異世界メモリアル【2周目 第17話】
「このロトという男、こう見えても妹が超絶かわいいんです!」
おいおい、違うだろ!
いや、妹が超絶かわいいのは確かだが。
それをなぜ生徒会の応援演説で言うの?
へぇ、そうなんだ、じゃあ投票しようってなるやつおかしいだろ。
せめて、写真を見せないと。
体育館の壇上で拳を振りながら力説する親友を見て、俺はそう思っていた。
そう、本日は生徒会選挙だ。
ここで、生徒会選挙について俺の知っていることをおさらいしておこう。
会長選挙と役員選挙に分かれているが、立候補者がいなかったので会長選挙は無し。
星乃さんに勝てるとは誰も思わないので、順当な結果だった。
会長以外の役職は、役員のなかから会長が選ぶことになっている。
会長以外の生徒会役員は、定員5人で現在2年生の継続者が3人。
合格者2名を争って、立候補者6名が争う選挙となった。
選挙直前の今、選挙活動の最後の行事として候補者演説を実施中。
まずは立候補者の応援演説が行われ、終わったら立候補者が抱負を語る。
それを立候補者の数、6回繰り返す。
俺の番は5人が演説を終えた後、トリというわけだ。
そんな俺の応援演説の最初に登壇したのが、義朝だった。
さんざんみんなが真面目な抱負を語ってきた状況で俺の話ではなく、俺の妹の容姿の話をしはじめた男。
そもそも、こいつは最近ロリコンだということがわかったので、俺の妹に興味を持ってほしくない。
「可愛い妹がいる、それだけで十分じゃないでしょうか。もう、生徒会長でもいいと思います」
義朝は馬鹿だった。
この応援演説で投票するやつも馬鹿だ。
ただし馬鹿の一票も天才の一票も一票には違いない。
全校生徒が集められた体育館は、このアホ発言を受けてもざわつくことはなく静まり返っている。
呆れて物が言えないだけがかもしれないが。
ただ1周目に学校新聞やラジオで妹自慢をしでかした俺は、あまり人のことを言えない。
あのときの俺はなんて馬鹿だったのか。
人のふり見て我がふり直せという言葉の意味を噛みしめる。
「し、しかもですね……あの超絶美少女のニコ・ラテスラさんも応援するんです。これはもう投票するしか無いですね、それでは」
そう言い残して、人差し指と中指をぴっとくっつけて下に向けながら退場。
次の人を呼び込みますという流れで消えていった。
もはやロリコンを隠す気はないのだろうか。
いや、ニコは一応同学年なのだが……。
「ご紹介に預かりました、ニコ・ラテスラです」
紹介されてたことにする、大人なニコだった。
背が低すぎて、マイクを一番下まで下げても届かず、つま先立ちしている。かわいい。
正直、彼女が普通に俺を推薦してくれている時点で感動ものだ。
だってニコだよ?
普段の感じと異なり、本当は酒飲んでるんじゃないかと思うくらい、ちゃんとしている。
「生徒会っていうのは、正直馬鹿だと思っています。その時間があればもっとやるべきことがあるはずなんですよ」
制服に白衣を羽織ったどうみても小学生の銀髪美少女は、淡々と言葉を紡ぐ。
生徒会選挙の応援演説でいきなり生徒会をバカ呼ばわりするとは流石天才だ。
俺には全く理解できねえ。
「快楽を求めていたとしても、怠惰な人生を望んだとしても、それが自己の成長だとしてもです。遊んだり、サボったり、勉強やスポーツをしたほうが何かと有意義じゃないですか」
無表情で、淡々と、義務的な台詞。
確かにそうだな、と思わなくもない。
会場のみんなも義朝のときとは違って、頷いたり、顔を見合わせたりしている。
「でも、私にはよくわかりませんが、みんなのために何かしたいという人がいないと世の中うまくいかないもので。彼がそうだと言うなら、そういう人がなるべきなんじゃないですか? 私はそう思います。彼は自分のためではない誰かのために努力している、ありがたいお馬鹿さんなんです。ゲフッ」
そう言ってペコリと頭を下げて去っていく。
俺はすごく嬉しかった。
間違いなく、これが本音だと思ったからだ。
同時に俺はそこまで高尚な思いじゃないけどと、自己嫌悪。
みんな、というのはよくわからない。
俺は俺が知ってる人たちをどうにかしたいだけで精一杯なんだ。
この応援演説は、義朝と違って投票に繋がることだろう。
最後のゲフッが、酒を飲んだせいでゲップが出てしまったわけではないと俺以外にバレなければだが。
次に登場したのは、次孔律動。
「ロトっちはね~、結構未来が見えてるんだよ」
……次孔さんよりは競馬の予想が出来るっていうだけです。
それに次孔さんがみんなに向かって、ロトっちって呼んでるだけでも嬉しい。
1周目のときの記憶がないことの悲しみを少し和らげてくれる気がする。
「なんとか遠くを見てるっていうか、もうわかってるっていう感じ」
みんなの方ではなく、天井を向いて遠くのなにかを眺めているような表情。
ん~、2周目だってことはバレてないと思ったが、ちょっとバレてる?
「だから生徒会は向いてる、と思う。みんなついてけばいいよ」
そう言って、あっけらかんとした笑顔。
なんて素敵な、彼女らしい表現。
俺ならこれだけで投票しちゃう。
「さて、そんなロトっちも大ファンリスナーを公言している私がやってるラジオ番組、次孔律動のリズム天国! みんな毎週欠かさず聴いてね!」
番宣かよ!?
生徒会役員選挙の応援演説で番宣するなよ!
内容に信憑性が無くなっちゃうでしょ?
しかしみんなに好かれている次孔さんなので「いつも聴いてるよ~」と言った反応がほとんどだった。
人気者の応援演説だから有効だった、と思いたい。
手を振りながら退場していく次孔さんと入れ替わりに、来斗さんがゆっくりと登壇していく。
「え~、まず彼は理性的で、とても紳士な人です」
そうだ、そうだよ。
俺はそういう立派な人間だよね、もっと言って。
「私が扇情的な下着を見せても動揺せず、浴衣で迫っても平気。でも興味がないわけではないんです、視線はものすごく感じるんですが、手は出さない。こういう人が生徒会に向いているのではないでしょうか」
俺は顔を真っ赤にしてプルプルと俯きながら押し黙っていた。
なんてことを言うんだ。
しかし、この人は本当にブレないな。
「私がお尻を何度も触らせてあげているのに、それでも手を動かさないという我慢強さがあれば、生徒会でもうまくやっていけるに違いありません」
そう言ってぺこりとお辞儀をするが、誰からも拍手はない。
全校生徒がジト目で俺を睨むという人生における激レア映像を鑑賞中だ。
絶対俺が被害者だという自信があるが、誰にも訴えることができない。
次孔さんは芸能スキャンダルの特ダネを見つけたかのように、悪い笑顔で必死でメモをしているし、ニコは「それだけ我慢強いなら、実験してあげるわ」と言いながら、どす黒いオーラを出して手をわきわきさせているし。
こんなに理不尽なことがあるだろうか。
言うまでもなく、これは投票してくれる人が減るに違いない。
今度はどうやらてんせーちゃんも応援演説してくれるらしい。
一番心配だ。
「彼はさっきから女性をえっちな目で見ている、というような話があるようですが、それは少し語弊があります」
おお、てんせーちゃんが真面目な声で真面目なことを言っている。
なんてレアな光景だ、心配だなんて思ってすまなかった。
この誤解を解いてくれ!
「彼は本当は、男のほうが好きなんです」
うっとりと頬を赤らめ、感情を込めてそう訴えるてんせーちゃん。ふざけんな。
「ロトさんは、女性も男性もいけるうえに、攻めも受けもいけるというオールラウンダー! そう! 生徒会は性徒会へと生まれ変わるのです」
握りこぶしをあげて、そう力説するてんせーちゃん。マジふざけんな。
「そんなわけで生徒会長の星乃さんも、生徒会は全生徒を愛することが一番大事だと事あるごとに言っていますが、ロトさんもそうだと思います。だから星乃会長のもとでうまくやれるんじゃないでしょうかねっ、ぐふふ」
なるほど~というような妙な反応がオーディエンスから上がる。
意外と支持されたの? 今の応援演説が?
星乃会長と同じタイプというような一言だけで、この反応が得られるあたり星乃会長のカリスマ性が見て取れる。
最後は、実羽さんが応援演説をしてくれる。
今の所、ニコくらいしかまともに演説してくれていないが、実羽さんは絶対大丈夫だろう。
彼女ほど信頼できる人はいない。
「えっと、うわ」
彼女がマイクを握った途端、キィ―――ンと音を立て、みんな一斉に耳をふさぐ。
「えとえと、ごめんなさ、痛いっ」
慌てて頭を下げて、演台に頭をぶつける実羽さん。
どうしたんだ、このドジっ子っぷりは。
「ううう、その、えっと、わ、私はその、ロトさんのことを……」
しどろもどろになりつつ、瞳をぐるぐると迷わせながら、細くて綺麗な指を合わせたり離したりせわしなく動かしている。
顔を真っ赤にして、声は上ずっており、冷静さゼロだ。
「お、応援してます!」
ようやくそれだけ叫んで、壇上から逃げ出す実羽さん。
応援演説が「応援してます!!」という斬新すぎる内容に全員唖然としていた。
みんな心の中で、そうじゃねえよとツッコんでいるはずだ。
それにしても、どうしたんだ彼女は。
実はめちゃくちゃ恥ずかしがり屋なのか!?
だから、生徒会なんて絶対無理だったのか?
1周目のボランティア部では堂々とやっていたと思うのだが……?
なんにせよ、頼みの綱の実羽さんは不発。
応援演説がどの程度効果を発揮するか、未知数にも程がある。
その状況で、俺が自らのアピールをするときがやってきた。




