異世界メモリアル【第40話】
俺は週末に競馬場へとやってきていた。
お金を稼ぐためではない。
競馬にハマったわけでもない。
もちろん次孔さんに会いに来たのだ。
沙羅さんに会えなくなったイベントは本当に俺への影響が大きかった。
真姫ちゃんに続いて次孔さんにも、傷つけないようにフォローするのだ。
具体的には疎遠にならないような、次に続くような約束を取り付ける。
そうすることで、突然のさよならは防げると考えている。
実羽さんにもフォローは必要だと思うが、まずは次孔さんだ。
真姫ちゃんとのプロレスの際に、おっぱい押し付けられてデレデレしてたところをジト目で写真を撮られていたこともあって印象が悪くなっているんじゃないかと思っており、傷つけてしまわないか怖いのである。
そして、もう一つ理由があった。
前回の親密度チェックのことだ。
【親密度】
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次孔 律動 [また競馬場に来るのかな!?]
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――正直、これは萌えました。
大体、いままでの親密度チェックはギャルゲーっぽく萌えられることがほとんどなかった。
普通、好きとか大好きとかで表現されるだろうに。
ミジンコより好きだの、マジ微妙だの。
わかりにくいし、下手すりゃ悪口かっていうレベルでしたよ。
凹むことはあっても、嬉しいことはあまりなかったわけ。
ところがですよ。
また競馬場に来るのかな!? ですよ。
なにこの、純粋に俺が競馬場が来るのを楽しみにしてる感じ。
まるで散歩に連れてってもらえると思って尻尾を振るワンコのようじゃないか。
こんなこと言われて(言われてないけど思ってるだけだけど)期待に答えないなんて無理っす。
のこのこと競馬場に行きますとも。
全力で次孔さんを探す俺。
パドックは必ず見るはずなので、そこで探せば見つかるはずだ。
パドックについた俺は馬を見ないで、周辺の客を眺める。
女子高生なんて滅多にいないので、探すのは簡単だ。
2分ほどで見つけて、近寄ると向こうも気づいたようだ。
「あっ、ロトっち! また来たんだ」
俺がつい笑ってしまうほど、満面の笑みで迎えてくれた。
くふふ、犬がしっぽを振るように、ポニーテールを揺らしている。
これは俺のことが好きなのではなくて、競馬友達ができたことに対するものだとはわかっている。
それでも、嬉しくて。
俺もつい破顔してしまう。
「そうだよね~、今日のレースは外せないもんね~」
今日のレースのことなど、別に知らないのだが。
この場合、返事の選択肢は3つか。
1.今日のレースについて知らないと言う
2.次孔さんに会いに来たと言う
3.適当に話を合わせる
知らないよなんて言うわけがない。
レースについて教えてもらえるかもしれないが、それもどうでもいい。
そして、次孔さんに会いに来たんだよとも言えるわけがなかった。
適当に話を合わせるしかないな。
「だな。次孔さんの予想は?」
そう言うと、嬉しそうに予想を語った。
相変わらず全然理論的ではない。
ただ見ているだけで幸せになってしまいそうなほど、好きが溢れる語り口で。
こんなに相槌を打つのが楽しい会話はないと思った。
俺は次孔さんの予想とは関係なく、普通に競馬新聞で予想が出来るようになり、ちょくちょく当たるようになった。
もともと競馬ゲームはやりこんでいたので基礎知識はあるのだ。
調教について。
血統について。
戦術について。
そういったベースはやはり同じなのである。
こちらのレースの特性や種牡馬のことを調べれば予想はできるようになった。
この世界ではそこまで血統を重視した予想はされていないようだった。
競馬ゲームでは血統が一番重要なので、俺は血統重視で買う。
単に優秀な親だからということではなく、距離や馬場との適性を見るのだ。
ダートが得意な馬の子供はダートでも強いとか。
短距離馬の親だと、距離の短いデビュー戦では有利とか。
そういう買い方をしていると特に未勝利戦や新馬戦では割と当たる。
次孔さんのように顔つきで買うような人はそういないだろうけど、それほど血統で予想する人は多くないのだろう。
血統的には勝てそうな馬でもそれほどオッズが悪くない。
そういう買い方をしているうちに収支はなかなかのプラスになった。
次孔さんは結構な競馬好きなわけで、予想にも一家言持っているわけで。
俺はこの前競馬を始めたばかりのド素人。
そんな俺が予想を的中していくのだ。
これは、面白くないんじゃないか。
ところが、次孔さんは俺が馬券を当てると心底喜んでくれる。
自分が大外れでも、ボーリングでストライクを取ったときのように俺を祝ってくれるのだ。
……ほっとした。
競馬が好きすぎるあまり、こだわりが強くて。
些細なことで喧嘩になって。
それで傷つけてしまって……
そんなシナリオを想像してしまうこともあった。
沙羅さんがいなくなってから、どうもネガティブな思考をしがちなのである。
この分なら大丈夫そうだなあ。
そう思っていた矢先。
「ロトの予想は凄いなあ。……私は駄目だな」
えっ……?
一気に下がるテンション。
嫌な予感がする。
「こんなんじゃ、競馬記者になんてなれないよね……」
そう言ってうつむく次孔さん。
冷や汗が流れる。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
まさか、まさか。
にわかの俺が予想したことをきっかけに?
競馬記者への夢を諦めることになり?
深く傷つけてしまった俺に?
もう二度と会うことはない……?
嫌だ!
嫌だー!
競馬なんて当てなければよかった。
次孔さんと同じ馬券を買って外していればよかった。
競馬ゲームなんてやっていなければよかった。
血統なんて詳しくならなければよかった。
もう、何もかもを後悔し始めていた。
完全に青ざめた俺の顔の眼の前で。
次孔さんは表情をがらりと変えた。
「もっと、もっと勉強しなくちゃね!」
彼女はそう言って、両手を握りしめ、気合の入った顔を見せた。
――な、なんだよ~!?
ビビった~~!
もう、焦らせないでくれよ~!
俺は安心して長く息を吐いた。
そうだよな、次孔さんはこういう人だ。
元気で、快活で。
楽しそうで、前向きで。
だから好きなんじゃないか、この人のことを。
「ロト先生! 競馬予想をもっと教えてください!」
俺は大きく首を縦に振った。




