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異世界メモリアル【第6話】

俺は容姿を磨き続け、7月に入った。

『つわりで迷子事件』から4週間経っていた。


現在はこう。


【ステータス】

―――――――――――――――――――――――――――――

文系学力 14(+4)

理系学力 16(+3)

運動能力 23(+16)

容姿   65(+40)

芸術   9(+2)

料理   54(+32)

―――――――――――――――――――――――――――――


見た目については、ようやく前世と同じくらいだ。

まともな顔、というくらいである。


料理についてはもはや前世とは比較にならない。

一切加工されていない魚介を買ってきてアクアパッツァ作れるくらいの力量である。


【親密度】

―――――――――――――――――――――――――――――

実羽じつわ 映子えいこ [登校中に見かけた猫くらい好き]

望比都沙羅もうひと さら [駅のトイレのような存在]

次孔じあな 律動りずむ [文字が読めないほどバカというのは本当か?]

―――――――――――――――――――――――――――――


実羽さんはあのイベントで結構評価を得たらしい。

この表現がどの程度なのかは人によるだろうが、実羽さんは猫好きそうだしな。


沙羅さんはなるべく関わりたくないってことだろうね。

そこまで嫌わなくてもよくね?


次孔さんは、もはや俺の行動指針になっていた。


「ついに俺も勉強する時が来たな」

「ついに勉強するんだね、お兄ちゃん」

「全く文字が読めないってのは正直、生きるのが辛かったぜ」

「お察しします」


妹が同情のセリフと共に出したのは、小学1年生のドリルだった。

まぁ、そうなるよな。

俺の学力だと全て小学校1年生からやるしかない。

言葉自体は知ってるのだから吸収は早い、と信じたい。


「ところでお兄ちゃん、明日は望比都さんの誕生日だけどどうする?」


誕生日!

そりゃプレゼントをあげて好感度もあげるしかないだろ。

しかしアレだな、沙羅さんが喜ぶプレゼントの手がかりなんて全く持ってないな。


「プレゼントしたいが、正直どうすればいいかわからん」


本音を漏らしたところ、舞衣は見透かしていたように言ってきた。


「沙羅さんが喜ぶのは、この内のどれかだと思うよ?」

1.手作りのお菓子

2.女流棋士の扇子

3.望比都肥もうひと こえ特製料理セット


あー、すげーギャルゲーっぽい選択肢だわー。

どれが正解なのか舞衣は絶対知ってると思うね。


1はどうなんだろうなぁ。

料理スキルにもよるんだろう。

料理部ではお菓子は作っていないので、好きなのか嫌いなのかわからない。


2はどういうことだろう。

実は将棋が好きってことなのか?

沙羅さんは扇子が似合う容姿ではある。


3はおそらく最悪のはずだ。

望比都肥は沙羅さんの父親の名前だ。

俺の予想では父親を嫌っているから、これはないだろう。


1は俺の料理スキルだとイマイチな気がする。

しかし2でいいのか?

この女流棋士を好きらしいというような情報も無しに、このプレゼントを渡すって現実にやることなのか?


……今より嫌われるってことはないほどの親密度なわけだし、ここはギャンブルを打とう。


――翌日。


「な、なぜ私にこれを!?」


俺は部活中に話があると伝えて、料理準備室に来てもらった。

非常に嫌そうな顔だった……。

その反応だけで俺のガラスのハートはパリーンと砕けたが、選んだ選択肢の結果を見ないなどゲーマーとしてはありえない。


勇気を振り絞ってプレゼントを渡した途端、表情は一転。

目を輝かせて、いままでに見たことがない笑顔になった。

俺はギャンブルに勝ったのだ。


「好きかと思って」


なぜこのプレゼントなのかと聞かれても、俺は答えを持ち合わせていない。

妹が出した選択肢なんだよ、という本当の理由を言ったら頭がおかしいやつだと思われるだけだろう。

ここは誤魔化すしかない。


「ああ、このバッグのストラップを見たのですね」


えっ、なにそれ!?

そういうヒントがあったの!?

と内心思いつつ、俺はポーカーフェイスを保った。

成る程、彼女のスクールバッグには将棋の駒のストラップがついており、女流棋士の名前が書いてある。


「まあね」


俺は結構演技力があるかもしれない。

演劇部に入ったら活躍できる気がしてきた。


「ありがとう……そうだ、お礼をさせていただきたいのですが、週末はお暇でしょうか」


一気に初デートイベント!?

さっきまで俺の印象は駅の便所だったのに!?

プレゼント効果やべー。

そしてこれを選択肢に入れてきた舞衣様やべー。


「も、もちろん」

「では、近所の公民館でお待ちしておりますわ」


公民館!?

シブい、渋すぎるデート場所。


――週末。


パチッ、パチッ。


俺が公民館に着いたとき、彼女はお爺さんと将棋を指していた。

あー、やっぱ指すのも好きなんですね。


公民館は思ったより結構大きな建物だった。

1階はお年寄りゾーンと言おうか、囲碁や将棋を楽しむスペースと市民の作った書道や俳句が飾ってある。

2階は児童館エリアだな。ちょっとした体育館になっていて子供がけん玉やコマで遊んだりしている。

3階が図書館になっている。

前世では公民館なんて行く機会なかったが、意外と便利な施設のようだ。


将棋盤が12面置かれた部屋で23人の爺さんと1人の女子高生が将棋を指していた。

部屋はガラス張りで外からも丸見えなんだが、まぁ目立つ、目立つ。

服装は白いTシャツに紫のカーディガン、下は白いロングスカートと決して派手なファッションではなかった。

それでも、すぐに気づいたね。

地味すぎる絵面であるが、妙に雰囲気があるぜ。


彼女の近くに行って戦局を見る。

それほど詳しくはないが、俺もゲーマーだからね。

将棋もそれなりにやったことはある。


こりゃ圧勝だな。

持ち駒みるだけで明白なほど。

もう投了した方がいいだろうに、お爺さんは足掻いていた。


「最後まで諦めないご姿勢、立派でございますね」


沙羅さんは、お爺さん相手でも容赦なく皮肉を言うようだ。

可哀想に、お爺さんは顔をシワでくちゃくちゃにしてプルプル震えている。


「ま、ま、……ありません」


負けましたって言いたくなかったんだね、爺さん。


「ありがとうございました」


対局が終わり、ようやく沙羅さんが俺に気づいた。


「ごめんなさい、待っていなくて」

「いいや、全然。強いんだね、将棋」

「下手の横好きです」


まだ爺さんがいるのに、下手の横好きとか言うなよ、またプルプルしちゃうだろ。


「俺は本当に下手だけど、どうかな一局」

「よろしくお願いします」


俺は一局と言ったのだが、最初はすぐに負けてしまった。

コマ落ちのハンデを3回行って、もう四局目である。


「この勝負に勝ったら、お願いがあるんですが」

「なんでしょう」

「沙羅さん、って呼んでもいいかな」

「それならば、もう呼んでくださって結構です。名字で呼ばれるのは好きではないので」


単に呼びづらい名字だったから、名前で呼びたかっただけなのだが。

名字が嫌いというのは、やはり父親に関係があるのだろうか。


「なんで将棋が好きなのか聞いてもいいかな」


俺は将棋を指しながら、彼女の情報を収集することにした。


「祖父に教わって、ずっと指していたのです」

「お爺さんに」

「えぇ、小さい頃はずっと祖父の家にいました」


立ち入った話だろうか。

これ以上聞いてもいいのか、難しいところだ。

しかし誰も選択肢を提示してくれるわけはない。

選択肢をくれるのは妹だけだ。


「お爺さんのことが好きだったのかな」


自然な流れで攻めることにする。


「そうですね、家族で一番。いえ、唯一好きですね」


おっと、思いの外深い話がどんどん出てきたな。

パチン、パチンと駒を打つ音が沈黙を紛らわせてくれる。

ゆっくり話すには向いているのかもな、将棋。


「お母さんのこと、好きじゃない?」


父親のことを聞くのはまだ早い。


「……そうですね。ネグレクトをするような人間は好きにはなれません」


おおっと、重たい言葉が出てきたね。

ネグレクトとは親が子供の面倒を全くみないこと、育児放棄のことだ。


「……それでお爺さんの家に?」

「そうです。そこで将棋に出会ったのですから、感謝していますけどね」


……本心だろうか。

半々といったところか。


「料理もお爺さんに習ったの?」

「いいえ、お祖母様の残したレシピを見ながら私が作っていました」


……ふうん。

父親が料理研究家なのに、父親に習うどころかお爺さんの家で試行錯誤か。

残した、という言い方からするとおそらくお祖母様というのは他界したのだろう。


母親のネグレクトのせいでお爺さんとお婆さんと3人で暮らしていた。

料理を作っていたお婆さんが他界したので、沙羅さんが作るようになった。

料理が好きとかではなく、しなければならない状況だからしていたということか。

料理研究家の娘とは思えない境遇だな。


「お祖父様が亡くならなければ、ずっと将棋を指すことができたのに」


お爺さんももう居ないのか。


「10年以上も会っていなかった父親に言われたのが、お前は料理の才能があるから俺の後を継げですよ」


――そりゃあ嫌いになるな。


「あの人は家では料理をしません。母の料理は口に合わないから食べません。誰も料理をしないのです」


クソみたいな家だな。

それでネグレクトか。

そりゃ旦那にお前の飯は不味くて食えないって言われてたら、娘にも食わせる気にならないだろ。

チッ、胸糞悪い気分だ。

俺はそんな奴のレシピ本を読んで思いついたとインタビューで答えたのか。

沙羅さんが俺のことをムカつくのは当然だ。


「私がこの学校で料理部に入っているのは、父親の命令なんです」


そうだったのか……。


「ごめんなさい、料理が好きとかそういう理由じゃなくて」


俺が料理部に入った時、俺は料理をやったことがないと答えた。

彼女はそれを羨ましいと思ったのかもしれない。

料理をしなくてすむというのは、それだけで家族に恵まれているということなのだ。

そのことをまるでわかっていないような俺をみて、それで冷たい態度をとっていたのだ。

俺は得心が行った。


「負けました」


8枚落ちでようやく勝てた。


「強いですね」

「そうでしょうか、今負けましたけれど」

「いえ将棋も強いですが、沙羅さんがです」


沙羅さんはちょっと不思議な顔をした後、笑顔をつくってからこう言った。


「もう一局いかがです?」


その日、俺達は将棋を指しながらいろいろな話をした。

お礼というのは特製のお弁当だった。

もちろん、物凄く美味かったさ。



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