
1.生徒会に出れば星乃会長がくれるはずだ、くれなくても土下座すればくれるはず
2.美術部に行けばてんせーちゃんが義理チョコくれる可能性は高い
3.ひたすらウロウロしてエンカウントを狙う
悩ましい……。
そもそも今回のプレイで考えれば、星乃会長や実羽さんに貰ったからといって意味はないんだが。
冷静な判断など狂わせるのが、バレンタインデーだ。
とにかく、喉から手が出るほど、死ぬほど、何が何でも、チョコが欲しいのだ。
「チョコをくださーい」
俺は臆面もなく、そう言いながら生徒会室のドアを開けた。
「会長は今日休みだってよ、冬風邪で」
庶務の先輩に残酷な事実を告げられる。
一番確実な手段かと思われたものが駄目だったときほど辛いものはない。
しかしここは急いで次の選択肢に切り替えれば!
「じゃあ、部活に行きますね」
「待て待て副会長、会長がいないときにサボるやつがあるか」
片手を上げて逃げようとした俺は制服の襟首を掴まれた。
俺は先輩に拘束され、事務作業を余儀なくされる。
選択肢ミスったー!
畜生! クソゲー! この世界クソゲー!
泣きながら作業をしているうちに、早くも外は夕暮れに。
絶望だ―――。
そんなときに生徒会室にノックの音。
庶務の先輩がドアを開ける。
「どうも~! 新聞部でーす、生徒会の皆様にチョコ配りに来ましたー」
「うおおおおおお!」
「副会長、うるさいぞ」
次孔さんがバスケットに入れた駄菓子ちっくなチョコを配った。
ありがてえ、ありがてえ。
1周目のときよりも露骨に義理チョコだが、次孔さんは前回より親密度が低いからね。
いいんですいいんです、俺もルーベンスの絵を見たときのネロみたいにならずに済むしな。
チョコを口に放り込むと、俺は機嫌よく残りの業務をこなすことができた。
生徒会の業務を終わらせ、もう遅いのでさっさと帰ろうとしたら、なんと来斗さんが生徒会室の前で待ち構えていた。
「うお、待たせてしまったのか、すまん」
「あなた以外には渡せないものなので」
そう言いながら、包みを渡される。
可愛らしくラッピングされた透明なOPP袋に入っていたのは、2つの半円の先にピンクの突起。
「ありがとう、これは……」
「おっぱいチョコ」
「そうきたか」
「私のはこんなにピンクじゃないけど」
「言わなくていいです!」
想像しちゃうじゃないか。
ここで胸を見たら完全に変態なので、来斗さんの方を見れない。
「乳頭だけ飴にしてあるので、ぺろぺろ舐めて食べてください」
「……先にチョコを食べますよ」
「それは残念、それでは」
そっぽを向いたままで申し訳ないが、来斗さんは去っていった。
なんちゅーもんを作ってるんだ来斗さんは……。
にしてもこれは、どうみても手作りだろうし、俺だけのために作ってくれたということだし、義理だとしてもタダの義理じゃない。
これは嬉しいなあ。
……もう遅いけど一応、部室も覗いてみるか。
「あらロトさん、生徒会に行ったものの、会長からチョコ貰えなかったから今更部活に顔だして、てんせーちゃーんチョコちょうだーい、と思ってやってきたんですか」
美術室のドアを開けたところ、キャンバスに向かったまま、すらすらと台詞を言うてんせーちゃんに、俺はぐうの音も出なかった。
「正直、その通りだ」
「おやおや、ずいぶんと素直なことで。ちゃんとありますから」
美術室の中に入っていくと、ピンク色の紙でラッピングされた箱をちらつかせる。
もてあそばれているとは思うのだが正直、美術部に来てよかった。
「てんせーちゃんチョコくださいワンと言ってください」
「てんせーちゃんチョコくださいワン」
俺は仰せのままに、犬のように屈んで3回回って言った。
「うわー、引くわー」
「お前がさせたんだろ!」
「そこまでしろって言ってないんですケド。そんなに私のチョコ欲しいんですか」
「欲しい」
真顔で伝えたところ、そうですか、と言いながら箱を渡してくれた。
「ありがとワン」
「もういいですよ、犬は」
そう言いながらも、犬を追いやるようにしっしっと手を振られた。
マジで引かれてしまったのだろうか。
いつもノリがいいてんせーちゃんだからって調子に乗りすぎたか。
「マジでありがとな」
「もう、いいですってば」
両手で背中を押されて美術室を追い出されてしまった。
帰るか。
と思ったが、理科実験室の電気が点いているのが目に入った。
こうなりゃ恥も外聞もなしだ。
「ニコちゃーん、チョコちょうだーい」
ドアを開けながら、チョコ乞食宣言をかました。
と思ったら居ねえー!?
「うおおおお! ニコ様居ねえのかよ―! なんで電気点いてんだよ―! 居ると思ったのにー!」
恥ずかしくなって独り言をしてしまった。
「くそう、ニコのチョコ、欲しかったな」
誰も居ないのなら電気を消そうとスイッチに近づいてきたら、床で作業をしているニコが居た。
「……居るんだよなー、ずっと、ココに……」
テーブルの死角で見えないだけだった、だと……。
「全部、聞こえてた?」
「全部、聞こえてた」
「くっ、殺せ!」
俺は観念して、オークに攫われたエルフのように身を晒す。
「あるぞ、お前のチョコ」
目を閉じて情けなく震える俺に、淡々と紡がれる起死回生のお言葉。
チョコが貰えるなら、どんな辱めにも耐えてみせる。
「渡してやるからちょっと待ってろ」
ニコはそのまま作業を続けていた。
液体の調合か?
「これでも、数分ってところだろうが」
ビーカーに注いだ液体をゴクリと飲み干す。
お?
おおお!?
以前に成長促進剤を飲んだときのように、身体が大きくなっていった。
ニコは手鏡を見ながら、頷く。
「これが本来の薬の影響がなかった場合の、私の身体だ」
おおお……。
以前のときほどは大きくなりきってない感じだが、もはや小学生には見えない。
舞衣より少し大人びて見えるくらいだ。
どこからどうみても完璧な美少女としか言いようがない。
「この状態で渡してやろうと思ってな」
ほら、とぶっきらぼうに市販の板チョコを渡してくる。
気の利いたことも言えずに、ただ受け取る俺。
「初詣のときにお祈りしてくれたからさー」
頬をぽりぽりと指で掻きながら、あらぬ方向を見て、ぽつりと言う。
……なんてこった、俺が神に祈ったことを実現しようと努力してくれていたなんて。
異世界甘くないとか、ぼやいていた自分が恥ずかしい。
「な、なんか言えよ……」
「あ、ああ。ものすっごく可愛くて正直見とれてた。それに尊敬するよ」
「……チョコについてのつもりだったんだけど」
「あ、ああ、ごめん、有難う、嬉しいよ」
「な、なーんか調子狂うなあー」
立ち上がり、身体を軽く動かすニコ。
制服が窮屈そうに悲鳴をあげる。
短いスカートから、すらりと伸びた脚は子供のように細く、大人のように軟らかそう。
皆無だった胸の部分は、それほど大きくなりきってないバストでもぱっつんぱっつんに膨れ上がっている。
第二次性徴期真っ盛りの蠱惑的なスタイルと、少しだけ大人びて見えながらも、あどけない表情。
ついさっきまで小学生のようだった少女に、俺はもう目が離せなかった。
「どうしたんだー? なんか変だぞ」
「だから見とれてるんだって」
「んあっ、や、やっぱり調子狂うぜー」
後頭部に手をやり、少しだけ伸びたショートカットの銀髪をがしがしと掻くニコ。
「悪いな、普通の板チョコで」
とんでもないと顔を横に勢いよく振る。
薬の効果が消える数分の間、俺は黙ったままずっと彼女を見ていた。
ニコは落ち着かない様子だったが、それでも俺が見とれていることを許してくれた。
やがてゆっくりと身体が縮んでいく。
「ほらほら、もう私はガキンチョだ、帰りな」
「いつものニコも可愛いけどな」
「くわー! どうしたんだお前、もう帰れ!」
てんせーちゃんと全く同じ要領で部屋を追い出される俺。
今度こそ帰ろう。
「あ、お兄ちゃん、さっきまで実羽さんが来てたんだけど、これ置いていったよ」
それはどこからどう見ても、本命にしか見えないチョコだった。




