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異世界メモリアル【第37話】


「聞こえませんでした、もう一回言ってください」


――なんだと。


死ぬほどこっ恥ずかしいセリフを言った後、コレはないだろう。

俺はどうするべきか考えるために例によって脳内に選択肢を用意した。


1.「なんでもない! バカ!」

2.「お前が、俺のハートを、盗んだんだよ! 何度も言わせんな!」

3.「……なんでもない」


1.は、なんというか……ラブコメ漫画の強気ヒロインだけが言うことを許される気がする。

2.のパターンもあるが、普通にいうより余計に恥ずかしいじゃないか。

3.を選ぶのはなんか負けた気がするよな~。


かあ~っ、選べねえ。

どれも結局恥ずかしいことに変わりがない。

顔を擦ったり、腕を組んだり、目をぎゅっと瞑ったりしているとあいちゃんが口を開けた。

ああ、選択肢が選べずに時間切れか。


「嘘ですよ、聞こえてました」


そう言って、舌をぺろっと出した。


こ、コノヤロー。

またしても俺を困らせやがって。かわいくないやつ。


「スゴく嬉しかったから、もう一回聞きたくって」


……こ、コノヤロー。

またしても俺を困惑させやがって。かわいいやつ。


ペンダントをつけた彼女と、少し酒を酌み交わしてその日は別れた。

親密度が上がっている、と信じたい。


******


6月に入り暑い季節が始まった。

夏服へと衣替えを済ませた俺が廊下を歩いていると、沙羅さんに遭遇した。

手を上げて挨拶をし、通り過ぎようとしたら声をかけられた。


「なんで料理部を辞めたの」


冷たい、ゾッとするほど冷たい声だった。


「どうして」


恐る恐る表情を伺うと、恨みがましい顔でこちらを睨んでいた。


ひえっ……

殺される……!?

沙羅さんの親密度は、なんかムカつく存在、だったな。

ムカつきがピークに来たのだろうか。

俺は殺意を感じ、逃げるように去ることしか出来なかった。


その後、俺が沙羅さんを傷つけたという噂が流れた――。


正直、この世界があのゲームっぽいということに気づいてから、この事態が起きることは危惧していた。

あぁ、ついにこのイベントが起きてしまったのか。

そういう感じだ。


「お前、評判悪いぜ、なんとかしろよ」


うわー、義朝のアドバイスだー。

具体的な方法が何一つ無くて困るー。

確か、謝れば許してくれた気がするんだよな。


翌日、俺は彼女の教室に向かい、校舎の裏に呼び出した。


「ごめん! 俺が悪い!」

「何が悪いんでしょうか?」


全然許してくれない。

もの凄い勢いで詰問されている。

親の仇でも見るように俺を睨んでいる。

人間ってそんなに眉毛を釣り上げることが出来るんだという驚き。


「大したお人ですなあ、悪い事をした記憶もないのに謝るなんて」


久しぶりに皮肉を食らう。

んー、キツイ!

この皮肉がちょっと気持ちいい事もありました!

もう、無理です!


「どなたが謝ってと言ったのでしょうか。私はただ質問しただけです」


セリフがマヒャドの如く冷たい。

冷たすぎて痛い。

恐ろしくて何も言えない。


「何か勘違いしていらっしゃるようなので、もう一度言いましょうか。なぜ辞めたんですか」


本当のことは言えない。

食事を摂ることが出来ない少女と仲良くなるために、部活を辞めただなどと。

プロレスが好きなわけでもないのにパラメータのために、部活を変えただなどと。


「私とは話したくもないということですか」


冷たさの中に寂しさまで含めた声でそう言うと、そっと目を伏せた。

罪悪感で胸が押しつぶされそうだ……。

嘘をつかずに伝えられるだけのことを伝えよう。


「どうしても身体を鍛える必要があったんだ」


絞り出すように、なんとかそれだけ言う。

沙羅さんは俺が言葉を発したことに少しだけ安心したようで、こちらを見直した。


「確かに、随分とたくましくなっていますね」


そう言いながら、俺の右腕にそっと触れる。

!?

なんで触る?


「ちょっと力を入れてみてください」


ええっ?

俺はひたすらに混乱している。

しかし相手は怒ってるわけなので、とにかく言うことを聞くことした。


「わ、固くなった。すごい、男らしい」


驚いた表情を見せる沙羅さん。

興奮しているのか頬が少し紅くなっていた。

しかし、すぐに顔を曇らせる。

どうしたんだろう、沙羅さん。

なんか変だ。


「あの人工知能の後輩の好みなんですか? だからマッチョになるのですか?」


―――!?

な、なんだって。

なぜ、ここであいちゃんの話になるんだ。


「どうしてわかった、という顔ですね。所詮私はその程度の存在でしたか」


なんだ、何を言っているんだ、沙羅さんは。

俺には彼女の言っていることが全くわからなかった。


「あなたが部活を辞めて、あの後輩と仲良くしているところを見て初めて気づきました、私の気持ちに」


両手を合わせて胸を抑え、せつない表情をする沙羅さんはとても儚くて綺麗だった。

あの後輩とは、あいちゃんのことだろう。


「あなたは私と出会ってからずっと料理が上手になっていった。将棋ができる知性もあって、ルックスもどんどんカッコよくなっていくように思えた」


うん、主観じゃなくて数値で表せるほど明らかに見た目は良くなってる。

これほど客観的に自分のことを理解しているやつはそうそう居ないと思う。

そして、俺への気持ちもわかっていると思っていた。


「あなたが私以外の女性と親しくしているところを見ると、なんだか胸がムカついて仕方がなかった」


確かに親密度は、なんかムカつく存在、だったな。

それはまさか、まさかだけど。

嫉妬だったってことなのか?

俺に、俺なんかにやきもちを焼いてくれていたというのか?

わかりづらい、わかりづらいよ。

なんで親密度は数値で表現してくれなかったんだ。


「やはり、失恋ということなのでしょうね」


そう言って、沙羅さんは小走りで去っていった。

なんだこれ。

なんなんだよ、これ。


好感度の高いキャラクターから選ぶのがギャルゲーだ。

選ばれなかったヒロインのことなんて、考えたことなかった。


人から好かれるなんて、羨ましいとしか思わなかった。

女にモテるなんて、最高に幸せなことだと思ってた。

なんだよ、なんで。


なんでこんなに辛いんだよ……。



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