異世界メモリアル【第36話】
「おっちゃん、とりあえず生!」
「あいよーっ!」
「いやー、今日はあっちーなぁ」
おいおい、マジか。
俺は全く種の分からない手品を見るような気持ちだった。
「あいよ、お通し」
「かぁ~、大将、悪いね。普通のお通し食べれなくて」
「江井さんのお嬢ちゃんは煮込みの汁ね」
「ありがてえなあ」
俺はこの衝撃的な場面に絶句し、目を丸くすることしかできなかった。
妹が行ったシミュレーションが完璧すぎて。
ほとんど同じじゃないか。
舞衣の予想は本当に神がかっている。
「このお店、よく来るの?」
「そうなんですよ、博士が常連でして。食事ができない分、お酒を嗜むのはとても嬉しいことなのです」
なるほどなあ。
俺が相槌を打っていると、最初のドリンクが運ばれてきた。
「ハーフバースデーおめでとう」
「有難うございます、先輩」
ジョッキを構えてウインクするあいちゃん。
おいおい、この前の舞衣と本当に同じポーズなんだけど。
幼い見た目による違和感が半端ないところもそっくり。
「ふふふ、ハーフバースデーのお祝いでお酒を飲むなんて、なかなかないでしょうね」
「赤ん坊に酒なんか飲ましたら虐待だからな」
話が始まってしまえば、妹とは全く違う会話だった。
そりゃそうか。
眼の前の美少女は赤子のようなきらきらした目をしながらそう言えばと前置きして、話を続けた。
「逆に母乳は飲んだことないのですが、美味しいのですか?」
「……覚えてないよ、そんなの」
「私のを飲んでみます!?」
「出るの!?」
「出ませんよ」
くっ……。
相変わらずだな、この感じ。
涼しげな顔で生を飲みながら言いやがって。
俺は何やらこいつに一杯食わせたい気持ちになった。
沢山ご飯を食べさせるっていう意味じゃないぞ。
「いや、出ないとは限らないんじゃないか?」
「えっ? いえ、そんな機能はないはずです」
「イースターエッグって知ってるか」
「エンジニアがプログラムに遊び心で仕込む機能のことです?」
「それだ。お前の博士の趣味は俺にはよくわかる。母乳が出る機能をこっそり入れている可能性は大いにあるな」
「うーん、確かに否定しきれませんねぇ」
「俺が確かめてやろう」
「ふぁっ?! 確かめる!?」
この流れは想定外だったのか、完全に面食らっている。
俺は内心ほくそ笑み、真剣な顔を装って話を続ける。
「さっき、自分から飲んでみますかと尋ねたじゃないか」
「そ、そうですが、そのジョークというか」
人工知能のくせに計算が追いつかずに、しどろもどろじゃないか。
なんだこの腹の中に燻る気持ちは。
俺にもあるのか、ドSの魂が。
「冗談では済まないかもしれない。うっかりおっぱいが出ちゃったら大変だ」
「えええ!? それはそうですが。そもそもどうやって確かめるんです?」
「吸ったり揉んだりするしかないだろう」
「なっ!? にっ!? すっ!? もっ!?」
ははは、完全に頭がオーバーヒートしてる。
頭の上から湯気を出しているかのような……。
あれっ、こいつマジで湯気出てないか!?
「おいおい大丈夫か、あ、熱っ」
頭を触ると、本当に熱があり、本当に湯気を出していた。
なんてこった。
漫画的表現を実装してやがるぞ。
あれはわかりやすく照れてるところを可愛く表現しているだけだから。
本当に湯気が出たら、あぶねーだろ。
馬鹿なのか博士。
「すまんすまん、こんな機能があるとは知らなかった」
「わ、私も知りませんでした……これがイースターエッグ……」
知らされてなかったのかよ。
頭が沸騰しそうになると湯気が出る、なんて言わないか。
俺はお冷をかけたおしぼりで頭を冷やしてやる。
「ということは、やっぱり母乳も……」
あいちゃんは、あわわわと慌てふためいた。
「いや、それは、どうだろうな」
正直口から出まかせだし、いくら博士でも母乳は出させないだろ。
いや、断言はできないが……。
「……先輩に試してもらうのは、恥ずかしいです」
「うおっ……」
本気で恥ずかしがるのは反則だろ……。
湯気は出なくなったが、真っ赤な顔のままで俯くあいちゃん。
それを見て俺も顔を熱くする。
「す、すまん。軽口のつもりだった」
謝罪の言葉を聞いても、頬を桜色に染めてもじもじと下を向いたまま。
こういう表情は本気で美少女だからやめて欲しい。
いや、やめないで欲しい。
よし、この流れで……出すか。
「えっと、これ」
口下手かよ、俺。
いかにもプレゼントでございという箱を渡す。
あげるタイミングに困っていたが、今しかない。
さっさと受け取ってくれ。
「あいよ、熱燗。徳利が熱いから気をつけてね」
「あちちち」
あいちゃんは俺の出したプレゼントの箱ではなく、大将から熱燗を受け取っていた。
プレゼントを突き出したままで動けない俺。
あ、悪いねみたいなポーズの大将。
超絶にタイミング悪いじゃねーか。
「おっとっと、こぼしちゃいけねえや、酒の一滴は血の一滴ってね。私は血は出ませんが」
落語みたいなこと言ってないで、プレゼント受け取ってくれないかな。
もうすっかり雰囲気は甘酸っぱさが消え失せて、すっかり大衆酒場のそれになってしまった。
しかし、なかったコトにして箱を引っ込めることなど出来ない。
もはや恥辱プレイなんじゃないかとすら思える。
「かぁ~、美味いねえ。ありがてえや、どうだい旦那も」
そう言って徳利を差し出してようやく気づいたようだ。
俺がハーフバースデーのプレゼントを差し出したままの状態であることを。
お互いが右手を相手に突き出した状態で固まっていた。
なんとアホらしいクロスカウンターだろうか。
彼女は表情が固まっていていたが、顔は真っ赤だった。
そしておそらく俺も。
すると何故か音楽が流れてきた。
バラエティ番組でいい話をするときに流れるような綺麗なバラード。
なにやらしっとりとした雰囲気に変わっていく。
あいちゃんの口元を見ると少しだけ動いている。
どうやらミュージックプレイヤーの機能を使用して場の空気を変えているようだ。
器用なんだか、不器用なんだか。
そっと徳利を引き戻し、柔らかな微笑みをつくってから、プレゼントを受け取った。
一気にホテルの上層部のようなムードが漂う。
よく立て直してくれた、さすが優秀な人工知能。
箱を持って、こちらをじっと見つめる。
開けてもいいかというサインだろう。
俺は無言で頷く。
なんだろう、声を出したらこの空気が変わってしまう。
そんな気がしたのだ、おそらく彼女も。
箱を開けて四つ葉のクローバーのペンダントを着けた。
あいちゃんは、うっとりするほど可憐に笑った。
「素敵ですけど、ハートのほうが良かったかな」
顔からは不満があるようには見えないが、俺は心の中で謝罪した。
すまん、それは妹にあげてしまったのだ。
そして同じものはあげないで欲しいと、頼まれてしまったのだ。
「ほら、私ハートないから」
胸を抑えながら言う。
人間じゃないから魂がない、ハートがないということだろう。
俺にはとてもそうは思えなかった。
「ハートなら持ってるはずだ」
「持ってませんよ」
「いいや、持ってるね。だって」
俺は死ぬほど無駄に勇気を使って言った。
「俺のハートを盗んだんだから」
このシリーズ、なんと未だに一度も感想をいただけておらず。
最初に感想をくれるのは……あなただ!




