異世界メモリアル【第5話】
「お兄ちゃん、いいかな」
「もちろんだ、妹よ」
もう大体妹が訪ねてくるタイミングはわかっていた。
日曜の夜の寝る前だ。
舞衣はなにやらカラフルなアイスクリームのようなタオル地の上下で現れた。
下はショートパンツであり、膝上まである靴下を履いていた。
このときばかりは何故か毎回新しい部屋着でやってくる。
毎週思うんだが、このときの妹の写真を手に入れる方法はないのか。
「それじゃステータスを確認しよっか」
「お願いするよ」
【ステータス】
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文系学力 14(+4)
理系学力 16(+3)
運動能力 17(+10)
容姿 25
芸術 7
料理 32(+10)
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倒れるだけで全身スーパーコアの効果スゲエ。
これは買って正解だったね。
「お兄ちゃん、また女の子に出会ったみたいだね、やるじゃん、ヒューヒュー」
【親密度】
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実羽 映子 [カラオケの30%OFFクーポンくらい好き]
望比都沙羅 [喉に刺さった骨みたいな存在]
次孔 律動 [料理部に残念な顔のルーキー登場か?]
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実羽さんは変わらずと。
ていうか沙羅さんの好感度下がってるじゃん!
完全に嫌われてるな、これは。
なぜだ……。
料理上手くなってるはずなのに。
なんかあるんだな、必須イベントとかが。
次孔さん……強烈っすね。
まぁ、新聞部なのに取材相手の写真撮らない時点でわかってたけどさ。
「来週からは、しばらく容姿を頑張るよ。で、容姿を頑張るってどうすりゃいいんだろうな」
俺の知ってるゲームだと櫛で髪をセットしてたような。
実際は毎日髪をセットしたからってどうにもならんだろう。
「そこは舞衣にどーんと任せてよ」
「地獄の筋トレと同様にまたノルマを頂戴できるってわけか……まぁその方がわかりやすいな」
俺はしばらく顔面マッサージやらパックやらヨガやら、色々な日課に精を出すことになった。
――数日後、約束通り次孔さんが部室にやってきた。
「やっほー! ロトくん、今度こそよろしくね!?」
相変わらず元気がいい。
なんせ見た目がいいので、こちらも明るい気持ちになる。
俺達は調理室の隅にある1つの机に向かい合って腰を下ろした。
「創作料理のアイデアについてだったな?」
「そうそう、なんで思いつくの?」
「実はな、望比都さんのお父さんが料理研究家なんだが、図書館で本を借りてな。それを読んでいると思い浮かぶんだ」
大嘘だった。
父親が料理研究家で、料理部っていうことは親を尊敬してるとか跡を継ぎたいと推測できるだろう。
だから沙羅さんの好感度を上げるイベントが父親に関係してるんじゃないかと思うわけ。
沙羅さんのお父さんの本は一応読んだが、俺の知っている日本料理とはかけ離れている。
俺はちらりと沙羅さんを眇める。
普段涼やかな目が、見開いていた。
やはり。
ただ自分の名前が出てきた、というリアクションではない。
なにかフラグを立てた、そんな気がした。
「へぇ~、沙羅ちゃんのお父さんの本ねえ。でも沙羅ちゃんはそういう料理は作らないケドなあ」
そりゃそうだろうな。
日本の料理はこの世界では異端だ。
すると、沙羅さんはこちらにズカズカとやってきた。
普段の物腰柔らかな沙羅さんと同一人物とは思えない態度だった。
「あの人の話はやめてもらえます? 私とは何も関係ありませんから」
キリッとした声で、俺たちに向かって言い放った。
座っている俺たちを見下ろすように冷たい眼差しが刺さる。
こりゃ相当怒ってるな。
この言いようからすると、どうやら俺の推測は逆、だったようだ。
沙羅さんはおそらく父親を嫌っている。
「ほほ~! 料理部期待の星、沙羅ちゃんは料理研究家の父親と何かあるんですね~? ちょっと詳しくお話を伺っても?」
うわ、よくこの雰囲気でそのセリフが出るものだ。
新聞部ってのはこういう時なんでこうなんだろうな?
「私のような生徒のプライベートなど取り上げても、評判にもなりませんよ? そこの天才料理人のドヤ顔でもアップで掲載したほうがよろしいのではなくて?」
「いやいや、悪評はいらないから」
美少女達から不細工だって面と向かって言われたことある?
今後の努力で見返せるとわかっていても、死ぬほどキッツイぜ。
しばらく二人はバチバチと目から火花を散らしていた。
俺の作ったポテトサラダっぽいものに手を付けることはなかった。
*******
ある日の帰り道、実羽さんを見かけた。
公園の前の道で、しゃがんで泣いている小さな女の子と話している。
迷子をあやしているといったところか。
よし、声をかけてみよう。
「どうしたの、実羽さん」
「あぁ、えっと――ロトさん、迷子みたいで」
やはりそうか。
話しかけながら近づく。
実羽さんは相変わらずとても短いスカートだ。
迷子の女の子よりも露出した脚に目を惹かれてしまう。
そんな男の本能に対しての罪悪感を払拭したいのか、自然とセリフが出た。
「俺にできることあるかな?」
ハーッ、ハーッ。
1分も走らずに息が上がる。
キツイ。
まだまだ運動能力が低いから全然走れない。
だが、あの子の母親をみつけたいと思った。
迷子は泣きじゃくるばかりで名前も何も聞き出すことはできなかった。
迷子を連れてお母さんを探そうとしたが、その場から動いてくれないのだという。
そこでずっと優しく話しかけてあやしていたんだと。
どんだけいい子なんだよ。
俺があの子の母親を見つけてやりたいのは、きっとあの子のためじゃないんだろう。
実羽さんの親密度を上げるためなんだろう。
なんだかなあ。
俺って、しょうもないやつだなあ。
立ち止まって、少し考える。
3歳かそこらの女の子だ。
公園の前であればあの子も公園で遊んでいたのでは?
母親が公園から離れていってしまうだろうか?
俺は公園に戻って、一番高いジャングルジムの上から誰かいないか探した。
ジャングルジムなんて10年ぶりくらいに登ったな。
公園には誰もいなかった。
砂場には道具が残ったままだ。
あの女の子のものかもしれない。
道具に名前が書いていれば手がかりになる。
俺が砂場に近づいていくと、近くのトイレからうめき声が聞こえた。
急いでかけよると、手洗い場で女性が気持ち悪そうにしている。
トイレの屋根の下だったからジャングルジムからも見えなかったのか。
ハンカチで口を抑え、涙目でうんうんと堪えていた。
この状況で思うのは本当にアレだが、物凄く美人だ。
服装はTシャツにジーンズなのだが、健全な色気が漂う。
本当にこの世界はいちいち女性が恐ろしく綺麗だ。
「大丈夫ですか?!」
彼女は大丈夫というように、無言で手をふり、ハンドバッグを見せてきた。
ハンドバッグの持ち手には、なにやらキーホルダーのようなものがついている。
なになに、お腹の中に赤ちゃんがいます……?
――ちょっとドキッとしてしまう俺。
そうじゃねえ、そういうことじゃなくて。
つまり、これはつわりだ。
「3歳位の娘さんがいますよね?」
俺が尋ねるとハンカチで口を抑えたまま、首肯した。
よかった、あの子の母親はこの人で間違いなさそうだ。
俺はここで待ってもらうようお願いして、実羽さんのところへ戻った。
子供を連れてくると、母親はすぐに抱きしめた。
安心したのか、子供が泣き止んだ。
やれやれ、ようやく一安心というところだ。
子供は迷子ではなく、母親が急に具合が悪くなったことを心配するあまり助けを求めたのだが、泣いてしまって何も伝えられなかったということのようだ。
親子からはお礼を言われたが、冗談じゃない。
俺は攻略対象の親密度を上げるためにやっただけだっつーの。
極めて打算的で、偽善と言われてもおかしくない。
自分でもわかってるさ。
「よかった、よかったね」
実羽さんが自分の胸に手を当てて、微笑んでいた。
人差指で目尻の涙を拭っている。
本当に優しい人なんだな、この人。
この人の役に立ててよかった、よかったよ。