異世界メモリアル【第41話】
俺はボランティア部の前をうろうろしていた。
もし実羽さんが沙羅さんのようになったらと思ったら、もう我慢できなかったのである。
次孔さんと真姫ちゃんは多分大丈夫。
あとは実羽さんをなんとかすれば一安心だ。
しかしそんな理由なので何を話していいのかわからず、かれこれ10分ほど腕を組んでドアの前をぐるぐると歩いていた。
「どうしたの?」
「うおっ」
ドアからではなく、後ろから話しかけられた。
「さっきからずっとボランティア部の前でうろうろと。ひょっとして……」
ぎくり。
「なにかお困りですか?」
良かったー。
バレてなかったー。
そうか、ボランティアをして欲しい人という風に受け取られたか。
しかし、実羽さんを傷つけていきなり会えなくなるかもしれないから困ってるとは言えない。
「実羽さんを傷つけていきなり会えなくなるかもしれないから困ってる」
「え?」
――声に出してしまった!?
「な、なんでも――」
なんでもないと言おうとした。
しかし実羽さんからは意外な言葉が帰ってきた。
「ひょっとして誰かを傷つけてしまって、一切会えなくなった?」
な、なんだって……!?
俺が沙羅さんに会えなくなったことを、理解している?
まさか。
しかし常識的に考えて、こんな訳のわからないことを理解してくれるわけがない。
「やはりそうでしたか。そうなることがあるみたいなんですよ」
――なんだ?
まるでこの世界のことを分かってるみたいな言い方だ。
それは妹だけじゃないのか。
妹だけが特殊な存在のはずでは?
いや、確かにそんなことは誰も言っていないが……。
「私は、あなたがこの世界にやってきたことを知っていました」
目を見開く。
そういえば実羽さんは他の女の子とちょっと違っていた。
例えば、体育祭でアイテムを使ったことを見抜いていた。
あのときは少し不思議だなと思っただけだったが……。
「場所を変えましょう」
そう言って、実羽さんは俺を屋上へといざなった。
今は梅雨に入る前の6月。
曇っていても屋上は少し暑かった。
俺は無言のまま、話を聞く。
「私は不良でした」
この世界に来る前、ということだろう。
意外だ。
見た目は不良と言うかちょっとギャルっぽいが。
性格はギャルゲーなら正ヒロインと言ってもいいほど王道の聖人君子だぞ。
「悪いことばかりしていたときに、お、乙女ゲームにハマってしまって」
意外だ!
乙女ゲー!?
それにしても、ちょっと恥ずかしそうにしている実羽さん可愛い。
彼女は更に顔を赤くして次のセリフを言った。
「バイクに乗ってるのに、ついゲームの続きをしてしまって」
アホだ!
でも、俺も同じようなものなので、何も言えん。
「そ、そうか。俺も似たようなもんだよ」
「え? そうなんだ」
実羽さんは、ちょっと安心したように微笑む。
「バイクで事故を起こして誰も同情できない死に方だったのに、警察の人や病院の人や家族が本当に懸命になってくれて」
少し涙ぐみながら話してくれる実羽さん。
「死んだときに悪いことばかりしてたのを反省して、生まれ変わったら絶対いい子になりますって願ったの」
なるほど、そうだったのか……。
「それで乙女ゲームみたいな世界にやってきたんだけど、善行を積んでカルマを減らさないといけないんだよ」
そんなことやってたの!?
だからボランティア部なのか!
俺が勉強や運動を頑張ってるのと同じで、システム上良い事をしないといけないのね!?
なんか親近感湧くなあ。
ただの良い人っていうより、その方が俺は好きだな。
ん?
ちょっと待てよ?
「えっ、ていうことは俺って乙女ゲーのキャラの一人なの?」
なんか光栄なんだけど!?
ああいうのって、よく知らないけど、王子様とかアイドルとかなんじゃないの!?
「そ、そうだよ。でも圧倒的に格好悪かったからすぐにわかった。この世界に来た人だって」
がっくり。
思わず肩を落とした。
そりゃそうか、最初はミジンコよりは好きなだけだったわ。
この世界、男も格好良いやつしかいないしな。
男にとってはギャルゲーであり、女にとっては乙女ゲーの世界ってわけか。
「で、でも、凄く努力してどんどん格好良くなったよね」
「ん? ああ、そうだよね。今は大好きなチューリップの花くらい俺のこと好きだもんね」
「んなっ!? ななな、なんで?」
あれ。
こっち側の状況を知ってるわけじゃないのかな。
「親密度チェックっていうのがあって、その、どのくらい俺のことを好きなのかっていうのがわかるんだ」
実羽さんは顔を真赤にしてうつむいた。
そ、そりゃそうだよな。
恥ずかしいよな。
「えっとー、そんなにわかりやすく教えてくれなくてさ。カラオケのクーポンより好きとかそんな感じだったよ」
フォローしたつもりだったが、握った手をぷるぷるとさせていた。
掛ける言葉が見つからず、俺はぽりぽりと頬をかいた。
君って俺のこと好きだよね、なんてセリフが俺から出るとは思わなかったなー。
この世界のことを知っている同士だと思って、口が軽くなってしまったかな。
「お、お互い、情報交換しませんか?」
実羽さんは努めて冷静な声で、提案を持ちかけてきた。
俺は当然、首肯した。




