異世界メモリアル【2周目 第21話】
次孔さんのクラスは合唱だった。
ひまわり畑の中に太陽が混ざっているのかと思えるほど、彼女は笑顔のレベルが違う。
緩やかなメロディーの合唱をBGMに俺と会長は、体育館後方のパイプ椅子に隣同士に座り、話の続きをする。
「君が転生者と呼んでいるのは、前世の記憶がある者ということだろう。実は他の者もみんな転生者なんだ……!」
な、なんと!?
思わず目を見開く。
みんな転生者……!?
「これは仮説に過ぎないんだが……!」
と前置きして、星乃会長は話を続けた。
俺はみんな、この世界のヒロインは両親から酷い目にあっているような気がすると考えていたが、厳密に言えば、誰からも愛されなかった人、ということらしい。
星乃会長の経験上、ロクに愛されなかった前世の人間は、前世とこのゲームの世界の区別がついていないのだと。
生まれ変わってゲームをプレイしているという感覚ではなく、愛されなかった故に成仏できなった霊と考えていると。
会長自身もそういうことがわかっているので、全生徒を愛したいと願っているのだと。
合唱が終わり、俺達は惜しみない拍手を贈る。
「さぁ、次はメインイベントのキャンプファイヤーだ!」
顎をしゃくって着いて来いという目線を送ってくる星乃会長を追って、外に呼び出す。
薄暗くなりはじめた校庭に、煌々と燃え盛るキャンプファイヤーの周りにちらほらと集まってくる生徒たち。
会長は大きな炎をバックに、俺に手を差し出した。
「踊ってくれるか!」
「光栄です、会長」
星乃会長の動作は完璧で、俺はダンスなんて初めてだったけれど。
ゲームセンターのダンスゲームは得意だったので、パターンさえわかればこなせた。
会長と副会長が率先して踊り始めたことで、周りも続くように火を囲んで踊る人が増えていく。
ブラスバンド部が、雰囲気にあった演奏を始めた。
傾いた陽に似合う、ムードたっぷりのジャズを聞きながら、ステップを踏む。
我ながら、これは絵になっているのではないだろうか。
絶対イベントCGが回収できる場面だと思っていると、周囲から声が聞こえる。
「おっ美術部の絵のカップルだ、副会長が男だけど」
「なんだ副会長、女装してないのかよ……」
「えっ!? 副会長を男性化?」
「俺、男でもイケるかも」
どうやら俺の想像以上にてんせーちゃんの絵は評判が良いようだ。
嬉しいような……男であることを責められているような……。
妙な視線を感じるような……。
俺の表情を見て、周りの声なんかどうでもいいから私の話を聞けとばかりに手を引かれる。
星乃会長は俺の身体に寄り添いながら、いつものようにはっきりと言う。
「副会長、これはかなり私の願いも込められているのだが!」
しなやかに腰を回しながら、少しだけ繋いだ手に力を入れて。
会長の語るこの世界の秘密は佳境へと迫っていく。
前世の記憶を持たない転生者は、自らの意思では無念を果たせない。
俺たちのような転生者によって、目的が成し遂げられると、この世界のループから抜け出る。
星乃会長はこれが成仏というようなものだと考え、ゲーム風にグッドエンドと呼んでいた。
つまり、俺が何度もやり直しても現れるヒロインは。
誰かと結ばれることで、愛を知ることで、もう出なくなるんだと。
それはギャルゲーのような世界をプレイしている俺にしかできないはずだと。
「しかし、それでは誰かしか救えないのでは」
俺の疑問に対して、星乃会長は説明を続ける。
前世の記憶を鮮明に持っている転生者は、このゲームのプレイヤーのエンディングはそうそう来ないと。
全ての願いが叶えられるまで、この世界は続くと思っていいと。
誰かを攻略したら終わりになるような世界じゃないのだと。
だから、彼女達を。
幸せにしてやってくれと。
全員攻略してやってくれと。
火の灯りを帯びた真剣な顔で、完璧美少女の星乃煌は俺にそう言ったのだ。
ああ――そうか、全員攻略できる世界だったんだ、コレは。
それがわかってしまえば。
今回は彼女を、次は彼女をという普通のギャルゲーのようなプレイができるなら。
順番に攻略していけばいいだけのことだ。
寅野真姫の親父も、望比都沙羅の親父も、来斗述の親父も、絶対ぶっ飛ばしてやる。
俺は任せてくださいと、短く言って強く頷いた。
俺の決意を見届けた星乃会長は、ホッとしたような少し寂しそうな顔で、
「この話をしたことで、多分、私は君の攻略対象から外れるだろうな!」
と言ったのだった。
そうだった、実羽さんと同じで、この世界の話をしてしまうと攻略対象から外れるのであった。
大きな炎を前に、優雅なステップを踏む俺達を、出来上がったカップルのように見ているものもいるようだったが、実際は逆だったのだ。
この今日のベストカップル間違い無しの俺たちは、恋人にならないことが今決定した。
今回は決して結ばれない関係になった。そう、今回は。
「まだまだデートで経験したいことがあったのだが、残念だ!」
「いつか、星乃会長も攻略しますよ」
「楽しみにしておくぞ!」
そうして、俺達は別れを惜しむように踊り明かした。
きっといつか、カップルとして踊る日がやってくることを想像しながら。




