異世界メモリアル【2周目 第23話】
さ、寒い!
12月になってめっきり寒くなってきたこの時期。
全身タイツだけで吹きすさぶ遊園地の舞台に上がるのは辛い。
黒の全身タイツだけというスタイルは俺の趣味、では勿論無く。
悪の手先になるアルバイトのためである。
目に穴が空いているだけの黒の全身タイツに身を包み、台詞は常に「ブスゥー!」だけ。
イヤホンが支給されており、ディレクターの指示で動くことになっている。
ようやく馴れてきた4回目のショーで、勢いよく飛び出した俺はディレクターから攫うよう指示された相手を見て硬直した。
「なにやってる、早く攫え!」
ディレクターには返事ができない。
言うことを聞くしか無いのか……
「大変、今日の会場に来てくれた、よい子を攫おうとしているわー!」
司会のお姉さんが悪の手先、すなわち俺にさっさとやれというように声を上げる。
ええい、ままよ!
「ブスゥー!」
「うわ、何をするんだ、私は子供じゃないぞ!」
暴れるんじゃない、お尻が顔に当たっちまうだろ!?
俺が肩に担ぎ上げたよい子というのは、見た目が小学生だが16歳の美しい銀髪帰国子女、ニコ・ラテスラであった。
なんで一人でヒーローショーなんか見に来てるんだ、この人は――。
ジタバタと暴れる様は、本当の子供よりガキっぽかった。
しかし、あれだな、脚はほっそりとしつつも綺麗な脚線美を描いている。
そんな美脚を暴れないようがっちりとホールドし、俺は客席から舞台へ。
するとマイクを持った悪の幹部がインタビューを開始。
これは毎回行われる客いじりである。
「フハハハハ! よくやったー! お嬢ちゃん、お名前は?」
バッファローのような角の兜に紫色のごつい鎧を着て、いかにも悪いやつという風貌の幹部が、優しくマイクを差し出す。
「うう、子供じゃないというに。ニコ・ラテスラだ」
しぶしぶと答えるニコ。
そりゃ16歳にもなってこれは恥ずかしいだろう。
口はへの字に、眉は逆への字になっている。
「はい、ニコちゃん、有難うね~。年齢は、いくつですか?」
「16歳です」
ドッ!
会場が爆笑に包まれた。
笑ってないのは俺くらいだ。
司会のお姉さんも腹を抱えて笑っている。
ニコは恥ずかしそうに顔を紅潮させている。
「あっはっは、面白いお嬢ちゃんだね~。背伸びしたいお年頃なのかな?」
そうして、ぽんぽんと悪の幹部から頭を撫でられるニコ。
ぐぬぬぬと、奥歯を噛みしめている。
相当悔しいのだろう、出会ったとき子供扱いして悪かったよ……。
「今日はお父さんやお母さんと来たのかな~?」
「一人で来た」
「へ~、偉いねえー! じゃあよい子のニコちゃんに拍手~」
野外ステージ中から拍手が上がる。
これほど拍手されて嬉しくなさそうな人を俺は見たことがない。
よい子扱いのニコは牢屋という設定の大道具に捉えられ、お芝居上の人質となる。
「もう少しの辛抱だ、我慢してくれ」
俺は牢屋に近づき、ニコに声をかけた。
不機嫌な顔のまま、頭上に疑問符を出している。
さすがにこの格好では俺だってわからないよな。
「ニコちゃんを離せー!」
台本通り、ヒーローが駆けつける。
メタリックなシルバーのヒーローがファイティングポーズをとって叫んだ。
「フハハハ、出たなイケメンダー! 今度こそ貴様の顔を不細工にしてくれるわ!」
美少年警察イケメンダーは、超絶イケメンの戦士という設定らしいが、ヒーローショーでは変身後の姿しか見せないのでどんな顔だかわからない。
「行け! ブサイーク!」
俺の出番だ。
悪の手先はブサイークという名称である、酷いものだ。
イケメンが正義で不細工は悪という、考え方こそが悪なんじゃないだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、バイトの任務をこなす。
「ブスゥー!」
俺は掛け声を上げながら、イケメンダーに向かっていく。
側転しながら近づいていき、10発のパンチを全て躱される。
前蹴りを繰り出した脚をチョップで叩き落とされて、前方へ一回転して倒れる。
素早く立ち上がり、構える。
イケメンダーはここで警棒のような武器を取り出す。
一太刀目を左に躱し、二太刀目を右に躱し、三太刀目を白刃取り。
そこでイケメンダーの前蹴りを食らって吹っ飛ぶ。
このへんで、俺は息が上がるほどしんどい。
こりゃ確かに運動能力が上がるだろうぜ。
最後にイケメンダーへ突進し、肩を使って高く飛ばされ、地面に大きく受け身を取って音を立てる。
「ブスゥー!」
悲鳴を上げて、のたうち回る。
警棒風武器でとどめを刺されて絶命。
これでやっと俺の仕事は終わりだ。
「フハハハ! そいつはただの雑魚、俺様が自ら倒してくれるわー!」
「大変! みんなイケメンダーを応援してー!」
「「頑張れー! イケメンダー!」」
「応援ありがとう! くらえ、イケボバズーカー!」
「うぎゃああー!」
悪の幹部は一発でヤラれるので楽だ。
なんでこいつに雑魚呼ばわりされなきゃならんのかと思うが、彼の仕事は攫ってきた子供とお話をする司会がメインでありアクションはまるでできない。
「もう大丈夫だ!」
牢屋から助け出されるニコ。
表情はぶすっとしたままだ。
「ありがとう、イケメンダー! ありがとう、みんなー!」
これでショーは終わりだ。
観客が捌けていくのを見計らって、俺はニコに話しかける。
「災難だったな、ニコ」
「あなた誰なの?」
「俺だよ、俺」
慌ててマスクを取る。
「ええ、ロトかよー!?」
目を丸くして驚くニコ。
「何やってんだよー!?」
「こっちの台詞だっつの、なんで一人でヒーローショーなんて見てるんだ」
「そ、そんなのイケメンダーが好きだからに決まってるだろ」
「なんだよ、やっぱガキなんじゃねえか」
呆れてため息をつく俺。
「ちっげーよ! 変身前のイケメンなところが好きなの!」
小さなお子様がいる母親のような事を言う。
ガキンチョのくせに生意気な……。
いや、同い年だった。
それにしても生意気な。
イケメンが好きなんて普通のことだろうに、なんか面白くない。
「全く変身前は見れないし、子供と間違えられて攫われるし、散々だよっ」
短い髪を振り乱しつつ、地団駄を踏むニコ。
「こんな日は飲むしかねー! 付き合えよ、ロト!」
「ブスゥー!」
「それはもういいっつーの」
着替えて、退勤の記帳を済ませた俺は、遊園地で実施している飲み放題バーベキューで彼女の愚痴を聞いた。
そしてニコの容姿が幼いのは、ラテスラ製薬の老化防止剤の実験によるものだと知った。
ラテスラ製薬のCEOである父親が新薬の効果を試すために、実の娘に投薬したんだとさ。
昔から新薬の実験でいろいろな薬を飲まされてきたと。
そんな愚痴を、彼氏が浮気してムカつくんだけどーくらいの調子で口にするニコ。
……また、一人ぶっ飛ばすヤツが増えたぜ……。
口では適当に相槌を打ちながら、ニコには見えないテーブルの下で、俺は爪が食い込んで血が滲むほど、拳を強く握っていた。
筆者はヒーローショーで攫われたことがあります。それが小説のネタになるとは思いませんでしたねー。ちなみに生徒会も中学のときに役員やってました。
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