異世界メモリアル【2周目 第19話】
どうしたものかな。
会長が実羽さんや俺と同じ転生者ならば。
もっと聞きたいことが山程あるのだが。
しかし、現在の俺は美術部に参加している。
もうすぐ文化祭のため部活動参加が義務付けられており、生徒会には行けないのだ。
「ちょ!? それってまさか会長!?」
「お? おう!?」
俺は無意識のうちに会長を描いていた。
昔のテレビゲームのような、四角だけで描くドット絵だが、我ながら特徴を捉えている。
まさにアイコンみたいだ。
「なかなかやりますなあ、副会長様は」
そう言って肘で俺を小突いてくるのは勿論、てんせーちゃんだ。
副会長なんて呼んでくるが、生徒会に入れたのはお前のおかげだとは、口がひん曲がっても言うことはないだろう。
妄想の設定で、勝手に俺を男色家にしやがって。
未だに俺から逃げようとする男がいるんだぞ。
義朝からも距離を置かれているが、おれもあいつとは少し距離を置きたいので丁度いい。
「実は私も会長を描いていたり」
「ほう?」
てんせーちゃんが女性を描くとは珍しい。
ひょいっと、彼女が向き合っていたキャンバスを見やる。
うん……確かに、会長に似ている。
似ているが。
「なんか男っぽくね?」
「そりゃ男性化させてますから」
「なんで!?」
「愚問ですねえ、副会長とラブラブするためですよ」
「なんで!?」
「え? 会長×副会長なんて王道じゃないですか」
「会長を男にする必要ある!?」
俺がそう言うと、きょとんとした顔になる。
俺は変なことを言った覚えは一つもないのだが。
「副会長を女にしてほしいってことですか?」
「ちっげーよ!?」
なんなの? 同性愛以外は認めないの?
ギャルゲーのヒロインとしては致命的だよ?
「いや、しかし、ふむ。その発想はなかったですね」
そう言いながら、俺を至近距離で舐め回すように、観察し始める。
「言われてみれば肌も綺麗ですし」
そりゃ、毎日たっぷり半身浴した後に化粧水してるしな。
「手足も長いし」
ヨガとピラティスで鍛えているからな。
ふむふむと、顎をさすりながら、くるくると俺の周りを歩く。
至近距離でじろじろと見られて、流石に恥ずかしい。
赤面する俺の前で、満面の笑みで思わせぶりに立ち止まる。
そして、てんせーちゃんは、ぴ、と人差し指を立てて俺の目鼻の先に出して言う。
「よし、女体化しましょう」
「だから、なんで!?」
俺が容姿パラメータを頑張って上げているのは、そんなことのためじゃない!
「いよ~し、やってやんよ~」
舌をぺろりと端から出し、腕を捲りあげてやる気満々のてんせーちゃんを見て俺は嘆息する。
何を言っても無駄だろう。
てんせーちゃんの事は放っておくことにして、部活動に精を出すことにする。
2時間ほどかけて、無意識に描いていた会長のドット絵を仕上げた。
ふぅ、と一息ついて、てんせーちゃんの様子を伺うことにした。
「え……?」
そこには、バックに白い百合の花を背負い、手に手を取って熱っぽい表情で見つめ合う美少女が二人。
一人は紛れもなく、星乃会長だ。似ているし、美しい。
この、もうひとりの美少女は……まさか?
「あ、どう? これ、ロト子さんだけど」
えっ!? やだ、私って美人すぎ……!?
「どうやら満更でもないみたいだねえ~?」
両手で口を抑えて目を見開いている俺を見て、てんせーちゃんは満足そうに頷く。
顔は俺にちゃんと似ているにもかかわらず、きっちり女の子になっている。
髪型もほとんど変わらず、ショートカット美少女だ。
これが俺だというなら。
もしメイクやファッションでこうなれるというなら。
女装に目覚めてしまいそうだ。
「おや、ひょっとして女装したくなっちゃった?」
「い、いやいやいや、そ、そんなわけないだろう」
「くっくっく、動揺しすぎですぞ、ロト美ちゃん」
心底楽しそうに笑う、てんせーちゃん。
悔しいが、ここまで見事に図星を指されると同様せざるを得ない。
「男の娘を一人生んでしまったか……さすがてんせーちゃん、罪深い女」
なにやら天を仰いで悦に入っているが、男の娘になるつもりなんてないからね。
「仕方ない、私の服を貸してあげませう」
そんなことを言いつつ、カバンからワンピースを渡してくる。
ぱっちーんとウインクしながら、
「着ていいよん」
と。
てんせーちゃんに似合いそうなオレンジ色のふわっとしたワンピースを両手に持つ。
着ていいと言うことは……。
「嗅いでいいとは言ってないんだけど!?」
意外にも真っ赤な顔で猛抗議してくる、てんせーちゃん。
着ていいのに、嗅いで駄目なんてことはないだろう。
それにしても良い匂いだ――。
「うっとりと目を閉じるなぁ!?」
馬鹿だなあ、てんせーちゃんは。
視覚を塞ぐことで、より嗅覚に集中できるだろうが。
普段からてんせーちゃんは距離が近いから、匂いはよく嗅いでいた。
薔薇のようなフラワーの要素と、フレッシュな柑橘を思わせる要素を併せ持った香り。
もともと良い匂いだと思っていたが、存分に嗅げる機会が来るとは。
フレグランスや入浴剤として発売してくれないだろうか。
――む。
特にこの辺りは、匂いが強く感じるな。
「ああっ!? 駄目だって言ってるのに胸の部分を集中してクンカクンカですと!? この変態!」
目を><にして抗議してくるが、てんせーちゃんだけには変態と呼ばれたくないぞ。
俺は変態なんかじゃない、むしろ香りのソムリエです。
「もう、返してよ~!」
俺からワンピースを無理やり奪おうとして、顔とワンピースの間に身体を滑り込ませようとしてくる。
全力でクンカクンカしている俺の鼻先に、彼女のうなじがやってきた。
こ、これは――
ワンピースの何倍もの香りの渦が、鼻から脳に洪水のように押し寄せる。
髪から漂うシャンプーのピーチの匂いと、背中の肌から感じるミルキーな匂いと。
衣服の残り香とは比べ物にならない複数の香りが混ざった、濃い香り。
やっぱり生は最高だ。
「ちょ、私を直接嗅いでって意味じゃないから~!?」
ああ、とても良い匂いの人が、美術室から逃げ出していってしまった。
しかし、女の俺は可愛いなあ。
てんせーちゃんの描いた俺と会長の絵を眺める。
彼女が椅子に置き忘れていったハンカチを嗅ぎながら。




