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異世界メモリアル【2周目 第14話】

勇気を出すんだ、ロトだろ俺は。

勇者だ、俺は勇者だ。

そう自分に言い聞かせる。


ここは図書室。

彼女、来斗述らいとのべるをデートに誘おうとしているが、それが出来ずに適当な雑誌を持って座っている。

1ページもめくることなく1時間が過ぎようとしていた。

俺はプロレスを観に行った後、彼女と言葉をかわしていない。

それはそうだろう、いくらなんでもアレはない。

あの後普通に会話を続けるなんて不可能だし、何事もなかったかのように話しかけるのも困難だ。

しかし、いつまでもこのままというわけにもいかない。


雑誌越しにじろじろと見るのをやめて話しかけようとしたところ、逆に話しかけられた。


「そのページ、どれだけ気に入ったの?」


むぐ。

そうなるよな、ずっと広げっぱなしだ。

雑誌はこの街の情報誌で、俺が開いているのは今週行われる花火大会を紹介している。

そう、俺は来斗さんを花火大会に誘おうとしているのだ。


「いや~、花火大会っていいよな~と思って。来斗さんは花火好き?」

「行ったことがないからよくわからないわ」

「へ、へえ~。来斗さんは浴衣とか似合いそうだけどな」

「浴衣ってレイプしやすいものね」

「え、まあ、そうだね」


もはや曖昧に相槌を打つしかできない。

もはや冗談では済まないからだ。

今からでもあれは私が読んでる小説の話で私のことじゃないのって言ってくれないか願っている。


「いいわよ」


ええ!?

レイプしてもいいの!?

っていうか了承されてたらそれはレイプじゃないけど。


「一緒に行きましょう、その花火大会に。浴衣で行くわ」


ですよね!

花火大会に行ってもいいよっていう意味ですよね!

よかったー。


海に行ったときと同様、今回も駅で待ち合わせになった。


当日、舞衣が用意してくれたので俺も浴衣を着て駅で待っていた。


浴衣でやってきた来斗さんは、遠くからでも見惚れるほど圧倒的に綺麗だった。

紅い牡丹の花の模様の黒の浴衣姿は、もはや妖艶といっていいくらいの色気。

黒くて長い髪は結い上げられ、金のかんざしを刺している。

女子高生とは思えないくらい、うなじが色っぽい。

普段から目を伏せがちの来斗さんだが、その表情がまたエロいのだ……。


「どうですか? レ」

「似合ってる、凄く似合ってて綺麗だ」


レイプしたくなりましたか、と言うであろう彼女のセリフを途中で奪った。

確かに物凄くえっちだが、ちゃんと褒めたかった。


「そうですか」


すぐに顔を伏せてしまったが、嬉しそうな表情だった。

口はきゅっと閉じられていたが、笑顔を我慢しているような、そんな顔だ。

普段、ストレートに褒められたことがないのかもしれない。

こんなに綺麗な女の子なのに。

普段の言動のせいであろうことは間違いない。


そして、電車はまたしても超満員だった。


「これは痴漢されそうですね」

「嬉しそうに言わないでくれ、周囲がざわつく」

「痴漢したいですか?」

「真剣に聞くのもやめて、逮捕されかねない」

「あっと、揺れが」

「わざとだね? 今わざとお尻を俺の手に当てたね?」


来斗さんの身体を周囲から守りながら、こんなやり取りを続けてようやく海に到着した。

今回も、ある意味天国、ある意味地獄だったが、相手が違うとこうも違うのか。

俺は手の甲に何度もあたったお尻の柔らかさを反芻しながら、そう思った。


花火大会会場は、なぜかそこまで混雑していなかった。

適当に露店を回ってから、河川敷にレジャーシートを敷いて座る。

俺はイカ焼きを齧りながら、隣に座った来斗さんの顔を見た。

薄い桜色の唇から遠慮がちに出ている舌が、透明な飴を下から上になぞっている。

うう、すもも飴をちろちろと舐めるだけでどうしてこんなにエロいんだ……。

少し汗ばんだ肌に、烏の濡羽色の髪が張り付いており、伸ばしたもみあげを指で耳にかける仕草だけでも、なぜかドキドキしてしまう。

そうこうしているうちに、花火が打ち上がる。


かなり間近で見ることができる花火大会で、音も腹まで響くほどだ。

これがはじめての花火大会だったら、きっと満足だろう。

そう思って、彼女の方を向く。

花火の光で黄色く照らされた頬には、感動とは逆の表情。

呆然としているというか、心ここにあらずといった面持ちだった。


「大丈夫?」


俺は心配になって、声をかけた。

来斗さんは空を見上げたまま、ぽつりと返事を返す。


「この美しさって、文章で表現できるのかしら」


文芸部らしいセリフを初めて聞いた気がする。

周囲の歓声と共に連続で上がっていくスターマインは、とても華やかで。

鮮やかな色だけど、とても優しくて。

涼しい風を浴びて細めた目にも、鮮やかすぎるくらいの色で。

漂ってくる火薬の香りも、子供の歓声も全てが演出のように花火を盛り上げる。

こんなの表現できるわけない。


「ちょーきれい」

「え?」

「ちょーきれい、だろ」


そう言って俺は、彼女の顔をもう一度見る。

きょとんとした顔から、ゆっくりと微笑んで。


「本当ね。ちょーきれいだわ」


それから俺達は90分間、同じ夜空を見上げて、語彙の少ない称賛を続けた。

「すごいね」とか「きれい」とか。

そんな普通の、ごく普通の会話が来斗さんと出来たことは、とても貴重なことに思えた。





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