異世界メモリアル【第38話】
「お兄ちゃん、ついに女の子をフったのね。このリア充め、爆発しろ!」
何故か、舞衣は嬉しそうだった。
満面の笑みで俺をいじっている。
いや、俺はマジで凹んでるんだけど。
沙羅さんを知らず知らずのうちに傷つけてたなんてな……。
「モテモテのくせに、なんて顔してるのお兄ちゃん」
舞衣は俺が沙羅さんをフッたことを心底喜んでいるようだった。
俺は何も言う気にならず、嘆息した。
ギャルゲーにおける初回プレイをどう遊ぶか、というのは結構人それぞれだと思う。
パッケージに一番大きく描かれているいわゆる正ヒロインから攻略する人。
説明書のキャラクター紹介を見て、好みで選ぶ人。
攻略本を買って、全てのCGとシーンを回収できるようゲームとして完璧なプレイをする人。
初回プレイは小手調べで、システムの理解を優先するためあえてバッドエンドを回収する人。
色々なプレイスタイルがあるだろう。
だが、最後はみんな一緒だろう。
攻略してないキャラクターのエンディングを見るために全力を尽くす。
その時は、すでに攻略したキャラクターには好感度の下がる選択肢を選んだりすることもある。
この世界は、パッケージが無い。
説明書も攻略本も無い。
パラメータ上げるのが、こんなしんどい世界でバッドエンドになりたくない。
つまり、現実と一緒で手探りでやるしかない。
これがギャルゲーの最後のプレイなら。
沙羅さんをすでに攻略したというのなら。
選んだヒロイン以外のキャラクターに嫌われる、その選択肢を選べるだろう。
しかし……。
ギャルゲーは何度もやったが、俺は恋愛経験が無い。
通常の恋愛ならば、恋に落ちた相手以外を好きになってはいけないのだろう。
ところがギャルゲーってのは、そういうんじゃない。
むしろ全キャラクターを好きになれるのが良いゲームだ。
全部クリアした後で、一番好きなのは誰かを決めるのが普通だろう。
この世界は、ギャルゲーのような世界だ。
当然の如く、ヒロインはそれぞれ魅力的だ。
仲良くなればなるほど、魅力がわかっていく。
だから今は。
初回のプレイを手探りでプレイしているつもりの俺は。
みんなの事を知りたい、好きになりたい。
そういう風に行動してしまった。
俺はあいちゃんが好きだ、多分。
舞衣が言うように、これが恋なのかは俺にはわからなかった。
だけど、他の魅力的な女の子よりも優先して仲良くなりたいと思った。
ギャルゲーで言えば、 今回はこのキャラをクリアしよう。
その程度の認識だったのかもしれない。
だがこの世界はやっぱりギャルゲーじゃないんだ。
俺は沙羅さんだって好きなんだ。
好きな人を傷つけて平気なわけがないんだ。
次のプレイでは攻略するからと。
そう思えれば、この辛さから開放できるのだろうか。
「ど、どうしたのお兄ちゃん」
舞衣が俺の額に手を当てて心配するほど、ひどい顔をしているようだ。
「げ、元気だしなよぉ、ほらステータス凄いよ?」
どうやら元気づけようとしてくれているらしい。
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 201(+25)
理系学力 198(+31)
運動能力 211(+33)
容姿 201(+21)
芸術 111(+1)
料理 183(+1)
―――――――――――――――――――――――――――――
「すっごーい! 頑張ってるね~お兄ちゃん」
ステータスの数値が上がったから嬉しい。
そんな純粋な気持ちは、もはや無かった。
人間の魅力ってのは、数字で測れるものじゃねえんだ。
人生において、そんな数値に価値なんかねえんだ。
俺はステータスを上げるゲームシステム自体に、イライラしていた。
舞依は俺の表情を見て、うろたえつつ話を続ける。
「え、えっと、親密度もいい感じだよ?」
【親密度】
―――――――――――――――――――――――――――――
実羽 映子 [チューリップの花くらい好き]
次孔 律動 [また競馬場に来るのかな!?]
寅野 真姫 [まじプロレス研]
江井 愛 [先輩を好きになる確率8%]
―――――――――――――――――――――――――――――
いい感じというのは、あいちゃんの親密度のことだろう。
俺を好きになる確率が一気に上がったことを指しているのだろう。
また沙羅さんを傷つけたことによる影響も無かったようだ。
あのゲームだと誰かを傷つけると評判が悪くなって、他のキャラクターの好感度も下がったはずだから。
そういう意味で、いい感じと言っているのか。
だけど。
だけど、そんなことより。
沙羅さんの表示が消えてしまった。
――これは堪える。
親密度が低いんじゃないんだ。
親密度が無いんだ。
もう出会わなかったことと同じなんだ。
もう二度と、親密度が上がるイベントは起きないんだ。
目を閉じると沙羅さんとの思い出があふれる。
一緒に料理を作ったこと。
誕生日プレゼントで喜んでくれたこと。
話をしながら、将棋を指したこと。
あの笑顔はもう見れない。
もうあの皮肉を聞くことが出来ない。
俺は、嗚咽が出るほど泣いていた。
気づくと妹の胸に抱かれて、みっともなく涙を流していた。
舞依はもう、何も言わずに頭を撫でてくれていた。
俺は恋愛ドラマとかで二股をかけるヤツのことは嫌いだった。
人間のクズだと思っていた。
誰にでもいい顔をしようなんて、下衆だと。
浮気だの、不倫だのするやつは死ねと。
本当に好きな人のためなら、地球が滅んだって構わない。
それが恋愛だろと、言ってた気がする。
何も知らないくせに知ったようなことを。
現実はそんな簡単に割り切れるものじゃないんだ。
その人の事情や感情なんて他人が推し量れるものじゃないんだ。
恋愛は正しいとか間違ってるとか、法律みたいに決められるものじゃないんだ。
俺は何も知らない、子供だったんだ。




