異世界メモリアル【12周目 第9話】
捗る。
はっきりいって、彼女と知り合ったのは僥倖だった。
「この曲、好きだな」
音ゲーはそれなりにやってきたし、指揮棒みたいなコントローラーを使って、指揮者になるゲームすらやっていた俺だ。
いわゆるクラシック音楽的なものでも、理解できる。
「この曲はですね、もともとは鎮魂歌なんですけど、今はお笑い芸人のギャグで使われることで有名に……」
「そうなんだ……」
こんなふうに曲の解説、作曲家の名前。
有名な演奏家、影響を与えた人……聞けばあらかた教えてもらえた。
曲を聞かせてもらって、その後話をする。
これを繰り返すだけで、教養とセンスがもりもり向上していることがわかる。
「できれば、この曲で一緒に踊れると嬉しいんだけど」
「……わかりました」
ダンスの練習もできた。
ルックスはクソなんだろうが、命の恩人だからオッケーしてくれたのだろう。
もうとにかく彼女に会うことが最もステータスを上げる行動といえる。
「明日も来ていいかな」
「もちろんですとも」
こうしてひたすら通うことに。
もちろん、馬に乗ることはやめない。
朝は馬小屋、その後学園に行き、放課後は彼女のところへ。
「あ、痛っ」
「ご、ごめん!」
ダンスが難しいんですよ。
どうしても足を踏んでしまう。
上から矢印が降ってくれば、間違えずに踊れると思うんだけど。
このダンスの練習、どう考えても彼女にメリットが無さすぎるんだよな……。
「なんか俺にできることない? なんかいつも付き合ってもらって申し訳ないんだが」
「ロトさまは命の恩人。こちらこそまだまだ恩を返せていないと思っています」
「う~ん」
そうなんだろうとは思うよ。
俺が仮に命を救われたら、まぁこのくらいはするよね。とは思う。
でもなあ~。
それで相手の方が「命の恩人なんだから当然だよね」っていう態度だったらイヤだよねえ~。
「わかった、申し訳ないんじゃないな。お礼がしたいんだ。本当に嬉しいから」
「ずるいです……そう言われたら断れないじゃないですか」
そうは言いつつ、嬉しそうにはにかむ。
うーん、なんて可愛らしい少女なのか。今までにないタイプ。
「じゃあ、週末に一緒にオペラを見に行きたいです」
「デートのお誘いってこと?」
「あっ……もう!」
ぽかぽかと肩を弱く叩かれる。うーん、なんて健気で慎ましい乙女であることか。
「それだとますます嬉しくなっちゃうから、またお礼しないと」
「なら、再来週もお願いしてもいいでしょうか」
「はは、それだと毎週デートになっちゃうな」
「ふふふ」
「あはは」
あれ?
ナニコレ?
もうエンディング?
なんかもう攻略してない?
そう思うくらいの雰囲気なんですけど。
その週のデート。
「これがオペラか~。なんかすごいけどよくわかんないな」
「終わったあとで、話を教えてあげます」
「ああ、食事のときに」
「お食事?」
「もちろん。高級じゃないけど、一応レストランを予約してるよ」
「そんなことされたら、またお返ししなきゃいけないじゃないですか」
「今、オペラの解説してくれるって言ったじゃないか」
「ん~、もう……」
「ほら、なんかおじさんが歌ってるからちゃんと見ないと」
「王様ですよ……後で教えます」
うん。
これね。
もう攻略なんよ。
ここまで親密度をあげるのは至難の業なんですよ。ええ。
オペラを見終わり、レストランで乾杯する。
「つまり王様がですね」
「ほうほう」
「あれは悲しみを表していて」
「なるほど」
「それで……」
「あ、このワインの説明もいい?」
「ええ!? ワインはあまり詳しくなくて……」
「そうだったのか」
「だから、こうしていただく機会があるのは嬉しいです」
「そっか。じゃ、来週もワインだね」
こうして、平日は音楽。
ダンス。それに詩、お茶をして過ごした。
そして、休日はオペラ。
あとは美術館に行ったりして、その後はレストランでディナーだ。
ファッションについても、デートのたびに教わっている。ルックスも徐々に上がるだろう。
「今週も、ありがとう」
「今週も、楽しかったです」
「来週も、よろしくね」
「来週も、お願いします」
最高だった。
幸せだ。
当初はどんなギャルゲーだよと思ったが、これこそギャルゲーだよ。
だってデートしながら、ステータスが上がるんだもの。
ステータスを上げないとデートできないほうが、ギャルゲーとしてどうかしてる。
「学校って行かなきゃ駄目かな」
「駄目じゃないですか?」
「うーん」
学校に行っても、大して意味がないんだよな。
いつものシステムなら、学力も体力も得られるし、部活っていうのもある。
ところが今回必要となるステータス、あまり学校では上がらない。
乗馬の授業もないし、ダンスは誰も付き合ってくれないし、ましてやワインを飲むとか、オペラを見るなんてことはまったくない。
レストランで食べた分は、皿洗いしないといけないし。うん、学校行ってる場合じゃない。
「いらねーな」
「ええ~?」
「今週とか来週とかそういうんじゃなくて、ずっと毎日一緒にいよう」
「嬉しい……」
そう約束はしたが、それができないことはわかっていた。
なぜなら、こんなに一緒にいるのに、彼女の名前すらわからないからだ。
そう、名前がわからないというのは、つまり。
攻略できないキャラ。
つまり、モブキャラだということだ。




