異世界メモリアル【2周目 第9話】
武道館の前は人が多すぎる。
こんなところで待ち合わせるのは、普通失敗だろう。
だが、俺が待っていると彼女はあっさりと目の前に現れた。
ギャルゲー特有の都合の良さ、万歳。
「待たせたね」
「いや、今来たところだよ」
来斗さんと、こんなテンプレのような会話が出来るとは。
まだエキセントリックな会話しか交わしたことがない。
彼女はモブキャラだと思っている相手に対して、このクソ暑い中デートらしい服装で来てくれた。
白と水色の細かな縦縞のワンピースにカンカン帽。
爽やかすぎるお嬢さんだった。
さっさと入り口に進んでしまうのを追うのが精一杯で、さり気なく褒めることは出来なかった。
今日は来斗さんとの初デートでプロレスの試合を見に来ている。
誕生日プレゼントでチケットを渡したよしみで、誘ってもらった形だ。
毎年8月の上旬に行われる大会で、優勝賞金1000万円を懸けて連日を戦う。
その決勝戦なので、かなり大きな舞台で、観客も大勢いる。
結構入手困難なチケットだったんじゃないのかと思うが、舞衣はどうやって手に入れたのやら。
俺たちの席は最前列だった。
こりゃ迫力満点だ。
1周目ではプロレス研究会に所属していた俺だが、あまりプロレスには詳しくない。
ただの筋トレマニアとして部活に励んでいたからね。
生前、プロレスゲームはやりこんでいたので、技については相当詳しいと思う。
「来斗さんはプロレス好きなの?」
「プロレスというよりも、プロレスラーが好きなんです」
なんと。
1周目だったら俺の評価も高かっただろうに。
あの真姫ちゃんとプロレスをやったんだぜ、って自慢したい。
しかしそれは叶わないので、せめてプロレスラーが好きな理由を訊いて参考にしよう。
「なんでプロレスラーが好きなの?」
「あの身体で押さえつけられたら抵抗できない。絶対犯される」
嗚呼、早くも普通の会話が終了してしまった。
なぜこの御方はすぐにレイプの話になってしまうのでしょう。
プロレスラーはレイプなんてしません。
私もしません。
会場に入場曲が鳴り、第一試合のレスラーがリングに上がる。
この大会の決勝の日なので、第一試合でも前座という感じじゃない。
豪華メンバーによるいわゆる6メンタッグマッチ、3対3の試合だった。
最前列から見るプロレスは熱狂的だ。
周囲の人たちの歓声も凄いけど、技を受けたときの音が凄い。
ただの逆水平チョップで、バシーンという音がビンビン響く。
「痛そうだね」
「えぇ、あんなの食らってしまったら、愛する人がいても身体を許すしか無いですね」
……。
何を言ってもこういう風にしか帰ってこないのでしょうか。
そして、なぜ淡々と抑揚のない声で言うのでしょうか。
どういう感情なのか読み取ることができない。
しばらく観戦を続け、5回戦。
外国人レスラー達が場外乱闘を始めた。
最前列だと、目の前で繰り広げられるので、凄い迫力だった。
実況席のテーブルに敵を寝っ転がして、トップロープからのフライングボディプレス。
大きな音を立てて、真っ二つに割れる机。
痛そう~~。
やられた方の金髪のレスラーは、観客席からパイプ椅子を取ろうとする。
って、それは来斗さんの椅子だよ!
俺はレスラーと来斗さんの間に身体を割り込ませた。
レスラーは、ごめんとばかりに俺にウインクをして、俺の椅子を持っていった。
意外と冷静なうえにチャーミングなんだな、プロレスラーって。
すると後ろから、彼女の声が聞こえた。
「なんで」
なんで?
そんなの理由いるか?
「いや、危ないかもしれなかっただろ?」
そう言うと、よくわからないとばかりに顔を曇らせて、
「それの何が問題なの?」
と言った。
ずっと言葉は通じなかったけど、これはなにか違う気がした。
「痛い目にあったりしたら駄目だろ、女の子なんだし」
「女の子には、痛い目や酷い目に合わせたいものでしょう?」
何を言っているんだ、この人は。
「愛していれば、レイプしたいのでしょう?」
今まではなにかの冗談だと思っていた。
だが、これは本気だ。
本気で言っている。
「来斗さん、女の子は大切に扱わないといけない。好きな女の子ならなおさら、怪我もして欲しくないし、強姦なんて許されるわけがないんだよ」
俺は両手をとって、目を見ながら言った。
なんで、俺は、こんな、当たり前のことを、本気で言わないといけないんだ?
すると来斗さんは、目をうるませて俺に向かって言う。
「じゃあ、じゃあなんで、お父さんは私に酷いことをするの? なんでお姉ちゃんや妹をレイプするの?」
――は?
なんだって?
俺は一瞬で頭がおかしくなった。
お構いなしに、彼女は台詞を続ける。
「女には酷いことをしたい、愛する人にはレイプしたい、それが男だってお父さんはいつも言ってる」
第5試合が終わり、歓声があがり、ゴングが鳴っても、俺にはもう、そんな音はろくに聞こえなかった。
「私も含めてみんな殴られたりしてる。でもレイプはお姉さんと妹だけ。私だけ愛されてないから、レイプして貰えないんじゃないの?」
――ああ、そうか。
これが、レイプしたくなりましたか?という台詞の真相だっていうのか?
ふざけんなよ。
なんなんだ、この世界は。
なんでどいつもこいつも父親がおかしいんだ?
真姫ちゃんの親父はいつかぶっ飛ばしてやろうと思ってる。
沙羅さんの親父も、絶対ぶっ飛ばす。
だが、こいつはどうしたらいい?
1000回殺しても、許せる気がしない。
そしてぶっ殺しても、来斗さんを救える気がしない。
父親にレイプされたいだって?
そんな願いがこの世にあってたまるか。
そんな願いが叶ってたまるか。
本当の愛情ってものを知ってもらう以外に、彼女を救う方法なんて無い。
そして、彼女の姉と妹も今すぐ助けに行きたい。
でも。
でも、俺に何が出来るっていうんだ。
本当に、俺に、何が出来るんだ――?
低いテンションのまま観戦を続ける来斗さんの顔をまともに見ることも出来ない。
最終試合の熱狂の渦の中でも、俺はただ自分の無力さに打ちひしがれることしか出来なかった。




