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異世界メモリアル【第35話】


「おっちゃん、とりあえず生!」

「あいよーっ!」

「いやー、今日はあっちーなぁ、お兄ちゃん」


黒板のお品書きをチェックしながら、手ぬぐいで首を拭っている。

……誰ですか?


「あいよ、お通し」

「かぁ~、大将、煮込みとは嬉しいね」

「そうかい、嬉しいねえ。じゃあ煮玉子もつけちゃうよ」

「ありがてえなあ」


誰なんだよ?

このおっさんは?


「どうしたの、お兄ちゃん? さっきから黙ってるけど」

「舞衣こそどうしたんだよ!? お兄ちゃんビックリだよ! 浅草のおっさんか!?」

「失敬だなあ」


失敬とか言わないんだよ、プリティマイシスターは。

いや、あのさぁ。

酒を飲んだら酔って人格が変わる。

それならわかるのよ。

割と普通の展開だよね。

むしろウイスキーボンボンですら泥酔みたいなね。


違うんですよ。

まだ、一滴も飲んでないんですよ!

居酒屋らしいところにやってきた途端にキャラが違うんですよ!


「はい、お待たせ~生ね」


これ何?

泡はあるけど色が黒いからビールじゃなさそう。

まぁいいや、別にそもそも酒飲んだこと無いし。


「舞衣、お誕生日おめでとう」

「ありがと、お兄ちゃん」


ジョッキを構えてウインクする妹。

幼い容姿の舞衣とお酒の取り合わせは超絶に可愛いけど、違和感が凄い。


「かんぱーい」


嬉しそうにジョッキを突き出す舞衣。

こんなに楽しそうな妹は見たことがない。

喉を鳴らして一気に半分くらい飲んでいく。

俺はあまりの意外性に目を見張る。

生まれて初めてお酒を飲むんだろうに。

恐る恐る飲むでしょ、普通。


「かは~っ、うめえ~」


広告に使用できるほど美味しそうに飲んだなぁ。

俺も生なんとかに口をつける。


あー、苦い。

甘さもあるけど苦い感じ。


煮込みも食べてみる。

よく煮込まれているので、何の肉だかさっぱりわからない。

しかし酒の肴ってのは、独特の旨さがあるな。


「大将、注文いいかい」


手慣れた感じで料理を注文していく舞衣。

始めて来た店でなんでこんなに堂に入ってるのか全く理解できない。

生のおかわりと料理を注文しおわった妹に俺はようやく聞きたかったことを聞いた。


「なんで居酒屋なの?」


妹とお酒を初めて飲むというイベント。

俺は勝手にではあるが、レストランかバーだと思っていた。

まさかこんな本格的な居酒屋とは。

甘ったるいカクテルなど当然置いていない。


「あいちゃんと行くんでしょ?」

「ん、そうだな」


舞衣の誕生日祝いではあるが、もともとの目的はデートの下見である。

何も食うことができない人工知能だが酒は飲めるという。

だから尚更、バーとかだと思ったんだが。


「妙に気取ったところに行くことが想像できる?」

「……できねえ」

「でしょ?」


煮玉子をつまんだままの割り箸を俺の顔に突きつけながら、得意げな顔を見せる。

ぱくりと口に放り込んで、生なんとかを流し込む。

本当に美味しそうに飲むなあ。

初めて酒を飲むようには全く見えない。


俺も真似をして、煮玉子を齧り生で喉を鳴らした。

なるほど、こうしたほうが美味い。

少し気分が高揚してきた。

これが、酒……!

夢中で味わっていると大将が次の料理を持ってきた。


「お待たせね、熱燗と、塩辛と、お造りですねー」


妹は本当に何者なんだ。

熱燗って。

ちなみに塩辛はイカじゃない。

お造りは魚じゃないし、玉子も鶏のものではない。

だけどこれはとても日本人の好きな味だ。

普段日本料理を再現している俺からすると、懐かしさを覚える。


「お兄ちゃん、まぁ一杯」

「妹と盃を交わすときがくるなんてなあ」


熱燗を注いでもらったぐい呑みを煽る。

あ~、すげえ。

お酒だー。

美味いのかな?

わかんないけど、なんか嬉しいものがある。


「どうよ、お兄ちゃん。なんか親しくなった気がするっしょ?」

「舞衣が異常に親しく接してくれてるだけな気がするが……」

「えっ、あいちゃんってこんな感じじゃない?」


完全にキャラを演じきっていたという自信があったのか、きょとんとする妹。

彼女のことをそんなに知らないだろと思いつつ、じんわりと感謝の気持ちで心が暖かくなる。

俺の妹は自分の誕生日なのに、俺のデートのために意中の相手の真似をしてくれているのだ。

なんといじらしいのか。

なんと愛おしいのか。

しかし俺はもう妹を攻略したいなどとは言うまい。

愛する妹の思いに応えるためにも、あいちゃんとのデートを成功させてみせるぜ!

そんなことを誓いつつ、極めて普通に会話を続ける。


「舞衣、全然似てないよ。あいつはこんなに可愛くないんだ。もっとなんかむかつく感じだ」

「んも~、そんなこと言って。大好きなく・せ・に」


酒が入ったせいだろう、頬を赤らめて指を俺の肩をつっつきながら言う舞衣。

いや、本当に可愛いな俺の妹。

あいちゃんが同じことやったら、こんなに素直に可愛いと思えないに違いない。

俺はカバンから用意していた箱を取り出す。


「これ、誕生日プレゼント」

「えっ、私なんかにプレゼントしたっていいこと無いのに」

「妹との親密度を上げたくてな」

「だから私は親密度がないっていうのに」


舞衣はぶつくさ言いながら箱を開けた。

すぐに、ぱあっと顔が喜びに満ちたものになる。

もうこの時点でいいことあったっつの。


「やるね、お兄ちゃん。こんな素敵なプレゼントあげたらきっとあいちゃんもイチコロだよ」


そう言いながら嬉しそうにハートのネックレスをつける。

喜んでくれる顔が見れるとは思ってたんだけど。

居酒屋で熱燗飲みながら見ることになるとは思わなかったなあ。


「そういや、あいちゃんの誕生日わかんねえな」

「あ~、来週ハーフバースデーだよ」

「ハーフバースデーって何?」

「生まれて半年を祝う赤ちゃんのイベント」


ギャルゲーで赤ちゃんのイベントが発生するのかよ。

ギャルゲーじゃねえけどさ。

それにしても、まだ生まれて半年も経ってなかったのか。

まぁ人工知能に年齢なんて関係ないよな。


「よしハーフバースデーのプレゼントを買うか」

「おむつケーキなんて買っちゃだめだよ」


買うわけ無いだろ。

本当の赤ちゃんにあげるやつだよな。

そんなもんプレゼントしたらあいつは、おむつを履きかねん。


「あと、これとおんなじのもだめだよ」


……買うわけ無いだろ。

大事そうにハートを両手に包み込みながら言うなよ。

顔真っ赤にしやがって、酔っ払いめ。


これと同じくらい喜んでくれる、別の物を考えないとな。




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