異世界メモリアル【12周目 第7話】
厩務員の朝は早い。
馬のブラッシング、飼い葉の準備。
馬が飲む水は多く、運ぶのは重労働。
それが終わったら、ようやく朝の散歩だ。
俺が馬に乗れるのは、そのときだけ。
これだけでは乗馬のステータス向上は厳しいな……。
しかしダンスと乗馬以外はやりようがないのだ。オペラを見るだの、ワインを飲むだの、ブランドのファッションに身を包むだの。どうやって金もないのにそんなことができるのか。
だから、とりあえず乗馬から上げていこうと思ったが、早くも心が折れそうだ。しんどすぎるし、上がりにくすぎる。
やはりダンスをやるか。
馬の主である女子を誘おう。
「一緒にダンスをしませんか?」
「うわっ、馬糞がしゃべった!?」
馬糞だと思われてたわ。
ルックス:馬糞
ですよ。ええ。
舞衣にも言われてたな、ルックスは最悪だって。
この状況でダンスは不可能っぽい。先にルックスを上げるとなると、やはり金がいる。
駄目だ、やはり乗馬以外は現状どうにもならない。
馬糞は馬糞らしく、他の馬のお世話でもさせてもらうか……。
「馬の世話させてくださーい」
学園内の馬小屋をまわる。
声をかけるのはご主人ではなく、馬の世話をしている使用人だ。
この学園の生徒は、メイドや世話係などを連れてきているのが一般的らしい。とんでもないところだ。
みんながみんな馬を所有しているわけではないが、所有している場合は馬の世話係も連れてきている。
この馬の世話係の人に、タダでお手伝いをさせてもらうという、なんでそんなことしなきゃいけないんだと自分でも思うことをヘコヘコ頭を下げてお願いするわけです。
それでも冷たい目で見られる。なぜか。ルックスのせいですかね。良くないですよ、人を見た目で判断するの。
「あっ、すみません、馬の世話させていただけますでしょうか?」
優しそうなおばさんなので、きっと優しくしてくれるだろう。
「おや、馬糞がしゃべってるわ」
「……馬糞じゃないです、馬の世話させてください」
「賢い馬糞だねえ~」
駄目だ。
俺のことは馬糞にしか見えないらしい。
笑顔は本当にいい人に見えるんだが……。
人を見た目で判断するなということか。
次行くか……。
「馬の世話させてくださー……うわ」
明らかに怖そうなおじさんだ。
筋肉隆々、スキンヘッドで色黒。革の短パンのみ履いており、背中には龍が如くかってくらいの馬のタトゥーが入ってる。こえーよ。誓って殺しはしていませんとか言っても信じられないレベル。
「なんや」
「ヒエッ」
なんで関西弁なんですか。
この聖トゥインクルスターズ学園に来てからというもの、貴族しか出てこないし、およそ方言など聞いたことがない。
声も渋すぎるし。
ただの馬の世話係にしてはキャラが濃すぎる。
「なんで馬の世話したいんや」
「馬に乗りたくて。馬術ができるようになりたいんです……」
「そうか……馬が、好きなんやな……」
なんか、うんうん頷いている。
ウマはそこまで好きじゃないけど……。娘の方なら好きだけど……。ステータス上げたいだけなんですよ。
「でもな、うちの馬は今怪我をしていて、走れないんや。すまんな」
「ああ、そうなんですか……」
「とはいえ、このまま走れないと処分されちまうんや」
「えっ」
「爪が悪いだけなのによ……くそっ、爪が悪い間だけ走る練習ができる方法があれば……」
……それ知ってるな。
「プール調教がいいかと」
「なんやて?」
伊達にダビスタをやっていない。
「つまり、水の中を歩くんです。足の負担が少なく、水の抵抗があるから、馬体には負荷がかかる」
「水の中で筋肉をつける……いけるやないか!」
バンバンと背中を叩かれる。ロトは10のダメージを受けた。
「よっしゃ、あっちに水浴びに使う池があるから、そこで乗馬してこいや」
「ハイ」
馬を連れていき、池に入ってから乗馬。
ゆっくりと歩行。
「うーん」
いや、馬は水の中だから、トレーニングになってるが。
ゆっくり歩いてるだけだぞ。
俺の乗馬ステータスは上がるんですかね、これ。
「ま、いいか……」
池の中で乗馬なんて優雅なことだ。
冴島さん(勝手に名付けた)も喜んでいたし。
この馬のためにもなっているようだしな……。
「ん?」
どこからともなく、音楽が聞こえる。
ダビスタのBGM……ではもちろんない。
池の近くに別荘らしき建物がある。
そこで、誰かが演奏しているようだ。弦楽器と思われる。
「これは……いい音だな……」
馬も聞き入ってるんじゃないか。そう思うほど、美しい音色だった。
演奏を聞きながら、池で乗馬か。
「よくわからんな」
少なくともギャルゲーでやることじゃない。
なんなんだこのシステムは。
「戻りましたー」
冴島さんに馬を返す。
「おう、兄弟」
「兄弟」
なぜか冴島さんとの親密度が一気に上がってるんだが。これから一緒にカチコミに行くかのようですよ。
「走れない馬の世話をしてるやつらに、話をしておいた。こことここや」
「え? は、はい」
メモを受け取ると、手書きの地図。馬のイラストが描いてある。意外にもかわいい。人参を咥えてヒヒーンって言ってる。人は見かけによらない……。
「三頭とも、毎日、頼むで」
「はい」
こうして俺は三頭の馬を毎朝、池の中で乗馬することになった。




